大正貴族の階段 ~侯爵令嬢の恋~

ご隠居

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女子華族院4年生の静子(しずこ)と5年生の寛子(ひろこ) 1

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 午前10時になり、午前8時より始まった1限目の英語の授業が終わりを告げると、静子(しずこ)は先輩の野村(のむら)寛子(ひろこ)の元へと歩み寄った。

「先輩…」

 静子(しずこ)がそう声をかけると寛子(ひろこ)は顔に微苦笑を浮かべて振り返った。

「先輩はよしてよ。1年しか違わないじゃない…」

 確かに寛子(ひろこ)の言う通りであった。

 寛子(ひろこ)は現在、5年生であり、やはり静子(しずこ)と同じく「卒業組」、それも「進学組」であった。

 冬期講習にしろ夏期講習にしろ、学年別で行われるかと思いきや、この女子華族院ではそもそも高等科へと進学する女学生は皆無(かいむ)に等しく、それゆえ「進学組」は皆、一緒の教室で講習を受けていた。

 教室はガラガラの状態であり、寛子(ひろこ)の両隣どころか上下の席も空(あ)いており、そこで静子(しずこ)は隣の席に腰をおろした。本来ならば静子(しずこ)としては元より寛子(ひろこ)の隣の席に座って講習を受けても良かったのだが、それでは親しさが手伝ってしまい、最悪、講習に集中できない弊(へい)、無(な)きにしも非(あら)ず、であり、そこで講習中はあえて静子(しずこ)は寛子(ひろこ)とは離れた場所に座っていたのだ。

「実は今の授業のところで分からないところがあって…」

 静子(しずこ)はノートを手に取り、寛子(ひろこ)に相談を持ちかけた。本来ならば師範に聞くべきところであったが、こと英語の実力に関してはあまり大きな声では言えないが、寛子(ひろこ)の方が師範よりも上であり、教え方にしてもまた然(しか)り、であった。

 それゆえ静子(しずこ)は自然と寛子(ひろこ)を頼り、それに対して寛子(ひろこ)も嫌な顔ひとつ見せずに、「どこかしら?」と教える構えを見せてくれた。そこで静子(しずこ)も寛子(ひろこ)の目の前でノートのお目当てのページを開き、「ここの文法が…」と教えを請(こ)うたのであった。

 それに対して寛子(ひろこ)は実に分かりやすく解説してくれて、静子(しずこ)の疑問は氷解(ひょうかい)した。

「ありがとうございます」

 静子(しずこ)はノートを閉じると椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

「よしてよ、そんな他人行儀な真似…」

 寛子(ひろこ)は苦笑しながらそう言った。だが静子(しずこ)としては頭を下げないことには気が済まなかった。

「それにしても先輩…、いえ、寛子(ひろこ)さんはわざわざ講習に出なくても十分に内部進学できますよね…」

 静子(しずこ)は再び、椅子に座ると最後の方は声を落としてそう言った。それは決してお世辞ではなく本心からの言葉であった。それでもこの女子華族院からさらに高等科へと進学するためにはこの冬期講習を受けることが不文律(ふぶんりつ)であるので致し方ない。

 ともあれ寛子(ひろこ)の頭脳をもってすれば一般入試でも高等科に入れるであろう。

「実はそれなんだけどね…」

 寛子(ひろこ)まで声を落とすと周囲を見回し、それから「ちょっと…、次の授業が始まるまで出ない?」と静子(しずこ)を教室の外へと誘った。元より、寛子(ひろこ)と親しくしたい静子(しずこ)としては異論はなく、「はい」と即答(そくとう)し、静子(しずこ)と寛子(ひろこ)は同時に立ち上がると連れ立って教室の外へと出た。
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