運命の番を殺した英雄

XCX

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6. 悪夢の八つ当たり

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 贅の限りを尽くした豪華な城。一目で高価なものだとわかる調度品が至るところに飾られている。精緻な彫刻の施された壁には返り血が飛び、辿ってきた道にはたくさんの死体が転がっている。それだけではなく眼前にも。
 全て俺が戦場で手をかけてきた者たちだ。
 自分の手を見下ろす。手はおろか全身が血に塗れていた。服で拭ってもちっとも落ちやしない。
 血でぬるつく手で剣を握り直し、目の前の人物に目を向ける。
 脂肪の塊のように醜く太った、豪奢な装束を身につけながらも小汚い男が膝をついていた。青ざめた顔には大量の脂汗が流れ、みっともない鳴き声をあげている。

『た、たたた助けてくれ…!い、命までは見逃してくれ…っ。よ、余の案ではない!将軍が最初に言い出したんだ!王たる余、…余がオ、オメガを人間兵器にするなど、そ、そん…そんなことをするわけないだろう…ッ!』

 剣を握る拳でドーラン王の横っ面を殴れば、男はいとも簡単に転がった。汚らしい悲鳴を上げながら。

『…将軍の発案だったとして、テメェはそれを許可した。そうだろ?何も知らねえ身寄りのないオメガを集めて!前線に送った…っ!人間の風上にも置けねえような案を、テメェの野望のために容認した!そうだろうが…ッ!!』
『ヒッ、ヒイィィィッ…!!な、何が望みだ…!?どうすれば見逃してくれるのだ…!?か、金か?地位か?そ、それとも女か、男か…!?』

 俺の威圧に、王は体を丸めて両腕で頭を庇った。それだけにとどまらず、交換条件を提示し命乞いを始めた。どこまでも腐った性根に、はらわたが煮えくりかえる。

『どれも要らねえよ…っ!俺が本当に欲しいものは、テメェが奪ったんだ!もう二度と戻ってこねえ!腕に抱いてやることもできねえ!名前を呼んでもらうどころか、呼んでやることさえ…!テメェ、テメェみてえなクソ野郎のせいで…ッ!!』

 怒りに身を任せて王の体を何度も蹴りつける。ちっとも憂さ晴らしにならず、剣で致命傷にならない程度に斬りつけた。耳をつんざくような不愉快極まりない絶叫が轟く。
 生き物としての尊厳を奪うようにたっぷりと痛めつけたのちに、剣を突き立てて生命活動を終了させた。
 リュキテの仇を討ったと息を吐いた途端、王の死体がゆらりと浮き上がった。そこかしこに散乱していた死体も同様に、俺の前に列を成した。

『正義という名を騙り、暴虐の限りを尽くした虐殺者』
『ヒトゴロシ、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ……』
『お前だって己の野望を果たすために数多の命を奪ってきた。シャクビ王と何が違う?お前に断罪する資格があると思っていたのか?』
『たくさんの人がアンタと同じ目に遭う…!愛する者を突然失い、平穏を壊され、残される悲しみを…!』
『英雄なものか!この、人殺しが……ッ!』

 人殺しと俺を繰り返し詰る彼らはゆっくりと距離を縮めてくる。おぞましいと感じているのに、一歩も動けない。血まみれの無数の手が体にまとわりついて、人間とは思えない力で締めつけてくる。
 血流が堰き止められ、骨が軋む。手は喉にもおよび、軌道を塞がれる。呼吸がままならず、だんだんと意識が遠のいていく。
 ──因果応報。
 彼らの言うことはもっともで、俺を手にかける権利もある。自分にはこんな最後がお似合いだと静かに目を閉じた。



「ハッ……!」

 気がつけば俺は暗闇の中、ベッドの上で背中を丸めていた。溺死寸前で水面から上がってきたかのように、呼吸が激しく乱れている。心臓はこれまでにないくらいに早鐘を打ち、汗ばんだ体に服が張りついて不愉快極まりない。

「は……また、あの夢……」

 リュキテを殺した瞬間の夢と同じく、よく見る夢だ。
 痙攣のように震える手で顔を覆い、大きく吸って吐いてを繰り返し、息を整える。
 落ち着きを取り戻し、目を開けると窓から月の光が差し込んでいるのに気づく。窓に目を向ければ、雲間から見事な満月が姿を現していた。
 すぐに眠りに戻る気になれず、俺は家の外へと出た。軒下に置いてある木椅子に腰掛ける。ひんやりとした夜風が、汗ばむ体に気持ち良い。
 空を見上げれば、満天の星が広がっていた。
 夜は好きだ。ほとんどの生物は眠りにつき、夜型動物の鳴き声が微かに聞こえるだけ。静かで穏やかで気が休まる。
 頭を空っぽにして星を眺めていると、背後で扉の開く音が聞こえた。

「シグルドさん……?」
「…起こしちまったか?」
「いいえ、喉が乾いたので水でも飲もうかと思って…。シグルドさんで良かったです。不審者だったらどうしようかと…」
「悪い、怖がらせたな」

 俺の謝罪に、ユテはにっこり笑って頭を振った。少し待ってて欲しいと告げられ、戻ったユテはホットミルク入りのマグを手にしていた。
 湯気の立つ白い液体に口をつけると、優しい甘さの中にほんのりとブランデーを感じる。うまい。

「眠れないんですか?」

 自分のは普通のホットミルクだと説明する青年は、もう一脚の椅子に腰を落とした。寝巻の上から毛布を体に巻きつけている。

「…ああ、夢見が悪くてな」
「あの…それって、やっぱり戦争のせいですか……?ザヤさんが言ってた、オメガのフェロモンを浴びても勃起しないっていうのも…?」

 両手でマグを持ち、息を吹きかけて冷ましていたユテがじっと顔を見つめてくる。
 今までにない踏み入った質問だった。初日にザヤが軽口混じりに発した内容をきちんと覚えていたらしい。

「たぶんな。俺が殺した奴ら全員が目の前に現れて、人殺しだって詰め寄りながら俺に復讐しようとする夢を見る。不能なのは、大事な奴を手にかけちまってからだ。…間違ったと気づいたのは今わの際で、手の施しようがなかった。言い訳でしかねえけどな。……情けねえだろ、アルファのくせに。戦友たちは前を向いて自分らの道を進んでる。けど、俺はその気はねえし、なれねえ」

 自嘲が漏れる。いつもならこんなことを他人に吐露したりしない。だが、染み入るような温かい飲み物とユテの気遣いに、気持ちが言葉となって滑らかに口から出て行く。
 正直なところ、俺は誰かに聞いてもらいたかったのもあるかもしれない。

「情けないなんて、ちっとも思いません。むしろシグルドさんが終戦から何年も経った今でも、苦しんでいると知って胸が痛いです。僕たちを救ってくださったのに…。でも今も罪の意識に苛まれているのは、シグルドさんが優しすぎるからですね」

 声質は柔らかなのに、妙な力強さを感じた。

「救った?俺は誰一人救っちゃいねえよ。立ちはだかる敵兵を薙ぎ払ってただけだ。英雄どころか死神だ」
「確かに、ドーラン側の遺族からすればそうかもしれません。でも、リズリカ国民や元ドーランのオメガ兵からすれば、シグルドさんは救世主に他なりません!」

 ユテは身を乗り出すと、俺の手に両手を重ねた。熱い飲み物の入ったマグを持っていたせいで温かい。
 真っ直ぐで無垢な眼差しに、目が離せない。
 お前もやっぱり俺を英雄だと、救世主だと思っているのか。そんな迷いのない目を向けて、俺の心を切り刻むのか。

「……たくさんのオメガ兵がリズリカ側に保護されたと聞いています。もしシャクビ王が討たれずにドーラン国にリズリカ国が従属することになっていたら、もっとずっと酷い状況になっていたはずです。オメガを人とも思わない扱い、もしかしたら家畜以下の扱いを受けていたかも……想像するだけでぞっとします。シグルドさんたち軍人の方々はそんな危機からもみんなを救ってくれたんです。……もうこれ以上、ご自分のことを責めないでください」
「お前らは国を救ったって言うけどな、俺は自分のオメガを失った!世界で誰より救いたかった奴を救えてねえんだよッ!」

 衝動を抑えきれず、ユテの手を振り払う。頭に血が上り、激しい頭痛に見舞われる。

「戦時下で俺が何を考えてたか知ってるか?国のことも民のことも、これっぽっちも考えてなかった。復讐したい一心で剣を振るってたんだよ。なんで、よりによって俺が、俺だけが運命の番を殺す羽目になったんだ、って…ッ!…お前は俺を英雄視してるみてえだが、これが真実だ。俺はただ、責任転嫁で怒りをドーランにぶつけてたんだよ!大事な奴を奪われた俺が、今度は誰かにとって大事な奴らの命を奪った!私怨で国を滅ぼした!これのどこが救世主、英雄だってんだ……ッ!?」

 やり場のない怒りと悲しみが、活火山のように噴火した。マグマのように溢れる感情のままに吠える。理性のない獣と同じだ。
 突然ブチ切れて凄まじい剣幕で怒号をあげる俺に、ユテは目を見開き唖然としていた。毛布に包まれた肩が震えているのを、俺は見逃さなかった。
 今にも泣きそうに唇を戦慄かせる青年に、冷水をぶっかけられるたかのように一瞬にして冷静さを取り戻す。
 花屋の母子の時のように、またやってしまった。ユテの明るく優しい人柄のおかげでいい関係を築けていたのに、それを台無しにしてしまった。
 もう、終わりだ……。きっとユテは近いうちにここを出て行くだろう。

「……悪い、言い過ぎた。俺はもう寝る。飲み物、ありがとな」

 ユテの口から失望の言葉を聞きたくなかった。とてもじゃないが、受け止めきれない。
 負け犬の俺はマグの中身を飲み干し、逃げるように自室へと戻ったのだった。
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