運命の番を殺した英雄

XCX

文字の大きさ
15 / 35

15. 墓参り

しおりを挟む
 診療所を後にした道すがら、ユテはずいぶんとご機嫌だった。指を絡めるように手を繋ぎ、体をぴたりと寄せ、喜びに頬を染め蕩けるような笑みを浮かべて俺を見上げてくる。時折鼻歌すら口ずさんでいる。

「やたらご機嫌だな」
「うん、だって朝冗談で言いあってたことが本当だったんだよ?それにそれができるのは運命の番である僕だけって……オメガにとってこれ以上の喜びってないよ。こんな風に役に立てるなんて、思ってもみなかった」

 満面の笑みを浮かべる瞳はきらきらと輝いて、まるで満天の星が輝いているようだった。見惚れるような美しさに俺の口角もつられて吊り上がるが、一方で発言に引っかかる箇所があった。
 俺が急に足を止めたせいで、ユテの足がもつれてバランスが崩れる。向き合うように体勢を変え、傾ぐ体を胸で受け止める。

「うう…鼻打った…。どしたのシグ、急に立ち止まって…」
「確かに医者の話にはたまげたけどな……副次的効果があろうがなかろうが、ユテへの気持ちは微塵も変わらねえ。俺達は互いのことが好きだから一緒になることを選んだ。役に立つかどうか、じゃねえだろ?」

 逃げられないように腰に腕を回して、真っ直ぐに顔を覗きこむ。ただでさえ大きな目が更に大きくなる。

「さっきのお前の言い方だと、俺に利があるから傍にいれる、いさせてもらえる、みたいに聞こえちまった。俺はそんな効果がなくてもユテを選んでる、あまり俺をみくびるな。本意は違うのかもしれねえが、誤解があったらたまんねえから一応言っておく」

 怒ってはいない。決して。ただ、口から出た声は思った以上に低かった。言葉も強かったかもしれない。責めるつもりは毛頭なかった。どう取り繕うか考える前に、ユテが懐に潜りこんできた。

「もう…シグってばなんでそんなにかっこいいんだよ……」

 胸に頭をぐりぐりと擦りつけるユテの両耳が真っ赤に染まっているのが見えた。

「そんなこと言われたら、離れられなくなっちゃうじゃん……」
「何だそれ。俺から離れる気があるってことか?」

 小さな呟きだがはっきりと俺の耳に届いて、その聞き捨てならない内容に若干ムッとなる。赤い耳を軽く引っ張れば、眉間にしわの寄った膨れっ面が俺を見上げてくる。

「僕から離れることはないよ。でもシグはどうしたって先に逝って僕を置いていくじゃん…っ。僕の寿命までずっと一緒に生きてくれるなら別だけど……」
「おいおい、勘弁してくれ。俺ァもう見るに堪えない姿になってるぞ」
「その時には僕だって同じだよ!よぼよぼのおじいちゃん同士、一緒に死のう?僕、シグを置いていくのも、置いていかれるのも嫌だよ……。シグは同じ気持ちじゃないの?」

 懇願するように見上げる潤んだ目に、俺は言葉を発することができなかった。互いに無言のまま見つめ合う。不安に揺れる瞳を見つめ続け、俺はようやく「見せたいものがある」と呟いた。
 ユテの手を取り、道を先導する。さっきまで隣に並んでいたのに、今は前後に並んで歩く。
 道中、俺達はずっと無言だった。だけど繋いだ手はずっと雄弁だった。俺よりも小さく細い手。それを力強く、だけど傷つけたりしないように加減を調整して。それに応えるようにユテもしっかりと握り返してくれる。それだけで胸の辺りが温かくなる。
 着いた先は墓地。触れ合う手からユテの困惑が伝わって来る。こっちだ、と俺は更に手を引き、とある墓標に案内した。

「…これって……」

 墓石に刻まれた名前に、ユテが息を呑む音が聞こえた。大きなレモン色の目が俺と墓石の間を忙しなく行ったり来たりしている。

「勝手に作っちまって悪い。けど、あの紙切れ一枚じゃどうにも満足できなくてな…。リュキテの墓が建ってないかどうか探しはしたんだ。重複するのも良くねえと思って、色んな墓地を回ったんだが見つけられなかった。全土をくまなく探した訳じゃねえから、どっかにはあったのかもしれねえ。……けど、俺の精神がもう限界だった。精神的な拠り所が欲しかったんだ……少しでもリュキテを感じられるものが」

 それから俺はぽつりぽつりと語った。何かにつけてはここに足を運んだこと、何はせずとも長時間滞在していたこと。

「心慰みにはなったけど、それでも胸にはぽっかり穴が開いた気分だった。決して満たされない飢餓感みてえな…。それを見て見ぬふりしてた。死のうとしても死ねなかったから、自分の命の時間が尽きるのをただ待っていた」
「シグ……っ!」
「一人残るのがどれだけ辛いか、十分に知ってるつもりだ。だからユテのさっきの気持ち、正直めちゃくちゃ嬉しかった。俺だって、お前に同じ思いを味わわせたくねえ。……俺と一緒に死んでくれるか、ユテ」
「うん、うん…っ!死ぬ!死ぬときはシグと一緒が良い……っ!俺が八十で、シグが百歳で…!」

 目に涙を浮かべるユテが感激して抱きついてくる。諦めることなく同じ発言をする青年の額を指で弾く。ぺちんといい音がして、ユテが身を縮こまらせた。白い額がほんのり赤くなる。

「だからそれは無理だっての。勿論長生きするつもりだし、そのためにできることは全部やるつもりだ。けどあんまり期待しすぎるなよ。期間は短くたって、その分濃い時間を過ごせばいい。そうだろ?」

 なおも目を潤ませるユテは何度も激しく頭を縦に振った。その拍子に涙の粒が頬を伝う。まるで宝石のように透き通ったそれを指でそっと拭ってやる。
 すげーな、ユテみたく清廉な存在となると涙までキレイなんだな。……なんて、クサイことを密かに思ってみたりする。

「シグ…僕、すごく嬉しい。お墓まで作って弔ってもらってるなんて、夢にも思わなかった…。でも、どうしてすぐに言ってくれなかったの…?」
「気持ち悪いって引かれるかと思ったんだよ。墓作るだけじゃなく、足繫く通って一人で語りかけてたとか、明らかにヤベー奴だろ…」

 頬を濡らす雫を指で拭うそばから、次から次へと降ってくる。まるで雨だ。
 ユテは頭を左右に振って否定すると、俺の手を力強く握りしめた。

「そんなこと、思うわけないっ!すごく、すごく嬉しかった。僕、大切にされてたんだなって。でも、同時に嫉妬する……」
「嫉妬?」
「リュキテは自分なのに、変だよね。でも僕がシグのことを想ってた間、リュキテの墓石はシグの気持ちを聞いてたんだって思ったら、ずるいって思っちゃう。それは本来僕に向けられるべき言葉だったのに……」

 拗ねたように唇を尖らせるユテに、面食らってしまう。女々しいと幻滅されるかと思いきやリュキテの墓石に嫉妬してるなんて、予想の遥か斜めを行く反応に言葉を失ってしまう。
 思考停止状態に陥る俺に、ユテははっと我に返ると熟れた果実のように顔を真っ赤に染めた。

「い、今のなし!ナシナシ!忘れてっ!僕、変なこと言った…っ!」

 顔の前で両手をぶんぶん振り、声を上擦らせる姿に耐え切れず、俺は勢いよく息を吹き出した。笑い声が咽喉をついて出てくる。
 居たたまれないとばかりに目を閉じて直立不動の番を抱き寄せる。自分よりもずっと華奢な体に両腕を回して抱きしめる。

「…聞かせるのは全然いいけど、内容についての苦情は一切受け付けねえぞ?あまりの不甲斐なさにやっぱ無理、番にはなれないって言われたくねえし…」

 この発言がすでに情けないと気づいたのは、口に出してからだった。
 本当の俺は臆病者で英雄像とはかけ離れている。かっこいいところを見せたいと思ってもなかなかうまくいかない。

「情けないって絶対に思わない保証はないかも」
「うっ……」
「でも、これだけは自信をもって言えるよ。番になることを拒否するなんて、絶対にありえない!それだけのことで、シグのことを見放したりしないよ。僕の執念、見くびらないでほしい」

 ユテの何気ない一言に予想外のダメージを負ったが、俺を見上げる強固な意志の宿った迷いのない視線に射抜かれる。静かな怒りすら感じられる威圧感に、うなじ部分が粟立つ。
 ぞくぞくとしたものが背骨を駆け上がる感覚に身震いしながら、俺はうっそりと微笑んでいた。
 ユテを抱く腕に力が入る。無防備な首筋に顔を埋めた。

「はあ……ユテ、お前最高。今のかっこよすぎて痺れた…」
「本当?僕の本気伝わってる?」
「ああ、めちゃくちゃ伝わってきた。…ったく、こんなおっさんを骨抜きにしてどうしてくれんだ」

 俺の軽口に、ユテがくすくす笑いながら背中に両腕を回して応える。

「シグ…今すぐ家に帰ろ…?僕…、今すぐ抱いて欲しい……。いっぱいして、それから僕の墓石にどんなことを話してたのか全部教えて…」

 自分に向けられた視線に熱がこもる。ユテの顔が赤いのは、恥じらいのせいかそれとも夕陽に照らされているせいなのかは判別がつかない。柔らかい頬に触れると、ほんのり熱い。
 愛おしい。ユテの言葉と態度一つ一つに、たまらなく満たされる。

「うわぁっ!?」

 感情のままにユテを抱き上げると声が上がる。見た目にも華奢な体は、抱き上げても軽い。その状態で家に向かって歩き始めれば、ユテが挙動不審になって俺の肩を手で叩いてくる。

「シ、シグ、下ろして下ろしてっ。重いでしょ!?僕、自分で歩けるから…!」
「全然重くなんかねえよ。むしろ軽すぎだ。もっとたくさん食って体重増やしていい」

 あたふたと慌てる様が珍獣のようで、それを指摘するとユテはどこか拗ねたように唇を尖らせて大人しく腕の中に納まった。首元に遠慮がちに両腕が回される。
 家への道すがら、通りがかった子供たちに純粋な眼差しでどこか悪いのかと尋ねられて、ユテが顔を真っ赤にしながらしどろもどろに答えるのが面白くて、意地の悪い笑みになってしまった。それに気づいたユテににらみつけられるも、迫力は全くなくて可愛いだけだった。恥ずかしかったのか、家に着くまでプリプリ怒ってたが、俺の首に回された両腕の力は緩むどころか強くなる一方で、一度も下ろせと言われなかった。
 家に着くなり、俺たちはベッドに直行した。それも、互いの唇を貪りながら。玄関からのわずかな距離でさえ我慢ができなかった。
 ヒートでもないのに何度も互いの体を求めあう俺たちは、まるで理性を失った獣だった。
 弾力のある柔らかな肌に吸いつき、自分の痕跡を余すことなく刻んで、自分の形になるようにと願いながら中を深く何度も穿って、自分の体液で汚す。
 ユテもユテで、俺の唾液を飲みたがったり、自ら足を抱えて体を開き、何度も俺の体液を中に欲しがった。
 歯の浮くような言葉の数々を合間に何度も紡いで、気持ちを確かめ合った。
 この上なく満たされて、幸せだった。

「次のヒートが待ち遠しい…。早くうなじを噛んでもらって、シグを僕だけのアルファにしたい……」

 顔に似合わず強烈な独占欲を見せるそのギャップがたまらない。

「焦らしプレイだと思えばヒートまでの期間も楽しめるんじゃね?」
「僕、焦らされるの嫌いだから嫌だ」
「俺は好きだから平気。その分、気持ちよさは別格だろ?と言うか、いいこと聞いたな」
「いいこと?」
「ユテが焦らされるのが嫌いっての。虐める口実ができた」
「もー……」

 ニヤニヤ笑えば、不満そうに眉間を顰めるユテに頬を摘ままれる。肉体的な痛みは全くないが、心臓がきゅうが疼く。しょうがないな、と呆れ甘い戯れに自然と笑ってしまう。
 こんな他愛のないやりとりでさえ心が満たされる。まだうなじは噛めなくとも、心底幸せだ。
 ユテのヒートが待ち遠しいのは自分も同じだ。だが、もう少しの辛抱だ。ユテのうなじを噛めれば、俺たちの絆は確固たるものになる。終わりの見えない十八年に比べれば、ひと月なんてどうってことない。すぐにやってくる。
 何が起ころうとも怖いものはない。死すら乗り越えて、再び結ばれた俺らなら何だって乗り越えられる。



 だが、ユテが姿を消したのは、それからわずか一週間後のことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...