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わたしは裏方で結構です 1

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 今日は犯人役だった。先日は被害者役だったのでそれから比べればレベルアップしたと言えるだろう。何しろ二時間サスペンスをはじめとする種々のサスペンスにおいては被害者役よりも犯人役の方が格上だからだ。

 だがサスペンスにおいて一番、格が上なのは何と言っても主人公、すなわち謎解きをする主役だろうが、花形雄一郎が主役になれる日はなかった。

 警視庁本部刑事部捜査第一課・第一強行犯捜査・強行犯捜査第二係・巡査部長、それが花形雄一郎の肩書きであり、肩書きだけなら成程なるほど十二分じゅうにぶんに主役の有資格者ゆうしかくしゃだろうが、生憎あいにく花形はながた雄一郎ゆういちろう謎解なぞときが仕事ではなかった。

 強行犯捜査資料の収集整備、それが花形が属する強行犯捜査第二係の職掌であり、その中には裏付け捜査も含まれ、二係の中でも一番の下っ端の花形が主にそれを担わされていた。

 今日、花形に課せられたのは警視庁管内で発生した連続コンビニ強盗事件の犯人役であった。事件現場となった一軒のコンビニにおいて、実際の犯人である、つまりは腰縄に手錠というスタイルの被疑者が見守る中で花形は犯人役を演じていた。ご丁寧にも首から、

「犯人」

 というプラカードをぶら下げての裏付けならぬ芝居であり、やはり「被害者」というプラカードを首からぶら下げてコンビニ店員を演ずる、此方こなた、コンビニを所轄する警察署の刑事課所属の巡査部長にナイフを突きつけている花形を現場写真係の刑事が写真におさめていた。

 それにしてもこのプラカードというのは何とも居心地の悪いものであり、まるで文化大革命における三角帽を髣髴とさせ、花形は今もって慣れなかった。

 そんな花形を見守るのは件の被疑者だけでなく、被疑者を逮捕したダイロク、と言っても公正取引委員会ではなく、強盗に係る犯罪の捜査のスペシャリストである第六強行犯捜査のそれも強盗犯捜査第四係のメンバーとそんな彼らと正に、

「寝食を共に…」

 捜査から逮捕状請求に至るまで、ことに、逮捕状請求には必要不可欠の疎明そめい資料しりょう作成における法的なアドバイスを施した本部係検事、それにこれから被疑者を公判請求、起訴して被告人の立場へと身を置かせる公判担当検事らがいた。

 さて、花形が被疑者の供述通りに犯人役を演じてみせたにもかかわらず、公判担当検事から「カット」の声がかかった。花形の「芝居」がお気に召さなかったのかと言うと、そうではなかった。曰く、

「ナイフの入手ルートを突き詰められないのか」

 というものであった。

 無論、凶器の特定は疎明資料に欠かせぬものであり、花形に請け負わせるまでもなく、強盗犯捜査第四係のメンバーが所轄警察署の刑事とペアを組んで凶器の入手ルートを割り出していた。

 すなわち、被疑者の近所のホームセンターにおいて凶器のナイフを購入する被疑者の姿を捉えた防犯カメラ映像を入手していたのだ。

 これがサスペンスなら、あとは被疑者が崖で告白してエンディングを迎えるところだが、しかし、実際の捜査においてはここからオープニングを迎える。

 逮捕状を請求するだけならば、噛み砕いて言えば犯人をとっ捕まえるだけならば防犯カメラ映像だけで十分だが、いざ公判請求、被疑者を起訴して、しかも有罪に持ち込むためにはそれだけでは不十分なのである。

 例えば、被疑者が凶器のナイフを購入すべく件のホームセンターを訪れた日、その時間帯にホームセンターにおいて被疑者がナイフを手に取った現場を目撃したと思しき客筋を割り出して、その客から参考人として聴取。と言って何を聞き出すのかと言えば、

「ナイフを手に取った被疑者はどんな様子でしたか?」

 というものであり、無論、そんな事を覚えている目撃者など一人としておらず、捜査側としてもそんな目撃証言を期待してはいなかった。

 それでは何ゆえにそのような意味のない事を聴くのかと言うと、

「ちゃんと捜査を尽くしましたよ」

 それを来るべき裁判に備えて、それも裁判員の皆様にアピールするためであった。

 昨今の刑事裁判においては捜査の不備を突いて被告人の無罪を勝ち取ろうと目論む弁護士が増えており、しかもこれが意外と功を奏していたりする。

 いや、市民感覚を反映させるとの触れ込みで始められた裁判員裁判が導入されてからというもの、流石にその様な弁論で無罪になる事は減ってはいたものの、それでもプロの裁判官だけで被告人を裁く第二審以降ともなると、市民感覚を無視して、捜査の不備を理由とする逆転無罪も少なくなかった。

 そこでそれを防ぐべく、一見意味のない様な裏付け捜査が必要となり、それが花形の仕事であった。

 花形は被疑者が凶器のナイフを購入したその売り場に近くにいた客を一人一人、直当たりしては凶器のナイフを購入する被疑者の様子を尋ねて回り、その度、いかにも迷惑げな、あるいは不審げな表情で迎えられながら、

「そんな事、一々、覚えていない」

 そう証言され、花形はそれを調書とした。

 いや、客ばかりではない。レジを打った女性店員にも同じ質問をしては同じ答えが返され、それをも調書とした。

 ちなみに花形が調書を巻いたのは凶器のナイフだけではない。事件発生時における被疑者の服装や、あるいは逃走ルートなどについても、同じ要領で調書とした。

 お蔭で調書だらけとなり、それこそ比喩ではなく調書が天井までうず高く積み上がった。

 だが公判担当検事はそれでは不十分らしい。同じ検事でも刑事と寝食を共にし、捜査に当たった本部係検事とは裏腹に、これから被疑者を起訴する公判担当検事ともなると、被害者を慮ることよりも、

「裁判に負けたくない…」

 その思いが優先し、それ故、更なる裏付け捜査を、それも意味のない裏付け捜査を求めがちとなり、今日もそうであった。

「一人ぐらい、凶器のナイフを購入する被疑者の様子を覚えている人間はいないの?例えば、警備員とかは?ホームセンターの…」

 公判担当検事の発したこの問いには裏付け捜査を担った花形は無論の事、被疑者を逮捕した強盗犯刑事の面々、更には同僚である筈の本部係検事をも驚かせ、そして呆れ返させるものであり、そこには当の本人とも言うべき被疑者も含まれていた。余りの馬鹿げた質問に被疑者も目を丸くしていた。

 いや、刑事は苛立ちさえ覚えた程であり、それは本部係検事も同様で、「そこまでしなくても間違いなく有罪に持ち込めますから」と本部係検事が強盗犯捜査を束ねる管理官と共に二人がかりで説得した事からそれで公判担当検事も矛を収めた。
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