くしゃみの獣は夜明けを運ぶ

XCX

文字の大きさ
36 / 107

36. 触れ合いは突然に

しおりを挟む
(よし、今日こそじいちゃんの夢を見るぞ…っ!)

 真っ暗な空の中、月や星々だけが煌々と輝く深夜。ローディルは傍らでぐっすりと眠るオルヴァルを見下ろしながら、胸の前で両拳をぐっと握った。
 オルヴァルと老父に面識があったと知って以来、ローディルは彼とベッドを共にしていた。快く受け入れてくれる彼に甘えているのだが、エミルとアサドは不満そうだ。アサドは表立って何も言わないものの、明らかに残念そうな表情を浮かべる。エミルに至っては、もう俺とは寝てくれないんすかあ、と涙ながらに訴えてくるので、来週は必ず一緒に寝ると約束を取り付けた。
 オルヴァルの記憶の中の老父に会いたい、という私利私欲丸出しの行動のせいで罪悪感に苛まれる。知らない方が幸せだと思うこともあるのを、ローディルは十分理解していた。だが罪の意識を押し殺してでも、過去の老父の様子が知りたかったのだ。
 だが、物事はそううまく進まなかった。夢を見た翌日、ローディルは眠るオルヴァルの顔中に口づけの雨を降らせたが、失敗。その翌日は獣の姿で顔を舐め回すも、失敗。ある日は、連日の睡眠不足がたたって一晩中熟睡して失敗。連日失敗続きで、一向に何の成果もあげることが出来ていない。

(そういや二回とも、勢いあまってオルヴァルの口にあたっちゃった気がするな。よし、考えられることはなんでも試すぞ…!確かあの時はロティの姿で─…)

 獣の姿に変身したローディルは上体をかがめて、主人の唇に自分のそれを押しつけた。

(うわ…、すげー柔らかい。ぷにってした…)

 体験したことのない柔らかな感触に青年は驚く。同時に全身に静電気が走ったような感覚がした。一回だけでは何も起こらず、再度唇を合わせる。ちゅっちゅっと小さく音が立つほどに何度も唇を押しつけた。だが何の変化もなくて、首を傾げた。

(うーん?何も起こらないな~。これならいけると思ったのに……あ、唇をくっつけるんじゃなくて、舐めたんだっけ)

 ふと思い出し、ローディルはまるでミルクを飲む子猫のようにペロペロと舐めた。それでも眩い閃光に包まれるような感覚には陥らず、諦めて体を起こした。既に諦めの気持ちだったのだが、念のためと思いくしゃみをして人間の姿に戻り、もう一度男の唇を舐めた。
 その瞬間、下から体を強く引っ張られた。
 突然のことに受け身が取れないまま、オルヴァルの体の上に乗っかってしまう。首の後ろに手が回ったかと思うと、唇に柔らかいものが触れた。
 目の前には閉じられたオルヴァルの目蓋。その目蓋を縁取る睫毛は、黒く長い。

(口にあたってるのは、オルヴァルの唇?)

 ローディルはぱちぱちと目を瞬かせる。口に触れる感触は、つい先ほど柔らかくて驚いたそれだ。自分が今どういう状況なのか理解できず、固まってしまう。下手に身動きすると起こしてしまいそうで、どうやって抜け出そうかと考える。
 すると、合わさったままだったオルヴァルの唇が動いた。薄く口が開いたかと思うと、唇を食まれる。

「…ん…っ!?」

 上下の唇で下唇を挟まれて、下半身に電気のような刺激が走る。ローディルは思わず目を閉じた。また唇同士がくっつき、今度は上側を食まれる。そしてまた下腹にビリビリと痺れるような感覚。さっきも散々自分から唇をくっつけていたというのに、何が違うのか、何故このような感覚に陥るのか全く分からなかった。

「…ぁ、んぅ…っ!」

 唇の甘噛みが終わったかと思うと今度はオルヴァルの舌が口内に侵入してきて、ローディルは混乱に目を白黒させた。起こしたくないという気遣いもどこへやら、じたばたと暴れて離れようと試みる。だが、腰と首の後ろに回された腕の拘束が思った以上に強く、抜け出すことが出来ない。

「ん、んン…っ、んぁ…!」

 舌が無遠慮に口内を探ってくる。ローディルは舌で押し出そうと試みたが、あっけなく絡め取られてしまった。舐められたり舌を吸われたりする度に、体に強い電流が流れる。まるで陸に打ち上げられた魚だ。

(へ、変な声出る…っ!ていうか、本当にオルヴァル寝てるのか!?起きてるんじゃねえの…っ!?)

 混乱しながらもどうにか冷静になろうとするローディルをよそに、腰に回されていた腕が下降する。指が背中の窪みを辿り、臀部に触れた。形を確かめるように撫でられ、今度は強めにぎゅっと揉まれる。
 少し荒々しい触り方に驚いたのと、呼吸を止めているのも限界が来て、青年は男の肩を必死で叩いた。しばらくして動きが止まり、オルヴァルの目がゆっくりと開いたことで、ようやく唇から解放される。ローディルは彼の胸に顔を埋める形で、渇望していた酸素を取りこむ。

「…ローディル?」

 急に空気を吸いこんだせいでむせてしまい、咳きこんでいると、オルヴァルの怪訝そうな声が聞こえた。

「…窒息するかと思った!」
「窒息…?ローディル、何故裸でいる?…それに俺は何故尻を触って…?」
「オルヴァルにいきなり口で口を塞がれたんだっ。俺、うまく呼吸できなくて苦しくて…。なのに口の中いっぱい舐められて、尻も揉まれた!」

 キャンキャン吠えて不満を訴えるローディルの内容に、オルヴァルがまさかと言わんばかりに目を見開いた。相変わらず尻に置かれていた手がぎこちなく離れていく。
 青年を己の体の上に乗せたまま、男は上半身を起こした。サイドテーブルの灯りをつけた彼は、ばつが悪そうに、眉尻を垂らしている。

「…済まない。夢の中の出来事だと勘違いしていた。嫌な思いをさせてしまったな」

 労わるように頬を撫でられるのが心地よくて、ローディルは彼の手首を掴むと自分から顔を押しつけた。オルヴァルに促され、寝間着を着る。

「ううん、嫌じゃなかった。オルヴァルの唇、すげー柔らかかった」
「…そ、そうなのか……?」
「さっきのなに?唇と舌、食われるかと思った」

 ローディルとの会話に、オルヴァルは明らかに困惑していた。どう反応していいのか分からず、視線があちこちにさまよっている。
 口をはくはくと動かす男を、青年は食い入るように真っ直ぐ見つめた。無意識に背をのけぞらせて距離を取ろうとする彼とは対照的に、膝の上に乗ったままにじり寄る。
 逃げられないと悟ったのか、オルヴァルは観念したように溜息を吐いた。

「キスだ」
「きす、って…恋人がするやつ?」
「……ああ。……まあ、そうだ」

 男は言葉に詰まり複雑な表情を浮かべていたのだが、自分の思考に夢中な青年がそれに気づく様子はなかった。自分の指でそっと唇に触れる。

(今のが…きす、なんだ)

 本で読んで、そういうものがあるということは知識として知っていた。だが実際に自分もするとは思っていなくて、不思議な感覚に陥る。
 物語の中では決まって、王子や英雄が姫にキスをしていて、どこか神聖なもののように思えた。だが実際にしてみると想像とは違っていた。口の中を舐められ、舌が絡んで吸われて、唾液も嚥下されて生々しかった。
 でも、不思議と嫌ではない。気持ち良かったし、もっとしたいとも思った。

「…ローディル、大丈夫か?やはり怖かっただろう?無理しなくていい。本当に悪かった」

 優しく頬を撫でられ我に返る。ただ考えこんでいたのを、ショックのあまり言葉を失っていると思ったのか、しゅんと肩を落としている。声も小さく、覇気がない。
 ローディルは慌てて頭を左右に振り、否定した。頬に添えられた手を取り、両手で力強く握る。

「違う!全然怖くなかったし、無理もしてないっ。俺、もっときすしたい!」

 青年の発言に、男はぎょっと目を剥いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...