天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居

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将軍・家治は一橋家老の伊藤志摩守忠勸より相役の山口出雲守直郷が衰弱していることを知らされるや、一橋治済に一服盛られたことを疑う。

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 家老かろう山口直郷やまぐちなおさと砒素ひそにより登城とじょうかなわぬほど衰弱すいじゃくさせ、相役あいやく伊藤いとう忠勸ただすけ一人ひとり登城とじょう義務ぎむ背負せおわせることで、忠勸ただすけ御城えどじょう釘付くぎづけにさせ、そのかん一橋家ひとつばしけ上屋敷かみやしき脱出ぬけだしては小笠原おがさわら信喜のぶよしもとへとあしはこんでは家基暗殺計画いえもとあんさつけいかくについてくわしい打合うちあわせをおこなう―、治済はるさだのその計画けいかくはしかし、そう上手うまくははこばなかった。

 成程なるほど、5月の初旬しょじゅん山口直郷やまぐちなおさと砒素ひそどくにより衰弱すいじゃくさせることには成功せいこうした。

 だがそれを、相役あいやく伊藤いとう忠勸ただすけ将軍しょうぐん家治いえはるへと上申じょうしんおよんだのだ。

 無論むろん忠勸ただすけ山口直郷やまぐちなおさと衰弱すいじゃく砒素ひそどくによるものだとは、そこまでは気付きづいていなかった。

 あくまで病気びょうきによるものとそうおもみ、直郷当人なおさととうにんにしてもそうであった。

 それでは忠勸ただすけ一体いったい家治いえはるなに上申じょうしんおよんだのかと言うと、

相役あいやく山口直郷やまぐちなおさと病臥びょうがであるいま日々ひび登城とじょうはこの忠勸ただすけ一人ひとりにてつとめなければならず、つまりは今日きょうよう平日へいじつには毎日まいにち、この忠勸ただすけ一人ひとり登城とじょう義務ぎむたさなければならず、一方いっぽう相役あいやく直郷なおさとはともうすと、そのかん組屋敷くみやしきにて…、家老かろう専用せんよう屋敷やしきにてせっており、これではたとえば治済はるさだ登城とじょうせず、この忠勸ただすけ登城とじょうせしのち病臥びょうが直郷なおさと尻目しりめに、上屋敷かみやしき脱出ぬけだしては、ひそかにだれかと、我等われら家老かろうとどかぬところでうことも可能かのうにて…」

 そのてん上申じょうしんおよんだのだ。

 それが今日きょう、5月3日のことであり、成程なるほど治済はるさだはその登城とじょうしておらず、忠勸ただすけ上申じょうしんには信憑性しんぴょうせいがあった。

 伊藤いとう忠勸ただすけにしろ、山口直郷やまぐちなおさとにしろ、一橋ひとつばし家老かろうにんじられるにさいして、

治済はるさだ一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくひからせるように…」

 家治いえはるよりとくにそうこえをかけられていた。

 勿論もちろん、それが治済はるさだ家基暗殺いえもとあんさつたくらんでいるためだとは、家治いえはるもそこまでは打明うちあけず、それゆえ忠勸ただすけにしろ直郷なおさとにしろ、おのれなんため治済はるさだ一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくひからせねばならないのか、そこまでは気付きづいていなかった。

 それでも現状げんじょう家治いえはるのその期待きたいこたえられないとあっては、家治いえはるからのその期待きたいあるいは「密命みつめい」をびた忠勸ただすけとしてはその現状げんじょう黙過もっかすることは出来できずに、上申じょうしんおよんだ次第しだいである。

 そして忠勸ただすけのその上申じょうしんには、

本気ほんき治済はるさだ一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくひからせようとの思召おぼしめしなれば、一刻いっこくはやくに山口直郷やまぐちなおさと家老かろうしょくから解放ときはなち、つまりは解任かいにんしてだれほかものを、それも登城とじょう出来でき健康体けんこうたいもの後任こうにんえるべし…」

 その示唆しさめられていた。

 たしかにそれはかなっていた。

 だが家治いえはる同時どうじに、よりもじょう優先ゆうせんさせるところがあり、

おのれ一度いちどにんじたもの余程よほど落度おちどがないかぎりは仮令たとえ当人とうにんめると言ってもそれをゆるさない…」

 という「ポリシー」であり、それは家治いえはる敬愛けいあいしてまない祖父そふ吉宗譲よしむねゆずりのものであった。

 吉宗よしむねがその「ポリシー」の持主もちぬしであり、それがまご家治いえはるへと隔世かくせい遺伝いでんした。

 さて、そこで山口直郷やまぐちなおさとであるが病気びょうき直郷なおさとせめではなく、それゆえ、「余程よほど落度おちど」には該当がいとうしないので、家治いえはるとしては仮令たとえ直郷なおさと家治いえはる辞意じいを、相役あいやく伊藤いとう忠勸ただすけにでもたくしてつたえてたとしても、これをゆるさないつもりであった。

 いや、それどころか家治いえはる直郷なおさとはそもそも、真実まこと病気びょうきなのかと、それをうたがっていた。

治済はるさだのことゆえ一服いっぷくったに相違そういあるまい…」

 直郷なおさとやまいたおれる、家治いえはる忠勸ただすけよりのその上申じょうしんみみにするや、咄嗟とっさにそうおもった。

 そうであれば愈々いよいよもって、直郷なおさと解任かいにんするわけにはいかない。

 だが同時どうじに、いま状態じょうたい捨置すておけば忠勸ただすけ上申じょうしん懸念けねんするとおり、治済はるさだ監視かんし十全じゅうぜんでないのも事実じじつであった。

 そこで家治いえはる沈思ちんし黙考もっこうすえ、ある解決策かいけつさくみちびした。

 すなわち、伊藤いとう忠勸ただすけ大目付おおめつけへと異動いどうさせ、しかし引続ひきつづ一橋ひとつばし家老かろうをも兼務けんむさせる、いや正確せいかくには家老かろう職掌しょくしょうである毎日まいにち登城とじょう義務ぎむのみを継続けいぞくさせ、一方いっぽう忠勸ただすけ後任こうにん家老かろう家治いえはるもっと信頼しんらいする小納戸こなんど頭取とうどり水谷みずのや但馬守たじまのかみ勝富かつとみて、水谷勝富みずのやかつとみには家老かろうとして一橋家ひとつばしけ上屋敷かみやしき常駐じょうちゅうさせ、ただ登城とじょう義務ぎむめんじたうえ治済はるさだ監視かんし専念せんねんさせる、というものであった。

 これならば山口直郷やまぐちなおさと解任かいにんせずともむというものである。

 そして無論むろん治済はるさだ登城とじょうおよ場合ばあいには水谷勝富みずのやかつとみにも治済はるさだ付従つきしたがってもらうことになる。つまりは治済はるさだとも登城とじょうしてもらうことになる。

 家治いえはるはこの「解決策かいけつさく」をみちびすや、側近そっきんである御側御用取次おそばごようとりつぎ稲葉いなば正明まさあきら横田よこた準松のりとしの2人に、伊藤いとう忠勸ただすけからの上申じょうしんと「セット」で事後じご報告ほうこくした。

 つまりは異論いろん反論はんろんゆるさぬということだ。

 正明まさあきらにしろ準松のりとしにしろ、即座そくざにそうとさっするや、

「それは真実まこともっ結構けっこうなる裁許さいきょかと…」

 2人はそうくちそろえた。

 そしてそのうちの1人、正明まさあきら家治いえはるたいして、

上様うえさまかんがえのとおり、山口直郷やまぐちなおさと一服いっぷくられたる可能性かのうせいがあり、つきましては真実まこともっおそおおきことなれど、おもてばん医師いし一橋家ひとつばしけへと…、直郷なおさと枕頭ちんとうへと差向さしむけさせましては如何いかがでござりましょう…」

 そう提案ていあんしたのであった。

「ほう…、おもてばん医師いし直郷なおさと病状びょうじょう診立みたてさせようもうすのだな?」

御意ぎょい…、かり山口やまぐち出雲いずもやまいためではのうて、それが一服いっぷくられしによる衰弱すいじゃくなれば、かならずやおもてばん医師いし見破みやぶるに相違そういなく…」

 家治いえはるは「成程なるほど」とひざった。

結果けっか山口やまぐち出雲いずも衰弱すいじゃくやまいためではのうて一服いっぷくられしことによるものと、左様さよう判明致はんめいいたさば、一橋ひとつばし民部卿殿みんぶのきょうどの大納言だいなごんさま暗殺あんさつたくらみかくたるあかし…、とまではかずとも、その傍証ぼうしょうにはなりましょう…」

たしかに…、なればおもてばん医師いしではのうて、この家治いえはるつかえしおく医師いしを…、池原良誠いけはらよしのぶ差向さしむけるがかろう。良誠よしのぶ中々なかなかうでなれば、かならずや看破みやぶるに相違そういなく…」

 家治いえはる治済はるさだ直郷なおさと一服いっぷくったとの前提ぜんていはなしていた。

 それはただしく、そして家治いえはる池原良誠いけはらよしのぶくちすであろうことは正明まさあきらにも予期よきされた。

たしかに…、池原雲伯いけはらうんぱくなれば、かり山口やまぐち出雲いずも一服いっぷくられしによる衰弱すいじゃくなればそれを、それもどく種類しゅるいまで言当いいあてるに相違そういなく…、なれど一橋ひとつばし民部卿殿みんぶのきょうどののこと、かならずや池原雲伯いけはらうんぱく診立みたてにとなえるに相違そういなく…」

「それはまぁ…、当然とうぜんとなえるであろうな…」

「それも公平性こうへいせい問題もんだいあり、と…」

公平性こうへいせい、とな?」

御意ぎょい…、されば池原雲伯いけはらうんぱく田沼主殿たぬまとのも推挙すいきょせしによりおく医師いし取立とりたてられしものなれば…」

「まさかに…、そなたは池原良誠いけはらよしのぶいつわりの診立みたてをいたすともうすのか?」

「いえ、池原雲伯程いけはらうんぱくほど名医めいいなればいつわりの診立みたてなどいたはずもなく…、なれど一橋ひとつばし民部卿殿みんぶのきょうどの御立場おたちばでは…、かり山口やまぐち出雲いずも一服いっぷくったものと仮定かていして、その場合ばあいには山口やまぐち出雲いずも衰弱すいじゃく一服いっぷくられしによるものと、そのどく種類しゅるいまで言当いいあててみせたとしても…」

 これはこの治済はるさだおとしいれんとする意次おきつぐ陰謀いんぼうにて、池原良誠いけはらよしのぶ意次おきつぐけて虚偽きょぎ診断みたてをしたものと、治済はるさだかならずやそう反論はんろんするにちがいないと、正明まさあきら家治いえはるいたのであった。

 それで家治いえはる正明まさあきらもうした「公平性こうへいせい」の意味いみするところについてようやくに呑込のみこめた次第しだいであった。

「されば…、池原良誠いけはらよしのぶ以外いがいおく医師いし診立みたてさせては…」

「いえ、民部卿殿みんぶのきょうどのがこと、いま本丸奥ほんまるおく医師いしみな田沼主殿たぬまとのもいきのかかりしもの左様さよう反論はんろんこころみるに相違そういなく…」

成程なるほど、それでおもてばん医師いしとな?」

御意ぎょい…」

相分あいわかった…、なれど一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりのありしおもてばん医師いしなどは論外ろんがいぞ?」

 家治いえはる正明まさあきらにそうくぎした。

 それにたいして正明まさあきらは「御意ぎょい…」とこたえたものの、しかし実際じっさいには一橋家ひとつばしけすなわ治済はるさだ所縁ゆかりのあるおもてばん医師いし一橋家ひとつばしけへと差向さしむけるつもりであった。

 じつを言えば稲葉いなば正明まさあきら横田よこた準松のりとしにしてもそうだが、

いまいままで…」

 一橋ひとつばし家老かろう山口直郷やまぐちなおさとにかけているなどとはおもいもよらぬことであった。

 だが家治当人いえはるとうにんからこのかん事情じじょうかされ、正明まさあきら即座そくざに、

山口やまぐち出雲いずもめは治済はるさだ一服いっぷくられたに相違そういあるまい…」

 そう直感ちょっかんした。

 それでは治済はるさだ一体いったいなんため山口直郷やまぐちなおさと一服いっぷくったのか、そこまでは正明まさあきらにもからなかったものの、しかし、

家基暗殺計画いえもとあんさつけいかく一環いっかんであろう…」

 その程度ていど見当けんとういた。

 そこで正明まさあきら山口直郷やまぐちなおさとおもてばん医師いしさせてはと、かる提案ていあんおよんだのだ。

 これでおもてばん医師いし山口直郷やまぐちなおさと診察しんさつし、

山口直郷やまぐちなおさと症状しょうじょうまぎれもなくやまいによるもの…」

 その診断しんだん結果けっかられれば、家治いえはる治済はるさだたいするうたがいもれるであろう。

 いや完全かんぜんには治済はるさだたいするうたがいは払拭ふっしょくしきれまい。

 すなわち、治済はるさだ家基いえもと暗殺あんさつたくらんでいると、家治いえはるのそのうたがいがれることはないであろう。

 それでも山口直郷やまぐちなおさと一服いっぷくったのではと、そのうたがいはらさざるをまい。

 稲葉いなば正明まさあきらはそのために、治済はるさだ所縁ゆかりおもてばん医師いし一橋家ひとつばしけへと差向さしむけるつもりであった。

 一橋家ひとつばしけと、治済はるさだ所縁ゆかりおもてばん医師いしなれば、

山口直郷やまぐちなおさと衰弱すいじゃくまぎれもなくやまいによるもの…」

 その診断しんだん結果けっかみちびしてくれるからだ。

 とはもうせ、「直接的ストレート」に一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりのあるおもてばん医師いしでは流石さすがマズい。

 そこで一見いっけんすると一橋家ひとつばしけとは所縁ゆかりがないようおもわれ、しかしそのじつ治済はるさだいきがかかっているおもてばん医師いし差向さしむけることにした。

 すなわち、一昨年おととしの安永5(1776)年、オランダ商館しょうかんちょう随行ずいこうして参府さんぷおよんだオランダ商館しょうかんより遅効性ちこうせい発揮はっきする毒物どくぶつ聞出ききだしたおもてばん医師いし天野あまの敬登たかなり峯岸瑞興みねぎしよしおきの2人である。

「して…、上様うえさまはいつ、水谷みずのや但馬たじま家老かろうにんじられる所存しょぞんにて?」

 正明まさあきらはそのてん家治いえはるただした。

「されば…、今日きょう明日あすというわけにもゆくまい…、7日ごろ予定よていしておる…」

成程なるほど…、しからばこの正明まさあきら今日きょうにもおもてばん医師いしともない、一橋家ひとつばしけ乗込のりこ所存しょぞん…」

なんと…、今日きょうにも?」

 家治いえはる正明まさあきらはやさに流石さすがまるくした。

御意ぎょい…、こときゅうようしまするゆえ…」

 山口直郷やまぐちなおさといのちかっていると、正明まさあきら実際じっさいにはおもってもないことを家治いえはる示唆しさした。

 すると家治いえはるはそうとも気付きづかずに、正明まさあきら心底しんそこ山口直郷やまぐちなおさとあんじてくれていると、そう誤解ごかいして、正明まさあきらあらためて信認しんにんした次第しだいである。

かろう…、山口直郷やまぐちなおさとけんについては正明まさあきら、そなたに一任いちにんしようぞ…」

 家治いえはる正明まさあきらにそうめいじた。
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