大正貴族の階段 ~侯爵令嬢の恋~

ご隠居

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特高課員の良次(よしつぐ)は課長の大野より、治安維持法案に反対することが予想される吉良義意の泣き所を探るよう命じられる

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 そこで内務省サイドは貴族院に圧力をかけ、新たに、八條(はちじょう)隆正(たかまさ)と渡邊(わたなべ)廉吉(れんきち)、内田(うちだ)正敏(まさとし)と南岩倉(みなみいわくら)具威(ともたけ)、木場(こば)貞長(さだたけ)と川上(かわかみ)親晴(ちかはる)の六名を新たな委員として、「過激社会主義取締法案特別委員会」に送り込んだのであった。それが大正11年3月22日のことであり、既に、審議は六回目を迎えようとしていた。

 すなわち、内務省サイド、ひいては特高課が「過激社会主義運動取締法案」に明確に反対の姿勢を示す委員の義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名に対して賛成に転じてくれるよう説得しようとし、それに失敗したと同時に、四回目の審議が行われた3月6日から8日後の3月14日には五回目の審議が開かれ、内務省サイド、もとい特高課としては五回目のその審議の折に新たな委員を送り込みたかったのだが、生憎(あいにく)、たった8日間では人選もままならず、それゆえ、委員の増員はさらにそれから8日後の3月22日の六回目の審議に持ち越しとなってしまった。

 そのため3月14日の五回目の審議では再び、義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)が特別委員会に復帰し、二人はそれこそ、

「タッグを組んで…」

 政府委員を「ノックアウト」したものである。内務省サイド、特高課もそれを予期してか、五回目の審議においてはさらに内務次官の小橋(こばし)一太(いちた)とさらに司法省参事官の岩村(いわむら)通世(みちよ)、そして内務大臣の床次(とこなみ)竹次郎(たけじろう)まで担ぎ出したのであった。

 岩村(いわむら)通世(みちよ)は秋山(あきやま)高三郎(こうざぶろう)、清水(しみず)行恕(ゆきのり)と並ぶ「司法省のエース」であり、「司法省三羽烏」などとも称されていた。

 また、内務次官の小橋(こばし)一太(いちた)は現職の衆議院議員でもあった。小橋(こばし)一太(いちた)は内務官僚として内務省の各局長を歴任、大正7(1918)年の4月25日には土木局長より遂に内務官僚にとっての出世双六の上がりのポストである内務次官に昇りつめた

 その時の内閣は原敬立憲政友会内閣であり、原敬は総理として、内務次官に就いた小橋(こばし)一太(いちた)の手腕を大いに買い、そこで原敬は立憲政友会総裁として自ら内務次官であった小橋(こばし)一太(いちた)に対して

「次の総選挙で立憲政友会から出馬しないか…」

 そう口説いたのであった。それが大正8(1919)年の年の瀬であった。小橋(こばし)一太(いちた)はその時、内務次官に就任してから既に1年と半年以上が経過しており、その翌年の大正9(1920)年の4月25日で丸二年を迎えようとしていた。内務次官にはこれといって任期があるわけではないものの、それでも1年から2年、どんなに長くとも3年というのが不文律であり、既に内務次官として2年目を迎えようとしていた小橋(こばし)一太(いちた)はそろそろ退官を考え始めていたので、原敬からのその誘いにはそんな小橋(こばし)一太(いちた)にとっては渡りに船と言えた。

 小橋(こばし)一太(いちた)は内務次官としての経験を買われ、

「いずれは勅撰議員として貴族院に議席を置きたい…」

 そう望んでいた。だが退官後すぐに、というわけにもゆくまい。そう自分に都合良く勅撰議員として貴族院に議席を置くこともできないだろう。そこでそれまでの間、「再就職先」として、

「衆議院議員に転身するのも悪くない…」

 小橋(こばし)一太(いちた)はそう考え、原敬の誘いに乗ったのであった。

 一方、原敬も既に、大正8(1919)年の年の瀬の時点で解散を考えていた。それと言うのも前の総選挙から2年以上が経過しており、翌年の大正9(1920)年の4月20日で丸三年を迎えようとしており、原敬は与党立憲政友会総裁として解散を考えており、そこで自ら優秀な新人の発掘に余念(よねん)がなく、小橋(こばし)一太(いちた)もそんな原敬のおめがねに適(かな)った一人であった。

 そして原敬は小橋(こばし)一太(いちた)に対して信じられない提案をしてみせたのだ。

「身分は内務次官のままで総選挙に出馬してもらって構わない…」

 原敬は何とそう提案してみせたのであり、これにはさしもの小橋(こばし)一太(いちた)も心底、驚いたものである。それと言うのも内務次官は内務官僚が就くポストであり、そして、衆議院議員に転身するには当然、内務官僚を辞めなければならない。議員と官僚の兼摂(けんせつ)は認められていないからだ。だからこそ小橋(こばし)一太(いちた)も退官するつもりで原敬の誘いを受託したのである。それが退官しなくて良いとはどういうことかと、小橋(こばし)一太(いちた)は首をかしげたものである。

 それに対して原敬も当然、小橋(こばし)一太(いちた)の内心の疑問には勿論、気付いており、そこで原敬はさらに小橋(こばし)一太(いちた)を驚かせるような答えをよこしたのであった。

「内務次官は政治任用とする…」

 なるほど、政治任用ならば官僚でなくとも内務次官のポストに座れる。それこそ、極論だが「隣の豆腐屋」でも内閣の一存で内務次官に起用できるのだ。

 ともあれ、小橋(こばし)一太(いちた)は原敬がそこまで自分のことを買ってくれていたとは、

「肥後もっこすの血が騒いだ…」

 それと言うのも小橋(こばし)一太(いちた)は熊本生まれであり、それゆえ選挙区も熊本1区と定め、同区より初出馬したわけだ。

 ともあれ小橋(こばし)一太(いちた)は大正9(1920)年の3月6日をもって内務省を退官し、同時に改めて内務次官に
政治任用されたのであった。この日が総選挙の公示日だからであり、小橋(こばし)一太(いちた)は内務次官の身分のまま、立憲政友会の候補者として立候補の届出を行ったのであった。

 事程作用に原敬に買われた小橋(こばし)一太(いちた)であり、内務省の期待の星でもあった。実際、小橋(こばし)一太(いちた)は総理総裁が原敬から高橋(たかはし)是清(これきよ)へと替わってからも引き続き、内務次官に留任し、内務大臣の床次(とこなみ)竹次郎(たけじろう)を次官として支えたのであった。

 その床次(とこなみ)竹次郎(たけじろう)まで五回目の審議に引っ張り出し、正しく、「総力戦」の様相(ようそう)を呈(てい)していたものの、しかし、やはり義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の「タッグ」を前にしてあえなく敗れたのであった。

 結局、この決着は六回目の審議の冒頭で新たに六名の委員が増員されたことで決着がついた。

 すなわち、子爵の八條(はちじょう)隆正(たかまさ)と勅撰議員の木場(こば)貞長(さだたけ)は研究会所属であり、
男爵の内田(うちだ)正敏(まさとし)と同じく男爵の南岩倉(みなみいわくら)具威(ともたけ)は公正会所属、勅撰議員の渡邊(わたなべ)廉吉(れんきち)は交友倶楽部所属であり、同じく勅撰議員の川上(かわかみ)親晴(ちかはる)は茶話会所属であった。

 一見、各会派から満遍(まんべん)なく寄せ集められたようにも思えるが、実際には研究会所属の八條(はちじょう)隆正(たかまさ)と木場(こば)貞長(さだたけ)を除く四人にしても皆、

「隠れ研究会」

 であった。一応、「現住所」こそ公正会なり交友倶楽部なり茶話会なりだが、「本籍地」は研究会であった。

 それゆえ六回目の審議の冒頭でこの六名が新たな委員として特別委員会に投入されるや、残りの審議は事実上、

「消化試合」

 と化したのであった。すなわち、この六名が審議を席巻(せっけん)、つまりは議論を封じたのであった。

 彼ら六名の委員が政府委員にとって都合の良い質問を長々としては、それに対して政府委員も長々と答えるといった具合に審議時間を消化したのであった。それは八百長相撲そのものであり、本来、行司役としてそれをたしなめるべき立場にあった委員長の二條(にじょう)厚基(あつもと)と副委員長の大久保(おおくぼ)利武(としたけ)の両名にしてもその八百長相撲に手を貸すかのように黙認状態であった。

 無論、義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)も何とか議論に割って入ろうとしたものの、しかしそれで漸(ようや)くに質問できる頃には「タイムアップ」で議論を封じられてしまう始末であり、それが六回目の審議とさらにその翌日の3月23日の七回目、すなわち最終審議にまで及んだ。

 翌日の3月23日は最終審議であり、そこで委員の中でも特に新たに委員に任命された川上(かわかみ)親晴(ちかはる)が熱心に法案の必要性を説いたものであった。それと言うのも川上(かわかみ)親晴(ちかはる)は明治10(1877)年に内務省警視局に警部補として出仕し、最後は警視総監にまで昇りつめた後、勅撰議員に登用されたバリバリの、

「警察族」

 あるいは、「内務族」であるからだ。それゆえ川上(かわかみ)親晴(ちかはる)の場合は「隠れ研究会」と言うよりは、「隠れもせぬ内務族」と言えた。

 また、木場(こば)貞長(さだたけ)と渡邊(わたなべ)廉吉(れんきち)の二人は法学博士でもあり、法学的な見地から如何(いか)にこの「過激社会主義取締法案」が必要であるか、それこそまるで政府委員にでもなったかのような口調でもって熱心に説いたものである。

 ともあれ、新たに加わった委員が六人であるのに対して、これまでの委員は八人、新たに加わった委員が皆、「過激社会主義取締法案」に賛成しただけでは過半数には届かないものの、しかし、新たに加わった委員が皆、賛成するとどうしたことか、これまでの委員の中からもボロボロと、それこそ、

「櫛の歯が抜け落ちるかの如(ごと)く…」

 賛成に転じた。まず大島(おおしま)健一(けんいち)がそうで、大島(おおしま)健一(けんいち)は茶話会に所属する勅撰議員であり、茶話会と言えば、公正会と同成会との「幸三派」によって反立憲政友会の旗幟(きし)を鮮明にしており、そうであれば立憲政友会内閣よりの提出法案である「過激社会主義取締法案」に対してその茶話会に所属する大島(おおしま)健一(けんいち)の立場からすれば反対するか、あるいは反対とまではゆかずとも採決を危険するものと思われたが、しかし、案に相違して大島(おおしま)健一(けんいち)はそのどちらも取らずに堂々と賛成したのであった。

 実は大島(おおしま)健一(けんいち)は新たに六人の委員が増員されるまではこの「過激社会主義取締法案」に対して懐疑的であった。それは反立憲政友会の立場である茶話会に所属しているから、といった近視眼的なものではなく、大島(おおしま)健一(けんいち)自身の言わば、経綸(けいりん)による反対であった。無論、やはりそれで社会主義を受容したというわけではなく、大島(おおしま)健一(けんいち)にしても社会主義には本能的な嫌悪感があったが、しかしだからと言ってこの「過激社会主義取締法案」は危険は法案のようだと、そう思えばこその反対であった。

 しかし新たに増員された六人の委員のうちの一人である内田(うちだ)正敏(まさとし)が大島(おおしま)健一(けんいち)を反対から賛成へと転じさせたのであった。

 それと言うのも内田(うちだ)正敏(まさとし)も大島(おおしま)健一(けんいち)も共に軍人であり、内田(うちだ)正敏(まさとし)はその軍人としての絆を前面に押し出して大島(おおしま)健一(けんいち)を口説き落としたのであった。つまりは泣き落としというヤツである。

 内田(うちだ)正敏(まさとし)は海軍軍人として日清日露戦争に従軍し、その功を認められて勅撰議員に取り立てられ、一方、大島(おおしま)健一(けんいち)は陸軍軍人として同じく日清日露戦争に従軍し、やはりその功を認められて勅撰議員に取り立てられたのであった。

 それゆえ内田(うちだ)正敏(まさとし)と大島(おおしま)健一(けんいち)はそれぞれ海軍軍人、陸軍軍人と違っており、それゆえ接点がなかったのだが、それでも軍人としての絆はまた別であった。

 しかも年齢の点でも、軍人としてのキャリアの点でもいずれも内田(うちだ)正敏(まさとし)の方が上であり、その内田(うちだ)正敏(まさとし)から過激社会主義取締法案に賛成してくれるよう頼まれたとあっては大島(おおしま)健一(けんいち)も内心では過激社会主義取締法案が危険な法案であると直感しつつも、「情」において負け、賛成へと転じてしまったのである。

 これで賛成者は7人に増え、すると元より研究会所属の伊東(いとう)祐弘(すけひろ)と河村(かわむら)善益(よします)も賛成し、それで賛成者は9人となり、委員14人の過半数のラインを超えた。

 そうなると残りの者たちも右へ倣えとばかり皆、賛成に転じてしまい、結局、義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)が反対しただけであり、岡田(おかだ)良平(りょうへい)さえも賛成に転じたほどであった。

 こうして義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名の反対空しく、「過激社会主義取締法案」が特別委員会を通過するや、翌3月24日の貴族院本会議において委員長報告の上、圧倒的多数により衆議院に送付することが決まった。

 もっともその衆議院において「過激社会主義取締法案」は否決されてしまったわけだ。

 だが今回は憲政会も連立パートナーである立憲政友会に配慮して、「過激社会主義取締法案」から「治安維持法案」へと名を改めたその法案に賛成してくれるようであり、衆議院においては目鼻がついた格好で、その点、内務省、ひいては特高課も安堵(あんど)しているのだが、問題は貴族院である。

 再び、義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名が反対の論陣を張るのではないかと、特高課長の大野は部下の大石(おおいし)良次(よしつぐ)を相手にそれを心配していたのだ。

「それならば、委員には吉良(きら)義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名を入れさせなければそれで済む話では?」

 大石(おおいし)良次(よしつぐ)のその問いかけは尤(もっと)もであり、実際、大野課長もそれで貴族院と秘かに話をつけてあり、良次(よしつぐ)に対して小声でだが、治安維持法案を審議するための貴族院の特別委員会には義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名は委員として入れさせないことで話がついていることを打ち明けたのであった。

「いや、本来ならば、前も入れるべきではなかったんだが…」

 義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の両名の猛反対が予期できていたならば、勿論、特別委員会の委員などに入れなかったであろう。その時はさしもの内務省、ひいては特高課も両名の猛反対を予期できなかった。

 その時…、「過激社会主義取締法案」を審議するための特別委員会に委員として何(いず)れの貴族院議員を委員長として、あるいは副委員長として、そして委員として送り込むかは貴族院の事務局が前もってこれを決め、その名簿を秘かにだが貴族院の事務局より内務省サイドは提出を受けたのであった。「過激社会主義取締法案」は内務省サイドにとってはそれこそ、「悲願の法案」であった。それと言うのも、「過激社会主義取締法案」が可決、成立すれば警察、ひいては特高課を抱える内務省の所掌事務、それはすなわち権益(けんえき)、縄張りと同義語であった、その所掌事務の拡大につながるからだ。

 それだけに内務省サイドは貴族院より提出を受けた名簿を勿論、精査した。が、その時は義意(よしおき)と伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の反対はさしもの内務省サイドも見破れなかった。それと言うのも内務省サイドは貴族院の事務局よりはさらにその人選理由も尋ねたのだが、義意(よしおき)については公爵に次ぐ侯爵の爵位にあり、侯爵を一人ぐらい委員として送り込めば「過激社会主義取締法案」の正統性がより高まるとの説明を受け、また義意(よしおき)自身は社会主義とは無縁なので間違いなく賛成するに違いないとも説明を受けたので、内務省サイドもその説明を真に受け、元内務官僚である伊澤(いざわ)多喜男(たきお)の人選理由ついては、

「元はあなた方のお仲間なのですから…」

 との貴族院事務職のその説明を内務省サイドはやはり真に受けたものであり、二人をロクに調べもしなかった。いや、仮に調べたところで両名の反対は予期できなかったであろう。

 ともあれ今度こそ失敗は許されないとばかり、内務省サイドは貴族院事務局に対して、

「治安維持法案特別委員会の委員の人選は今度こそ慎重に…」

 そう強く求めていた。

「それなら何も案ずることはないのではありませんか?」

 確かに良次(よしつぐ)の言う通りであり、大野課長はその上で、内務省の言いなりになる議員で特別委員会を占めさせることでも貴族院と話をつけてあり、良次(よしつぐ)も大野課長の口ぶりからそうと察していた。

 それでも大野は不安を完全には払拭(ふっしょく)できずにいた。そんな大野が良次(よしつぐ)には分からず、

「一体、何を案じておられるのです?」

 そう首をかしげて尋ねたのであった。

「吉良と伊澤の動き…、とりわけ吉良の動きだ…」

「と申しますと?」

「別に委員に入らずとも院外で治安維持法案反対の論陣を張ることは可能だろう?」

「確かに…」

「しかもこれで吉良が一介(いっかい)の貴族院議員…、自動的に貴族院に議席を置くことができるわけではない伯子男や、あるいは勅撰議員や多額納税者議員ならば口を封じることも簡単だろうが…、それこそ実際に口を封じても、それほどの問題はないかも知れないが、しかし、吉良は自動的に貴族院に議席を置くことができる侯爵の身だ…、その吉良に下手に手出しすれば同じ侯爵は元より、侯爵と同じく自動的に貴族院に議席を置くことができる公爵まで敵に回す恐れがある…、とりわけ西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)の動きは大いに気になるところだ…」

 元総理大臣の西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)も公爵として貴族院に議席を置いており、現在、義意(よしおき)と同じく無所属で活動していた。「過激社会主義取締法案」が貴族院の本会議に上程(じょうてい)された時もそうであり、西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)は「過激社会主義取締法案」にこそ賛成票を投じたものの、しかしそれはあくまで取り締まりの対象が「過激社会主義」であるからで、西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)は社会主義そのものを否定しているわけではなかった。それが証拠に、

「国法の範囲内で社会主義を主張…」

 する日本社会党の結党届は西園寺内閣の折、受理された。これは政党結成は内務省の管轄であり、時の内務大臣は原敬であった。原敬当人は保守派を刺激しかねない日本社会党の結党届を受理することについては躊躇(ちゅうちょ)していたものの、しかし、総理であった西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)が原敬の背中を強く押したために原敬もこれを受理したのであり、西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)の強い後押しがなかったならば、原敬も果たして日本社会党の結党届を受理していたかどうか、それは疑問であった。

 ともあれ事程作用に西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)は社会主義に対して寛容なところがあり、それゆえ「過激社会主義」のみならず、穏健(おんけん)な社会主義まで取り締まりの対象とする治安維持法案に果たして西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)が賛成するか、それは何とも分からなかった。

 そこへ義意(よしおき)が院外にて、「穏健(おんけん)な社会主義…」まで取り締まりの対象とする治安維持法案の危険性について声高(こわだか)に訴えようものなら、これに西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)が呼応(こおう)する恐れがあった。

 そうなればさらに西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)に続く者が現れるやも知れない。西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)は首相奏薦権を持つ元老としての名高く、西園寺(さいおんじ)公望(きんもち)シンパの貴族院議員も少なくなかった。義意(よしおき)も勿論、その一人と目されていた。

「ともあれ、今は吉良の動きだ…」

 大野課長にそこまで示唆(しさ)されれば、その意図するところに気付かない良次(よしつぐ)ではなかった。

「吉良(きら)義意(よしおき)の泣き所を徹底的に探り、それをネタに吉良を揺さぶり、賛成に転じさせれば良いのですね?」

 良次(よしつぐ)が確かめるように尋ねると課長の大野は頷いた。この特高課、特別高等警察課は総監官房に置かれており、つまりこの命令は総監官房からの下命(かめい)、もっと言えば警視総監直々の下命(かめい)というわけだ。

 良次(よしつぐ)は大野課長に対して叩頭(こうとう)してみせ、この下命(かめい)を承知した。
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