今世は絶対、彼に恋しない

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本編

2 (悪役令嬢:前々世)

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 初めて会った日、海のように真っ青な瞳は私を真っ直ぐに見つめ、

『貴方を必ず幸せにする。僕と結婚してください』

と言った。
 その瞳に吸い込まれ、私の口は

『はい』

と気がつけば動いていた。
 互いの親が結ばせた政略婚約だとしても、その言葉が"王太子だから責任を持って"という意味を込めて言われた言葉だとわかっていても、好きにならずにいられなかった。


 レヴォン様は優しかった。もちろん私だけでなく、国民全員に。

 だからと言ってそのことに不満を抱いたりはしなかった。彼は王太子、その時になれば国王になられる方。
 国民全員に優しくすることは当たり前で、私はその中の1人だったというだけで、婚約者だからという理由ではないとわかっていたから。


『レヴォン様、慰めて下さい。お友達と喧嘩をしてしまいましたわ』

『レヴォン様、手を握ってくださいませんか』

『レヴォン様、ぎゅっと抱きしめて下さい』


 私のお願いを、彼は全て『もちろん』と言って優しく微笑み、叶えてくれた。
 彼は私のことを人としては好いてくれていた。恋愛感情というものは一切なかった。
 それでも、私のわがままを全て叶えてくれる彼を私はもっと好きになっていった。好きにならないわけがなかった。
 隣にいれるだけで十分だと思っていた。


 それは、レヴォン様との86回目のお茶会の時のことだった。

「…レヴォン様は、私を1人の女性として見てくれないのですね」

 ポロリと、無意識のうちに口に出てしまった言葉だった。
 その言葉を口に出したときは、私が何かを話したということに気づかなかった。

『あの花、とても綺麗ですわ。レヴォン様は何という名前かご存知でしょうか』

 そう口に出そうとしてレヴォン様を見たとき、何故か彼は私を見つめて固まっていた。

「あの、どうかなされましたか?」

 声をかければ、彼は無言で座っていた椅子から立ち上がり、私の隣へ移動し同じ目線にしゃがみ込んだ。

「シェーヌ、君は本当にそう思っているのか?」

 先程までは、最近読んだ本の話で『ぜひレヴォン様もお読みください』と言ったところだったために、突然真剣にその台詞を言われた私は戸惑った末に、「ええ、もちろんですわ」と返事をした。
 彼は少し悲しそうな表情になると、私の手を取った。

「まさか伝わっていないとは思っていなかった」

 未だに本の話のことを言っていると思い込んでいた私は、

「…あの、レヴォン様。何の話をされているのでしょうか?」

と問うた。
 彼は不思議そうな表情に変わると

「君が『レヴォン様は、私を1人の女性として見てくれないのですね』と言ったからじゃないか」

と言った。
 まさか、と思った。
 話すことが出来るだけで、笑いかけてくれるだけで、隣にいれるだけで十分だと思っていた。
 いや、本当は思っていた"つもり"だったのかもしれない。

「…レヴォン様、その言葉はお忘れになって下さりませ。私はそのことに不満を抱いたことはございませんわ」

 咄嗟に出た言葉だった。
 気づかないようにしまいこんでしまった心の底の本心が、無意識のうちに表に出てしまっていたと知られたくなかった。

「レヴォン様は決められた婚約者だから私にも優しくして下さり、私が国民の1人だからお願いしたことも叶えて下さいます。私はただ、そんなことをしていただけるだけで嬉しく思っておりますから」

 握られた手を握り返し微笑むと、彼はまた悲しそうな表情になった。
 そのことを少し嬉しく思った。
 いつも国民の前でも、私や自らの父や母の前でも、笑顔しか見せなかった彼がこんなにも表情を変えてくれることが。

「…俺は一度も、シェーヌを"決められた婚約者だから"優しくしたり、"国民の1人だから"お願いされたことを叶えたりしたことなんてない。
…君が"大事な人だから"優しく接したり、お願いされたことを叶えたんだ」

 『大事な人』という言葉に喜びそうになったところで冷静になる。
 彼にとって私はきっと妹のような存在だから『大事な人』だと言ってくださるのだ。恋愛のような意味はこもっていないのだと。

「ありがとうございます。私もレヴォン様のこと、お兄様のように思っていますから」

 決してレヴォン様のことは1人の男性と見ていません、迷惑になるような想いは持っていませんわ。という意味を込めて笑顔で話せば、彼は不服そうな表情になり

「…やっぱり伝わってないじゃないか」

と言って、私の頬へ手を伸ばした。
 何だろうと黙っていれば、彼の顔が近づき、唇に彼の柔らかいそれが触れた。
 触れたその場所に手を持ってゆき、なぜ?と私が問う前に彼が先に言葉を発した

「俺はシェーヌと初めて会った時から、1人の女性としか見てない。好きだよ」

「……私も、ですわ」

 それが、最初で最後のレヴォン様とのキスだった。


 レヴォン様も愛してくださっているとわかってからの最初の頃は特に変化はなかった。

 パーティーで彼が私以外の女性と話していようが、ダンスの相手をしていようが、
『彼は私を好きでいてくれている』
という嬉しさでヤキモチを妬いたりもしなかった。

 だが、それから1年以上たった頃だろうか。心に余裕ができたためか、私の心はいつのまにか独占欲でいっぱいになっていた。

 "なぜレヴォン様は私以外の方と踊られるの?"

 "なぜレヴォン様は私以外の方に笑いかけているの?"

 "レヴォン様は私だけを見ていれば良いのに‼︎"


 彼女が現れたのは、ちょうど私がおかしくなり始めたころだった。

 学園に通い始めて半年程経ったころ、私が当時顔と名前だけを知っていた彼女と殿下が一緒に廊下を歩かれている後姿を見かけた。
 怒りで狂いそうになりながらも、少し残っていた理性で、きっと用事があっただけよね。と考えた。

 だが、真実はそうではなかった。

 その姿を見かけてから1週間経ったころ、再び彼が彼女と一緒におられる姿を見かけた。
 ただ場所以外に前と違ったことは、彼らの横顔が見え、レヴォン様の頬が赤く染まり彼女が好きでたまらないと、そう訴えている表情が見えていたことだった。

 "なぜ?なぜレヴォン様はシュゼット様を…あの女を、そんなに愛おしそうな目で見ておられるのですか?…その目を向けていたのは、向けて良いのは私だけでしょう?"

 その時には、まともな考えを持てる余裕はもう無くなっていた。


「貴方、軽々しく私のレヴォン様に近づかないでくださりませ。あの方は私の婚約者ですのよ?」

 それから1日しか経っていないころだった。私は授業と授業の合間に、庭園のベンチに彼女が1人で腰掛けている姿を見つけると、すっと近づき話しかけた。

「あの、私から話しかけたことはないのですが…」

 彼女は少し不思議そうな表情をすると、キョトンとした表情で私に言葉を返した。
 その表情が気に入らなくて、私は怒りをこめた言葉で返す。

「そんなわけないでしょう?レヴォン様は同じ女性に何度も話しかけたりするような方ではございませんわ」

 今考えれば、かなり偏った考えで酷い言葉だと思う。
 だが怒りで満たされた私の頭には、そのおかしさに気づくことなどできなかった。

「そのように言われましても、本当のことですし…」

「あな…」

「シュゼットの言う通りだよ、シェーヌ。彼女から話しかけてきたことはほとんどと言って良い程ない」

 その時何と言おうとしていたのか、怒りに身を任せそうになっていたので思い出せないが、怒鳴り上げそうになった時だった。
 横から声が聞こえたのでそちらの方へ顔を向ければ、そこに立っていたのは無表情のレヴォン様だった。

「…それは、本当ですの?」

「ああ、今そう言ったじゃないか」

「…なぜ、彼女に話しかける必要があったのです」

「ただ話しをしたかっただけだ。それ以外に理由なんてない」

 彼は私とシュゼット様の間に割り込むと、彼女を守るように私の前へ立った。
 また何か言おうとすれば、彼の冷たい目が私の目に入り、口から何かが溢れることはなかった。
 代わりのように溢れてきたのは、悲しみと、目から溢れそうになる温かいものだった。

「…そうなのですか。シュゼット様、誤解をしてしまい申し訳ございませんでした。失礼いたします」

 私は目から溢れそうになるものが流れてしまう前に立ち去ろうと早口で話すと、礼をしてから踵を返してその場を離れた。


 だが、それだけで私の怒りが収まることはなかった。
 日に日に激しくなって行く彼女への行動は、最後には取り返しのつかないものとなっていた。


 気がつけば私は、たくさんの貴族たちのいる中でレヴォン様から婚約破棄を突きつけられていた。

『なぜ彼女を庇うのですか⁉︎』

『私は貴方の婚約者ではないのですか⁉︎』

『好きだと言ってくださった言葉は、あれは嘘だったのですか⁉︎』

 私を囲んだ兵たちに引っ張られながら叫んだ言葉に、レヴォン様は何も言い返すことも、目を向けることもなかった。

 それからのことはほとんど覚えていない。外にいる兵が時々置いていくパンと水を、冷たく硬い鉄格子と石で囲まれた部屋で細々と食べていた。
 そしてまた気がつくと、私は大勢の人々に囲まれギロチンの前に立っていた。
 周りを見渡しても愛しいあの方の姿はなく、私は眠るように意識を手放した。

 その意識を手放す直前に思った。

 "せめて、最後くらいはレヴォン様のお姿を見たかった"

と。
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