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第26話 意外な形で足元を掬われる。

Chapter-48

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 結論から言うと。
 ブリュサンメル上級伯も大勅令に従うという返信を返してきた。

「…………」
「順調に物事が進んでいるのに、あまり浮かない顔をしていますね」

 俺の帝都屋敷。
 リビングスペースで、俺が組んだ手の上に顎をおいて考え事をしていると、ミーラがそう話しかけてきた。

「順調に行き過ぎてるのが気になってね」
「どこか、気にかかることがあるんですか?」

 ミーラの問いに答えると、ミーラもどこか心配したような顔になって、訊いてくる。

「いくつか。一番気にかかるのは帝都の民衆がちゃんと、陛下についてきてくれるかかな」
「大勅令が発表された時は、陛下を称える合唱があったじゃないですか」

 俺が、自分でも解るほど弱気な苦笑で言うと、ミーラが、不思議そうに首を傾げるようにしながら、そう問い返してくる。

「あの時はね。でも、実際これから混乱を伴う改革が待っている」

 「いっせーの!」で体制変更ができるのは、国土が狭い上に通信網と輸送網が発達した前世の現代日本ならではだ。
 その日本だって、明治維新の時は戊辰戦争という内戦になった。他国の革命に比べたら遥かに少ない犠牲で終わったとはいえ、混乱は出た。

「この国で今からやることには、いちいち時間がかかって、その経過において少なくない混乱が発生するんだ。それで振り回されるのは民衆だろ? それでもなお、陛下についてきてくれるか、多少気にかかる」

「気にかけすぎじゃありませんか?」

 ミーラは、勝ち気そうな顔立ちがかえって柔和さを感じさせる笑みになって、そう言ってくる。

「これまでだって、民衆は、貴族による……その、アルヴィンの言うところの密室政治に振り回されてきたわけでしょう? それに比べたら、今回は着地点が決まっているわけですから、大した反感は出ないんじゃないかとも思うんですが」

 ありゃ。
 確かにミーラの言うとおりの面もあるかもしれん。
 ちょっと俺が心配しすぎてたかな。

「まぁ、確かに、余計な犠牲は出ないに越したことはないしね」
「犠牲?」

 俺は苦笑してそう言ったが、その、あまり穏便ではない言い回しに、ミーラは顔をしかめる。

「ああ、うん、ミーラにこう言うと怒られちゃうかも知れないけどさ、わかりやすい反改革派がいた方が、民衆は改革派についていきやすいんだよ。だから、地方領主で誰か陛下に楯突いてくれないかなと思ったわけ」

「それは……確かに、私はあまり喜ばしいことだとは思いませんね」

 ミーラは、どこか呆れたと言うか、疲れたとかいう感じの表情でそう言うと、ふぅ、とため息をついた。

「ですが、アルヴィンの言うことも多少は分かります。人の心は移ろいやすいもの。何かの支点が必要なときもあるでしょう。私達が神の名の下に人を支えているように」

 うーん……ミーラにはもっと大上段から怒られるかと思ったんだけど、そうか、宗教家ならある程度は理解できちゃうよな、こういう話。

「けれど、今はそのような心配はあまりしなくても大丈夫なんじゃないかと思います」
「だと、助かるんだけどね」

 ミーラがどこか明るそうな笑顔で言うと、俺も釣られて笑う。

 確かにミーラの言うとおりかもしれん。
 もう、陛下は腹を決められたのだ。
 俺があんまり心配することじゃあないのかも知れない。

「でも、その様子だと他にも気にかかることがあるんじゃないですか?」

 ミーラが、表情を素に戻して、訊ねてくる。

「ああ、うん、シーガート神官長がどこへ行ったのかと思ってね」

 俺はそう言って、やれやれと言ったようにため息をつく。

「ああ……」

 ミーラも、少し疲れたような表情で、肩を脱力させるようにしながら、そう言った。

 シーガート神官長の行方は未だに知れない。どうやら家族もろとも姿を消したようだ。おそらくすでに帝都の中にはいないんじゃないかと思うが。
 もっとも、足元、どこか近場の地下に潜伏している可能性も捨てきれないが。

「さっきはああ言ったけど、変なところで守旧派を束ねて、動かれたりすると、困るんだよな。俺も陛下も新教派だろう? しかも、俺の序列夫人にミーラがいると来てる」

「陛下は聖愛教会に踊らされている、陛下に大勅令を出させたアルヴィンとその後ろ盾の私の祖父こそ謀反人である、ですか」

「そうそれ」

 俺が考えていることを、ミーラがあんまりに的確に言ってくれたものだから、俺は思わず吹き出すように苦笑してしまっていた。

「ですが、本山である中央聖教会を捨てて逃げ出した神官長に、それだけの求心力があるでしょうか?」
「まぁ言われてみればその通りなんだけど」

 シーガート神官長が雲隠れしたせいで本祖派はちょっとした混乱状態になっている。中にはどうしたら良いのか解らなくなって、新教派、セニールダー主席宣教師に頼ってくる者まで居る始末だ。

 ひょっとしたら、これを機に宗教的な改革も始まるかも知れないな。

「まぁ、穏便に物事が進むならそれに越したことはない、か」
「そうですよ」

 俺がつぶやくように言うと、ミーラがネコ科を思わせる笑顔でニコリと笑って、そう言った。

 ま、確かにイギリスの名誉革命や江戸城無血開城の例もある。血が流れないならそれに越したことはないのか。

 俺がそんな事を考えていると……────
 バンッ、と、いきなり玄関の扉が乱暴に開かれた。

「おいアルヴィン、大変だぞ」

 そんな事を言いながら、血相を変えて飛び込んできたのは、

「あ、姉弟子?」
「その様子だと、皇宮からの伝令より、私の方が先のようだな」

 俺が目を白黒とさせていると、姉弟子は険しい表情のままそう言った。

「え? 皇宮からの伝令?」
「南方領主の一部が、徴税権と徴兵権の陛下への移譲を拒否して兵団を集め始めたぞ」

 俺がわけがわからない、というように訊き返すと、姉弟子がそう言った。

「あちゃー、やっぱりやる連中はやりますか……」

 南方領は北方、西方に比べても、領地の開拓があまり進んでいない領主が多いからな。
 西方の未開拓地は国境沿いの一部だが、南方はブリュサンメル上級伯領より南にはベタっと広がっている。

 そんな土地の領主に、自主権を奪われると勘違いして、叛乱したくなるやつもいてもしょうがない。
 実際には、税の再分配で楽になるんだがな。そうそう理解できる領主ばかりでもないか。

 俺が苦笑してしまいながらそう言うと、

「何を呑気な事を言ってるんだ」
「え?」

 と、姉弟子が強い調子で俺に言ってくる。

「陛下に反対している南方領主の盟主は、ベイリー・オズボーン・バックエショフ、お前の兄だぞ」

 なんですとー!?
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