現場指紋係主任は転生先の異世界でも指紋捜査官として活躍します

異世界転生者・一兵(イッペイ)、世話係のシオリとの生活をスタートさせる 1

　シオリの案内で異世界の町を散策した一兵が思ったのはやはりラノベ通りの異世界であったという感慨であった。

　散策の途中、買い食いしたりと、それはもう、確かにタテが冗談めかして口にした通り、デートと言えなくもなかった。

　そして一兵が住処(すみか)に案内されたのは夕暮れ時のことであった。

「これからここがイッペイの住まいよ…」

　シオリがそう言って一兵を案内してくれたのは成程(なるほど)、如何(いか)にも異世界らしい住処(すみか)であり、勿論、シャワーも水洗トイレもなかった。

　但(ただ)し、家の外には井戸があり、トイレはやはり外にあり、勿論、ぼっとんであった。根っからのシティボーイの一兵には中々(なかなか)にハードな環境と言えたが、それでも幸いにと言うべきか、異世界の気候は暖かく、それもかなり温暖であり、それゆえ井戸水もぬるま湯であり、風邪を引くということはなさそうだった。

　但(ただ)し…、これまた但(ただ)しなわけだが、その気候ゆえ生物(なまもの)は諦めなければなさそうだった。つまり寿司(すし)などの類(たぐい)は口にできないということだ。異世界である。やはり冷蔵庫などの食料の保存技術もなかったからだ。実際、シオリと買い食いしたのもピザであった。

　部屋の中にはベッドと家具…、机や食卓に食器棚など、そして調理場があった。ベッドや家具はいずれも木製で、調理場こそ一応、煉瓦(れんが)造りであったが、しかし、ガスコンロというわけでもなさそうで、一体、どういう要領で火をつけるのか、一兵が首をかしげていると、そうと察したシオリが調理場の前に立つと右手を翳(かざ)した。するとあら不思議、火がついたのであった。

「こりゃ驚いた…、そんな魔法まで使えるとは…」

　一兵は正直に答えた。

「世話係だからね…」

　シオリは一兵の方へと振り向くと、微笑した。

「世話係だと火が使えるのか…」

「勿論、ただ火を使うだけじゃなく、食事も…」

「えっ?食事も作ってくれるのか?」

「そのための世話係だから」

　シオリはさも当然といった口調で答えた。

「いや、これは驚いたな…」

　警察学校を卒業後、一兵は転生前までずっと待機寮で過ごしていた。勿論、自炊(じすい)が大原則であり、一兵はそのことを伝えた。

「私が作るのがあれなら、遠慮するけど…」

「いや、シオリが作ってくれるならそれに越したことはない。是非(ぜひ)とも頼む」

　一兵は心の底からそう言った。自炊(じすい)するにしても食材を仕入れなければならず、だが果たしてこの異世界にはどのような食材があり、どこで仕入れればいいのか、そしてその食材でもって如何(いか)なる料理を作れば良いのか、一兵にはまるっきり見当もつかなかった。

「分かった。それから風呂だけど…」

「ああ。あの井戸の水を使えば良いんだろ?ぬるま湯だから何とか耐えられるだろう…」

　一兵は住まいの窓から見える井戸を見てそう言った。するとシオリの「まさか…」という言葉が聞こえた。

「違うのか?」

「いえ…、井戸の水で体を洗うのはその通りだけど、でもあのままの、いくらぬるま湯とは言え、井戸からくみ上げた水で体を洗ったりしたら風邪を引くわよ…」

「それじゃあ…」

　一兵が尋ねると、シオリは「きて…」と一兵を部屋の外へと誘(いざな)った。

　案の定、シオリは井戸の前まで一兵を案内すると自ら井戸から水をくみ上げ、それを井戸の傍(そば)にあった大きな桶(おけ)に移し変えると、やはり右手を翳(かざ)した。

　するとこれまたあら不思議、桶(おけ)の水は温かい、どころか熱く感じられた。これなら外で体を洗っても風邪を引くことは絶対にないだろう。

　一兵がそう思っていると、「風呂は勿論、別にあるわよ…」とシオリが微苦笑して答えた。

「風呂って…、どこに?」

「家の裏…、案内するわ…」

　シオリがそう言って一兵を家の裏へと案内するとそこには確かにシオリの言う通り、風呂場があった。勿論、シャワーこそないものの、それでも立派な木製の風呂であった。流石(さすが)に檜(ひのき)というわけではなかったものの、それでも立派な風呂であった。

「ここに井戸からくみ上げた水をこの風呂に移して、それで温めるのよ…」

「シオリが?」

「そう」

「大変じゃないか?」

　女一人で井戸から水をくみ上げ、そして風呂へとその水を移すなど、当然、井戸と風呂場とを何往復もしなければならず、女一人の力ではきついものがあった。

　だがシオリはそんな一兵の懸念(けねん)を一笑に付した。

「心配ないわよ。異世界の女はそれなりに体力があるから…」

「でも…」

「転生者は皆、そう心配してくれるけど、大丈夫よ…」

　シオリはそう言って一兵の懸念(けねん)を払拭(ふっしょく)しようとした。だが一兵はそれを聞いて別の疑問が頭に浮かんだ。

「シオリはやはり他の転生者の世話係をしたことがあるのか…」

　いや、正直に言おう、男の世話をしたことがあるのかと、そう疑問に思ったのであった。

　するとシオリはそんな一兵の胸のうちを見透(みす)かしたのか、「気になる?」と尋ねた。

「えっ?」

「私が今までどんな転生者の…、ううん…、男の世話をしてきたのか…」

　正しく図星であり、一兵は何も答えられなかった。結局、「腹が空(す)いた」と一兵はそう言ってその場を取り繕(つくろ)った…、いや、誤魔化(ごまか)した。