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第八章
第三十六話
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おっさんは、酒の原料となるキビを採集したいだけなのだ。
別に、目の前の何かに苦しんでいる…
このバケモノを討伐するだとか、
──奇跡の光で浄化するだとか、
そういった勇者的な素養や感情は一切持ち合わせていない。
「あの背中のヤツは、多分切っ飛ばしても…痛くはないヤツだっぺ?」
おっさんは腰袋から、一枚の鉄板を取り出す。
それは、いつも街中で見かけるイメージよりも、持ってみるとかなりデカい。
丸く、真っ青に塗られた道路標識。
帽子を被った紳士が、幼女の手を引く絵が描かれている。
「歩行者専用」という意味のこのイラストなのだが……
おっさんが眠い目を擦って、夜間に取り付けにいった現場で梱包を解いて、絶望し…
そのまま仕舞ってスナックにヤケ酒を飲みにいった、印刷ミスの返品不可商品。
……なぜか「さわるな」と字が書かれているのだ。
「触らねぇよ…いえす・ろりーた・のー・たっち、だっぺよ。」
おっさんは渾身の力を込めて、背中に鬱蒼と生える植物に向けて、ブーメランを投げつけた。
いつの間にか隣に立っていたトゥエラも、
おっさんの真似をして、斧をぶん投げた。
ギュロロロロロロロロロ!!
と風を切り裂き飛んでいった二枚の刃物は…
数本のキビを切り倒し、弧を描いて手元に戻ってきた。
体には当てない様に投げた為、1メートルほどの余裕を残して切り取ったのだが、
その瞬間、残った幹から、煙突の様に……
真っ黒い瘴気が噴射し始めた。
「──これマズいやつじゃね!?
旋風換気破邪魔法~!!」
テティスの手から放たれた台風の様な風が、
──目前まで迫っていた闇を吹き飛ばした。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
伐採されて地に落ちた筈のキビは……
おっさんの背後に、カッチリと鎖で束ねられて積まれていた。
「勇者さま!捕獲完了いたしましたわ!」
パステルであった。
ネックレスの鎖って、何十メートルも伸びる程長いんだっけか……?
王女の首元には漆黒に輝く、言われてから見れば、品も優美さもある様にも見えるアクセサリーが、キラリと光っていた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
「テティス殿、あの暴風は、何度も使えるのか?」
──久しぶりに見た。
皮膚が一部も見えない、全身甲冑に包まれたセーブルが…
2メートルくらいあるであろう身長よりも遥かに長い、斧と槍が合体した異様な武器を、
片手で軽々と扱いながら、くぐもった声で問いかけた。
「ん~?ま~法具装備してるし?
あの魔法くらいなら、あーしの魔力はなくならないっつーか?」
それを聞き、ガリャリ…と重そうな音を立てたセーブルは、
「安心した。皆を頼む。」
そう言ったかと思うと、消えた。
毒薔薇の咲き乱れる花畑を、あの何十キロあるのかもわからない鉄の塊を身につけて、稲妻の様な速度でバケモノに向かって突撃した。
「ヌウオォォォォォォォオ!!!」
振り回す暴虐の刄は……
これが戦国時代の合戦場であれば、
一振りで何十人という首を宙に舞わせるであろう。
圧倒的な攻撃力。
コイツ一人で、関ヶ原勝てたんじゃね?
と思えるような動きでバケモノの背を駆け巡り、
あっという間にキビの竹藪を丸坊主にしていった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
甲冑騎士が暴れ回り、殆ど刈り取られたように見えた植物の茎なのだが……
なぜか──背中に残った部分が黒ずんできたように見える。
黒い煙は相変わらず、工場の火災のような勢いで立ち昇り……
テティスが両手をかざして暴風を起こし吹き飛ばしているが、
量が多すぎて完全には消え去らない。
あの煙は──なんとなく解る。絶対に吸い込まない方がいいヤツだ。
魔素だか魔力だかはまったくわからないおっさんだが、
何というか、あの煙は……
永劫の時間をかけて鍋で煮込まれたような、──負の感情。
「コロスタスケテウラメシイキエタイアイツダケダマサレタヤリナオシタイミナシネシニタクナイカネカエセナンデオレダケウラギラレタムカツクシニタイシニタクナイシニタイシニタクナイ………」
アレに触れれば、一瞬で取り込まれ人格を失うかもしれない…
はっきりと言葉が聞こえる訳ではないのだが、
「ヲォォォォ……」という怨念の叫びが全方位に木霊する。
そのとき、フワリ…と、
テティスの背中を、リリが抱擁し抱きしめた。
「1200年……そうですか…。辛かったのですね…。」
何やら小声でブツブツと、誰かに語りかけている様だ。
「ちょ!?リー姉?なんなわけ?あーし忙しいんだけど!?
あ、マジで下腹部は触らないでよね!?」
久しぶりにみる、テティスの鼻を赤くした、
半泣きの表情に、そっとリリは囁く。
「私の……全ての解決案を、ティーの魔法に複写します。
このまま、あと少し頑張って。可愛いティー。」
リリの分厚い、おしゃれではない方のメガネが……
──黄金に輝き出す──
「アナタヲイカシマステヲニギッテアナタハダイジョウブデススコシヤスンデダイジョウブゴカイデスヨアスカラカワレマスヨアナタハイキテシナセマセンテツヅキシマショドッキリカモシレマセンヨイキテマダヘイキイキテマダヘイキイキテマダヘイキ………」
テティスの放つ暴風はやがて、黄金の桜吹雪のように輝き、舞い上がった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
──荒れ狂う光の渦がバケモノの巨大な体を全て飲み込んでゆく。
気がつけば、おっさんの隣にセーブルが帰還していた。
「刈り取りはほぼ完了しました。」
ドチャリ、ドチャリ、とその場に甲冑を脱ぎ捨てるセーブル。
パンツと肌着一枚のみという姿になっても、身体中から湯気を立たせて、滝の様な汗を流している。
「疲れたっぺ~やっぱおめさの動きは半端でねぇなぁ~。」
神の雫を取り出して、コップに注いでやる。
受け取ったセーブルは握っていた手を開くと…
バラバラと毒薔薇のトゲをコップに溢し、一気に煽って流し込みやがった。
「あ゛~…作業後の一杯に蝕まれるのは最高ですね」
──シェリーがそっと近寄り、甲斐甲斐しくセーブルの汗を拭き取っていた。
「パーーーーパ!?ちょ!アレ見てってばぁぁぁ!なにアイツ~~!?」
テティスが、暴風の魔法を徐々に弱め、様子を伺うと、
禍々しい黒い煙は──なくなっている様に見えた。
黄金の桜吹雪も薄れてきて、だんだんと全貌が明らかになってくる。
すると……
「あーーーー!猫さんーーー!?」
トゥエラがバケモノの方を見て指をさす、
おっさんも、リリも、軽く着替えたセーブルも集まってきて、口々に声を出す。
「これは…なんとも…」
「あの瘴気が晴れると、こうなるのですか…」
「あんちゅーだっぺ。」
そこには、咲き乱れていた毒薔薇も吹き飛ばされてなくなり、
怨念の塊のような黒い煙も何処にもなく……
ただ一匹の、太々しいデカい猫が立っていた。
「あの瘴気が、この個体の情報を塗りつぶしていたのですね。
詳細が降りてきました……
──ワリトミール・スゴイッショ・ザッシュー。
それがこの個体の名前の様です。」
背中から無数に生えていたキビの根本も見当たらず、ただデカい、そして太い……だけの、
「しまむら」サイズのシマシマな猫だった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ピョンっと、トゥエラの胸元から飛び降りた白猫…みーくんは、
トテトテとデブ猫のそばまで近寄り、ミャァと鳴いた。
自分の身に何が起きていたのか、分かっているのかいないのか。
巨大猫は、みーくんを見つけ、
「ンナァ~~ゴ」と鳴いた。
ボックスティッシュくらいのサイズしかないみーくんと、
超巨大な猫が、顔を寄せてお互いの匂いを嗅ぎ合い、
認め合ったのか、デカ猫がベロリと、みーくんの毛繕いをした……
そのざらざらとしたどデカい舌に舐められたみーくんは……
メジャーリーガーのホームランの様に、何処かへ打ち上げられて行った。
「──成程……この個体は、旦那様が以前仰っていた、女神像から受けた依頼の対象個体、
怨念の掃溜め、深淵の狂虎だったようですね。」
──まぁ、猫だけどもな。
書類魔法で詳細を教えてくれたリリに、無粋なツッコミはしない。
だがまぁ、この世界の…
めんごい家族達が穏やかに暮らす、この世界の、澱みが一つ綺麗になったという事ならば……
おっさんの酒造がきっかけではあったが、良い事をした様な、いい気分になれた。
別に、目の前の何かに苦しんでいる…
このバケモノを討伐するだとか、
──奇跡の光で浄化するだとか、
そういった勇者的な素養や感情は一切持ち合わせていない。
「あの背中のヤツは、多分切っ飛ばしても…痛くはないヤツだっぺ?」
おっさんは腰袋から、一枚の鉄板を取り出す。
それは、いつも街中で見かけるイメージよりも、持ってみるとかなりデカい。
丸く、真っ青に塗られた道路標識。
帽子を被った紳士が、幼女の手を引く絵が描かれている。
「歩行者専用」という意味のこのイラストなのだが……
おっさんが眠い目を擦って、夜間に取り付けにいった現場で梱包を解いて、絶望し…
そのまま仕舞ってスナックにヤケ酒を飲みにいった、印刷ミスの返品不可商品。
……なぜか「さわるな」と字が書かれているのだ。
「触らねぇよ…いえす・ろりーた・のー・たっち、だっぺよ。」
おっさんは渾身の力を込めて、背中に鬱蒼と生える植物に向けて、ブーメランを投げつけた。
いつの間にか隣に立っていたトゥエラも、
おっさんの真似をして、斧をぶん投げた。
ギュロロロロロロロロロ!!
と風を切り裂き飛んでいった二枚の刃物は…
数本のキビを切り倒し、弧を描いて手元に戻ってきた。
体には当てない様に投げた為、1メートルほどの余裕を残して切り取ったのだが、
その瞬間、残った幹から、煙突の様に……
真っ黒い瘴気が噴射し始めた。
「──これマズいやつじゃね!?
旋風換気破邪魔法~!!」
テティスの手から放たれた台風の様な風が、
──目前まで迫っていた闇を吹き飛ばした。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
伐採されて地に落ちた筈のキビは……
おっさんの背後に、カッチリと鎖で束ねられて積まれていた。
「勇者さま!捕獲完了いたしましたわ!」
パステルであった。
ネックレスの鎖って、何十メートルも伸びる程長いんだっけか……?
王女の首元には漆黒に輝く、言われてから見れば、品も優美さもある様にも見えるアクセサリーが、キラリと光っていた。
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「テティス殿、あの暴風は、何度も使えるのか?」
──久しぶりに見た。
皮膚が一部も見えない、全身甲冑に包まれたセーブルが…
2メートルくらいあるであろう身長よりも遥かに長い、斧と槍が合体した異様な武器を、
片手で軽々と扱いながら、くぐもった声で問いかけた。
「ん~?ま~法具装備してるし?
あの魔法くらいなら、あーしの魔力はなくならないっつーか?」
それを聞き、ガリャリ…と重そうな音を立てたセーブルは、
「安心した。皆を頼む。」
そう言ったかと思うと、消えた。
毒薔薇の咲き乱れる花畑を、あの何十キロあるのかもわからない鉄の塊を身につけて、稲妻の様な速度でバケモノに向かって突撃した。
「ヌウオォォォォォォォオ!!!」
振り回す暴虐の刄は……
これが戦国時代の合戦場であれば、
一振りで何十人という首を宙に舞わせるであろう。
圧倒的な攻撃力。
コイツ一人で、関ヶ原勝てたんじゃね?
と思えるような動きでバケモノの背を駆け巡り、
あっという間にキビの竹藪を丸坊主にしていった。
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甲冑騎士が暴れ回り、殆ど刈り取られたように見えた植物の茎なのだが……
なぜか──背中に残った部分が黒ずんできたように見える。
黒い煙は相変わらず、工場の火災のような勢いで立ち昇り……
テティスが両手をかざして暴風を起こし吹き飛ばしているが、
量が多すぎて完全には消え去らない。
あの煙は──なんとなく解る。絶対に吸い込まない方がいいヤツだ。
魔素だか魔力だかはまったくわからないおっさんだが、
何というか、あの煙は……
永劫の時間をかけて鍋で煮込まれたような、──負の感情。
「コロスタスケテウラメシイキエタイアイツダケダマサレタヤリナオシタイミナシネシニタクナイカネカエセナンデオレダケウラギラレタムカツクシニタイシニタクナイシニタイシニタクナイ………」
アレに触れれば、一瞬で取り込まれ人格を失うかもしれない…
はっきりと言葉が聞こえる訳ではないのだが、
「ヲォォォォ……」という怨念の叫びが全方位に木霊する。
そのとき、フワリ…と、
テティスの背中を、リリが抱擁し抱きしめた。
「1200年……そうですか…。辛かったのですね…。」
何やら小声でブツブツと、誰かに語りかけている様だ。
「ちょ!?リー姉?なんなわけ?あーし忙しいんだけど!?
あ、マジで下腹部は触らないでよね!?」
久しぶりにみる、テティスの鼻を赤くした、
半泣きの表情に、そっとリリは囁く。
「私の……全ての解決案を、ティーの魔法に複写します。
このまま、あと少し頑張って。可愛いティー。」
リリの分厚い、おしゃれではない方のメガネが……
──黄金に輝き出す──
「アナタヲイカシマステヲニギッテアナタハダイジョウブデススコシヤスンデダイジョウブゴカイデスヨアスカラカワレマスヨアナタハイキテシナセマセンテツヅキシマショドッキリカモシレマセンヨイキテマダヘイキイキテマダヘイキイキテマダヘイキ………」
テティスの放つ暴風はやがて、黄金の桜吹雪のように輝き、舞い上がった。
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──荒れ狂う光の渦がバケモノの巨大な体を全て飲み込んでゆく。
気がつけば、おっさんの隣にセーブルが帰還していた。
「刈り取りはほぼ完了しました。」
ドチャリ、ドチャリ、とその場に甲冑を脱ぎ捨てるセーブル。
パンツと肌着一枚のみという姿になっても、身体中から湯気を立たせて、滝の様な汗を流している。
「疲れたっぺ~やっぱおめさの動きは半端でねぇなぁ~。」
神の雫を取り出して、コップに注いでやる。
受け取ったセーブルは握っていた手を開くと…
バラバラと毒薔薇のトゲをコップに溢し、一気に煽って流し込みやがった。
「あ゛~…作業後の一杯に蝕まれるのは最高ですね」
──シェリーがそっと近寄り、甲斐甲斐しくセーブルの汗を拭き取っていた。
「パーーーーパ!?ちょ!アレ見てってばぁぁぁ!なにアイツ~~!?」
テティスが、暴風の魔法を徐々に弱め、様子を伺うと、
禍々しい黒い煙は──なくなっている様に見えた。
黄金の桜吹雪も薄れてきて、だんだんと全貌が明らかになってくる。
すると……
「あーーーー!猫さんーーー!?」
トゥエラがバケモノの方を見て指をさす、
おっさんも、リリも、軽く着替えたセーブルも集まってきて、口々に声を出す。
「これは…なんとも…」
「あの瘴気が晴れると、こうなるのですか…」
「あんちゅーだっぺ。」
そこには、咲き乱れていた毒薔薇も吹き飛ばされてなくなり、
怨念の塊のような黒い煙も何処にもなく……
ただ一匹の、太々しいデカい猫が立っていた。
「あの瘴気が、この個体の情報を塗りつぶしていたのですね。
詳細が降りてきました……
──ワリトミール・スゴイッショ・ザッシュー。
それがこの個体の名前の様です。」
背中から無数に生えていたキビの根本も見当たらず、ただデカい、そして太い……だけの、
「しまむら」サイズのシマシマな猫だった。
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ピョンっと、トゥエラの胸元から飛び降りた白猫…みーくんは、
トテトテとデブ猫のそばまで近寄り、ミャァと鳴いた。
自分の身に何が起きていたのか、分かっているのかいないのか。
巨大猫は、みーくんを見つけ、
「ンナァ~~ゴ」と鳴いた。
ボックスティッシュくらいのサイズしかないみーくんと、
超巨大な猫が、顔を寄せてお互いの匂いを嗅ぎ合い、
認め合ったのか、デカ猫がベロリと、みーくんの毛繕いをした……
そのざらざらとしたどデカい舌に舐められたみーくんは……
メジャーリーガーのホームランの様に、何処かへ打ち上げられて行った。
「──成程……この個体は、旦那様が以前仰っていた、女神像から受けた依頼の対象個体、
怨念の掃溜め、深淵の狂虎だったようですね。」
──まぁ、猫だけどもな。
書類魔法で詳細を教えてくれたリリに、無粋なツッコミはしない。
だがまぁ、この世界の…
めんごい家族達が穏やかに暮らす、この世界の、澱みが一つ綺麗になったという事ならば……
おっさんの酒造がきっかけではあったが、良い事をした様な、いい気分になれた。
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