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 タルトに平手打ちした黒髪の男はその後警備に取り押さえられ牢屋へと連行される。

 前代未聞の出来事にパーティーは中止、参加していた貴族たちもそそくさと帰っていった。

 その日の深夜、月明かりしか頼る光りがない牢屋にボロボロになって横たわる黒髪の男と牢の前に松明を持ったタルトがいた。


「ひどい有様」

「ハハハ、骨も何本かやられた」

「当然よ、公爵令嬢を暴力を振るったのだから。下手をしたらその場で打ち首だって…」

「ならこれくらいで済んで感謝だ」

「「………」」


 長い沈黙が続く。

 タルトはここに来た目的を果たすべく黒髪の男に質問する。


「あなたは一体誰?」

「そうかまだ名乗ってなかった。初めましてタルト様、俺の名前はルゼス、一応男爵だ」

「タルトでいいわ。それよりやっぱりあなた貴族なのね。だったら自分がしたことの意味くらい分かるでしょ?なんでやったの?」

「むかついたから」

「それは聞いた。何故むかついたのか聞いているのよ」


 なるほどの顔をするルゼス。
 そして淡々と語りだした。


「タルトはあの女のことが嫌いだな。それは見ていた感じ分かった。だが公爵令嬢の地位を使うのはダメだろ」

「…それは公爵令嬢に相応しくないってこと…?」

「いやそういうわけでは」


 少しおちゃらけた感じで話すルゼスにタルトは松明を投げ捨て牢を掴み怒りをあらわにする。


「そういっているのと同じでしょ!!いいじゃない生まれながら持っている地位なんだから…自由に使って何が悪いのよ!!!」

「ど、どうした急に?」

「私はね他の人とは生まれながらに違う世界にいるの!日々多くの男性から求婚を受けて、見ず知らずの人からも憧れる人間なの!こんな素晴らしい人生を送れて私は幸せよ!!…はぁ…はぁ…」


 何故か自分が否定された気がしたタルト。
 気が付けば思ってもいない強がりの言葉を並べていた。


「…何か無理してないか?」

「…ッ!」


 確信をついたルゼスの言葉にタルトはまるで今まで溜めてきた鬱憤が漏れ出した様に話始める。


「私は…!公爵令嬢だから…誕生日だって好きでもない男たちのアプローチをやんわりと断らなきゃいけないし、覚えもない悪意を向けられることもある!そんな人生幸せでも何でもない!!でも…でもしょうがないと諦めた。これが私の人生だって、私はずっと公爵令嬢なんだって。なのにあなたは…!自分の身分なんてわきまえないで堂々と自分の感情に従って行動した…。ここに来たのは認めたくなかったから、そんなあなたを羨ましいと思ってしまった私を…!」


(あれ?なんで私初めて会った人にこんな話をしているんだろう…ダメよ涙なんて、公爵令嬢に相応しく…なんで私なのかしら…)

 溢れ出た自分の感情に困惑し涙を流すタルト、それをじっと聞いていたルゼスは立ち上がると鉄格子の隙間から腕を出しタルトの頭を撫でる。


「ちょっ!何するのよ」

「おお、すまない。なんだかこうしてやりたくなって」

「…なにそれ」


 少し顔を赤らめるタルト。


「…俺もやられたらやり返すタイプの人間だ。だがお前のあれはダメだ。自分の地位で相手を黙らせるような奴は碌な奴にならない」

「…悪かったわね」

「だけど生まれ持ったものに満足せず自分の力でどうにかしたいと悩んでいる女性は好きだぞ俺は」

「なっ!!」

(え、これって告白!?告白なのかしら…?落ち着きなさいタルト。今までだって告白は腐るほどされてきたでしょ)


 慌てふためくタルトを不思議そうに見るルゼス。
 不意に目があってしまいタルトは俯いてしまった。


「こんな夜更けだ。そろそろ帰れタルト。見舞いありがとな」

「べ、別にお見舞いに来たわけじゃないわ!!勘違いしないでよね!」

「ハハハ、それはすまない」

「全くよ!…フフフ」


(…何故かしらこの胸のときめきは。…もっと長くここにいたい)

 そう思うタルトだったが流石に両親に心配をかけるので帰宅した。


「おかえりなさいませお嬢様」


 出迎えてたのはタルトの専属執事クード。
 歳は同じだが物心着くころから執事として働いてくれている腐れ縁である。


「旦那様がお嬢様をお呼びです。書斎にて待つと」

「そう、ありがと」


 世界中から集められた多くの蔵書が棚を埋め尽くす書斎。
 タルトの父親バロストは書斎の椅子に腰掛け一枚の紙に目を通していた。


「お父様、用って何かしら?」

「ああ、タルトに暴力を上げたあの男の処罰が決まった」

「え?処罰?彼は十分罰を受けたでしょ?」

「あれは尋問の一種であって処罰ではない。これが処罰の内容だ」


 バロストは先程の紙をタルトに渡す。

 そこにはルゼスの爵位剥奪と全財産の没収、そして絞首刑が決定したことが書かれていた。
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