盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

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36. 急襲

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「ふへえ~…」

 昼食をセキシと共に食べ終えたリュカは、座卓に突っ伏した。腹いっぱいで心も幸せな気持ちに満ちていて、思わず口から変な声が漏れる。御膳を片付けるため、セキシの姿はなく完全に一人だ。蘇芳は遠征のため早朝から留守にしていた。半分眠った状態のリュカに、稽古をさぼるなよ、と言い残して。
 あの日以来、取っ組み合いの稽古を毎日欠かさず行っている。赤鬼はなかなかのスパルタで、少年に一息つかせる暇すら与えようとしないが、指摘は的確だった。重心の移動や踏み込みが甘い時や疲れて集中力が落ちた時は、すかさず鋭い指摘が入る。時々、まるで心の中を読まれているのではないかと錯覚するほどだった。
 だが的確な指導のおかげで、日に日に上達を実感している。最初はろくに躱せず受け身も取れず、全身打ち身だらけで酷いものだったが、少しずつ減ってきている。セキシの動きも見極めれる程に余裕を持てるようにもなった。できることが日々増えてると、自分でも考えるようになる。このパターンの時にはこういった動きが有効かもしれない、と自分の力で考え、稽古で試す。試行錯誤が上手くいったときは脳内にアドレナリンがドバっと溢れるのが分かる。達成感にやみつきになり、モチベーションは下がるどころかどんどん上がっていく。
 それに、体を動かした後に食べるご飯はとびきりおいしく、リュカはそこにも楽しみを見出していた。

「午後、何しよ…」

 黒い漆箱を開けて、金平糖を一粒噛み砕きながら、ぼんやりと考える。セキシは屋敷のことで忙しいし、蘇芳はいない。沙楼羅さんと九鬼丸に会いに行こうにも、一人で山の中に入るのは禁止されている。二人の方から会いに来てくれたらいいのに、と心の中で愚痴をこぼす。
 青藍のお気に入りの場所である、池が頭をよぎった。青鬼も蘇芳と一緒に遠征で留守にしているのならば、池に行ってもいいのではないか、とリュカは思った。鯉や亀に餌をあげたい。闇オークションの会場で持ち掛けられた話を蘇芳に相談してみればよかった。青鬼の不在の間、餌をあげるだけならば許してくれていたかもしれない。

「あ、駄目だ。俺、蘇芳の機嫌損ねたくないんだった。相談するのも無理じゃん」

 どだい無理な話だった。一時の暇潰しのために、蘇芳を怒らせて安息の時間や寝床を失う訳にはいかない。リュカは早々に思考を放棄し、ひと眠りすることに決めた。
 その前にもう一粒、と金平糖に手を伸ばす。その瞬間、背中に悪寒が走った。手はぴたりと止まり、全身の肌がぶわりと粟立つ。リュカは、開け放たれた窓の方にゆっくりと目を向けた。その動きはまるで、長年油を注していない錆びついたブリキの人形のようだった。
 窓の欄干に不気味な人影があった。奇妙な仮面で顔を隠し、全身黒づくめの衣装を身に纏っている。しゃがんだ体勢で欄干に乗り、身動きせずにこちらをじっと見つめる様子は不気味という言葉以外では到底形容できなかった。ただ、味方ではなく危険な奴だと本能が告げる。
 互いに睨み合ったまま動かない、膠着状態が続く。うかつに動けない。だが静寂を破ったのは仮面側だった。仮面の両隣に新たな仮面の奴等が現れたのだ。

「お前が、血みどろ羅刹の嫁だな」

 どうすべきか考えあぐねていると、最初からいた真ん中の仮面が突如口を開いた。性別をわからせないようにしているのか、声を変えている。ざらざらとして不愉快な声だ。
 リュカは答えなかった。だが、黒装束たちはその沈黙を肯定とみなしたらしかった。

「我々と共に来てもらおう」
「はあ?やだね。つか、名乗るのが先じゃないのかよ」

 名乗られたとしても、いかにも怪しい風体の奴らについていく気などさらさらない。

「我々は影。名乗る名などない」
「あっそ」

 会話で注意を引きながら、リュカはゆっくりと腰を浮かせた。いつでも駆け出せるように、じりじりと後ずさる。
 どうにかして逃げなければ、と少年は注意深くタイミングを窺っていた。毎日稽古をつけてもらっているとは言え、何の力も持たない彼は赤子同然だ。異形と会敵した場合、交戦せず、逃げて身を隠すことを最優先に行動しろと蘇芳から口酸っぱく言われている。

「逃げられると思うな。既にこの屋敷は我等同胞によって取り囲まれている」

 気配を感じて背後に素早く視線を走らせれば、障子越しに仮面達に似たシルエットがいくつも並んでいるのが見て取れた。逃げ場がどこにも無いことを知り、途端に焦ってしまう。屋敷自体がこの仮面達に囲まれているとしたら、セキシの身は大丈夫なのか。

「さあ、大人しく我々と来てもらおう」

 仮面の一人が欄干から降り、じりじりと距離を詰めてくる。どうしよう、考えろ、と自分を鼓舞するも、何の案も浮かんでこない。万事休すと思われたその瞬間、地鳴りが起きて屋敷全体が揺れた。巨大な手が窓の外に現れ、欄干にいた仮面達を握りつぶす。骨が折れ、肉が潰される不快な音がいやに大きく聞こえた。

「何だ!?」

 リュカを捕まえようとしていた仮面は上擦った声を上げ、背後を振り返る。少年も突然のことに驚き固まったが、巨大な手の正体に気がつき、我に返った。怯む正面の敵めがけて体当たりし、体勢を崩したところを逃さず馬乗りになる。手近にあった金平糖の箱を取り、勢いよく頭に叩きつけると、仮面はぴくりとも動かなくなった。殺してしまったかも、と一瞬背筋が冷えたものの、気絶しただけとすぐに分かって安堵した。

「リュカ、逃げろおっ」
「九鬼丸っ!…っでも、セキシが…!」
「セキシも鬼族のはしくれ、うまぐ対処でぎる。それにおでもいる!大丈夫だあ!こいつらの狙いは、おめえさんだ!どにがぐ逃げろ!」
「でも、どこに逃げれば…っ」
「山の中さ行げ!沙楼羅がきっと助げでぐれる!」

 九鬼丸の大きな片手が部屋の中に入ってくる。巨大な一つ目に急かされ、リュカは彼の手の上に乗った。九鬼丸はもう片方の手でわらわらと現れる仮面達を薙ぎ払いながら、少年を山の中へと逃がした。一人で山の中に入ることに躊躇いが生まれるが、九鬼丸の手を逃れてこちらに向かってくる仮面達を見て、その考えは吹き飛んだ。
 裸足のまま地面を蹴り、駆け出す。だが、すぐに足が止まる。傍を通り抜けようとした木に暗器が投げつけられたからだ。鋭利な刃がきらりと光り、リュカは喉から出そうになる悲鳴を必死で飲み込んだ。

「何だアレはっ!?」

 仮面の声につられて空を見上げると、奇妙な鳥のような怪物が飛んでいた。体長よりも嘴の方が長く大きく、羽毛はなく紫色の肌が剥き出しだ。鳥はゆったり旋回していたかと思うと、急降下し、仮面の一人の体を鋭い嘴で貫いた。辺りに絶叫が轟く。鳥の怪物は急上昇した。仮面の体は空中に投げ出され、胴体にはぽっかりと大きな穴が開いている。どこからともなく仲間と思しき怪物が現れ、まるでお手玉のように嘴に仮面を当てて遊んでいる。だが一羽が抜け駆けし、ぼろぼろの仮面を丸呑みした。獲物を横取りされて怒った残りの怪物が不愉快な鳴き声をあげながら、一羽を追いかける。
 おぞましい光景に全員の足が地面に縫い付けられていた。

「ヒッ…」
「総員、木の陰に身を隠すようにして進め!」

 未知のものに恐れおののく同胞を鼓舞するリーダー格らしき人物が駆けてくるのを見て、リュカも恐怖ですくみそうになる足を叱咤して、必死で走った。

「沙楼羅さっ、…沙楼羅さん…!」

 全力疾走をしながら、必死で烏天狗の名を呼ぶ。山の異形達に狙ってくれと言わんばかりの格好の的になると思い、大声で助けを呼ぶのは辞めておこうと考えていたが、もはやどうでもいい。一刻も早く沙楼羅に見つけてもらって助けてもらえるのなら、この状況から救ってもらえるのであれば、なりふり構っていられない。背後で風を切るような音と、仮面達の悲鳴が聞こえる。怖い、怖くてたまらない。

「沙楼羅、さん…っ!」
「何じゃ?」

 目の前に現れた見知った仮面に、リュカは足を止めた。沙楼羅の出現に緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。
助かった。これで、助かる。

「おやおや、大丈夫かの」

 がむしゃらに走りながら叫んでいたせいで、呼吸が苦しい。息を必死で整えながら、リュカは烏天狗の袖を掴んだ。

「沙楼羅さっ…助けて!」
「助ける、とな?」
「俺、俺っ…仮面の奴らに追われてて、…蘇芳いなくて…、セキシが屋敷にっ、九鬼丸が…!」
「よしよし、可哀想にのう。蘇芳のおらぬ間を狙ったか」

 何が起こっているか伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。だが沙楼羅は少年の背後の仮面に視線を向けると、彼が何を言わんとしているのか理解したようだった。

「のう、リュカ」

 名を呼ばれ、顔を上げたリュカはぞっとした。声は柔らかく慈愛に満ちているのに、顔には残虐な笑みをたたえている。顔の上半分は仮面に覆われていると言うのに、獲物を目の前に甚振る獣のような目つきをしているのがわかった。

「蘇芳から聞いたんじゃが、闇オークションで少年を殺しかけたらしいのう?何でも、命の危険に陥ったことで異形の力が発現したとか」
「さ、るら…さん…?」
「儂もその力、見てみたくてのう。すまんが瀕死の状態になってくれんか」

 その瞬間、肩に何かが突き刺さった。
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