今世は絶対、彼に恋しない

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 前々世、自らの国の王太子である婚約者を、没落仕掛けである男爵家の令嬢に奪われた。
 当時盲目的に彼に恋をしていた私は彼女をあの手この手で虐めた結果、彼に婚約破棄され、断罪された。

 前世、日本という国で社会人として働いていたある日、将来を誓い合った彼氏を見知らぬ女性に奪われた。
 別れようと言われた次の日、私は彼が家へ帰ってきたときに彼を殺し、自殺した。


 レヴォン・ロザンタール第一王子の婚約者となってから早1年、そんな記憶が突如頭の中に流れてきた。
 私はその突然の出来事に動揺がバレぬよう、白い机に置かれたカップを手に取り一口飲む。

 目の前に座っている我が婚約者は、優雅にお茶を飲むと私の目を見て微笑む。本日は50回目となるレヴォン殿下とのお茶会の日である。
 場所は王宮の中の庭園。美しく咲いた花に囲まれお茶を飲みながら会話をし、2時間程で解散する。それがいつもの流れだ。
 たったそれだけの時間が私は好きだ。いや、違う。好きだったのだ。

『貴方を必ず幸せにする。結婚してください。』
 婚約者候補であった私が彼と初の顔合わせの日にそう言われた瞬間、私は恋に落ちた。
 風が吹いても乱れぬ程に綺麗で目を奪われてしまうような金色の髪、冬の空のような薄い青で光に当たれば深い海のように真っ青になる瞳。
 誰にでも平等に優しく接し、家格の高い低いも気にせぬ人。
 正に物語に出てくる王子様、それが私の恋した彼だった。

 だが記憶が蘇った今、私の中から彼への恋心が消えた。理由は前々世、そして前世に関係してくる。

 前々世の私、エヴラール公爵家が娘、シェーヌ・エヴラールは、今世の私と同一人物である。
 そして別の女性と恋に落ち、私と婚約破棄をし、断罪をした我が婚約者の王太子は今世の婚約者、レヴォン・ロザンタール第一王子である。

 更に前世、高校時代の友人が当時ある乙女ゲームにどハマりしていた。そのゲームの内容は没落仕掛けの男爵令嬢が学園に入学し、様々な貴族男性と恋をするというものだった。私はしていなかったが、そのゲームの話を毎日のように聞かされたために覚えてしまったのである。
 そしてそのゲームの世界、私が今いる世界と同じなのだ。主人公の名はシュゼット・ファビウス。前々世で私を断罪した後、レヴォン殿下の婚約者となった方だ。そして主人公を邪魔する者となる方の名はシェーヌ・エヴラール。つまり私だ。
 友人が話していた主人公、攻略対象たち、悪役令嬢の名前。そして"レヴォン王子ルートのハッピーエンド"の流れと、前々世の彼女と殿下が出会ってから私が死ぬまでの流れが全く同じなのだ。
 そして友人がそのゲームの絵を私に見せたとき、表紙に映る主人公、攻略対象たちの顔を見たときに感じた違和感。悪役令嬢の顔を見たときに感じた既視感。それは前世の私が悪役令嬢であり、ゲームに登場する人物たちを知っていたためだ。

 その記憶が蘇った今、彼を好きだという感情はなくなった。今は、ただただ心臓が痛い。

「シェーヌ、どうかした?」

 名前を呼ばれたことにより意識がはっと浮上し、「何でもございませんわ」と言うと、手に持っていたカップを音を立てぬよう元の場所へ置く。
 ちらりとまだ9歳という若さである殿下のお顔を拝見し、やはり、と心の中で呟く。
 彼は前々世の婚約者、ゲームの攻略対象だけでなく、前世の将来を誓い合った彼と同一人物だ。そう、本能が告げる。


 前々世、シュゼット男爵令嬢と出会うまで優しかった婚約者。
 前世、突然冷たくなるその日まで愛を囁き続けてくれた恋人。

 思い出すだけでも愛おしいと告げている。

 でも、彼は婚約を破棄する。彼女に恋をする。
 婚約者を、恋人を奪った彼女に恋した彼らの冷めた瞳を思い出し、愛おしいという感情が消えていく。

 だから、今世は絶対、彼に恋しない。













 前々世、婚約者だったシェーヌ・エヴラール公爵令嬢を断罪し、婚約破棄した。出会ったときに恋に落ちた女性を虐めていたためだ。

 前世、将来を誓い合った彼女と別れた。会社で疲れていたとき、同じ部署で働いていた女性に励まされ、恋したためだった。


 学園の生徒会長であるために編入生が来ると、その編入生が来る1週間ほど前に連絡が入る。
 そして今、その連絡が入ったために編入生の資料を見せてもらい名前を見た瞬間、その記憶が頭に流れ込んできた。
 俺は一度その資料を机に置くと、頭の中を整理することにした。

 今世の俺の名はレヴォン・ロザンタール。この国の第一王子であり、王太子だ。そして前々世の俺の名も同じくレヴォン・ロザンタールであり、国の第一王子兼王太子の後に国王となった。
 前々世と同じ国、人物、自分自身。全てが同じ名で同じ存在だった。きっと俺は同じ世界に転生したのであろう。

 そして俺は前々世でも前世でも、深く後悔していることがある。

 前々世、シェーヌ・エヴラール公爵令嬢と婚約破棄、断罪した数日後、彼女は死刑により殺された。 
 その殺された瞬間のことだった。
 何故か突然目が覚めたように、婚約を結び直したシュゼット男爵令嬢と出会ってから色付いて見えた世界が、絶望で染まった。

 何故俺はシュゼット嬢に恋をしていた。
 何故俺はシュゼット嬢を好きになってから世界が色付いて見えていた。
 何故俺は初恋である彼女を、シェーヌを殺してしまった

 だが俺は王太子である身。一度結び直した婚約を解消することも破棄することもできないし、何より破棄したところでシェーヌが蘇るわけもない。
 二年後学園を卒業すると共にシュゼット嬢と結婚し、さらに数年後、国王となった。

 再び戻ったシェーヌへの恋心を消せぬまま、彼女が亡くなった日から俺が死ぬまで、一度もシュゼットを愛しいと思うことはなかった。
 シェーヌに会いたいという思いが強くなっていっただけだった。


 前世、別の女性を好きになってしまったから別れたいと、付き合っていた彼女に告げ別れた翌日、その彼女に殺された。
 俺の心臓へ刃物を刺すと、涙を流し『ごめんなさい』と言いながら、自らの心臓をも同じ刃で貫いた彼女。
 彼女が倒れた瞬間、前々世の俺と同じように彼女が恋しい、愛しいという感情が押し寄せた。

 何故別れてしまったのだろう。
 何故彼女を泣かせてしまうような行為をしたのだろう。

 意識が途切れる直前に、彼女の手を握った。


 そして俺の本能が告げる。
 前世の恋人は、我が婚約者であるシェーヌと同一人物なのだと。

 だから、今世は絶対、俺が彼女を幸せにする。












 前々世、自分の国に住む王子に恋をして、彼は私に好きだと告げると婚約者であった女性との婚約破棄、断罪をし、私は彼の婚約者となった後結婚した。

 前世、同じ部署で働く男性に恋をしていた。ある日彼が疲れているように見え、相談に乗った三ヶ月後、私は彼の恋人となった。


 学園への編入試験合格通知が届き受け取ったその日、私はそれを思い出した。

 だが、先程のものには続きがあった。
 前々世、婚約した王子は彼女が殺された日から、彼は私に冷たくなった。私に想いを告げてくれた日から毎日のようにされていた愛の囁きが、愛しいと告げる優しく甘い目が、消えてしまった。
 結婚してからも、彼は国王の仕事が忙しいからと言い、ほとんど顔を合わせなくなった。

 前世、好きだった彼から付き合ってほしいと言われるまで彼女がいるという噂を聞いていたので無理だと諦めていたが、好きだと言われた私は喜びで舞い上がり、即オーケーをした。
 だが次の日、彼は亡くなったと、上司が皆に報告した。手を繋ぐことも、キスをすることもなく彼はこの世から去ってしまった。

 その前々世と前世の知識のために、ここが前々世と同じ世界でそのときの私と同一人物であり、更に前世でハマっていた乙女ゲームと同じ世界だと気づいた。
 ゲームをしていたときに感じた既視感、"レヴォン王子ルートのハッピーエンド"をしていた時、何故か全て知っているように感じていた正体はこれだったのかとも気づく。

 そして、前世ではゲームだけでなくアニメや漫画やラノベやらに手を出していた私は、その知識からこの世界に強制力が働いていることに確信する。

 前々世では悪役令嬢が亡くなってから、レヴォン様は冷たくなってしまったが、今世では絶対そんなことさせない。

 だから、今世は絶対、完璧なハッピーエンドを迎えてやる。
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