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5. いざ、雷神の山へ
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その夜、僕はなかなか寝つくことができなかった。いつもならとっくに眠りについている時間なのに、ちっとも眠気が来ない。
綿雲のベッドに体を埋めるように横になり、夜空に浮かぶ星々をぼうっと見つめる。空一面にびっしりと散らばる星々の光はとても強く、夜だと言うのにほんのりと明るかった。
「ドニ、どうしたの?眠れないの?」
「どこか具合でも悪いの?」
子守歌を歌ってくれていた精霊たちが心配そうな面持ちで顔を覗きこんでくる。彼女たちを安心させるように、にこりと笑って頭を振る。
「ううん、すごく元気だよ」
「元気ならどうして寝ないの?」
「いつもなら私たちの歌を聞いた途端眠りにつくのに」
「この間も心臓がドキドキしたって言ってたし、やっぱりどこか体が悪いんじゃないかしら!」
逆効果だったようで、精霊たちの表情が更に険しくなる。それから青ざめた表情になり、いつかの時のように僕の胸に耳をあてて心音を確かめた。だけど鼓動は何ともなくて、彼女たちは怪訝な顔をした。
「今日、とても嬉しいことがあって、気持ちがふわふわしてるんだ」
「まあ、どんなこと?」
「聞かせて聞かせて」
精霊たちにせがまれるまま、今日の出来事を話した。
育てている果樹の芽がようやく少し成長したこと。自分の力不足を嘆いていたけど、ある人からの一言で心が救われたこと。干したアムの実がおいしいと褒めてもらったこと。
本当のことを言うと、誰かに話を聞いて欲しくてたまらなかった。でも話すとなると内緒のエメの木栽培計画のことも話さなきゃいけなくなるから、ぐっとこらえていたのだ。でもその点、僕専属の精霊たちは口が堅いから秘密が漏れる心配もないし、安心だ。
「そんなことがあったの。興奮して寝られないのも納得ね!」
「それにしても、ドニの凄さを見抜くなんてその人も見る目あるわね!一体だあれ?」
「へへ、内緒」
僕の答えに精霊たちは目を丸くしながら、互いに顔を見合わせた。ロウシェさんだって教えてもいいんだけど、何故だかもったいないと思ってしまった。そんなことは決してないのに、不思議と僕とロウシェさんだけの秘密にしておきたいと思った。
「ミレイユ様には焦っちゃ駄目って言われたけど…もっと一気に成長させる魔法でもあればいいのに。喜ぶ顔早く見たいなあ」
ロウシェさんやミレイユ様、エルカンさんの期待に応えたい。だけどそんな方法ないのは重々承知の上だ。植物の栽培は一朝一夕にはいかない。地道なお世話が必要なんだ。
「ドニ、精霊たちの間でまことしやかな噂で伝わってることがあるわ」
「生命の石と呼ばれるものよ」
「生命の石?」
「一段と高い山があるでしょう?」
精霊の指さす先を見て、頷く。シュエ様の兄である、雷神のケラヴノス様がおわす山だ。
「その山の頂上に、ひと際背の高い立派な樹木があるの。それに雷が落ちると、結晶が生成されるんですって。樹木の生命力と雷の高エネルギーの塊だそうよ。なんでも、見習いや眷属がその結晶を体内に取り込めば、一瞬で神に昇格できたり、どんな病気だってたちどころに治ってしまうとか!」
「もしその生命の石が内包している力をその果樹に注げば、一気に育って実をつけるかもしれないわ」
「…生命の石、すごい」
「まあでも、手に入れた人の話は聞かないわよね?」
「ええ、あくまで噂でしかないのよね」
「それに、あの山はとても危険だって言うわ」
「雷神もとても粗暴って言うものね」
「そうね。そもそも生命の石の確証だってないし、ドニが怖い目にあったら困るわ。この案は駄目ね」
「ドニ、ごめんなさい。力になれそうにないみたい…」
「地道に栽培をするのは大変でしょうけど、ドニならきっとできるわ」
お付きの精霊たちは一様に眉尻を垂らして、申し訳なさそうな表情をしていた。笑って感謝の気持ちを伝える。心配してくれて嬉しい。さあもう寝なきゃ、と促されて目を閉じる。思った以上に時間が経っていたのか、今度はすっと眠りにつくことが出来たのだった。
**********
翌日、いつものお勤めを終えた僕は、庭の中で一番高い山の麓にいた。昨日、精霊たちが話していた雷神のいる山だ。彼女たちは生命の石の存在なんて眉唾だって言わんばかりだったけど、火のないところに煙は立たないと僕は思っている。全てが本当でなくても、一部は真実なんじゃないかな。
少しでも可能性があるなら、それに賭けたい。もし生命の石がないのなら、きちんと地道にお世話をして育てる。
ケラヴノス様は乱暴者だから近づいちゃダメって言われてるけど、用があるのは頂上にある樹木だし、さっと行ってさっと戻れば問題ないよね!でもばれないように慎重には行こう。
ふわっと浮かび上がって、頂上を目指して飛ぶ。なるべく木々の間に身を隠すようにした。幹が裂けた木がところどころあった。雷が落ちたようで、背筋がひやりとする。早く石の有無を確かめて、ここから離れよう。
山は、遠くから見るのと実際に頂上を目指すのでは、全く違っていた。どれだけ進んでも、距離が縮まっているように思えない。
「雨…?」
中腹まで来たかなと思った矢先、頬に冷たい水滴があたる。巨大な黒い積乱雲がもの凄い速さで空を覆っていく。呆気に取られている内に、突然大雨が激しく降り、暴風が吹き始めた。体が浮いて吹き飛ばされそうになって、慌てて枝を掴んだ。足が全然地面につかない程に風の勢いは激しかった。勢いがわずかに弱くなったのを見逃さずに木の幹にしがみついた。あっという間に全身びしょ濡れだ。
雨粒はまるで鋭い針のように思えた。体にあたる度に全身に刺すような痛みが広がる。気温もどんどん低くなって、口から出る息が白い。
「…ひっ…!?」
すぐ近くで雷が落ちた。そこかしこで落雷の音がする。
早くここから離れなきゃと分かっていても、寒さで頭が上手く回らず、痛みと恐怖で体が動かない。激しい雨のせいで目を開けていることさえままならなくて、どっちに行けば麓なのかもわからない。どうしよう、どうしよう。怖い。
「…ド…、…ニ…!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。周囲を見渡すも、何も見えない。ざあざあと雨の降る音しか聞こえない。
ロウシェさんの声に似ていたけど、幻聴、だよね…。ロウシェさんがこんなところにいるはずないのに、どうして彼のことが頭に浮かんだのだろう。
「ドニ!」
ふと雨が弱まり、先程よりも声が明瞭に聞こえた。目の前にロウシェさんがいる。
「すぐそこに洞穴がある!避難するぞ!」
彼は返事を待つことなく、僕を抱きすくめて雨の中を飛んだ。幻覚かと思ったが、体に触れる温もりがちゃんと現実だと伝えてくる。突然のことに理解ができないまま、僕たちは洞穴の中に入った。足の裏に地面の硬い感触がする。
洞穴の中は雨風をしのげるが、暗かった。ロウシェさんは風の力で、中に吹きこんでいた小枝や落ち葉を集め、あっという間に焚き火を起こした。
「…ドニ、平気か」
「…ロウ、シェさ…なん、で…」
「散歩してたら、見慣れた姿が山ン中にあるのが見えてな。こんな赤毛の奴、ドニ以外心当たりねえし」
水がしたたるほどに濡れて重くなった前髪を、長い指が優しくかき上げてくれる。
「上で、シュエ様とケラヴノス様が兄妹喧嘩を始めてんだ。ドニ気づいてなさそうだと思って、慌ててすっ飛んできたんだよ」
そうだったんだ…。だから急に大雨が降って、雷も発生したんだ。
「にしても…兄妹喧嘩のレベルじゃなくて、もはや大災害だろ。俺が風をある程度操れるとは言え、さすがにこの暴風じゃな…。すぐには収まりそうにねえし、待つしかねえな」
ロウシェさんは外の様子を眺めながらぽつりと呟いた。頷いて同意する。神同士の喧嘩を目にしたのはこれが初めてだった。こんなに激しいものだなんて、知らなかった。
「ロウシェさん、あの、助けてくれてありが…っくしゅ!」
お礼を言おうとしたが、突然のくしゃみで最後まで言い切ることが出来なかった。雨や雷は防げても、洞穴の中には冷気が時折吹きこんでいた。
「おい、大丈夫か。火、あたれ」
言われるがまま、両腕を擦りながら火の傍に行く。暖かいけれども、ずぶ濡れの体はすっかり冷え切っていた。おもむろにロウシェさんが服を脱ぎ始めて、ぎょっとした。
「ろ、ろろろ、ロウシェさん…っ!?」
「ドニ、お前も服脱げ」
綿雲のベッドに体を埋めるように横になり、夜空に浮かぶ星々をぼうっと見つめる。空一面にびっしりと散らばる星々の光はとても強く、夜だと言うのにほんのりと明るかった。
「ドニ、どうしたの?眠れないの?」
「どこか具合でも悪いの?」
子守歌を歌ってくれていた精霊たちが心配そうな面持ちで顔を覗きこんでくる。彼女たちを安心させるように、にこりと笑って頭を振る。
「ううん、すごく元気だよ」
「元気ならどうして寝ないの?」
「いつもなら私たちの歌を聞いた途端眠りにつくのに」
「この間も心臓がドキドキしたって言ってたし、やっぱりどこか体が悪いんじゃないかしら!」
逆効果だったようで、精霊たちの表情が更に険しくなる。それから青ざめた表情になり、いつかの時のように僕の胸に耳をあてて心音を確かめた。だけど鼓動は何ともなくて、彼女たちは怪訝な顔をした。
「今日、とても嬉しいことがあって、気持ちがふわふわしてるんだ」
「まあ、どんなこと?」
「聞かせて聞かせて」
精霊たちにせがまれるまま、今日の出来事を話した。
育てている果樹の芽がようやく少し成長したこと。自分の力不足を嘆いていたけど、ある人からの一言で心が救われたこと。干したアムの実がおいしいと褒めてもらったこと。
本当のことを言うと、誰かに話を聞いて欲しくてたまらなかった。でも話すとなると内緒のエメの木栽培計画のことも話さなきゃいけなくなるから、ぐっとこらえていたのだ。でもその点、僕専属の精霊たちは口が堅いから秘密が漏れる心配もないし、安心だ。
「そんなことがあったの。興奮して寝られないのも納得ね!」
「それにしても、ドニの凄さを見抜くなんてその人も見る目あるわね!一体だあれ?」
「へへ、内緒」
僕の答えに精霊たちは目を丸くしながら、互いに顔を見合わせた。ロウシェさんだって教えてもいいんだけど、何故だかもったいないと思ってしまった。そんなことは決してないのに、不思議と僕とロウシェさんだけの秘密にしておきたいと思った。
「ミレイユ様には焦っちゃ駄目って言われたけど…もっと一気に成長させる魔法でもあればいいのに。喜ぶ顔早く見たいなあ」
ロウシェさんやミレイユ様、エルカンさんの期待に応えたい。だけどそんな方法ないのは重々承知の上だ。植物の栽培は一朝一夕にはいかない。地道なお世話が必要なんだ。
「ドニ、精霊たちの間でまことしやかな噂で伝わってることがあるわ」
「生命の石と呼ばれるものよ」
「生命の石?」
「一段と高い山があるでしょう?」
精霊の指さす先を見て、頷く。シュエ様の兄である、雷神のケラヴノス様がおわす山だ。
「その山の頂上に、ひと際背の高い立派な樹木があるの。それに雷が落ちると、結晶が生成されるんですって。樹木の生命力と雷の高エネルギーの塊だそうよ。なんでも、見習いや眷属がその結晶を体内に取り込めば、一瞬で神に昇格できたり、どんな病気だってたちどころに治ってしまうとか!」
「もしその生命の石が内包している力をその果樹に注げば、一気に育って実をつけるかもしれないわ」
「…生命の石、すごい」
「まあでも、手に入れた人の話は聞かないわよね?」
「ええ、あくまで噂でしかないのよね」
「それに、あの山はとても危険だって言うわ」
「雷神もとても粗暴って言うものね」
「そうね。そもそも生命の石の確証だってないし、ドニが怖い目にあったら困るわ。この案は駄目ね」
「ドニ、ごめんなさい。力になれそうにないみたい…」
「地道に栽培をするのは大変でしょうけど、ドニならきっとできるわ」
お付きの精霊たちは一様に眉尻を垂らして、申し訳なさそうな表情をしていた。笑って感謝の気持ちを伝える。心配してくれて嬉しい。さあもう寝なきゃ、と促されて目を閉じる。思った以上に時間が経っていたのか、今度はすっと眠りにつくことが出来たのだった。
**********
翌日、いつものお勤めを終えた僕は、庭の中で一番高い山の麓にいた。昨日、精霊たちが話していた雷神のいる山だ。彼女たちは生命の石の存在なんて眉唾だって言わんばかりだったけど、火のないところに煙は立たないと僕は思っている。全てが本当でなくても、一部は真実なんじゃないかな。
少しでも可能性があるなら、それに賭けたい。もし生命の石がないのなら、きちんと地道にお世話をして育てる。
ケラヴノス様は乱暴者だから近づいちゃダメって言われてるけど、用があるのは頂上にある樹木だし、さっと行ってさっと戻れば問題ないよね!でもばれないように慎重には行こう。
ふわっと浮かび上がって、頂上を目指して飛ぶ。なるべく木々の間に身を隠すようにした。幹が裂けた木がところどころあった。雷が落ちたようで、背筋がひやりとする。早く石の有無を確かめて、ここから離れよう。
山は、遠くから見るのと実際に頂上を目指すのでは、全く違っていた。どれだけ進んでも、距離が縮まっているように思えない。
「雨…?」
中腹まで来たかなと思った矢先、頬に冷たい水滴があたる。巨大な黒い積乱雲がもの凄い速さで空を覆っていく。呆気に取られている内に、突然大雨が激しく降り、暴風が吹き始めた。体が浮いて吹き飛ばされそうになって、慌てて枝を掴んだ。足が全然地面につかない程に風の勢いは激しかった。勢いがわずかに弱くなったのを見逃さずに木の幹にしがみついた。あっという間に全身びしょ濡れだ。
雨粒はまるで鋭い針のように思えた。体にあたる度に全身に刺すような痛みが広がる。気温もどんどん低くなって、口から出る息が白い。
「…ひっ…!?」
すぐ近くで雷が落ちた。そこかしこで落雷の音がする。
早くここから離れなきゃと分かっていても、寒さで頭が上手く回らず、痛みと恐怖で体が動かない。激しい雨のせいで目を開けていることさえままならなくて、どっちに行けば麓なのかもわからない。どうしよう、どうしよう。怖い。
「…ド…、…ニ…!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。周囲を見渡すも、何も見えない。ざあざあと雨の降る音しか聞こえない。
ロウシェさんの声に似ていたけど、幻聴、だよね…。ロウシェさんがこんなところにいるはずないのに、どうして彼のことが頭に浮かんだのだろう。
「ドニ!」
ふと雨が弱まり、先程よりも声が明瞭に聞こえた。目の前にロウシェさんがいる。
「すぐそこに洞穴がある!避難するぞ!」
彼は返事を待つことなく、僕を抱きすくめて雨の中を飛んだ。幻覚かと思ったが、体に触れる温もりがちゃんと現実だと伝えてくる。突然のことに理解ができないまま、僕たちは洞穴の中に入った。足の裏に地面の硬い感触がする。
洞穴の中は雨風をしのげるが、暗かった。ロウシェさんは風の力で、中に吹きこんでいた小枝や落ち葉を集め、あっという間に焚き火を起こした。
「…ドニ、平気か」
「…ロウ、シェさ…なん、で…」
「散歩してたら、見慣れた姿が山ン中にあるのが見えてな。こんな赤毛の奴、ドニ以外心当たりねえし」
水がしたたるほどに濡れて重くなった前髪を、長い指が優しくかき上げてくれる。
「上で、シュエ様とケラヴノス様が兄妹喧嘩を始めてんだ。ドニ気づいてなさそうだと思って、慌ててすっ飛んできたんだよ」
そうだったんだ…。だから急に大雨が降って、雷も発生したんだ。
「にしても…兄妹喧嘩のレベルじゃなくて、もはや大災害だろ。俺が風をある程度操れるとは言え、さすがにこの暴風じゃな…。すぐには収まりそうにねえし、待つしかねえな」
ロウシェさんは外の様子を眺めながらぽつりと呟いた。頷いて同意する。神同士の喧嘩を目にしたのはこれが初めてだった。こんなに激しいものだなんて、知らなかった。
「ロウシェさん、あの、助けてくれてありが…っくしゅ!」
お礼を言おうとしたが、突然のくしゃみで最後まで言い切ることが出来なかった。雨や雷は防げても、洞穴の中には冷気が時折吹きこんでいた。
「おい、大丈夫か。火、あたれ」
言われるがまま、両腕を擦りながら火の傍に行く。暖かいけれども、ずぶ濡れの体はすっかり冷え切っていた。おもむろにロウシェさんが服を脱ぎ始めて、ぎょっとした。
「ろ、ろろろ、ロウシェさん…っ!?」
「ドニ、お前も服脱げ」
応援ありがとうございます!
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