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第27話 動乱に立ち向かうことになる。
Chapter-49
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「ふう……」
俺は、重々しくため息をついた。
とりあえず帝都での騒乱の危険度は下がったと判断した俺達は、叛乱を起こした南方領連合と対峙するため、飛空船でブリュサムズシティに向かっていた。
「やはり、叛乱の首謀者がお兄様となると気が重い……わよね」
傍らにいたキャロが、俺の事を気遣うようにそう言った。
「いやまぁ、それもまったくないわけじゃないんだけど」
俺は、緊張感を誤魔化すような感じで苦笑しながら、そう言った。
オズボーン・バックエショフ子爵家の長子ベイリー。
現世での、俺の長兄にあたる。
現世での人間関係の印象で言えば、父クリストファーより更に記憶に薄い。
前世の記憶が蘇る前の記憶を呼び起こしても、三男セオと違って一緒に遊んだという覚えは浮かんでこなかった。
原作知識で言えば、何度目になるかわからないが、壊滅的にアホ。
ベイリーは父親から子爵の地位を受け継ぐことには拘泥しているものの、新規農地の開墾や商業の呼び込みと言ったことには一切興味がない。
要するに、典型的な無能ぼんぼん。
まぁそんなんだから、領内の人間からの評判はよろしくないんだよね。
「正直、なんかやらかしそうな人だなとは思ってたんだよね」
「そうなの?」
俺が苦笑したままそう言うと、キャロが怪訝そうな表情で聞き返してきた。
この人が原作でどういう末路を辿ったかまでは、今の俺の記憶にはっきりと思い出せないんだが……
その地位を利用して、領民に暴利を振るうところまでは容易に想像つく。
「もしかして、アルヴィンがブリュサンメル上級伯じゃなくて、ローチ家の寄騎になったことと、関係がある?」
俺から見て、キャロより前の位置にいたエミが、振り返って訊いてくる。
「うん、まぁ、あんまし関わり合いになりたくなかったからってのは事実かな」
俺は、エミの質問の内容を肯定するように言った。
実際、現世の俺としては、──だいぶ以前にも言ったとおり、この人が原因でオズボーン・バックエショフ子爵家のお家騒動となったときに、巻き込まれるのは嫌だった。
だから、アルヴィン・バックエショフ準男爵家の開闢のときに、徹底して元実家とエンガチョしたんだよね。
「とは言え、皇帝陛下に叛旗を翻すとは、少し行き過ぎているのではないでしょうか?」
「うん、それは俺も、意外に思ってる」
エミの反対側から声をかけてくるミーラに対して、俺はそう言いつつ、表情から笑みを消した。
確かに、いくらアホでも、選りにも依って叛乱起こすか? とは思った。
まぁでも、だいたい流れは推測できないわけでもない。
子爵家というだけあって、南方開拓地の中では、オズボーン・バックエショフ家は、比較的立場が上、ということになっている。
父であり現当主であるクリストファーが、健康を損なって倒れたという話は、すでに訊いている。
と、すると、おそらく父の死を待たずして、オズボーン・バックエショフ家の実権を、ベイリーが握っているんだろう。
そんでもって、今回の大勅令、具体的に言うと課税権の集約に反対な近隣の領主に担ぎ上げられる神輿になって、この暴挙に出てしまったんだろう。
後先考えられる人間じゃないからな。
そこまで考えを巡らせたあと、そこからは、これから俺自身はどう動くべきかを考えていたのだけど、
「はぁ…………」
と、それを考えている最中、俺は気が重くなってきて、ため息をついた。
「どうかしたの?」
キャロが、俺の顔を覗き込むようにして、少し心配そうに訊ねてくる。
「いや……結局、人死が出るなと思ってさ」
それを考えると、急に胸が重くなってくる。
今までは、極力目の前で人死が出ないように行動してきた。
シレジアのときは、逆に人死が出たら問題になるような事態だったし、それ以前も、人が死んだということを実感するような事態は、極力避けてきた。
まぁ、まったくなかったわけでもない。
封印された古代遺跡を探索した際、エバーワイン男爵が送り込んだ先行の探索隊が、消息不明のままになっている。
エンシェント・ドラゴン相手だし、生存が絶望的なのは言うまでもないだろう。
とは言え、今まではそう言う事があっても、魔獣の活動やらそれ以外の災害やらが原因だった。
しかし、今回のそれは、内乱、つまり人間同士の戦争である。
俺は良い、倫理的に瑕疵のない平和など存在しないことは、前世の頃から嫌というほど学んでいる。
しかし──
「なに、ひょっとして、私達のことを気にかけているわけ?」
キャロが言った。そして、どこか心外そうな表情をする。
「顔に出てた?」
「ええ、はっきりとね」
俺が訊ねると、ギャロは、微かに憤ったような様子で、そう言った。
そして、呆れたようなため息をつく。
「私達もね、あなたという領主の妻になる以上、そうした事態に直面することがあるだろうって覚悟は、とっくに決めてるわよ」
「領地の兵団だって、領地の防衛の目的もあって整備してきたはず」
キャロに続いて、エミもそう言った。
「増して相手は、帝国貴族んまに陛下に叛旗を翻してきた、ここで引き下がることこそ、帝国に仕える領主として、あってはならないことのはず」
「まいったな、エミにはそこまで言われちゃうか」
真剣な表情で言うエミに対し、俺は決まり悪そうにして返すしかできなかった。
「ただ、キャロやエミはそれで良くても──」
「私だけ、特別視する必要はありません」
俺が困ったように言いかけると、ミーラがきっぱりとした様子でそう言った。
「確かに犠牲が出るのは好ましいこととは言えませんが、しかし、帝国の統治が崩壊することになったら、これから予想されるそれとは、比較にならないでしょう?」
「うんまぁ、それはそうなんだけど」
そもそも、俺達は、それを防ぐためにこそ行動を開始したんだ。
「それに、帝都で騒乱が起きることは、未然に防げました」
「まあな……」
「こんな事を言ってしまっては、聖職者失格なのでしょうが、これから起きることは、病巣を灼く痛み──最低限の必要悪なのだと、私も覚悟は決めています」
ミーラにそう言われて、俺は、気の抜けたように息を吐きだしてしまった。
「もう、アルヴィンこそ、1人で背負い込みすぎ。それに、全部が全部、理想通り行くはずがないってことぐらい、覚悟してるはずでしょうよ」
キャロが、やれやれと言った感じで首を振りながら、そう言った。
「でも、アルヴィンらしい?」
エミが言う。
「めんどくさいって、今回も最初はそう言ってたはず。でも、結局深入りして、あれこれ面倒見ることになってる。事は大きいけど、方向は、いつものアルヴィン」
やれやれ……言われてみればその通りだな。最初はこんな面倒くさいこと、するつもりもなかったのに、結果的に首突っ込んで、面倒見るしかなくなってる、か。
以前、キャロにも言われたとおりだな。
そして、兵力の移動が開始された──のだが。
当面矢面に立つのはブリュサンメル上級伯の兵団だ。そこに援軍として、ローチ伯の兵団が到着することになっている。
我がアルヴィン・バックエショフ子爵家の兵団は、準備不足でもあるし、やることはさらにその後詰め。言ってしまえば、雑用係である。
…………のはず、だったのだが。
「大変なことになっているよ」
ブリュサムズシティに着くと、ブリュサンメル上級伯は、叛乱軍鎮圧の為の指揮を執っている中で、俺たちを出迎えて、特に俺に向かってそう言ってきた。
「大変、ですか」
正直、そこまでのものかなと思っていた。南方開拓領の兵団はたかが知れている。集めたところで、ブリュサンメル上級伯の兵団に対抗できるかどうかというところだろう。
もっとも、農民などから民兵をかき集めたとなると、少々厄介なことになってくるが。
俺がそう考えていると、ブリュサンメル上級伯は、困ったような顔で言ってきた。
「叛乱軍は、陛下に誑言を弄して帝国を混乱に貶めているのは、君──アルヴィン・バックエショフ子爵と、その後見的立場にいるセニールダー第2位枢機卿で、この2人こそ謀反人だと触れ回っているようなんだ。辺境領に重税を課して潰すつもりだとも」
俺は、重々しくため息をついた。
とりあえず帝都での騒乱の危険度は下がったと判断した俺達は、叛乱を起こした南方領連合と対峙するため、飛空船でブリュサムズシティに向かっていた。
「やはり、叛乱の首謀者がお兄様となると気が重い……わよね」
傍らにいたキャロが、俺の事を気遣うようにそう言った。
「いやまぁ、それもまったくないわけじゃないんだけど」
俺は、緊張感を誤魔化すような感じで苦笑しながら、そう言った。
オズボーン・バックエショフ子爵家の長子ベイリー。
現世での、俺の長兄にあたる。
現世での人間関係の印象で言えば、父クリストファーより更に記憶に薄い。
前世の記憶が蘇る前の記憶を呼び起こしても、三男セオと違って一緒に遊んだという覚えは浮かんでこなかった。
原作知識で言えば、何度目になるかわからないが、壊滅的にアホ。
ベイリーは父親から子爵の地位を受け継ぐことには拘泥しているものの、新規農地の開墾や商業の呼び込みと言ったことには一切興味がない。
要するに、典型的な無能ぼんぼん。
まぁそんなんだから、領内の人間からの評判はよろしくないんだよね。
「正直、なんかやらかしそうな人だなとは思ってたんだよね」
「そうなの?」
俺が苦笑したままそう言うと、キャロが怪訝そうな表情で聞き返してきた。
この人が原作でどういう末路を辿ったかまでは、今の俺の記憶にはっきりと思い出せないんだが……
その地位を利用して、領民に暴利を振るうところまでは容易に想像つく。
「もしかして、アルヴィンがブリュサンメル上級伯じゃなくて、ローチ家の寄騎になったことと、関係がある?」
俺から見て、キャロより前の位置にいたエミが、振り返って訊いてくる。
「うん、まぁ、あんまし関わり合いになりたくなかったからってのは事実かな」
俺は、エミの質問の内容を肯定するように言った。
実際、現世の俺としては、──だいぶ以前にも言ったとおり、この人が原因でオズボーン・バックエショフ子爵家のお家騒動となったときに、巻き込まれるのは嫌だった。
だから、アルヴィン・バックエショフ準男爵家の開闢のときに、徹底して元実家とエンガチョしたんだよね。
「とは言え、皇帝陛下に叛旗を翻すとは、少し行き過ぎているのではないでしょうか?」
「うん、それは俺も、意外に思ってる」
エミの反対側から声をかけてくるミーラに対して、俺はそう言いつつ、表情から笑みを消した。
確かに、いくらアホでも、選りにも依って叛乱起こすか? とは思った。
まぁでも、だいたい流れは推測できないわけでもない。
子爵家というだけあって、南方開拓地の中では、オズボーン・バックエショフ家は、比較的立場が上、ということになっている。
父であり現当主であるクリストファーが、健康を損なって倒れたという話は、すでに訊いている。
と、すると、おそらく父の死を待たずして、オズボーン・バックエショフ家の実権を、ベイリーが握っているんだろう。
そんでもって、今回の大勅令、具体的に言うと課税権の集約に反対な近隣の領主に担ぎ上げられる神輿になって、この暴挙に出てしまったんだろう。
後先考えられる人間じゃないからな。
そこまで考えを巡らせたあと、そこからは、これから俺自身はどう動くべきかを考えていたのだけど、
「はぁ…………」
と、それを考えている最中、俺は気が重くなってきて、ため息をついた。
「どうかしたの?」
キャロが、俺の顔を覗き込むようにして、少し心配そうに訊ねてくる。
「いや……結局、人死が出るなと思ってさ」
それを考えると、急に胸が重くなってくる。
今までは、極力目の前で人死が出ないように行動してきた。
シレジアのときは、逆に人死が出たら問題になるような事態だったし、それ以前も、人が死んだということを実感するような事態は、極力避けてきた。
まぁ、まったくなかったわけでもない。
封印された古代遺跡を探索した際、エバーワイン男爵が送り込んだ先行の探索隊が、消息不明のままになっている。
エンシェント・ドラゴン相手だし、生存が絶望的なのは言うまでもないだろう。
とは言え、今まではそう言う事があっても、魔獣の活動やらそれ以外の災害やらが原因だった。
しかし、今回のそれは、内乱、つまり人間同士の戦争である。
俺は良い、倫理的に瑕疵のない平和など存在しないことは、前世の頃から嫌というほど学んでいる。
しかし──
「なに、ひょっとして、私達のことを気にかけているわけ?」
キャロが言った。そして、どこか心外そうな表情をする。
「顔に出てた?」
「ええ、はっきりとね」
俺が訊ねると、ギャロは、微かに憤ったような様子で、そう言った。
そして、呆れたようなため息をつく。
「私達もね、あなたという領主の妻になる以上、そうした事態に直面することがあるだろうって覚悟は、とっくに決めてるわよ」
「領地の兵団だって、領地の防衛の目的もあって整備してきたはず」
キャロに続いて、エミもそう言った。
「増して相手は、帝国貴族んまに陛下に叛旗を翻してきた、ここで引き下がることこそ、帝国に仕える領主として、あってはならないことのはず」
「まいったな、エミにはそこまで言われちゃうか」
真剣な表情で言うエミに対し、俺は決まり悪そうにして返すしかできなかった。
「ただ、キャロやエミはそれで良くても──」
「私だけ、特別視する必要はありません」
俺が困ったように言いかけると、ミーラがきっぱりとした様子でそう言った。
「確かに犠牲が出るのは好ましいこととは言えませんが、しかし、帝国の統治が崩壊することになったら、これから予想されるそれとは、比較にならないでしょう?」
「うんまぁ、それはそうなんだけど」
そもそも、俺達は、それを防ぐためにこそ行動を開始したんだ。
「それに、帝都で騒乱が起きることは、未然に防げました」
「まあな……」
「こんな事を言ってしまっては、聖職者失格なのでしょうが、これから起きることは、病巣を灼く痛み──最低限の必要悪なのだと、私も覚悟は決めています」
ミーラにそう言われて、俺は、気の抜けたように息を吐きだしてしまった。
「もう、アルヴィンこそ、1人で背負い込みすぎ。それに、全部が全部、理想通り行くはずがないってことぐらい、覚悟してるはずでしょうよ」
キャロが、やれやれと言った感じで首を振りながら、そう言った。
「でも、アルヴィンらしい?」
エミが言う。
「めんどくさいって、今回も最初はそう言ってたはず。でも、結局深入りして、あれこれ面倒見ることになってる。事は大きいけど、方向は、いつものアルヴィン」
やれやれ……言われてみればその通りだな。最初はこんな面倒くさいこと、するつもりもなかったのに、結果的に首突っ込んで、面倒見るしかなくなってる、か。
以前、キャロにも言われたとおりだな。
そして、兵力の移動が開始された──のだが。
当面矢面に立つのはブリュサンメル上級伯の兵団だ。そこに援軍として、ローチ伯の兵団が到着することになっている。
我がアルヴィン・バックエショフ子爵家の兵団は、準備不足でもあるし、やることはさらにその後詰め。言ってしまえば、雑用係である。
…………のはず、だったのだが。
「大変なことになっているよ」
ブリュサムズシティに着くと、ブリュサンメル上級伯は、叛乱軍鎮圧の為の指揮を執っている中で、俺たちを出迎えて、特に俺に向かってそう言ってきた。
「大変、ですか」
正直、そこまでのものかなと思っていた。南方開拓領の兵団はたかが知れている。集めたところで、ブリュサンメル上級伯の兵団に対抗できるかどうかというところだろう。
もっとも、農民などから民兵をかき集めたとなると、少々厄介なことになってくるが。
俺がそう考えていると、ブリュサンメル上級伯は、困ったような顔で言ってきた。
「叛乱軍は、陛下に誑言を弄して帝国を混乱に貶めているのは、君──アルヴィン・バックエショフ子爵と、その後見的立場にいるセニールダー第2位枢機卿で、この2人こそ謀反人だと触れ回っているようなんだ。辺境領に重税を課して潰すつもりだとも」
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