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第4話

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「お初にお目にかかる、婚約者殿。ヴァーミリオン王家当主、アルフレッド・ヴァーミリオンだ」
「初めまして。フローライト公爵家のアリシアと申します」
「何となく察したが、国王陛下が面会するように命じたのか?」
「それ以外に先触れもなく訪問する理由がありまして?」

 嫌味っぽく返すアリシアだが、アルフレッドは皮肉げに笑う。
 端正な顔立ちではあるものの、オールバックにまとめた深紅の髪や射抜くような黄金色の瞳からは迫力が感じられた。

「いや、純情乙女ポエマーとして恋心が暴走したのかと思ってな」
「あ、あれは……! ……いえ、なんでもありません」
「分かっている。手紙についていた匂いはそなたのものではなかった。大方、家中の誰かが代筆したのだろう。文面を見てもいないんじゃないか?」
「……返答は控えさせていただきます」
「怒るな。俺の婚約者になるのであれば、挑発をけるだけの気概きがいか、我慢するだけの忍耐力がいるからな」
「獣人への差別ですか」
「ああ。俺を前では震えあがって口をつぐむ者も多いが、この耳は常人より性能が良くてな。俺とちぎる者は想像すらしたことのない悪意にさらされるだろう」
「それを分かっていて、よく人間と婚姻しようと思いましたね」
「停戦から30年。当主が父から俺に変わったように、多くの家が代替わりしている。戦争の悲惨さを知らずに差別への不満だけをつのらせれば、再び戦乱の世に戻るだろうからな」

 アルフレッドは小さく息を吐いて、まっすぐにアリシアを見つめた。

「フローライト宰相殿の娘ならば、そなたも戦乱を止めるために婚姻を決意したのだろう?」

 全く違う。
 国王が暴走したところにエリスが乗っかった結果である。
 成り行きでしかないが、そんなことを欠片も匂わせないようにアリシアが微笑めば、アルフレッドも苦笑した。

「まぁ、思うところは色々あるだろうが、できる限りそなたの意思は尊重しよう。お互い恋愛は難しいだろうが、俺のことは平和に向けて戦う同志だと思ってくれ」

 アリシアの笑みが深く、そして獰猛なものに変化する。

「お断りします」
「……は?」
「純情乙女ポエマーの私に、そんな雰囲気のない口説くどき文句が通るとお思いですか?」
「あの恋文は別の者が書いたんだろう! そなたの匂いはひとかけらもしなかった! 文面すら見ていない証拠だ!」
「肯定した覚えはありませんが」

 そもそも、とアリシアは言葉を重ねる。

「初対面のレディを相手に体臭の話をするなど、ちょっとマニアックすぎます。いくら王家のすすめた縁談とはいえ、初日に特殊性癖をバラし始める人はちょっと」
「特殊性癖!? そうじゃないだろうがッ!」
「……体臭如きは特殊ではない、と。そんな思考の方との初夜を考えると、余計に恐ろしいですわね」

 わざとらしく己の身を抱けば、アルフレッドの視線が冷たくなった。

「……この婚約が成り立たねば、戦争になるかも知れないんだぞ?」
「それで口説いているつもりですか? センスゼロですわ」
「貴様、戦争賛成派か」

 ぶわり、と赤毛が逆立ち、端正な顔立ちが狼のものへと変化する。先ほどの巨狼ではなく二足歩行で服をまとったままの、獣人としての姿だ。

「誰が戦争賛成などと言いましたか。口説き文句が酷すぎるからお断りだと申し上げたのです」
「……はぁ?」
「閣下! お、お嬢様はこう見えてロマンチストなのです! 今からでもお嬢様をときめかせていただければきっと返事も──」
「リリー、お黙りなさい」

 間を取り持とうとしたリリーを黙らせたアリシアは、勝ち誇ったような笑みを浮かべてアルフレッドを見つめていた。
 熱を持った視線はアルフレッドを試しているのか、それとも期待しているのか。
 アルフレッドは深呼吸をして再び人の姿に戻る。
 真剣な面持ちでアリシアの傍まで歩み寄ってひざまずいた。

「あなたを幸せにしてみせる。どうかこの手を取っては貰えないだろうか」

 差し出されたアルフレッドの手に、自身の手を重ねたアリシア。
 にっこり笑いながらも、

「ギリギリ及第点ですわね。体臭フェチとセンスがないところで減点して、しばらくは様子見とします」
「こ、のっ」
「何ですか?」
「……いや何でもない」

 アルフレッドのこめかみに青筋が浮くが、どうしても婚約を成立させねばならぬと考えたのか、思いとどまった。

「……愛するあなたを歓待するのに準備が足りん。後日改めて招待させていただきたいんだが、どうだろうか」
「そういうことでしたら、今日はお暇させていただきます」

 言外に追い払われたことを理解しながらも、アリシアはそれを受け入れた。

「済まないが、俺が巨狼になれることは内密にしてほしい」
「どうしましょうか」
「……愛しいあなたにだから見せた秘密の姿だ」
「ふふっ。そういうことでしたら仕方ありませんわね」
「馬車まで送ろう」

 馬車に揺られて公王のマナーハウスを抜ければ、リリーが大きく息を吐いた。

「こ、殺されるかと思いました……どうしてあんなに挑発なさったんですかッ!」
「必要だったからよ。それより、私がロマンチストってどういうことよ」
「だってお嬢様、純情乙女ポエマーって言われた当てつけでゴネてただけじゃないですか。純情乙女が納得するような振る舞いをしてもらうためには、ああ言うしかないじゃないですか!」
「よく分かったわね」
「何年一緒にいると思ってるんですか。分かりますよそのくらい」

 ため息交じりの言葉に、アリシアは窓の外を見ながら微笑んだ。
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