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第3話 Night Stalker (I)

Chapter-14

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 常磐高速度交通網、新利根線。
 常磐線の佐貫駅から分岐し、高度経済成長期からバブルの地価狂乱の時期にかけて造成された、竜ヶ崎ニュータウンを経由して、龍ケ崎市、稲敷市を横断し、鹿島サッカースタジアム駅までを結ぶ路線である。

 住宅街の通勤輸送を担うことを前提に、複線で建設されたものの、電化は後回しになっていた。その後、バブルが崩壊。建設前の想定ほど利用者が伸びず、現在も非電化のままだった。

 その、佐貫駅から2駅目の北竜ヶ崎駅ともなると、あたりは宅地ではあるものの、クルマでも鉄道でも佐貫駅まで出るのが面倒ではないためか、コンビニが一軒ある以外は、月極とメーター式の駐車場があるだけの、意外にシンプルな場所となっていた。

 それでも、昼間であれば、人通りもあるのだろうが、21時過ぎとなると、人影もまばらになってしまう。
 北竜ヶ崎駅に、キハ66形とキハ47形の2両からなる気動車列車が、滑り込んできた。ラッシュ時間帯であれば、これに、キハ52形とキハ35形の増結編成が加わるのだが、この時間帯になると、もうそれも一段落している。
 40秒の停車時間の後、けたたましいエンジン音を立てて、気動車は滑り出していった。

 その、テールライトが去っていくのが見える、非舗装の駐車場に、その2人……は、いた。

「今度は、調子は万全か」

 相手が、訊いてくる。
 セルフコンディションチェック。

「問題ない」

 オムリンは、そう答えた。

「そうか」

 パティアが、返事をする。

「ならば」

 パティアが、そう言った次の瞬間。

 オムリンとパティアは、お互い、相手に向かって、ダッシュをかけていた。

 日中であれば、体内の光発電パネルで充電されるが、今は、ほとんどニッケル水素バッテリーの頼みだ。
 だが、それは、オムリンもパティアも、同じ条件のはずだった。

 駆け出すのと同時に、オムリンは、自身本体のオプションスナップから短い給電ケーブルが接続されている、右の脛のホルスターから、スタンスティックを抜く。

 ガキィンッ

 オムリンの、強化チタン合金製のスタンスティックと、パティアの、チタン合金・ダイヤモンド繊維圧着ブレードが、ぶつかり合う。
 オムリンは、反射的にトリガーを押し込んでいた。火花が散る。だが、それだけだった。
 パティアの本体に、ダメージはなく、ブレードを引き戻す。

 パティアが、そこから跳ね返るように、腰だめの位置から、オムリンの胴目掛けて鋭い突きを放ってくる。
 オムリンは、それを紙一重で捻って躱し、その勢いで、パティアの頭部めがけてスタンスティックで打ち付けようとする。

 ガンッ!

 パティアが右腕の、ブレードの鞘を兼ねる強化ポリカーボネイトのバックラーで、オムリンの打ち下ろしを受け止める。
 そのまま、今度は左腕のシールドを使って、オムリンにシールドチャージを入れようとする。
 オムリンは腕をクロスにしてそれを受け止めつつ、その勢いを使って、パティアから一旦間合いをとった。


「いやまぁ、デザインからしてオムリンとシータをニコイチしたような設計だと思ってたけど」

 2人がぶつかり合うのを、ドミンゴGV-Sのサンルーフから顔を出し、ナイトビジョン機能付の双眼鏡で見ながら、朱鷺光はそう言った。

「なかなかいい仕事するじゃないですか、教授」

「ふっ、貴様を超えるのが容易いことではないのはワシが一番よく知っている」

 朱鷺光のドミンゴと、少し間を空けて、波田町が、やはり自身の、ダブルキャブのボンゴブローニィトラックの荷台から、キャブ越しに、朱鷺光と同じように2人の戦いを見ていた。

 ドミンゴの車内では、弘介が運転席に座り、イプシロンとファイが後部スライドドアからすぐに飛び出せるようにしていたが、朱鷺光は、その必要はない、と言ったように、平然としている。

「それで、教授。スポンサーは誰です?」

 朱鷺光は、視線を動かさずに、そう、訊ねるように言った。

「それとも、クライアント、と言ったほうが良いのかな?」

「流石にそれは、口にするわけには行かないんでね」

 波田町は、双眼鏡を下ろすようにしつつ、そう言った。

「ま、すっとぼけてられるのも今のうちです」


 オムリンが間合いをとった瞬間、パティアの左眉のレーザー照射鏡が、赤く瞬いた。
 パルスレーザーが迸るのを、オムリンは左に転がるようにして避ける。
 そして、その射撃が止んだ次の瞬間に、パティア目掛けて突進していた。

 ドォンッ

 オムリンが、スタンスティックで殴りつけてくるのを想定していたのか、シールドを構えようとしていたパティアに、オムリンは、渾身のドロップキックを見舞う。
 パティアは、シールドごと後ろに弾き飛ばされ、後ろの駐車車両に、叩きつけられた。


「あれ弁償しなきゃならないと思う?」
「まぁ、そうだろうな」

 朱鷺光が言ったのに対し、運転席の弘介も、やる気なさげな様子で、ぶっきらぼうにそう答えた。


 オムリンは、そこへ向かってパティアをスタンスティックで叩きつけようとする。
 パティアは、それを捻って躱すと、敢えて武装を使わず、上半身を低くしてのハイキックをオムリンの頭部に入れようとする。
 オムリンは、のけぞるようにして、それを避けた。

「楽しいか?」

 パティアは、ブレードを突き立てるように突進しながら、そう言った。

「楽しいとも」

 オムリンは、答えながら、それを跳躍して避け、その姿勢から、パティアにドロップキックを入れようとする。

「お前は、楽しいか?」

 パティアは、その突き刺すようなドロップキックを、シールドで受け止める。今度は、がっちりと大地を踏みしめ、踏みとどまると、そう訊ねる。

「楽しいに、決まってる」

 オムリンは、間合いを取り直しながら、そう言った。

 血湧き肉躍る戦い、という表現がある。
 自分達に血と肉はない。
 だが、血の代わりに、潤滑油オイルが熱せられる。肉の代わりに、システムすべてのサーボが、踊りを踊る。


 ピリリリ……

 白熱した戦いを観戦する場に、水を指すような音を立てたのは、波田町のスマートフォンだった。
 波田町は、Bluetoothの片耳形ワイヤレスセットをつけており、観戦を続けながら、着信を受ける。

「…………そうか、残念だな。良いところなんだが」

 波田町は、ワイヤレスセットのマイクに、そう言った。

「どうやら、君の友達が、余計な真似をしてくれたようだね」

「ゴキブリ共に、娘の邪魔を、されたくなかったんでね」

 波田町が、双眼鏡から、朱鷺光の方に向かって言うと、朱鷺光は、双眼鏡は下ろしつつ、視線は前を向いたまま、そう言った。

「君にとっては、そうだろうが、ワシ達にとっては、彼らと運命共同体なんだよ」

「ああいう輩と付き合うのは、辞めておいたほうが、身のためだと思うんだけどね」

 困ったように言う波田町に、朱鷺光は、やはり視線を向けずに、そう言った。

「残念だが、ここは御暇おいとまするよ」

 波田町は、そう言うと、中年太りの巨体からは信じられないような素早さで、運転席へと飛び込む。

 朱鷺光への直接攻撃に備えていたファイとイプシロンは、そのために出遅れた。開閉に時間のかかるスライドドアを開けようとする間に、波田町は運転席に飛び乗り、エンジンを始動させる。

「29号、事態が変わった。この場は、引き上げるぞ」

 パティアへの通信機なのだろう、波田町は、携帯電話のワイヤレスセットとは別の、小型ワイヤレスマイクに、そう言った。
 イプシロンが、ボンゴブローニィに取り付こうとするが、波田町は、エンジンを強烈に吹かして、ナックルをかけるように旋回し、それを振り払う。

「弘介!」
「応ともよ!」

 朱鷺光の言葉に、弘介もドミンゴのエンジンを始動させる。

 パティアは、跳躍する。オムリンもそれを追って跳躍し、空中でパティアをスティックで打ち据えようとするが、シールドで防がれてしまう。

 パティアは、そのまま、ボンゴブローニィの荷台に飛び乗った。

「オムリン、シロ!」

 朱鷺光が言い、サンルーフから胴を引っ込める。そのサンルーフから、オムリンとイプシロンが、ドミンゴに飛び乗った。スライドドアは、すでにファイによって閉じられている。

「逃がすか!」

 ディーゼルエンジンを乱暴に吹かして逃走に移るボンゴブローニィに対し、弘介も2速に入れ、アクセルを踏み込む。
 どちらもクルマとしては、すっぴんならアンダーパワー気味だったが、ドミンゴのEF12エンジンは、ボルトオンターボに叩かれ、更なる咆哮を上げた。
 ドミンゴが、ボンゴブローニィの尾部に食らいつこうとする。

 だが、その瞬間、パティアの左の眉で赤い光が瞬き、パルスレーザーの連射が、ドミンゴの前部を掠めた。

「うわわわわっ」

 レーザーは命中しなかったが、弘介が急ハンドルを切ってしまう。バランスを崩したドミンゴは、そのまま路肩の電柱に突っ込んでしまった。

 ドミンゴの車内では、朱鷺光、オムリン、ファイ、イプシロンが、激突のショックでもみくちゃになっていた。

「弘介、アホかーッ!」

 朱鷺光が怒鳴り声を上げた。

 オムリンは、サンルーフから飛び出したが、波田町のボンゴブローニィは、すでに、ちょっとすぐには追いつけないところまで、離れてしまっていた。
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