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第六章
第十話
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後日談。
なぜか最近、ウチに入り浸るようになった受付嬢から聞いた話だ。
曰く──
あの内覧会のあと、
女神像が光ったって話が、王都じゅうに広まったらしい。
そんで、あの斜塔のデカい教会の常連どもが、
ごっそりと、ポーネたちのところに流れてきたとか。
「やっぱり、本物の神はあちらに……!」とか、
「うちの教会は形ばっかりだったんだ……」とか。
なんか──ちょっとした宗教騒動になりかけたそうだ。
俺?
焼酎がじわぁ~っと回ってる頭で、
ぽやっとした顔のまま、その話を半分くらい聞いてた。
「……へぇ~……んだかぁ……」
まあ、信仰心ってのは難しい。
女神像は、たぶん誰にでも笑ってる。
食っちゃ寝、食っちゃ寝──
やる気もなく、ただただ自堕落に過ごす毎日。
「ま、今は充電期間ってやつだべ」
そう思いながら、今日もコーヒーと焼酎で胃を満たす。
なにかやりてぇなぁ……
そう思うようになるまでは、まあ、こんな感じだ。
そんなある日のこと──
おっさんは二階のバルコニーに出て、
火をつけた煙草の煙をくゆらせていた。
眼下には王都の街並み。
そして、少し離れた高台にそびえる王宮。
ふと、視線を向けると──
その王宮のバルコニーに、
なにやら、米粒程の人影が──
ドレスを靡かせ、立っているのが見えた。
まさか……と思った瞬間。
目が合った。
──姫っぽい人と。
どういう訳か、ただの偶然──
チラッと視線が重なったような気がするだけなら、不思議でもなんでもない。
だが──
彼女はじっと、こちらを見つめていた。
そして……微笑んだ。
あまりにも自然で、堂々とした笑みだった。
まるで「見ているのは私です」と言わんばかりに。
おっさんは、一拍置いて煙草をくゆらせ──
「……あっぽむぐすかとおもったべ」
そのまま視線をそらし、焼酎を煽った。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
そんな出来事は、すっかり忘れていた。
……いや、忘れたというより、
煙草の煙と一緒に、ふわっと流れていったようなもんだ。
おっさんの平日が、ようやく何事もなかったように戻ってきた。
受付嬢曰く、
「私、あなたの専属受付嬢になったんですよ」
……らしい。
だからって、ウチにまで入り浸ってきて
メシを貪る必要があるかどうかは、甚だ疑問である。
しかも、専属とは名ばかりで──
これまで彼女から依頼を勧められたことは、一度たりともない。
今日も、おっさんは
ギルドの掲示板をボヤ~ッと眺めている。
「たまには──冒険者らしいこともしてみっけ?」
そんな気分で、今日は魔物討伐や護衛依頼の欄に目を向けてみる。
だが、目につく依頼はどれも──
そこそこ危険そうで、報酬もそれなり。
ふと横を見ると、
かっこいい鎧を身に纏った若い青年たちが、
軽やかに依頼書を剥がしていく。
その隣では──
装備も揃った連携抜群そうな男女混成のパーティが、
笑顔で作戦会議を始めていた。
……おっさんの出る幕じゃねぇな。
なんか、違う。
そう呟いて、おっさんは諦めたように
【街中のどぶさらい】
の依頼書を一枚、ペリッと剥がす。
そして、そのまま受付へ。
受付嬢はなぜか嬉しそうに微笑み、
「さすがですね。やっぱり似合いますよ」なんて言ってくる。
褒められてんのか、バカにされてんのか、よくわからん。
……とにかく、おっさんの今日の現場は“どぶ”である。
リリという名らしい。
なぜか誇らしげな笑みを浮かべながら、おっさんを見送る。
今日は、娘たちも一緒についてくるそうだ。
「……衛生面がアレなんだが」
そうは思いつつ、付き添い拒否はできなかった。
まずは、胸まである長靴を着込み、
上着にはレインコートを羽織る。
防毒マスクも用意して──
街角にひっそり設けられた、下水施設の入り口へと向かう。
金属の扉をギギィと開け、湿気と臭気の漂う階段を降りていく。
通常なら、汚泥の除去・搬出という作業になるはずだが──
おっさんの現場には、例によって“謎フレコン”がある。
スコップは角形。
子供たちにも、小ぶりなヤツを持たせてやる。
「それじゃ、いっちょ掘るか」
くっさい地下通路の奥へと、おっさんたちはゆっくり進み始めた。
この下水道は──
上の超巨大な都市の、隅々にまで張り巡らされているらしい。
だがそもそも、この世界には“王都の全貌”を記した地図など存在しない。
当然、下水などは言わずもがな。
かつての都市設計者が誰で、どんな思想で造ったのかすら分からないまま、
今も水と魔力の流れだけが“静かに、生きて”いる。
下水と呼ばれているが、その実態は──
“迷宮”である。
歩き回るうちに方向感覚が狂い、
構造がねじれ、
空間が歪み、
気がつけば──太陽の場所さえ分からなくなっているかもしれない。
適当に進めば、
二度とは、地上へ戻れない。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
この仕事は──どうやら出来高払いらしい。
搬出した汚泥の“量”によって、賃金が決まる仕組みだ。
つまり……
異次元ポケットで汚泥を“存在ごと”消してしまうおっさんは、
──何日やろうが無給ということになる。
だが、本人はまだその事実に気づいていない。
「おっ、今日もフレコン軽ぇな。調子いい証拠だっぺ!」
などと、上機嫌でスコップを振るっている。
……誰か教えてやれよ。マジで。
なぜか最近、ウチに入り浸るようになった受付嬢から聞いた話だ。
曰く──
あの内覧会のあと、
女神像が光ったって話が、王都じゅうに広まったらしい。
そんで、あの斜塔のデカい教会の常連どもが、
ごっそりと、ポーネたちのところに流れてきたとか。
「やっぱり、本物の神はあちらに……!」とか、
「うちの教会は形ばっかりだったんだ……」とか。
なんか──ちょっとした宗教騒動になりかけたそうだ。
俺?
焼酎がじわぁ~っと回ってる頭で、
ぽやっとした顔のまま、その話を半分くらい聞いてた。
「……へぇ~……んだかぁ……」
まあ、信仰心ってのは難しい。
女神像は、たぶん誰にでも笑ってる。
食っちゃ寝、食っちゃ寝──
やる気もなく、ただただ自堕落に過ごす毎日。
「ま、今は充電期間ってやつだべ」
そう思いながら、今日もコーヒーと焼酎で胃を満たす。
なにかやりてぇなぁ……
そう思うようになるまでは、まあ、こんな感じだ。
そんなある日のこと──
おっさんは二階のバルコニーに出て、
火をつけた煙草の煙をくゆらせていた。
眼下には王都の街並み。
そして、少し離れた高台にそびえる王宮。
ふと、視線を向けると──
その王宮のバルコニーに、
なにやら、米粒程の人影が──
ドレスを靡かせ、立っているのが見えた。
まさか……と思った瞬間。
目が合った。
──姫っぽい人と。
どういう訳か、ただの偶然──
チラッと視線が重なったような気がするだけなら、不思議でもなんでもない。
だが──
彼女はじっと、こちらを見つめていた。
そして……微笑んだ。
あまりにも自然で、堂々とした笑みだった。
まるで「見ているのは私です」と言わんばかりに。
おっさんは、一拍置いて煙草をくゆらせ──
「……あっぽむぐすかとおもったべ」
そのまま視線をそらし、焼酎を煽った。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
そんな出来事は、すっかり忘れていた。
……いや、忘れたというより、
煙草の煙と一緒に、ふわっと流れていったようなもんだ。
おっさんの平日が、ようやく何事もなかったように戻ってきた。
受付嬢曰く、
「私、あなたの専属受付嬢になったんですよ」
……らしい。
だからって、ウチにまで入り浸ってきて
メシを貪る必要があるかどうかは、甚だ疑問である。
しかも、専属とは名ばかりで──
これまで彼女から依頼を勧められたことは、一度たりともない。
今日も、おっさんは
ギルドの掲示板をボヤ~ッと眺めている。
「たまには──冒険者らしいこともしてみっけ?」
そんな気分で、今日は魔物討伐や護衛依頼の欄に目を向けてみる。
だが、目につく依頼はどれも──
そこそこ危険そうで、報酬もそれなり。
ふと横を見ると、
かっこいい鎧を身に纏った若い青年たちが、
軽やかに依頼書を剥がしていく。
その隣では──
装備も揃った連携抜群そうな男女混成のパーティが、
笑顔で作戦会議を始めていた。
……おっさんの出る幕じゃねぇな。
なんか、違う。
そう呟いて、おっさんは諦めたように
【街中のどぶさらい】
の依頼書を一枚、ペリッと剥がす。
そして、そのまま受付へ。
受付嬢はなぜか嬉しそうに微笑み、
「さすがですね。やっぱり似合いますよ」なんて言ってくる。
褒められてんのか、バカにされてんのか、よくわからん。
……とにかく、おっさんの今日の現場は“どぶ”である。
リリという名らしい。
なぜか誇らしげな笑みを浮かべながら、おっさんを見送る。
今日は、娘たちも一緒についてくるそうだ。
「……衛生面がアレなんだが」
そうは思いつつ、付き添い拒否はできなかった。
まずは、胸まである長靴を着込み、
上着にはレインコートを羽織る。
防毒マスクも用意して──
街角にひっそり設けられた、下水施設の入り口へと向かう。
金属の扉をギギィと開け、湿気と臭気の漂う階段を降りていく。
通常なら、汚泥の除去・搬出という作業になるはずだが──
おっさんの現場には、例によって“謎フレコン”がある。
スコップは角形。
子供たちにも、小ぶりなヤツを持たせてやる。
「それじゃ、いっちょ掘るか」
くっさい地下通路の奥へと、おっさんたちはゆっくり進み始めた。
この下水道は──
上の超巨大な都市の、隅々にまで張り巡らされているらしい。
だがそもそも、この世界には“王都の全貌”を記した地図など存在しない。
当然、下水などは言わずもがな。
かつての都市設計者が誰で、どんな思想で造ったのかすら分からないまま、
今も水と魔力の流れだけが“静かに、生きて”いる。
下水と呼ばれているが、その実態は──
“迷宮”である。
歩き回るうちに方向感覚が狂い、
構造がねじれ、
空間が歪み、
気がつけば──太陽の場所さえ分からなくなっているかもしれない。
適当に進めば、
二度とは、地上へ戻れない。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
この仕事は──どうやら出来高払いらしい。
搬出した汚泥の“量”によって、賃金が決まる仕組みだ。
つまり……
異次元ポケットで汚泥を“存在ごと”消してしまうおっさんは、
──何日やろうが無給ということになる。
だが、本人はまだその事実に気づいていない。
「おっ、今日もフレコン軽ぇな。調子いい証拠だっぺ!」
などと、上機嫌でスコップを振るっている。
……誰か教えてやれよ。マジで。
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