まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎

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グラスネス

13話

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 魔王城近くの森、バーウェアの最も植物が茂る地帯で草に紛れた人間が三人、隠れていた。

「おい!ほんとにここら辺で勇者様見たんだろうな!?」
「馬鹿みたいに喚くなよ、見たって言ってんだろうが」

 苛立った様子で声を荒げる男を睨みつける男は周りを見回し魔物を警戒する素振りが絶えない。声を荒げる男は腕に棘を生やし筋肉を蓄えているところから格闘家、睨みつける男は二振りの剣を納刀しているところから剣士だと読み取れる。

「二人ともうるさぃ、魔物に見つかったらどうするのっ、、」

 見るからになよなよとした髪の長い男は眼球をぎょろぎょろと動かしながら二人を嗜めた。汗が滲んだ掌が掴む磨がれた木の棒と腰まで覆うローブを見るに男は魔法使いである。
 勇者だけが足りないパーティはバーウェアという強靭な魔物がうじゃうじゃいる森にはそぐわず、迫力も心持ちも力量も足りていないように見える。現に魔物の気配に三人が戦闘ではなく、潜伏を選ぶ姿はそれ以前の魔物に淘汰されるであろうパーティに思える。そんなパーティが何故、バーウェアで生き残れているのか、それは一重に勇者の力量のみで討伐を進めてきたからである。その勇者とは数日前に魔王攻略を果たし魔王を誘拐したナヴィという青年である。

「絶対、もう勇者様の機嫌を損ねないで。その約束でしょ」

 アルキドセ王国では討伐パーティの申請は四人からとされている。初期の頃は何人でも許可は通されたが、敢えなく敗北する冒険者が多く最低人数としての規定が設けられた。構成はどうだっていいが四人揃っていないと許可が降りない。どのような強者であっても。

「にしても、本当に置いていくなんてな」
「お前が勇者様を侮辱するようなこと言うからだろ」
「はあ!?お前だって言ってただろうが!!」
「だから、うるさいってッ」

 その制度のせいで冒険に出れないでいた勇者に声を掛けたのはこの三人。腕は中級だが、勇者は他には無関心で押されるがままにパーティを組んだ。初期は戦闘についていけていた三人も段々と魔物のレベルに押し負けるようになり、それからは勇者任せで討伐を進めていた。しかし、格闘家と剣士の口論は冒険中止むことはなく、弾みをつけた末に勇者にまで突っ掛かり、三人は勇者に見放され置いていかれることとなったのだ。

ガサガサガサッ

「ヒッぃ!!」

 遠慮のない足取りは近づく気配が魔物であることを予測させる。魔法使いの引き攣った悲鳴は緊張感を増幅させた。間から覗く影は小柄な人型と樹木ほどの高さと毛皮を纏う屈強な筋肉を持つ獣の魔物。人型であれば強大な力があると人間は信じており、片方は獣の中でも最高位、真正面から立ち向かって勝てる魔物のランクではなかった。

「くそッうぉおおお!!」
「あ?」

ガキッキィイインッ!!

「ぉらぁあああッ!!!」
「ぅおっ、ぐあッ」

 死角から飛び出した剣士に獣の魔物、アルヴァーが剣を捻じ曲げる。飛び掛かる剣士を跳ね飛ばすと出来た背後の隙に格闘家が一発、振りかぶった。常時であれば、防げる攻撃も不意打ちに襲われた油断で後頭部を殴られてしまった。歪んだ視界に堪らずふらついた身体は格闘家を下敷きにして仰向けに倒れ込んだ。

「えっ、ぇッ!?ある、あるゔぁっ、キャッ!?いやなにッ、~~ッ!?!?」
「よし、よしよし、ッ捕まえたっ、」

 目の前の戦闘とアルヴァーが攻撃された事実に混乱したままで硬直したセーレの首元に杖が触れる。盗賊のように肩に巻きついた腕と添えられた凶器に声にならない悲鳴をあげた。一瞬の隙に軍配は人間に傾いてしまった。

「おねがいだから、抵抗しないでっね?」
「……っひぃいいッ」
「……君は人型だけど、臆病だね?」

 恐る恐る指先が確認するように術をかけていく。三本の光の輪がセーレに巻きついて腕を沿わせたまま、動けない。怯えと恐怖に伏せた視線は潤み、こんなことなら大人しく魔王城の中にいるべきだったと激しい後悔に苛まれる。折角持ってきた水晶も勇者ではなかったのだから、役割は果たせなかった。

「ん、?ぇ……」
「ぅぐ、っ」
「、ぁ、あれ?この角、ッ」

 晒された容姿に魔法使いは眉を顰める。この魔法使い、魔物の種と地位には造詣が深かった。セーレの側頭部に生える湾曲した純白の角は書に描かれた魔王の特徴に沿ったものである。警戒しながらもセーレに触れては思案する魔法使いは顎を掴んで瞳を覗き込む。諦めたように放心しているセーレの伏せた紫を確認すると、確信をもって喜色に頬を染めた。

「もしかして、魔王の血族、?……っやった、この子を連れていけば……」
「ぁ、ぐッぅ……」

 狂気的なまでに喜びを表す魔法使いが杖を一振りする。地面に浮かび上がった光に二人は囲まれた。その瞬間、気絶していたアルヴァーの意識が浮上する。けれど、揺らぐ視界に状況把握はままならない。
 少し離れた位置に魔法使いが移動したことも作用して、その瞳が見開かれるころには魔法使いとセーレは眩い光に包まれていた。

「ハッ!?、まおうさまっ!」
「なにっやだ、!ッ!!、あるゔぁ、ッひ、ぃ!?」
「やば、はやくしないと、」

 数秒の差。アルヴァーの爪が魔法使いを裂く前に空間から二人が消えた。常に薄暗いバーウェアを閃光のような光が切り裂く。静けさが包む空間に獣が幹を薙ぎ倒す轟音が響いた。
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