運命の番を殺した英雄

XCX

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24. 近衛師団

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 しんと静まり返る玄関ホール。誰もが身動きできずに扉を見つめていた。そして、再びのノック音。
 動いたのはリースロークだった。床に靴音を響かせながら、扉を開ける。
 その瞬間、両開きの扉が音を立てて勢いよく開いた。軍帽を被った軍人らしき人達が一気に雪崩れこみ、あっという間に僕たちを取り囲んでしまった。指揮官らしき人物が一団の後方から悠々とした歩みでリースロークと対峙する。

「随分と物々しい登場じゃないか。一体どこの所属だ?」
「夜分遅くの騒動をお詫びする。近衛師団だ。複数の嫌疑により屋敷を包囲させてもらった。これより妙な動きを見せた者は国王に対する反逆の意志ありと即刻判断し、武力による制圧を執行する。五体満足でいたければ、ゆめゆめその場を動かれるな」

 近衛師団───
 存在だけは聞いたことがある。国軍とは別の王直轄の治安組織。国家及び国民の治安を維持するのが国軍の主な目的だが、近衛師団は国軍や貴族たちに違反や不法行為がないか監視及び取り締まるのが存在意義だと。
 その近衛師団を名乗る軍団の突然の訪問に虚を突かれて誰もが身動きできない中、一人の近衛兵が僕と私兵の間に割り込んだ。
 近衛兵は皆、顔が窺えないくらいに軍帽を目深に被り、膝を覆うほどに長いマントを身に纏い、誇示するように腰に下げた剣の柄頭に手をかけている。
 全身から威圧感を漂わせているが、不思議と怖くはなかった。
 彼らはどうしてここに?希望を持ってもいいのかな……。もし近衛師団の役割が噂通りなら、僕が助かる道もある──……?

「委細も告げずに脅し文句とは。クライゼル家の屋敷に来たからには、その嫌疑がかけられているのは当主であるジゼア卿だろう?あいにく不在にしているよ。どうやら無駄足を運ばれたようだ」

 異様な状況にも関わらず、リースロークだけは動じていないようだった。むしろ嘲りを含んだ声と身振りで挑発しているように見える。

「心配ご無用。既にジゼア・クライゼル氏の身柄は拘束済みだ。ここへはもう一人の被疑者に同行を願いに来た」
「もう一人の被疑者……?」

 おじい様が捕まったと知って少なからず動揺してしまう。
 近衛兵の団長らしき男は、容疑の内容を未だ口にしない。だけど拘束されたということは、重罪を犯したことに他ならない。クライゼル家の地位や権力を強めるために、ついに一線を越えてしまったのだろうか。

「左様。リースローク・ファロー少将、我々とともに王城まで来ていただこう。なお、これはお願いではなく、国王陛下のご遺志に基づく要請だ」
「とんだ不躾な物言いだな。さぞ正当な容疑があるんだろうね?詳細も告げずに国軍幹部を連行しようだなんて、近衛師団は国王陛下の権威を笠に着てやりたい放題のならず者集団としか思えないな」

 強烈な皮肉が込められた返しに、リースロークの苛立ちを感じる。それでも近衛師団の団長は表情ひとつ変えることなく、全く動じていないようだった。

「失礼した。貴殿ほどの人物であれば己の罪を十分に承知しているものと。ファロー少将、貴殿には複数の容疑がかけられている。己の地位的優位を利用した、不特定多数のオメガへの不同意性交、暴行、脅迫、略取──細かくは他にもあるが、主なものに留めておく」
「何のことか皆目分からないな。全く身に覚えがない。かくも重大な告発、結果人違いでしたなんてことになれば、アンタの首一つでは済まないけどきちんと理解しているんだろうね?近衛師団の根幹すらも揺らぐことになるよ」
「我らへの気遣い、痛み入る。だが心配ご無用。かような危険性、十二分に承知の上で任にあたっている。……さて、貴殿の要求に従ったのだ。今度はこちらの言うことに従ってもらおう」

 近衛師団の団長が部下に目配せをする。リースロークが動くよりも早く、近くにいた近衛師団が彼を連行するために腕をつかんだ。

「誰が俺に触れていいと言った…ッ!」

 リースロークは表情を一変させ、嚙みつかんばかりの勢いで腕を振りほどいた。

「抵抗の意志あり。捕縛しろ。武器を隠し持っていないか確認もするように」

 命令を受けた近衛兵の動きは迅速だった。リースロークの両腕を後ろ手に目にもとまらぬ速さで縛り上げ、数人がかりで体を押さえて動きを制限させる。その間に正面に立った兵が少将の全身をまさぐる。始終、リースロークは拘束から逃れようと、口汚い罵声を浴びせながら絶えずもがいていた。

「ぐ……っ!」

 鈍い音がしたかと思うと、リースロークがうめき声をあげて上体を曲げた。
 僕が階段上のいたことと、それも前に立つ近衛兵に視界を阻まれていたことでよく見えなかったけれど、どうやらリースロークが近衛兵に胴を殴られたようだった。
 目まぐるしく変わる展開に、頭が全くついていかず、状況が飲み込めない。
 近衛師団長が読み上げた容疑の数々。
 不特定多数のオメガへの暴行──。
 僕と同じような目に遭わされたオメガがたくさんいるということ…?毎日、違うオメガの匂いが染み付いていたのは──……。
 胃から何かが込み上げる感覚がして、慌てて手で口元を覆う。僅かに想像しただけで、腹部に不快感が押し寄せる。

「おい、手を出すなと事前に伝えたはずだが」
「しかし団長もご覧になっていたでしょう、少将の抵抗ぶりを。我々だけでなく少将自身にも危害が及ぶ前に対処したに過ぎません。被疑者を無事に移送するための無力化は我々の大事な役割ですので」

 団長の声色が一層鋭く冷たさを帯びる。すると僕と私兵の間に割って入った近衛兵が仲間の行動を擁護した。
 この声……聞いたことがある……。
 ふと懐かしさすら覚えたけれど、気分が優れない今はどこで聞いたかまで思考が回らない。そもそも、僕の勘違いかもしれない。
 よほど当たりどころが悪かったのか、すっかり大人しくなってしまったリースロークを近衛兵たちは屋敷の外へと連れて行った。他の私兵たちも手を縛られた状態で次から次へと連行されていく。玄関ホールに残されたのは、近衛師団と僕だけになってしまった。

「リースローク・ファロー少将の婚約者の方ですね。重要参考人としてご同行願えますか?」

 ずっと傍らにいた近衛兵が振り向き、僕に尋ねる。
 、という言葉に心がズキリと痛む。傍目には僕はそう認識されていているんだと改めて思い知らされる。
 そんな肩書きなのに、僕も被害者だって言って信じてくれるかな……。
 不安な気持ちで頷き、屋敷の外につけられた馬車まで先導された。監視のためなのか、車内には近衛兵が座っていた。彼が手を差し出す。
 僕も手を伸ばした瞬間、芳しい香りが──……。
 一瞬のうちに、僕は馬車の中、そして近衛兵の腕の中にいた。痛いくらいに抱きしめられて、密着した近衛兵の体からこの世で一番好きな匂いがする。
 どういうこと…?なんで近衛師団の団兵からシグルドの匂いが……?
 嬉しさよりも困惑が先に立つ。
 腕の力が緩んだタイミングで体を離す。顔を見ても、シグルドじゃない。顔の輪郭を覆う髭も、髪も長くない。
 僕の困惑が全面に出ていたのか、団兵は口角を上げて微笑んだまま、軍帽を取った。
 軍帽の中に隠れていた長い髪がさらりと流れていく。淡い赤色の髪。帽子のつばに隠れていた、海みたいに綺麗な真っ青の瞳。髭がきれいさっぱりなくなっていて印象が全く違う。だけど目の前にいるのは、正真正銘シグルド本人だった。
 王城では、暗闇のせいで顔が全然見えなかった。声と匂いと温もりだけで……。
 ちゃんと、ちゃんとシグルドだ…!
 そう実感が湧いてきて、唇が震える。

「ユテ、遅くなってすまねえ。迎えに来た。もう誰にもお前を傷つけさせねえ」

 優しい声。
 大きな手で頰を撫でられて、感情の洪水が堰を切って溢れ出した。
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