幼馴染が勇者になって、桜井さんも大変そう。

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04.恋する彼女は戸惑ってる

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 桜井結菜は自分の部屋で、スマホの画面を見つめながら困惑していた。

 今一度、結菜はスマホの着信履歴を確認してみる。

 『冬樹勇』

 やはり、その名前がある。
 着信があったのは、ついさっきだった。

 結菜はさきほど、スマホの画面に映し出されたその名前に戸惑いながらも、電話に出たのである。そして、彼と会話もした。

 ……したのだが。
 未だに結菜はその現実を受け止められずにいた。

 ありえないのだ。

 冬樹勇は間違いなく、結菜の目の前で死んだはずだった。

 車に轢かれたのだ。それも、かなりの勢いで。勇は車にぶつかり、吹っ飛んだ。あれは、間違いなく即死だった。

 勇は地面に倒れ、頭から血を流し、結菜はそれを見て叫んだのだ。

 その後、地面を転がっている勇を、更に対向車線の車が踏んづけた。追加でもう一台、後続車が勇の頭部を踏んでいた。

 頭部と腹部から、それぞれ出てはいけないものがはみ出していた。

 あれで生きているはずがない。

 ――――つまり、これは霊からの電話なのだ。
 先ほどの電話を、結菜はそう解釈した。

 電話の内容は正確には覚えていないが、自分を気遣う内容だったように思う。

『びっくりさせちゃってごめんね』

『でも、僕は大丈夫だから』

『心配しないで』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、そんな彼の優しすぎる言葉だった。

 彼は、霊になっても自分の事を心配してくれているのだ。なんて深い愛情だろう。結菜は、自分の目から溢れる涙を止めることができなかった。

 今日、結菜と勇は付き合い始めた。
 これから幸せな日々が続くはずだった。

 その矢先に――――。

 結菜は、犯人を許すまいと心に誓った。
 そう。これは殺人なのだ。
 誰かが、勇の背中を押した。道路に突き飛ばし、殺したのだ。

 絶対に、犯人を許してはいけない。

 しかし結菜は、勇が誰かに突き飛ばされたことを警察には言わなかった。司法に預ければ、せいぜい檻に何年か入れられて外に出されてしまうのはわかっていた。

 ――――そんなもので、許せるはずがないでしょう。

 結菜は、自分の手で犯人を見つけ出すつもりだった。

 幸い、結菜の父は大手飲料メーカー、桜井ドリンコのCEOだ。頭を下げれば、捜査に使えるだけの金は工面してもらえるだろう。

 犯人を捕まえ、この手で制裁を下す。
 そして、犯人にこの世の地獄を見せてやる。

 それが、自分に与えられた使命のように結菜は感じていた。

 今のところ、結菜が犯人についてわかっていることは一つだけだった。
 それは犯人が、結菜の通う高校である逢坂《あいざか》高校《こうこう》の生徒だということ。

 結菜は、信号待ちの人ごみから飛び出す、犯人の両腕だけを見ていた。そして、その両腕は制服を着ていたのであった。

 あの制服は、間違いなく逢坂高校のものだった。男子と女子の制服に、腕の部分に差はないため、性別までははわからない。

 だが、犯人は間違いなくうちの高校に通っている者だ。つまり、犯人は結菜の近くにいる。それは結菜にとって、好都合だった。

 ――――勇。私、絶対に犯人を捕まえて見せるから。
 だから、あなたは何も心配せずに成仏して。

 結菜は涙をこぼしながら、ベッドの上、両手を合わせて勇を思った。

 たくさん泣いて疲れた結菜はそのまま、ベッドの上に横になる。

 勇とのたくさんの思い出を思い返していると、気づけば結菜は朝を迎えていた。

――――――――――――――――――――

 翌日。結菜は、いつもより簡単に身支度を済ませた。

 朝食は、喉を通らなかった。
 母親が心配して、学校を休むことを提案してきたが、結菜は首を横に振った。

 いつも通りに行こう。
 結菜は、そう心に決めていた。

 いつまでも落ち込んでいたら、天国の勇が心配してしまう。

 そんな心配をさせないように、空回りでもいいから、明るく振舞おう。

 そう考えた。

 結菜は、いつも通りの時間に家を出た。
 いつも通り、近所の人に挨拶をした。
 いつも通りの道順を歩いていく。

 すると、いつも通り、勇の家の前に着いてしまった。

 結菜はいつも、ここで勇が家から出て来るのを待っていたのだ。しかし、その日課はもう必要ない。

 彼が家から出てくることは、もうないのだ。

 そうわかっていながらも、結菜はじっと冬樹家の家の前でドアを眺めていた。

開くはずのない扉。出てくるはずのない彼。もう、見ることができないはずの笑顔。

 どうしても、それを求めてしまう。

 ――――もう、いい加減に行かないと。
 このままでは学校に遅刻してしまう。

 結菜が、いい加減に諦めて歩き出そうとした時。家のドアが開いた。

 結菜は驚きながら、そちらに顔を向ける。

「ごめん! 待たせたね!」

 そう言いながら、勇が家から出てきた。
 彼は、笑顔で結菜に駆け寄ってくる。

 結菜は、目を大きく見開きながら、言葉を失った。

――――――――――――――――――――

 幻覚か。あるいは妄想か。
 死んだはずの彼が、結菜の隣を歩いている。

 ――――ありえない。

 結菜の頭の中は疑問で溢れ、パンク寸前だった。歩きながら、彼となにか会話をしたような気もするが、一切覚えていない。

 結菜は、隣を歩く勇をまじまじと見る。

 いつもの彼だった。
 実体があるように見える。
 霊だとは思えない。

 どこか怪我をしているようにも見えなかった。しかし、あの事故の傷が一晩で回復するわけがない。そもそも、生きてるはずがない。

 何がどうなってるのか、わからなかった。

「結菜。ちょっと近道しようか」

 勇がそう言って、脇道を指し示した。
 結菜は、とりあえず頷く。

「ええ。そうしましょう」

 近道。
 それは、勇がいつも歩きたがる道だった。

 しかし、結菜はこの道が近道でないことを知っている。むしろ、この道を通ってしまっては、学校まで遠回りになる。

 では、なぜ彼はこの道を近道と称しているのか。
 結菜は、その疑問に容易く答えを出していた。つまり彼は、二人きりになりたいのだ。

 そう。これは勇のついた、可愛い嘘なのである。この道は人通りが少ない。歩くときは、いつも二人っきりになる。

 彼はその、二人っきりの時間を作るために、この道が近道であると嘘をついたのだ。

 結菜がこの道を近道でないことを知り、その答えを導き出したとき、思わず微笑んだものである。

 そう思い返し、結菜は結局、今も何も変わっていないのではないかと思うようになる。

 結局は、すべていつも通り。
 それが一番、重要なことなのではないだろうか。

 昨日、彼が事故で死んだかどうかなんて、どうでもいいことだ。

 いつも通り、彼がいて、その隣を私が歩いている。それが大事なのだ。

 昨日の事故で内臓が飛び出てたとか、脳がこぼれてたとか、そんなことは些細なことでしかない。

 結菜はすべての思考を放棄し、そう思い込むことにした。

 隣を歩く勇が、空を眺めながら言う。

「夢を見てたんだよね」

 結菜は、首をかしげながら相槌を打つ。

「夢、ですか?」

「そう。ものすごく長い夢。体感で5年間くらいかな。夢の中で、僕はファンタジーの世界を旅してたんだ。笑っちゃうんだけど、僕は勇者でさ」

 勇はそう言いながら照れくさそうに笑う。


――中略(01.話の冒頭に戻る)――


 勇の手から放たれた炎。
 それによって出来た、コンクリートに空いた大きな穴。

 それを見ながら、結菜は思うのだ。
 やはり、何かがおかしいと。
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