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第3話 Night Stalker (I)
Chapter-13
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「朱鷺光さんは今参りますから、しばらくお待ち下さい」
「はいよ」
朱鷺光や弘介の実際の年齢と同じくらいの、メガネをかけた長身の青年が、リビングのローテーブルの前に座布団を敷いて、座っていた。
ファイは、座布団を敷いてその青年に座ってもらったかと思うと、まず、テレビの横においてあった、卓上空気清浄機を、ローテーブルの上に置き、スイッチを入れた。
それから、リビングにあるキャビネットを開け、その上に乗っているコーヒーメーカーの、ミルの部分に、豆を入れる。
「ちょっと、失礼しますね」
コーヒーメーカーの、サイフォンの下カップを持って、ファイは、一度台所の方に移動していった。
青年は、スーツ姿の胸ポケットから、ゴールデンバット・メンソール・シガーの箱を取り出すと、1本口に咥え、一見、使い捨てにも見えるクリアボディの再充填式ターボライターで、火を点けた。
紫煙を吸い込み、燻らせる。
「あーっ、また、タバコ吸ってやがる」
作業部屋の方から、1階の渡り廊下を渡ってリビングに入ってきた朱鷺光が、青年がタバコを吹かしているのを見て、一瞬睨むような顔でそう言った。
すると、青年は、運転している空気清浄機の吸込口に向かって、肺の中の紫煙を吐き出してから、
「ヤニが広がらないようには気をつけてるだろ、吸うぐらいは個人の勝手にさせてくれ」
と、言った。指で摘んだタバコの副流煙も、空気清浄機に吸い込まれるようにしている。
ついでに、高窓のプロペラ式パイプファンの換気扇も、回っていた。
埋田淳志。弘介同様、朱鷺光の高校時代の同級生の1人だった。
茨城大学法学部を卒業後、茨城県警察に就職。現在は刑事部付の警視をしていた。地方採用組としては、異例の出世頭だが、所謂大卒の“地方上級”枠ではある。
身長が低く童顔の朱鷺光、筋肉質だが固太りの弘介に比べると、全体的にスマートな印象を受け、年齢こそ嵩んでいるものの、イケメンと言っても差し支えなかった。
「しょうがねぇなぁ……」
そんな事を言いながらも、朱鷺光は、自分もポケットから禁煙パイプの箱を取り出して、1本、口に咥えた。
「タバコ嫌がりながら禁煙パイプってどういうことだよ」
「これでも咥えてないと、タバコの煙で、喉がイガイガすんの」
呆れたように言う淳志に対して、朱鷺光はむくれたように言いながら、淳志の座る位置とは、ローテーブルの辺が角を突き合わせる位置に、腰を下ろした。
「そんで、今日は何だってんだよ」
朱鷺光が、面倒くさそうに言うと、淳志は、苦い顔をして、ファイが用意してくれていた灰皿に、タバコの灰を落とす。
「何だってんだよ、はこっちの台詞だよ」
淳志は、逆に朱鷺光を攻めるように、そう言った。
ファイが、台所から戻ってきて、コーヒーメーカーをセットする。スタートボタンを押すと、オートミルが豆を挽く音が、リビングに響いた。
「お前さん、またアメリカの要人になんかやったろう?」
淳志が、苦い顔をしたまま、朱鷺光にそう言った。
「ちょっかいかけてきたのはあっちだぞ」
朱鷺光は、どこか疲れたような顔をして、禁煙パイプを咥えたまま、そう言った。
「そりゃだいたい想像つくが、民間人の身分の人間にあんまり過激なことはするなよ」
「民間人、ねぇ……」
朱鷺光は、そう言うと、ポケットから取り出したそれを、テーブルに置いた。
「なんだ、こりゃ……」
「ちょっかいかけてきた連中の1人から、頂戴したIDカード」
朱鷺光が差し出したそれを手にとり、淳志が苦い顔をして、睨むようにそれを見る。
「ストラテジックプランズ・フォーカシング」
「通称、ストラト・フォー。別名、影のCIA」
読み上げるように声に出した淳志に、朱鷺光はどこか投げやりにそう言った。
「この前、うちの」
朱鷺光は、そう言って、顎で別棟の方を指すような仕種をし、
「メインフレームのサーバーを覗き込んだやつがいてな」
と、言った。
「朱鷺光相手にクラッキングとは、どこの身の程知らずだよ、それ」
「ウィクター・ドーンドリア大学」
呆れたような口調で、訊き返す淳志に対し、朱鷺光が即答する。
すると、淳志の表情が、一気に険しくなった。
「そんで何が出てきてと思う?」
「出てきた?」
朱鷺光が、禁煙パイプを咥えたまま、歯を見せるようにして苦笑しながら言うと、淳志は、眉間に皺を寄せたまま、訊き返した。
「オムリンの、R.Seriesのデッドコピー」
「は!?」
「しかもその製作者が、波田町のオッサンと来たもんだ」
朱鷺光の言葉に、淳志の顔色が変わる。
「しかも、オムリンが、不調で、それに一度負けかけててな。そん時ゃシータとイプシロンとでなんとかしたんだが、そうしたら、連中が出てきたってわけよ」
朱鷺光は、妙に楽しそうにしながら、そう言った。
「でも待てよ、波田町教授は、技術的にはお前と同じで、疑似ニューラルネットワーク派のはずだろう」
そこまで言って、淳志は、一度、タバコを吹かす。
「なんで人工ニューラルネットワーク派のウィクター・ドーンドリア大学と繋がってるんだ?」
声と一緒に吐き出された紫煙が、空気清浄機に吸い込まれていく。
「そこから先は俺より、お前さん方が調べてもらわないと」
朱鷺光は、少し皮肉っぽく、そう言った。
「ただまぁ、あそこは前から胡散臭かったからな」
朱鷺光は、そう言い、
「ここのメインフレームへのクラッキング、波田町のオッサンがつくったオムリンのデッドコピー、波田町のオッサンのメカを使ったストラト・フォーの連中の襲撃、と」
自身の目の前で、指折り数えるようにしながら、言う。
「ま、何かしら怪しい線でつながってるのは確かだわな」
「それで、どうするつもりだ」
朱鷺光の言葉に、淳志が問いただすように言う。
「派手に暴れていいってんなら、ストラト・フォーごと更地にするけど?」
「いやぁそれはまずい、下手なことをすると日本の安全保障にも関わる。それに巻き添えが出るだろ」
朱鷺光が、いやにあっさりと言うと、淳志は、少しじっとりと呆れたような感じで、そう言い返した。
「とは言え、茨城県警の管轄内でウロチョロされんのも目障りだな……」
淳志は、再度、朱鷺光が渡したIDカードを見ながら、そう言った。
その時だった。
「おっと、失礼」
朱鷺光は、そう言ってポケットから、スマートフォンを取り出した。
スワイプ操作をして、着信メールをチェックする。
「ふぅん……」
朱鷺光が、メールを読みながら、愉快そうに口元で笑う。
「どうした?」
「いやぁ、今度は、改めてあっちからオムリン名指しで挑戦状が送られてきたところさ」
淳志の問いかけに、朱鷺光は愉快そうに笑ったまま、スマホの画面を見せるようにしながら答える。
「差出人は?」
「波田町のオッサン。まぁ、このアドレス調べても直接は何も出てこないと思うよ」
朱鷺光は、スマホの画面を見て、そう答えてから、視線を再び、淳志に向ける。
「で? どうするよ? 多分連中、連動してなにか動くと思うけど?」
朱鷺光が、そう訊ねる。
「根拠は?」
「波田町のオッサンの行動に焦れてる。オッサンは、オムリンを倒すことしか興味ないからな」
淳志の問いに、朱鷺光は即答した。
淳志は、一度タバコを吹かしてから、
「まぁ、ちょっと、目障りだな。何人か、拘置所にご案内するか」
と、そう言った。
「了解。じゃ、波田町のオッサンからのメール、転送しとくわ」
「おう」
朱鷺光が言い、淳志が返事をした。
話が一段落したところで、ようやく入ったコーヒーを、ファイが、淳志と朱鷺光の前に持ってきた。
「でも、オムリン姉さん、大丈夫なんですか?」
「あの後からはきっちり、少しでも無茶な動きしたらチェックしてるから、大丈夫だよ」
ファイが、少し心配そうに聞いてくるのに、朱鷺光は、笑いながらそう答えた。
「じゃ、まぁ、こっちも、歓迎の準備は始めておくか」
そう言って、淳志は、KED製の、コンパクトでハードウェアテンキーがないタイプのスマホを取り出し、スワイプして、アドレス帳を呼び出し、発信をタップした。
朱鷺光は、それを見て、更に愉快そうに笑い、淳志は、それに口元で、やはり笑みを返した。
「じゃま、ちょっと、お祭りってことで」
「はいよ」
朱鷺光や弘介の実際の年齢と同じくらいの、メガネをかけた長身の青年が、リビングのローテーブルの前に座布団を敷いて、座っていた。
ファイは、座布団を敷いてその青年に座ってもらったかと思うと、まず、テレビの横においてあった、卓上空気清浄機を、ローテーブルの上に置き、スイッチを入れた。
それから、リビングにあるキャビネットを開け、その上に乗っているコーヒーメーカーの、ミルの部分に、豆を入れる。
「ちょっと、失礼しますね」
コーヒーメーカーの、サイフォンの下カップを持って、ファイは、一度台所の方に移動していった。
青年は、スーツ姿の胸ポケットから、ゴールデンバット・メンソール・シガーの箱を取り出すと、1本口に咥え、一見、使い捨てにも見えるクリアボディの再充填式ターボライターで、火を点けた。
紫煙を吸い込み、燻らせる。
「あーっ、また、タバコ吸ってやがる」
作業部屋の方から、1階の渡り廊下を渡ってリビングに入ってきた朱鷺光が、青年がタバコを吹かしているのを見て、一瞬睨むような顔でそう言った。
すると、青年は、運転している空気清浄機の吸込口に向かって、肺の中の紫煙を吐き出してから、
「ヤニが広がらないようには気をつけてるだろ、吸うぐらいは個人の勝手にさせてくれ」
と、言った。指で摘んだタバコの副流煙も、空気清浄機に吸い込まれるようにしている。
ついでに、高窓のプロペラ式パイプファンの換気扇も、回っていた。
埋田淳志。弘介同様、朱鷺光の高校時代の同級生の1人だった。
茨城大学法学部を卒業後、茨城県警察に就職。現在は刑事部付の警視をしていた。地方採用組としては、異例の出世頭だが、所謂大卒の“地方上級”枠ではある。
身長が低く童顔の朱鷺光、筋肉質だが固太りの弘介に比べると、全体的にスマートな印象を受け、年齢こそ嵩んでいるものの、イケメンと言っても差し支えなかった。
「しょうがねぇなぁ……」
そんな事を言いながらも、朱鷺光は、自分もポケットから禁煙パイプの箱を取り出して、1本、口に咥えた。
「タバコ嫌がりながら禁煙パイプってどういうことだよ」
「これでも咥えてないと、タバコの煙で、喉がイガイガすんの」
呆れたように言う淳志に対して、朱鷺光はむくれたように言いながら、淳志の座る位置とは、ローテーブルの辺が角を突き合わせる位置に、腰を下ろした。
「そんで、今日は何だってんだよ」
朱鷺光が、面倒くさそうに言うと、淳志は、苦い顔をして、ファイが用意してくれていた灰皿に、タバコの灰を落とす。
「何だってんだよ、はこっちの台詞だよ」
淳志は、逆に朱鷺光を攻めるように、そう言った。
ファイが、台所から戻ってきて、コーヒーメーカーをセットする。スタートボタンを押すと、オートミルが豆を挽く音が、リビングに響いた。
「お前さん、またアメリカの要人になんかやったろう?」
淳志が、苦い顔をしたまま、朱鷺光にそう言った。
「ちょっかいかけてきたのはあっちだぞ」
朱鷺光は、どこか疲れたような顔をして、禁煙パイプを咥えたまま、そう言った。
「そりゃだいたい想像つくが、民間人の身分の人間にあんまり過激なことはするなよ」
「民間人、ねぇ……」
朱鷺光は、そう言うと、ポケットから取り出したそれを、テーブルに置いた。
「なんだ、こりゃ……」
「ちょっかいかけてきた連中の1人から、頂戴したIDカード」
朱鷺光が差し出したそれを手にとり、淳志が苦い顔をして、睨むようにそれを見る。
「ストラテジックプランズ・フォーカシング」
「通称、ストラト・フォー。別名、影のCIA」
読み上げるように声に出した淳志に、朱鷺光はどこか投げやりにそう言った。
「この前、うちの」
朱鷺光は、そう言って、顎で別棟の方を指すような仕種をし、
「メインフレームのサーバーを覗き込んだやつがいてな」
と、言った。
「朱鷺光相手にクラッキングとは、どこの身の程知らずだよ、それ」
「ウィクター・ドーンドリア大学」
呆れたような口調で、訊き返す淳志に対し、朱鷺光が即答する。
すると、淳志の表情が、一気に険しくなった。
「そんで何が出てきてと思う?」
「出てきた?」
朱鷺光が、禁煙パイプを咥えたまま、歯を見せるようにして苦笑しながら言うと、淳志は、眉間に皺を寄せたまま、訊き返した。
「オムリンの、R.Seriesのデッドコピー」
「は!?」
「しかもその製作者が、波田町のオッサンと来たもんだ」
朱鷺光の言葉に、淳志の顔色が変わる。
「しかも、オムリンが、不調で、それに一度負けかけててな。そん時ゃシータとイプシロンとでなんとかしたんだが、そうしたら、連中が出てきたってわけよ」
朱鷺光は、妙に楽しそうにしながら、そう言った。
「でも待てよ、波田町教授は、技術的にはお前と同じで、疑似ニューラルネットワーク派のはずだろう」
そこまで言って、淳志は、一度、タバコを吹かす。
「なんで人工ニューラルネットワーク派のウィクター・ドーンドリア大学と繋がってるんだ?」
声と一緒に吐き出された紫煙が、空気清浄機に吸い込まれていく。
「そこから先は俺より、お前さん方が調べてもらわないと」
朱鷺光は、少し皮肉っぽく、そう言った。
「ただまぁ、あそこは前から胡散臭かったからな」
朱鷺光は、そう言い、
「ここのメインフレームへのクラッキング、波田町のオッサンがつくったオムリンのデッドコピー、波田町のオッサンのメカを使ったストラト・フォーの連中の襲撃、と」
自身の目の前で、指折り数えるようにしながら、言う。
「ま、何かしら怪しい線でつながってるのは確かだわな」
「それで、どうするつもりだ」
朱鷺光の言葉に、淳志が問いただすように言う。
「派手に暴れていいってんなら、ストラト・フォーごと更地にするけど?」
「いやぁそれはまずい、下手なことをすると日本の安全保障にも関わる。それに巻き添えが出るだろ」
朱鷺光が、いやにあっさりと言うと、淳志は、少しじっとりと呆れたような感じで、そう言い返した。
「とは言え、茨城県警の管轄内でウロチョロされんのも目障りだな……」
淳志は、再度、朱鷺光が渡したIDカードを見ながら、そう言った。
その時だった。
「おっと、失礼」
朱鷺光は、そう言ってポケットから、スマートフォンを取り出した。
スワイプ操作をして、着信メールをチェックする。
「ふぅん……」
朱鷺光が、メールを読みながら、愉快そうに口元で笑う。
「どうした?」
「いやぁ、今度は、改めてあっちからオムリン名指しで挑戦状が送られてきたところさ」
淳志の問いかけに、朱鷺光は愉快そうに笑ったまま、スマホの画面を見せるようにしながら答える。
「差出人は?」
「波田町のオッサン。まぁ、このアドレス調べても直接は何も出てこないと思うよ」
朱鷺光は、スマホの画面を見て、そう答えてから、視線を再び、淳志に向ける。
「で? どうするよ? 多分連中、連動してなにか動くと思うけど?」
朱鷺光が、そう訊ねる。
「根拠は?」
「波田町のオッサンの行動に焦れてる。オッサンは、オムリンを倒すことしか興味ないからな」
淳志の問いに、朱鷺光は即答した。
淳志は、一度タバコを吹かしてから、
「まぁ、ちょっと、目障りだな。何人か、拘置所にご案内するか」
と、そう言った。
「了解。じゃ、波田町のオッサンからのメール、転送しとくわ」
「おう」
朱鷺光が言い、淳志が返事をした。
話が一段落したところで、ようやく入ったコーヒーを、ファイが、淳志と朱鷺光の前に持ってきた。
「でも、オムリン姉さん、大丈夫なんですか?」
「あの後からはきっちり、少しでも無茶な動きしたらチェックしてるから、大丈夫だよ」
ファイが、少し心配そうに聞いてくるのに、朱鷺光は、笑いながらそう答えた。
「じゃ、まぁ、こっちも、歓迎の準備は始めておくか」
そう言って、淳志は、KED製の、コンパクトでハードウェアテンキーがないタイプのスマホを取り出し、スワイプして、アドレス帳を呼び出し、発信をタップした。
朱鷺光は、それを見て、更に愉快そうに笑い、淳志は、それに口元で、やはり笑みを返した。
「じゃま、ちょっと、お祭りってことで」
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