まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎

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白い痛み

14話

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 目を潰すほどの光に涙を浮かべたセーレが身体を揺らしては輪に皮膚を焼かれる。ジュウ、と爛れた皮膚に痛みが追いかける。眩ゆい光は責め立てるようにセーレを照らしては煌々と白衣を輝かせた。

「ふふ、ふふふっ可哀想に」
「神官様!これでっ勇者様は僕たちに帰ってきますよね!?」
「ああ、そうですねぇ」

 最も日差しの当たる大理石に転がされたセーレを見下ろす人物が二人。転送した魔法使いと神官である。純白の白衣は吸収した光を反射させてはより一層セーレを苦しめた。拷問などしなくても空間自体が魔物にとって猛毒とある神殿に転がされた身体は衰弱を進めていた。呻き声をあげる魔物に目もくれず、興奮した魔法使いと冷ややかな神官の話し声は神殿に響き渡る。

「魔王の血族なんて、よく捕まえましたねぇ」
「僕も驚きです!やはり、出立前にいただいた神官様のご加護が聞いたんでしょうか!?」
「どうでしょうねぇ」

 頬を染めた魔法使いは神官に礼を繰り返すが、神官が受け取ることはなかった。
 魔法使いの言葉の節々に現れる勇者という言葉はセーレの目を大きく見開かせる。もしかして、この魔法使いは勇者の仲間なのだろうか、それならば目的は逃亡した俺への刺客?アルヴァーを一瞬でも圧倒した格闘家と帯同している人物ならあの勇者の仲間だというのも頷ける。その場で殺されなかった理由を結ばれていく思考が解明させていく。無意識に自分に数々を与えてくれた勇者の姿を浮かべては絶望感に打たれて、セーレは白い光への抵抗を薄れさせていく。

「貴方、本当に魔王の血族なんです?ランクはBですし、レベルも高くないですねぇ」
「……」
「あり得るなら擬態する魔物ですかねぇ」

 決して目を合わせないように失神したように脱力するセーレ。どこからか杖のような長物を握った神官は角や身体をつつき真偽を見極めようとしているが、血族どころか現魔王なのだから証跡など見つかるはずもなかった。

「……生きてます?」

 されるがままに転がされては目を瞑る姿に脈を測る神官。無事に鼓動を刻んでいたそれにため息を吐くと目の前の魔物のランクの認識を下げ、知能がないや言語が伝わらないと吐き捨てた。数十年前に魔王である尊厳など放棄したセーレにはそういった罵倒は効かない。離れていく神官によって和らぐ痛みに微かな安堵が広がる。
 暇つぶしにならない魔物に興味が尽きた神官は気怠げに魔法使いへ近寄る。

「あっ!!神官様!勇者様から返蝶ヘンチョウが来ました!」

 手に光の鱗粉を残した蝶に飛び跳ねて喜ぶ魔法使い。数分前に勇者へ宛てた送蝶ソウチョウが勇者によって返されたのだ。昂りを隠さずに返蝶ヘンチョウに込められた言葉を読む魔法使いが顔色を変えて首を傾げる。その姿に神官も不審げに眉を顰めた。
 可笑しい、常の魔法使いならば勇者の発する一文字一文字を噛み締めて耐えきれず倒れ込むこともあるというのに。

「何と、書いてあったのですか?」

 堪らず、神官が内容を問うた。まるで放心したように言葉を凝視する魔法使いの意識がやっと戻って口を開いた。

「……ぇ、と、」

 殺す。許さない。

「と、あって……」

「それは……?」

 神官は意味が分からなかった。魔法使いは魔王の血族を捕まえたこと、その特徴、神殿への待ち合わせを勇者に送ったのだ。殺す、だけならその恨みを魔物に充てたものだとわかる。ならば、許さないとは何の意図が込められているのか。
 得意のニヒルな笑みも嫌味も神官は発さず、訳がわからない勇者の言葉に考え込んでいた。神官が知る勇者とは魔物を恨むことだけに執念をもった男だ。勇者が他の仲間との折り合いが悪いことを考慮しても魔物を捕まえたという魔法使いに罵倒するほど私怨では動かない。勇者という男は気持ちが悪いほどに真っ直ぐであることを神官は刻み込まれている。



バタンッ!ギィイイイッ!!



 聖なる神殿の扉を荒々しく扱う者は一人しか居ない。

「ぁッ!!!勇者様!!」

 勇者の怪力が重たい扉を押し開いて、特徴的な銀髪が晒される。俯いたその姿からは表情が窺えない。

「見てください!勇者様ッ!魔王の血族です!!僕が、捕まえました!!!」
「は?、っ、!!」
「、ぅぐっ、ぃッ」

 誇らしげにセーレに巻きついた輪を鷲掴んだ魔法使いは掲げて勇者の目前に晒しあげた。キツく締まった輪に焼かれた身体が痛みを訴える。
 勇者がいる。そう考えただけで脳内を掻き回されたようにぐわぐわと思考が歪んで痛みの中で目を開けてしまった。俺から逃げたのに。


「ぁ、!?あっ、」

 勇者の瞳がセーレを貫いた。真っ直ぐで歪まないその瞳に罪悪感と悲しみが押し寄せる。

 訳がわからない。だって、俺は魔王で魔物なのに、なんで勇者にごめんなんて思うんだろう。でも、どうしようもなく悲しい。

 迫り来る剣を握った勇者に走馬灯のように街で過ごした3日を思い出す。知らない日常と知らない味覚は怯えと恐怖の中でも鮮明に鮮やかに脳裏に残っている。覚悟を決めてゆっくりと瞼を閉じた。
 駆ける足音が近くに聞こえる。
 振り上げた剣が空気を切り裂いた。
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