運命の番を殺した英雄

XCX

文字の大きさ
24 / 35

24. 近衛師団

しおりを挟む
 しんと静まり返る玄関ホール。誰もが身動きできずに扉を見つめていた。そして、再びのノック音。
 動いたのはリースロークだった。床に靴音を響かせながら、扉を開ける。
 その瞬間、両開きの扉が音を立てて勢いよく開いた。軍帽を被った軍人らしき人達が一気に雪崩れこみ、あっという間に僕たちを取り囲んでしまった。指揮官らしき人物が一団の後方から悠々とした歩みでリースロークと対峙する。

「随分と物々しい登場じゃないか。一体どこの所属だ?」
「夜分遅くの騒動をお詫びする。近衛師団だ。複数の嫌疑により屋敷を包囲させてもらった。これより妙な動きを見せた者は国王に対する反逆の意志ありと即刻判断し、武力による制圧を執行する。五体満足でいたければ、ゆめゆめその場を動かれるな」

 近衛師団───
 存在だけは聞いたことがある。国軍とは別の王直轄の治安組織。国家及び国民の治安を維持するのが国軍の主な目的だが、近衛師団は国軍や貴族たちに違反や不法行為がないか監視及び取り締まるのが存在意義だと。
 その近衛師団を名乗る軍団の突然の訪問に虚を突かれて誰もが身動きできない中、一人の近衛兵が僕と私兵の間に割り込んだ。
 近衛兵は皆、顔が窺えないくらいに軍帽を目深に被り、膝を覆うほどに長いマントを身に纏い、誇示するように腰に下げた剣の柄頭に手をかけている。
 全身から威圧感を漂わせているが、不思議と怖くはなかった。
 彼らはどうしてここに?希望を持ってもいいのかな……。もし近衛師団の役割が噂通りなら、僕が助かる道もある──……?

「委細も告げずに脅し文句とは。クライゼル家の屋敷に来たからには、その嫌疑がかけられているのは当主であるジゼア卿だろう?あいにく不在にしているよ。どうやら無駄足を運ばれたようだ」

 異様な状況にも関わらず、リースロークだけは動じていないようだった。むしろ嘲りを含んだ声と身振りで挑発しているように見える。

「心配ご無用。既にジゼア・クライゼル氏の身柄は拘束済みだ。ここへはもう一人の被疑者に同行を願いに来た」
「もう一人の被疑者……?」

 おじい様が捕まったと知って少なからず動揺してしまう。
 近衛兵の団長らしき男は、容疑の内容を未だ口にしない。だけど拘束されたということは、重罪を犯したことに他ならない。クライゼル家の地位や権力を強めるために、ついに一線を越えてしまったのだろうか。

「左様。リースローク・ファロー少将、我々とともに王城まで来ていただこう。なお、これはお願いではなく、国王陛下のご遺志に基づく要請だ」
「とんだ不躾な物言いだな。さぞ正当な容疑があるんだろうね?詳細も告げずに国軍幹部を連行しようだなんて、近衛師団は国王陛下の権威を笠に着てやりたい放題のならず者集団としか思えないな」

 強烈な皮肉が込められた返しに、リースロークの苛立ちを感じる。それでも近衛師団の団長は表情ひとつ変えることなく、全く動じていないようだった。

「失礼した。貴殿ほどの人物であれば己の罪を十分に承知しているものと。ファロー少将、貴殿には複数の容疑がかけられている。己の地位的優位を利用した、不特定多数のオメガへの不同意性交、暴行、脅迫、略取──細かくは他にもあるが、主なものに留めておく」
「何のことか皆目分からないな。全く身に覚えがない。かくも重大な告発、結果人違いでしたなんてことになれば、アンタの首一つでは済まないけどきちんと理解しているんだろうね?近衛師団の根幹すらも揺らぐことになるよ」
「我らへの気遣い、痛み入る。だが心配ご無用。かような危険性、十二分に承知の上で任にあたっている。……さて、貴殿の要求に従ったのだ。今度はこちらの言うことに従ってもらおう」

 近衛師団の団長が部下に目配せをする。リースロークが動くよりも早く、近くにいた近衛師団が彼を連行するために腕をつかんだ。

「誰が俺に触れていいと言った…ッ!」

 リースロークは表情を一変させ、嚙みつかんばかりの勢いで腕を振りほどいた。

「抵抗の意志あり。捕縛しろ。武器を隠し持っていないか確認もするように」

 命令を受けた近衛兵の動きは迅速だった。リースロークの両腕を後ろ手に目にもとまらぬ速さで縛り上げ、数人がかりで体を押さえて動きを制限させる。その間に正面に立った兵が少将の全身をまさぐる。始終、リースロークは拘束から逃れようと、口汚い罵声を浴びせながら絶えずもがいていた。

「ぐ……っ!」

 鈍い音がしたかと思うと、リースロークがうめき声をあげて上体を曲げた。
 僕が階段上のいたことと、それも前に立つ近衛兵に視界を阻まれていたことでよく見えなかったけれど、どうやらリースロークが近衛兵に胴を殴られたようだった。
 目まぐるしく変わる展開に、頭が全くついていかず、状況が飲み込めない。
 近衛師団長が読み上げた容疑の数々。
 不特定多数のオメガへの暴行──。
 僕と同じような目に遭わされたオメガがたくさんいるということ…?毎日、違うオメガの匂いが染み付いていたのは──……。
 胃から何かが込み上げる感覚がして、慌てて手で口元を覆う。僅かに想像しただけで、腹部に不快感が押し寄せる。

「おい、手を出すなと事前に伝えたはずだが」
「しかし団長もご覧になっていたでしょう、少将の抵抗ぶりを。我々だけでなく少将自身にも危害が及ぶ前に対処したに過ぎません。被疑者を無事に移送するための無力化は我々の大事な役割ですので」

 団長の声色が一層鋭く冷たさを帯びる。すると僕と私兵の間に割って入った近衛兵が仲間の行動を擁護した。
 この声……聞いたことがある……。
 ふと懐かしさすら覚えたけれど、気分が優れない今はどこで聞いたかまで思考が回らない。そもそも、僕の勘違いかもしれない。
 よほど当たりどころが悪かったのか、すっかり大人しくなってしまったリースロークを近衛兵たちは屋敷の外へと連れて行った。他の私兵たちも手を縛られた状態で次から次へと連行されていく。玄関ホールに残されたのは、近衛師団と僕だけになってしまった。

「リースローク・ファロー少将の婚約者の方ですね。重要参考人としてご同行願えますか?」

 ずっと傍らにいた近衛兵が振り向き、僕に尋ねる。
 、という言葉に心がズキリと痛む。傍目には僕はそう認識されていているんだと改めて思い知らされる。
 そんな肩書きなのに、僕も被害者だって言って信じてくれるかな……。
 不安な気持ちで頷き、屋敷の外につけられた馬車まで先導された。監視のためなのか、車内には近衛兵が座っていた。彼が手を差し出す。
 僕も手を伸ばした瞬間、芳しい香りが──……。
 一瞬のうちに、僕は馬車の中、そして近衛兵の腕の中にいた。痛いくらいに抱きしめられて、密着した近衛兵の体からこの世で一番好きな匂いがする。
 どういうこと…?なんで近衛師団の団兵からシグルドの匂いが……?
 嬉しさよりも困惑が先に立つ。
 腕の力が緩んだタイミングで体を離す。顔を見ても、シグルドじゃない。顔の輪郭を覆う髭も、髪も長くない。
 僕の困惑が全面に出ていたのか、団兵は口角を上げて微笑んだまま、軍帽を取った。
 軍帽の中に隠れていた長い髪がさらりと流れていく。淡い赤色の髪。帽子のつばに隠れていた、海みたいに綺麗な真っ青の瞳。髭がきれいさっぱりなくなっていて印象が全く違う。だけど目の前にいるのは、正真正銘シグルド本人だった。
 王城では、暗闇のせいで顔が全然見えなかった。声と匂いと温もりだけで……。
 ちゃんと、ちゃんとシグルドだ…!
 そう実感が湧いてきて、唇が震える。

「ユテ、遅くなってすまねえ。迎えに来た。もう誰にもお前を傷つけさせねえ」

 優しい声。
 大きな手で頰を撫でられて、感情の洪水が堰を切って溢れ出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...