くしゃみの獣は夜明けを運ぶ

XCX

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37. 大人の手ほどき

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 全く予想だにしなかった発言だった。オルヴァルは自分の耳がおかしくなってしまったのかと思った。だが、ローディルの言葉が頭の中を何度も反響し、幻聴ではないことに気がつく。

「ローディル、一体何を言ってるか分かってるのか!?冗談にしては質が悪いぞ」
「冗談なんかじゃない!だって、さっきのすげー気持ち良かったもん!もう一回したい!」

 窘めようとするオルヴァルに、ローディルは途端にむっつりと唇を尖らせた。冗談だと受け取られて不本意だと表情が物語っている。

「…オルヴァル、もうしてくれないのか?どうしても、だめ?」

 打って変わって、青年の態度はしおらしいものになった。肩を落とし、眉尻を垂れさせ、今にも涙がこぼれそうに潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見上げてくる。人型の彼には本来ないはずの、垂れた獣耳まで幻覚で見えてしまい、庇護欲をかきたてられてしまう。
 駄目だ、とたった一言。その一言を発すればいいだけなのに、どうしても咽喉から出て来ず、オルヴァルはローディルの唇に己のそれを重ねた。ちゅう、とリップ音が立つ。

「違うっ。さっきみたいな、舌入れるやつ!」

 誤魔化されてはくれなかったか、とオルヴァルは苦笑する。わずかに願いをこめて、啄むようなキスをしたのだが、ローディルは納得できなかったようだ。
 寝間着をぎゅっと握られ、逃げることは許されない。青年は不満のあまり興奮していて、寝ようと誘っても首を縦に振らないだろうなと男は思った。

「わかった。膝の上においで。その方がやりやすい」

 両手を広げると、彼は迷わず対面の状態で膝の上に乗っかってきた。腰に腕を回して緩く抱きしめ、再び唇を重ねる。触れるだけのキスを何度か繰り返し、柔らかな唇を食む。

「ん…」

 それだけでも気持ちいいのか、ローディルの口から艶のある吐息が漏れる。彼の反応の良さに、思わず口角が吊り上がった。
 唇を深く合わせ、開いた隙間から舌を差しこむ。途端に腕の中の体がぴくりと跳ねるも、首元に腕を回されしがみつかれた。互いの体がより密着する。
 ローディルの反応を取りこぼすことのないよう、熱く湿った口内を舌で探る。上顎や歯列を舐め、舌を捕らえた。

「んく、…ふ、ぅ…」

 舌を絡めて吸うと、反応が大きくなった。緊張しているのか、体に触れる手からこわばりが伝わってくる。けれども嫌だとは思っていないのは本当のようで、しがみつく腕の力が強くなっていた。
 オルヴァルは薄目を開けて、初々しい反応を示すローディルを眺めた。ほの暗い灯りの中でも、顔が真っ赤に染まっているのが分かる。舌に軽く歯を立てたり、口の中をかき回しながら、おぼこいなと思っていた。
 すると腕で胸を突っぱねられて、口づけは突然終了した。

「すまない、ローディル。何か嫌だったか?」

 男の問いに、青年はハアハアと大きく息継ぎをしながらも首を左右に振った。目に薄っすらと涙の膜が張っている。

「…ちが、…息、苦しくなっ、…て…。…?オルヴァル、全然…」

 全く息を切らしてない主人に驚いた様子で、ローディルは目を丸くした。不思議そうな顔の上にいくつも疑問符が飛び交っているのが見えるようだ。

「息を止めていたのか。それは確かに苦しいな。キスの時は、鼻で息をするんだ」
「あ…そっか」

 全くその考えに至らなかったらしい。まるで大発見をしたとでも言わんばかりに、一瞬で顔を輝かせるローディル。その様子がたまらなくおかしくて、オルヴァルは小さく笑いを噴き出した。

「じゃ、もいっかいする…」

 ローディルはそう言うと、首元に抱きついてきた。得た知識を実践で試したいと好奇心があふれている。
 唇にかぷりと噛みつかれて、オルヴァルは笑いながら口を開いた。侵入した舌に口内を舐められる。自分の舌遣いを真似られていることに、男はすぐに気がついた。

「…ぅん、ン、…ちゅ…」

 拙い口づけを受けながら、オルヴァルは目の前の青年を愛おしく思っていた。慣れないながらも鼻で呼吸をし、ぎこちなくも積極的に舌を絡める勉強熱心さが可愛くてたまらない。一生懸命さを愛くるしいと思うのの、悪戯心から少しばかり意地悪もしてみたくなる。

「…んン…ッ!?」

 ちろちろと動く舌を捕まえ、音がするほどに強く吸う。驚きにひける腰を抱き寄せ、口づけを深く激しいものにした。唇が離れても、すぐに塞いで休む暇を与えない。
 ローディルは戸惑いながらも健気に応えようとしていた。流しこまれる唾液を嚥下するのが咽喉の動きで分かる。

「ローディル、大丈夫か?」

 心ゆくまで唇を貪り体を離す頃には、ローディルは体に力が入らない様子だった。苦笑いを浮かべながら、飲みこみ切れずに口端から垂れた唾液を指で拭ってやる。肩を大きく上下させて呼吸を整えようとする青年に、さすがにやりすぎたと罪悪感が湧いた。

「…俺、ロティになってちょっとその辺走って来るっ!」
「もう夜中だぞ!?一体どうした!?」

 突如謎の宣言をして膝の上から降りようとするローディルを、オルヴァルは仰天しながらも慌てて引き止めた。困惑のあまり声が大きくなってしまう。

「だって…っ、体むずむずする…!走り回ったらいつも治まるから…」

 制止を振りほどこうとする青年の視線を追いかける。股間部分が膨らみ、布地を押し上げているのが分かった。オルヴァルの思考は一瞬で真っ白になった。

「…ローディル、自慰はしたことがないのか?」
「じい?」
「オナニーとも言うが、自分でここを慰めたことは?養父から何か教わったりしていないか?」

 オルヴァルはローディルの股間を指さした。怪訝そうな表情の彼の反応で確信を得つつあったが、聞かずにはいられなかった。

「慰めるって、どういうこと?どうやって?」

 言われていることの意味がまるで理解できないとばかりに眉をしかめるローディルに、オルヴァルはがくりと脱力した。
 キスに対する知識が浅いことからも薄々分かってはいたが、ギョルム老父は性的なことを一切教育していないようだった。勃起しても獣姿で走り回って治めていたのであれば、知りようがなかったのも頷けるが。

「オルヴァル、どうしたんだ?どこか具合悪いのか?」

 頭を垂れたままでいると、心配そうな声音で優しく頭を撫でられる。オルヴァルは深く大きく息を吐き、覚悟を決めた。

「ローディル、寝間着と下着を脱いでこっちに背中を預けて座ってくれるか?…ぬ、脱ぐのは下だけで構わない」

 何の疑問も持たずに勢いよく上の服を脱ごうとする青年に、慌てて己の発言を修正する。露になった下半身には、陰茎が元気に天を向いていた。それを隠すそぶりも見せず、ローディルはオルヴァルの胸にもたれかかるように座った。

「ますこれだが、勃起と言う。性的興奮を覚えたり刺激を受けると、男は皆こうなる。自慰と言って自分で扱いて射精すれば治まる。…まさか精通していない、なんてことはないだろうな?」
「せいつう」
「…ここから白くて粘ついた液体が出たことは?」
「あ。ある」

 眼前に縦に振れる頭を見て、オルヴァルは小さく安堵の息を吐いた。初めて耳にしたように言葉をそのまま繰り返すローディルに不安を感じていたのだ。
 男は青年の体を抱きかかえ、勃起した性器を手のひらで包んだ。上下に手を動かした途端に腕の中の体が跳ね、小さな声が漏れるのが聞こえる。

「自分で触ればどこが気持ちいいか分かるだろうが…例えば、こことかな」
「…ンぁ…っ」

 オルヴァルは指の腹で尿道を優しく擦った。人差し指で亀頭を刺激しながら扱けば、あっという間に先走りがあふれてくる。

「…あ、ぁ…俺、漏らした…?」
「大丈夫だ、尿じゃない。これは、気持ちいいと自然に出てくるものだ」
「…ん、…ぅン、きもち、ぃ…」

 安心させるように抱きかかえた腕で優しく腹部を叩く。その上に両手を重ねられる。
 手の中の屹立は快楽には素直で、少し刺激を与えただけでもびくびくと震え、硬度も増していく。あふれて止まらない先走りを絡めながら上下に扱けば、くちゅくちゅと卑猥な音が立つ。

「…あっ、ぅ…俺、それ、すき…っ」
「ここか?」
「ん、ぉ腹、びりびり、しちゃ、…ぁっ」

 嵩の張った部分に指を引っかけるように扱くと、腹部が波打つのが伝わる。息を乱しながらも甘い声で喘ぐローディルが、体を震わせながら頭を擦り寄せてくる。
 耳元で聞こえる嬌声に、頭がくらくらした。快楽には弱いのか、恥ずかしがることも一切なく、むしろもっと触って欲しいと主張するかのように足を開いている。地理や歴史には詳しくも俗世には疎い無垢な彼に性的なことを実践で教えていることに背徳感を覚える。だが同時に興奮を感じていることも否定できなかった。

「…ぅ、オル…オルヴァル…っ」
「ん…。どうした…?」
「…な、か…なんか、出そう…!」
「それが射精だ。我慢せずに出していいぞ」

 切ない声音で名前を呼ばれ、それに答える自分の声もどこか甘い響きを含んでいるのが分かる。射精しそうなのを知り、扱く速度を早めた。弱い部分をより執拗に、丁寧に弄くってやる。

「…ぅ、あ…ああァ…っ!」

 ローディルは背をのけ反らせながら射精した。オルヴァルは脈打つ陰茎から迸る精液を手の中で受け止めた。射精を終えた体が弛緩して、ローディルが寄りかかって来る。余韻が続いているのか、口からは小さな声が吐息と共に漏れていた。

「…きもち、よかった、ぁ…」
「それは良かった。我慢して溜めこみすぎても体には良くない。定期的に自分で自慰をするようにな」
「…んー…」

 甘えるように顔を擦りつけるローディルの頭を撫でると、彼は気持ち良さそうに目を細めた。

「俺、…眠たくなってきた」
「もう少しだけ頑張れ。下半身を綺麗にして、寝間着を着ないとな」
「んん…わかった…」

 マイペースにあくびをして見せる青年に、オルヴァルは笑いを噴き出した。
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