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わたしは裏方で結構です 2

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「よぉ、ウラカタ」

 そんな不躾な声で警視庁本部に帰庁した花形を出迎えたのは「ダイナナ」ことやはり捜査一課の第七強行犯捜査・性犯捜査第二係の吉岡刑事だった。花形より一階級上の警部補で、性犯捜査第二係の主任であった。

 その吉岡に対して花形は「あっ、どうも」と頭を下げた。苗字をワザと間違えられた事については花形は同じ様に「窓際」と苗字をワザと間違えられてはその度に、「窓辺」と律儀に訂正する某税務調査官とは違い、訂正する気にもなれなかった。

「あれ?今、池袋じゃ…」

 花形は頭を上げるなり、吉岡にそう尋ねた。

 池袋とはほかでもない、池袋警察署を指していた。

 即ち、吉岡が主任として率いる第七強行犯捜査・性犯捜査第二係はその名の通り、性犯罪捜査を職掌とし、吉岡率いる性犯捜査第二係は今、池袋署管内で発生した変態教師による性犯罪、それも連続性犯罪の捜査のために件の池袋署に出張っている最中であった。

 変態教師とは池袋署管内にある小学校の美術教師が教え子に対して補講と称しては「いたずら」、いや、レイプを繰り返していた事件であり、捜査も大詰めの段階で間もなく逮捕状が発布される。

 そんな折にどうしてここにいるのかと、花形は吉岡に問うていたのだ。

 すると吉岡もそうと察すると、どういうわけか苦い表情をしてみせた。

「いや、それがヒラメに呼ばれてよぉ…」

 口の悪い吉岡は「花の一課長」に対しても容赦がなかった。

 鮫浩二、それが捜査一課長のフルネームであった。

 その鮫一課長を吉岡は「ヒラメ」と称してはばかるところがなかった。

 もっとも、それは吉岡に限った話ではなかった。それと言うのも、鮫一課長は専ら、刑事部長の幇間として有名であったからだ。

「一課長が?吉岡さんを?この時期に…」

 間もなく逮捕状発布を迎えようとしているこの大事な局面に一体、何を考えているんだ…、花形は言外にそう匂わせた。

 吉岡もまったく同感だと言わんばかりに頷いてみせると、「それが刑事部長案件でよぉ」と今度はウンザリした面持ちで切り出した。

「刑事部長案件?」

 花形が聞き返すと、吉岡は「絵解き」をしてみせた。

 やはり池袋警察署管内で発生したゲームセンターでの暴行事件、といっても高校生が小突かれた軽微な暴行事件の捜査に当たれと、鮫一課長から命じられたらしい。

「暴行事件に一課を投入?所轄に任せれば良いものを…、いや、そもそも所轄でもそんな案件は喰わんでしょう…」

 花形がそんな感想を漏らすと、吉岡も「だろ?」と応じた。

「にもかかわらず一価を投入、って事はもしかしてその被疑者が公開捜査の被疑者とか?」

 公開捜査とは未解決事件のことであり、その被疑者が今回のゲームセンターでの暴行事件の被疑者と同一人物である可能性が極めて高いために、そこで一課を投入するつもりかと、花形はそう示唆したのだ。

「俺もヒラメの野郎から話を持ちかけられた時、当然、そう思って、どんな事件の被疑者かと尋ねたんだが、ヒラメの野郎、驚くべき事にだ、単体だ、っつうんだよ」

「単体…、ゲームセンターの暴行事件単体?」

 花形は信じられない面持ちで聞き返した。

「おおよ、俺も何考えてんだ、ってさすがに言葉にはしなかったけどもよ、でもヒラメもそうと察してか、刑事部長案件で、それも被害者のガキが総理秘書官のご令息、っつうじゃねぇか…」

 吉岡はやれやれと付け加えた。

 なるほど、それなら合点がいく。刑事部長案件とは即ち、政治家案件であったのだ。それも被害者が天下の総理大臣秘書官のご子息が被害者の暴行事件ともなれば、捜査一課を投入するのも頷けた。もっともそれは「ヒラメ」とあだ名されている鮫一課長ならば、という話であり、これで気骨ある一課長ならば例え、刑事部長案件だとしても即座に突っぱねているところだろうが、小骨さえない「ヒラメ」にそれを期待するのは土台、無理というものであった。

「いや、実は昨日、ヒラメの野郎に命じられてさ、それで三日で仕上げろ、って、で、一日がかりで、つまりは今日仕上げたんだが…」

 つまりは被疑者の特定に至ったという事らしい。

「それで悪いんだけど、あとはウラカタんところで引き継いでくれねぇか?」

 吉岡はそう言うと、事件概要が記された書類を花形に押し付けた。

「こっちはもうホント、大詰めでさ…」

 軽微な暴行事件にこれ以上、かかわってはいられない…、吉岡はそう示唆した。

 確かにその通りだろうが、「花形んところ」が引き継ぐとなれば、逮捕状の請求は強行犯捜査第二係で引き継ぐ事を意味する。これは言わば、被疑者を割り出した吉岡たちの手柄を掻っ攫うようなものであり、花形はその点を吉岡に確かめたところ、吉岡はハエでも振り払うような仕草をしてみせた。

「そんな所轄も喰わねぇような、ただ、被害者が総理秘書官のクソガキってだけの、クソみてぇな事件なんざ、被疑者を割り出したところでイヌの餌にもならねぇよ…」

 あとはそっちで好きに料理してくれと、吉岡はそう付け加えると、花形の答えも聞かずに踵を返して立ち去った。
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