31 / 36
再び桜花咲う季
違和感
しおりを挟む
一命を取り留めた三輪さくらは、それからしばらくして整形外科の外来の看護師として職場復帰し、リハビリの介助として私の前に現れた。
「松野さん、お久しぶり」
と私に挨拶した彼女は、私の前で号泣したことなどすっかり忘れてしまったように笑顔だった。
しかし、その左手薬指にはただの輪っかの中に一つ小さなダイヤが埋め込んである指輪が光っていた。(そうか、恋人と言っていたからまだ結婚はしてなかったのだろうが、婚約中ではあったのだな)私はそう思ったが、特にそれを指摘することはなかった。そうだ、私には何も関係のない話だ。
だが、それから2度ほど後のリハビリの時、私はあのかつての同室者と一緒になった。彼は、彼女を見るなりその左手薬指を見咎め、
「三輪ちゃん、しばらく見ないと思って心配してたらリハビリに移動したんだぁ。おっ、それ、結婚したの? それで病棟からリハビリ室か。いいねぇ、若いもんは。おめでとう」
と彼は的外れな祝福の言葉を述べたが、それに対して彼女は、否定もせず笑顔で、
「ありがとうございます」
と笑顔で挨拶したので私は驚いた。
「旦那さんってどんな人?」
尚も質問を続ける彼に、
「え~っと、建築デザイナーなんですけどね……」
と、彼女もまだ返答している。しかも、その顔は照れたような笑顔だ。私が曽我部由美に聞いた話は全くの嘘っぱちだったのか? そんな思いで一杯になった私は自分を支えることに集中できなくなり、歩行バーでつんのめった。
「松野さん、危ない!」
それを見つけた彼女は、そう叫んで慌てて私の所に駆け寄った。
「あ、大丈夫です。ありがとう」
だが、ごく至近距離で見た彼女の顔は、笑顔ではあったが、底には涙が溜まっている。
「何故、そんな無理をする。そんなに患者へのリップサービスが必要なのか、ここは」
私はそれを見て、なんだか胸が締め付けられるような気がして、思わず彼女に小声でそう言ってしまっていた。
「松野さん、何で……」
彼女は私の言葉に心底驚いて小声でそう返す。
「曽我部さんに事情は聞いた。退院の時あんな風に号泣されたのが気になったし、偶然君がここに運ばれるのをみてしまったんだ。それで、失礼だとは思ったが、彼女に聞いてみた」
「あ……そがっち言っちゃったんですか……もうあの娘、おしゃべりなんだから。でも、助かりました。あの人話すと長いんです」
すると、彼女はそう返した。彼の話の長いのは私もよく知っているので、無言で相槌を打つ。
「三輪ちゃん、何をこそこそ松野君と話してんのさ、そんなことしてっと旦那さんにしかられっぞ~」
だが、そこで、先ほどの元同室者からそんな茶々が入った。
「大丈夫です。彼、そんな心の狭い男じゃないですもん!」
それに対して、相変わらずおどけた調子で彼女はそう返した。そして彼女はまた声のトーンを落とすと、
「心配してくださってありがとうございます。でも、私高広とは結婚したつもりでいるんです。もしそうなら、きっとこれが現実だから……」
と私に告げて、私の側を離れた。
確かに、私も翔子や穂波を死んだと認めたくない気持ちは同じだが、だからといって、妻子が生きているように振る舞うつもりはない。私は彼女の心の有り様に少し違和感を感じた。
「松野さん、お久しぶり」
と私に挨拶した彼女は、私の前で号泣したことなどすっかり忘れてしまったように笑顔だった。
しかし、その左手薬指にはただの輪っかの中に一つ小さなダイヤが埋め込んである指輪が光っていた。(そうか、恋人と言っていたからまだ結婚はしてなかったのだろうが、婚約中ではあったのだな)私はそう思ったが、特にそれを指摘することはなかった。そうだ、私には何も関係のない話だ。
だが、それから2度ほど後のリハビリの時、私はあのかつての同室者と一緒になった。彼は、彼女を見るなりその左手薬指を見咎め、
「三輪ちゃん、しばらく見ないと思って心配してたらリハビリに移動したんだぁ。おっ、それ、結婚したの? それで病棟からリハビリ室か。いいねぇ、若いもんは。おめでとう」
と彼は的外れな祝福の言葉を述べたが、それに対して彼女は、否定もせず笑顔で、
「ありがとうございます」
と笑顔で挨拶したので私は驚いた。
「旦那さんってどんな人?」
尚も質問を続ける彼に、
「え~っと、建築デザイナーなんですけどね……」
と、彼女もまだ返答している。しかも、その顔は照れたような笑顔だ。私が曽我部由美に聞いた話は全くの嘘っぱちだったのか? そんな思いで一杯になった私は自分を支えることに集中できなくなり、歩行バーでつんのめった。
「松野さん、危ない!」
それを見つけた彼女は、そう叫んで慌てて私の所に駆け寄った。
「あ、大丈夫です。ありがとう」
だが、ごく至近距離で見た彼女の顔は、笑顔ではあったが、底には涙が溜まっている。
「何故、そんな無理をする。そんなに患者へのリップサービスが必要なのか、ここは」
私はそれを見て、なんだか胸が締め付けられるような気がして、思わず彼女に小声でそう言ってしまっていた。
「松野さん、何で……」
彼女は私の言葉に心底驚いて小声でそう返す。
「曽我部さんに事情は聞いた。退院の時あんな風に号泣されたのが気になったし、偶然君がここに運ばれるのをみてしまったんだ。それで、失礼だとは思ったが、彼女に聞いてみた」
「あ……そがっち言っちゃったんですか……もうあの娘、おしゃべりなんだから。でも、助かりました。あの人話すと長いんです」
すると、彼女はそう返した。彼の話の長いのは私もよく知っているので、無言で相槌を打つ。
「三輪ちゃん、何をこそこそ松野君と話してんのさ、そんなことしてっと旦那さんにしかられっぞ~」
だが、そこで、先ほどの元同室者からそんな茶々が入った。
「大丈夫です。彼、そんな心の狭い男じゃないですもん!」
それに対して、相変わらずおどけた調子で彼女はそう返した。そして彼女はまた声のトーンを落とすと、
「心配してくださってありがとうございます。でも、私高広とは結婚したつもりでいるんです。もしそうなら、きっとこれが現実だから……」
と私に告げて、私の側を離れた。
確かに、私も翔子や穂波を死んだと認めたくない気持ちは同じだが、だからといって、妻子が生きているように振る舞うつもりはない。私は彼女の心の有り様に少し違和感を感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる