盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

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16. まとわりつく影

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「明日から遠征だ。各自、準備はぬかるな」

 黒鬼の一言に、いつかのように大広間に集った鬼達は気合のこもった掛け声で返事をした。瞳を爛々と輝かせ、鬼達は次々と部屋を後にする。蘇芳も大あくびをしながら、緩慢な動きで立ち上がる。青藍の強烈な視線を後頭部に感じたが、無視した。何か言いたいことがあるならば、声をかけてくるはずだ。こちらからわざわざ気づいてやる必要などない。
 黒屋敷を出て自宅へと歩を進めていると、琥珀に声をかけられた。同時に、肩に腕が巻き付いてくる。

「絡み方がうぜえ」
「冷たいこと言うなよ~。なあなあ、青藍と何かあった?二人とも雰囲気がピリついてたけど」
「あ?そんなん今に始まったことじゃねえだろ」
「そりゃそうだけど。なんか今回のは今までのと違うような気がすんだよな。そういや昨日、池のところで蘇芳と人間ちゃん見たけど、それと関係あるとか?」
「ねえよ。あるわけねえだろ」

 見られてたのか、と蘇芳は内心舌打ちした。それにしても鋭い指摘だった。琥珀に構わず屋敷へ向かうも、黄鬼は後をついてきた。簡単には解放してくれなさそうだと悟り、蘇芳は速度を落とした。屋敷の中にまでついてこられたくなかったからだ。

「…ふうん。まあ、そうだよな。たかが人間ごときで、二人の仲が更に険悪になるとかあり得ないよな~」
「当たり前だ」
「人間と言えばさ、やっぱ違うもん?」
「何が」
「セックスだよ。セックス。俺、人間とはやったことなくてさ~」

 明らかな好奇心をにじませ、琥珀は大きな瞳をさらに見開いている。わくわくとした顔で回答を待つ友人を、蘇芳は呆れ顔で見た。

「知るかよ」
「やってないことはないっしょ?だって蘇芳、最近娼館に行ってねえもんな?それって、人間ちゃんとのセックスで満足してるからだろ?ね~俺もしたいな、人間ちゃんと」
「はあ?」
「なあ、いいじゃん。一晩貸して。何なら、蘇芳も一緒に3Pでもいいし~」

 蘇芳は、何が楽しいのかにこにこと笑みを浮かべる琥珀の腕を振り払った。

「断る。気色悪い」
「あ~やっぱ3Pは抵抗あるか~」
「ふざけんな。一晩貸すのもご免だ」
「えっ、何で?好きで伴侶にした訳じゃないって、この間言ってたじゃん。まさか本当はあの人間ちゃんに惚れてんの?」
「馬鹿じゃねーの。お前と穴兄弟になんのが嫌なんだよ。大体、わざわざ俺のに手を出さなくても、お前なら人間一人くらい簡単に調達できるだろ」
「まあね~」

 あからさまに嫌悪感を示す蘇芳に動じることなく、琥珀は頭の後ろで手を組み、口笛を吹いている。彼の本意を読み取れず、赤鬼は顔をしかめた。

「…もういいか。明日の準備がある」
「あ~うん。引き留めてごめん。明日も頑張ろう~」

 琥珀の、人間ちゃんによろしくね~という言葉には応答せず、蘇芳は気持ち早足で自宅へと向かった。黄鬼は悪い奴ではない。気やすい態度で人懐っこい性格は、仲の悪い蘇芳と青藍の間で良い緩衝材となっていて、助けられている。だが、実際は腹が読めなくて得体が知れない。笑みの奥に底知れないものがある気がして、蘇芳はなるべく深く関わるのを避けている。
 赤鬼は屋敷に戻ると、まっすぐリュカの部屋へと向かった。障子を開ければ、氷嚢を枕に布団に包まれて眠るリュカと、傍らで看病をするセキシの姿があった。

「具合はどうだ」

 己の主人の問いかけに、従者はゆっくりと頭を横に振った。立ち上がって蘇芳に近寄ると、声を落とした。

「ついさっき眠ったところです。解熱剤を飲ませましたが、下がるどころか上がる一方で…」

 セキシの視線を追い、蘇芳はリュカに目を向けた。頬は赤く、額には玉のような汗が浮かんでいる。漏れ聞こえる呼吸も浅く、苦しそうなのがよくわかった。
 ブチ切れた蘇芳に手酷く犯されたリュカの体は悲惨な状態だった。全身は歯型と鬱血痕だらけで、治ったばかりの尻穴はまた切れて、赤く腫れていた。長時間にわたって執拗に中を突き上げられたせいで、少年は胃の中を物を全て吐き出す羽目にもなり、結果として体調を崩した。

「蘇芳様、いくら何でもやり過ぎです」

 セキシは毅然とした態度で蘇芳を睨みつける。己の主人に対して、分をわきまえない行動だったが、あまりに惨いリュカへの扱いに、口を出さずにはいられなかった。

「…俺の言う事を聞かずに池に行ったリュカが悪い」
「…蘇芳様、リュカ様は人間で、まだほんの子供です。脆く弱く、体も成熟していない。自分の言うことを聞かないからと、反発されるたびに抱き潰すつもりですか?」

 黙って眉間に皺を寄せる主人に、セキシは小さくため息を吐いた。

「さぞ昨夜のことが怖かったのでしょう。すっかり怯えて、私が触れるのでさえ体を震わせておいでです。うなされながら、もう嫌だ、許して、と泣く姿はあまりに痛ましくて……。恐怖や暴力でリュカ様を支配することをお望みですか?」

 セキシには珍しく、真っ直ぐと主人を見上げる赤紫の瞳には憤怒が宿っていた。二人の間に暫しの沈黙が走り、従者の青年は目を伏せた。

「…出過ぎた言動でした。すみません。氷嚢を替えてきますので、リュカ様の傍についていてもらえますか?」
「…ああ」

 短く返事をした蘇芳ににこりと微笑んだセキシは、すっかり温くなっていた氷嚢を手に部屋を後にした。障子が閉まると、赤鬼は眠る少年の傍らに腰を下ろした。手近にあった手拭いで、額や首に浮いた汗を取り去ってやる。幼さの残る、あどけない寝顔を眺めながら、頭を撫でた。

「…ぃや、…もう、やだ…っ!…すお、ぅ…ゃだ…っ!」

 途端にリュカはうなされ始めた。両手を振り回し、苦悶の表情を浮かべている。ぎゅっと閉じられた瞼からは、涙が流れていた。
 昨晩は痛いだとか嫌だとか一切口にしなかったが、夢にまで見る程に少年の心に深い影を落としていることに、さすがに蘇芳も罪悪感にかられた。

「リュカ、落ち着け。もうしない。もう、怖いことはしねえから。大丈夫だ、落ち着け」

 蘇芳は空を切る少年の手を握り、頭を撫でた。努めて優しく囁き、彼を宥める。根気強く声をかけ続けてようやく、リュカは落ち着きを取り戻した。うっすらと目が開き、ある晩に目にした銀色がわずかに見える。蘇芳は身をかがめたが、瞼はすぐに閉じられ、寝息が聞こえてきた。
 もっとよく見たかったのだが、せっかく寝入った少年を起こすのも忍びなく、蘇芳は小さく息を吐いた。そっと指で涙をぬぐい、契角の根元に触れる。
 戻ってきたセキシは氷嚢を少年の頭の下に置いた。

「蘇芳様、ありがとうございました。ここは私に任せて、遠征の準備をなさってください」
「いや、いい。準備なんざ、そもそもあってないようなもんだ」
「…ですが」
「それに、こいつが離してくれねえんだよ」

 申し訳ないとばかりに眉を垂れる従者に、蘇芳はリュカによってぎゅっと握られた手を掲げて見せた。微笑ましい光景に、セキシは笑みを浮かべた。

「リュカの傍には俺がついとく。セキシは自分の用事を済ませるといい」
「かしこまりました。お言葉に甘えさせていただきます。何かあれば申しつけください」

 主人が頷くのを確認したセキシは少年の頭をひと撫でし、二人を残して部屋を出たのだった。
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