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43. 市場にお出かけ③
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露店のある通りに戻った三人は、買い物を続けた。ただ違うのはエミルの態度だ。周囲を警戒しているのか明らかに気が張っていて、顔も強張っている。口数も急に少なくなってしまった。
心配してもらえて嬉しいなどと浮かれていたのも束の間で、一転悲しくなってしまう。ユンは全く気にしていないらしく、マイペースに買い物をしている。
(さっきまでは楽しかったのに…。俺、エミルに怖い顔させちゃってる)
どうしたらいいんだろうと考えながら露店を見て回ると、ある物が目に入った。小走りでエミルの手を引っ張る。長い口髭を生やした目の細い店主が出迎えてくれる。店先には様々な模様のカラフルな布がいくつも並んでいる。
「エミル、どんなのが好き?」
「ローディル、ターバンが欲しいっすか?」
「うん。エミル、毎日違うやつ着けてるじゃん。しかもすげー似合ってるからさ。俺も一つくらい欲しいなって思ったんだけど、どれがいいのか分からないし、それそもエミルみたいに似合うかどうか…」
「そういうことならお任せあれっす!」
怖い顔をしていたエミルだったが、青年の言葉に表情を一変させた。ローディルの額に布をあて、上体を反らせて色味を見ている。
「ローディルは色白いし金髪っすから、青とか映えると思うんすよね~。あと彩度の高い色も。けど明度の低い色だとぼんやりした印象になっちゃうっす…?ああ、でも紺色は似合うっすね」
ああでもないこうでもないと独り言をつぶやくターバンの青年は楽しそうに見えた。彼の言っている内容は全く分からないが、彼の緊張が和らいだことだけは伝わって来る。それだけでローディルも嬉しくて口角が自然と吊り上がっていた。
最終的に彼が選んだのは真っ青な布地に、両端に金色の房がついているものだった。黒色の刺繍は、よく見ないと分からないくらいにさりげないものが施されている。
もっと鮮やかで派手なものを選ぶかと思っていたので、ローディルは少し驚いた。だが上品で落ち着いた色と装飾に、すぐに気に入ったのだった。
「ローディルもターバンに興味持ってくれて嬉しいっす。是非プレゼントさせて欲しいっす」
「ううん、だめ」
満面の笑みを浮かべていたエミルだったが、提案をすげなく断られ、大口を開けて固まった。ショックのあまり石のように硬直する彼をよそに、ローディルは店主に同じ布の数量を変更して勘定をお願いした。代金を渡し、商品を受け取る。
「これ、一つはエミルの分」
自分が選んだターバンを渡され、エミルは素っ頓狂な声をあげた。混乱とショックから回復していないのが丸わかりだ。
「エミルにもいつもお世話になってるから何かプレゼントしたかったんだ。俺のために選んでくれてありがとう!次お出かけする時は、お揃いでつけたいな~」
「絶対つけるっす!めちゃくちゃ嬉しいっす!泣いちゃいそうっす~~!!」
「へへ、やった~俺もうれし~」
ローディルは熱い抱擁を受けた。至近距離で聞こえる声は涙まじりに思えた。エミルが喜んでくれているのが全身から伝わってきて、青年も彼を抱きしめ返す。突然歓喜の雄たけびを上げる彼に、他の客や店主は何事かと目を丸くしている。
「よくわからないけど、俺も便乗しとこ」
ノリの良いユンまで抱擁に加わる。ローディルは何だかおかしくなってきて、二人に挟まれながらケラケラと声に出して笑ったのだった。
「オルヴァル様はなに贈ったら喜んでくれるかな」
「ローディルがくれるものならきっとなんでも喜んでくれるっすよ~」
「そういう受け答えが一番困るじゃん。しゃきっとしなよ、専属世話係。主人のことを一番よく分かってるのはエミルなんだからさ」
ユンがエミルの背中に気合いの一発を叩きこむ。痛そうな大きな音が響くも、エミルはただにこにこ笑っているだけだ。まるでダメージなど一切食らっていないらしい。さっきから頬は緩みっぱなしでだらしない顔をしている。ターバンの贈り物を喜んでくれているのが明らかで、ローディルも嬉しくてつられてしまう。
「……駄目だな、こりゃ」
ユンは呆れ顔で肩を竦めてみせた。
(けど、本当にオルヴァルにはなにがいいんだろ。王子だから金もいっぱいあるだろうし、欲しいものとか全然思いつかないなー…)
ふと自分の手首に目がいった。セヴィリスに友達の証だともらった黒い石の腕輪がはめられている。そこでローディルは不思議な男の言葉を思い出していた。魔除けの効果を発揮して、悪いものから持ち主を守ってくれる。
「あ、この辺にお守りみたいなの売ってる店ある?それか装飾品の店」
二人が案内してくれたのは、室内用と身に着ける用の装飾品を売っている店だった。持ち主を守ってくれるような効果を持つものがないかと店主の老婆に聞くと、一つずつ丁寧に教えてくれた。
種類が多すぎて、ローディルは思わず苦い表情を浮かべた。
「守るってのはどんな意味にも受け取れるからねえ。健康、幸福、金運、良縁、厄除け。まずは贈り主にどういった効果をもたらしたいのか絞るところからだねえ」
「魔除けの効果があるやつがいい。悪いものが近寄ってきても跳ね返せるくらい強いやつ!」
「そうかいそうかい。んじゃまあ、この辺りかねえ」
老婆はしわくちゃの手を至るところに伸ばし、いくつかの品物をローディルの前に置いた。吸い寄せられるかのように手に取ったのは、金の耳飾りだ。金と緑色の石を細く長い板状に細工したものがいくつもぶらさがっていて、少し動くと揺れるようになっていた。オルヴァルが身に着けているのとよく似ている。
「ああ、良い感性をお持ちだね、坊や。金は太陽の、緑の石には禍をもたらすものを遠ざける性質を持っているよ」
「うん、かっこいいっすね。オルヴァル様によく似合いそうっす」
「確かに。こんな感じの耳飾りいつもつけてるよな」
「ばあちゃん、これ買う!」
老婆に加えて二人からの後押しもあって、ローディルの意志は固まった。オルヴァルにとてもぴったりな贈り物を買うことが出来て、精神が高揚する感覚に見舞われる。オルヴァルとアサドの喜ぶ顔を想像すると、顔がにやけてしまう。
ローディルの初めての市場での買い物は予想以上の大成功を収め、嬉しさで胸が温かくなるのを感じながら帰路に着いたのだった。
*********
贈り物を渡しやすいように、皆で夕食を食べる機会をエミルが設けてくれた。ローディルの部屋に運びこまれた食事は床の上に並べられ、それを囲むように座る。まるで宴会だ。こうして皆で食事を取る機会も珍しくて、わくわくしてしまう。
「ローディル、市場はどうでしたか?楽しめましたか?」
「うん、色んな店があって面白かった。たくさんおいしいものも食べれたし。でも一人で行くのはちょっと怖いかも」
「治安問題には取り組んでいるんだが、交易地とあって日々不特定多数が出入りするものだから、なかなか難しくもあってな…。お世辞にも安全とは言い難いな」
「そうですね。今後も市場に出かける際は必ず誰かを帯同するようにしてください」
頷いて承知すると、アサドは満足そうに微笑んだ。
「…それで、エミルはどうしたのです?しきりにターバンをいじっているようですが」
アサドの視線の先では、得意げな顔で顎をツンと上げたエミルがいた。食事には手を突けず、大仰な動きで頭に巻いたターバンに触れている。黒い刺繍が施された真っ青な布地に金の房飾り。市場で買って贈ったものを、帰宅するなり早速つけてくれていた。
「アサドさん、さすが目ざといっすね~。これ、ローディルが俺にプレゼントしてくれたんっすよ!俺とお揃いで着けたいって~。よく見てくださいっす。ローディルが、俺のために!しかもお揃いで!」
「ああ、それで気持ちの悪い笑みを浮かべていたのですか」
通常よりも鬱陶しい絡み方をする世話係の青年に、黒髪の男は不愉快な気持ちを隠すことなく顔をしかめた。オルヴァルは二人のやりとりに咽喉を鳴らして小さく笑いながら、果実酒を飲んでいる。ローディルは豆のスープの入った器を置き、棚から紙袋を手に戻った。
「二人にも買ってきたんだ!アサドには香り袋。よく眠れる効果があるんだって。だからもっとちゃんと寝てほしい!オルヴァルには耳飾り。この緑の石が悪いものからオルヴァルを守ってくれるって店主のばあちゃんが言ってた」
「俺達の分まで買ってきてくれたのか」
「だっていつもお世話になってるから、お礼したくて」
「そんな…私達こそ日々貴方には癒してもらっていると言うのに。ですが、ありがとうございます。とても嬉しいです。早速今夜から枕元に置くことにします」
思ってもみなかった贈答に二人は驚いた様子だったが、すぐに表情が柔らかくなった。微笑むアサドに頭を撫でられ、ローディルの口元はこれ以上なく緩んだ。ロティの姿であればきっと嬉しくて咽喉から大音量のゴロゴロ音が鳴っていたことだろう。
「どうだ、似合うか?」
オルヴァルは早速耳飾りをつけてくれた。彼が少し動く度に、金と緑の石でできた板状の長い飾りが揺れる。浅黒い褐色の肌に映えて、とても似合っている。思わず見惚れていると、エミルやアサドからの褒め言葉が耳に入って我に返った。
「素敵な贈り物をありがとう。これからは毎日つけるとしよう」
「へへ、俺も喜んでもらえて嬉しい」
胸の部分がぽかぽかと温かい。心が弾む気持ちで食事に戻る。ユンに心配される程の量を昼食に平らげたにも関わらず、目の前の食事をいくらでも食べられそうな勢いだった。
「ローディル、自分用には何も買わなかったのですか?」
「俺も香り袋買った。好きな匂いのやつ」
「それは買ったものではないのか?」
オルヴァルの問いの意味がわからず、青年は首を傾げた。男の視線は、手首の黒い腕輪に真っ直ぐ注がれている。
「あ、これはもらいもの」
「誰からだ?」
「セヴィって言う、バルコニーによく遊びに来る鷲の飼い主。あ、本当の名前はセヴィリスって言ってた」
聞き覚えのない名前に大人二名の顔に翳りが差す。一方でエミルは両手で頭を抱え、雄叫びを上げながら天を仰いだ。
「嫌なこと思い出したっす!ローディル、そのセヴィリスって奴に口説かれてたんすよ!」
「くどかれ…?」
きょとんとする青年をよそに、二人はエミルの発言に前のめりになった。無言の圧で詳細を求められた世話係が怒りを露にセヴィリスとのことを話す様子を、ローディルは食事に舌鼓を打ちながらまるで他人事のように眺めた。
(エミルはなんでセヴィのこと嫌いなんだろ。優しそうだったし、目の前で見せてくれた奇術も面白かったのになあ)
「ローディルの耳に花も飾って、気障でいけ好かない奴っすよ!まさかキスだけじゃなく、腕輪を贈られてたなんて気づかなかったっす!一生の不覚っす!」
「セヴィリスですか…。街中を見回っている警備兵に知っている者がいないか聞いてみましょう。鷲を連れているなら目立つはずですから」
ふと隣に座っていたオルヴァルに手首を掴まれる。黒い石でできた腕輪を触ったり、角度を変えて観察されるが、その表情はどこか険しい。
「特に何の変哲もない、ただの腕輪のようではあるが…」
「ローディル、外した方が良いでしょう。初対面で贈り物など、怪しすぎます。後日莫大な金銭を要求されるということも…」
「でも、セヴィはそんなことしそうには見えなかったよ。嫌な感じもしなかったし…」
「ローディルがそう言うのであれば構わないだろう。屋敷内にいる限りは会うこともないだろうからな。ただ、ロティの姿になった場合は自然と脱げてしまうのではないか?服もそうだろう?」
主人の指摘に、青年はあっと口を開いた。確かにそうだ。獣に変身すると人間の姿で身に着けていたものは、首輪を除いて全て脱げてしまう。そのことをすっかり忘れていた。
「失くすのも嫌だし、やっぱり着けるのやめる…」
「そうだな。それが賢明な判断だろう」
残念だとは思いつつも変身を制限されるのも嫌で、腕輪をはずして棚に置いた。
「オルヴァル、今日の夜一緒に寝てもいい?」
食事を食べ終えた後、部屋に戻ろうとする主人の服を掴む。悪徳商人を拘束してくれた礼を言いたかったし、自慰もしたかった。
「…すまない、ローディル。どうしても返事を書かないといけない手紙があるんだ」
「あ……わ、かった。あんまり夜更かししちゃだめだからな?」
「ああ、分かっている。おやすみ」
やんわりと断られて、ローディルはしゅんと肩を落とした。額に唇の柔らかな感触が落ち、温もりが離れていく。終わるまでいい子で待ってると言いたかったが、オルヴァルからにじみ出た拒絶の雰囲気にこれ以上何も言えなかった。
最近は、一緒に寝たいと言っても仕事が忙しいのか断られてばかりだ。ロティの姿で執務室を訪ねても、部屋に入れてくれないことも多くなった。
(今日は久しぶりにご飯一緒に食えて、嬉しかったのに…あんなに可愛がってくれてたのに、俺のこと嫌になったのか…?)
普段であればそんなことは思わないのだが、似たようなことが続くとさすがに悲観的な考えに陥ってしまう。思考がキスしてもらった額を撫でながら、ローディルはとぼとぼと自室に足を向けた。市場で買った香り袋を抱けば、眠れるかもしれないと思いながら。
ドアノブに手をかけたところで、優しく名前を呼ばれた。
「オル…っ!あ…アサド」
オルヴァルが戻ってきてくれたのかと一瞬期待して振り返ったのだが、そこにいたのはアサドだった。間違ってしまったことに慌てて謝罪するも、アサドは気にしていないようだ。
「話をしたいので、今晩は私の部屋に来ませんか?」
(話?)
なんのことか全く分からなかったが、一人になりたくなかったローディルは二つ返事で頷いた。
心配してもらえて嬉しいなどと浮かれていたのも束の間で、一転悲しくなってしまう。ユンは全く気にしていないらしく、マイペースに買い物をしている。
(さっきまでは楽しかったのに…。俺、エミルに怖い顔させちゃってる)
どうしたらいいんだろうと考えながら露店を見て回ると、ある物が目に入った。小走りでエミルの手を引っ張る。長い口髭を生やした目の細い店主が出迎えてくれる。店先には様々な模様のカラフルな布がいくつも並んでいる。
「エミル、どんなのが好き?」
「ローディル、ターバンが欲しいっすか?」
「うん。エミル、毎日違うやつ着けてるじゃん。しかもすげー似合ってるからさ。俺も一つくらい欲しいなって思ったんだけど、どれがいいのか分からないし、それそもエミルみたいに似合うかどうか…」
「そういうことならお任せあれっす!」
怖い顔をしていたエミルだったが、青年の言葉に表情を一変させた。ローディルの額に布をあて、上体を反らせて色味を見ている。
「ローディルは色白いし金髪っすから、青とか映えると思うんすよね~。あと彩度の高い色も。けど明度の低い色だとぼんやりした印象になっちゃうっす…?ああ、でも紺色は似合うっすね」
ああでもないこうでもないと独り言をつぶやくターバンの青年は楽しそうに見えた。彼の言っている内容は全く分からないが、彼の緊張が和らいだことだけは伝わって来る。それだけでローディルも嬉しくて口角が自然と吊り上がっていた。
最終的に彼が選んだのは真っ青な布地に、両端に金色の房がついているものだった。黒色の刺繍は、よく見ないと分からないくらいにさりげないものが施されている。
もっと鮮やかで派手なものを選ぶかと思っていたので、ローディルは少し驚いた。だが上品で落ち着いた色と装飾に、すぐに気に入ったのだった。
「ローディルもターバンに興味持ってくれて嬉しいっす。是非プレゼントさせて欲しいっす」
「ううん、だめ」
満面の笑みを浮かべていたエミルだったが、提案をすげなく断られ、大口を開けて固まった。ショックのあまり石のように硬直する彼をよそに、ローディルは店主に同じ布の数量を変更して勘定をお願いした。代金を渡し、商品を受け取る。
「これ、一つはエミルの分」
自分が選んだターバンを渡され、エミルは素っ頓狂な声をあげた。混乱とショックから回復していないのが丸わかりだ。
「エミルにもいつもお世話になってるから何かプレゼントしたかったんだ。俺のために選んでくれてありがとう!次お出かけする時は、お揃いでつけたいな~」
「絶対つけるっす!めちゃくちゃ嬉しいっす!泣いちゃいそうっす~~!!」
「へへ、やった~俺もうれし~」
ローディルは熱い抱擁を受けた。至近距離で聞こえる声は涙まじりに思えた。エミルが喜んでくれているのが全身から伝わってきて、青年も彼を抱きしめ返す。突然歓喜の雄たけびを上げる彼に、他の客や店主は何事かと目を丸くしている。
「よくわからないけど、俺も便乗しとこ」
ノリの良いユンまで抱擁に加わる。ローディルは何だかおかしくなってきて、二人に挟まれながらケラケラと声に出して笑ったのだった。
「オルヴァル様はなに贈ったら喜んでくれるかな」
「ローディルがくれるものならきっとなんでも喜んでくれるっすよ~」
「そういう受け答えが一番困るじゃん。しゃきっとしなよ、専属世話係。主人のことを一番よく分かってるのはエミルなんだからさ」
ユンがエミルの背中に気合いの一発を叩きこむ。痛そうな大きな音が響くも、エミルはただにこにこ笑っているだけだ。まるでダメージなど一切食らっていないらしい。さっきから頬は緩みっぱなしでだらしない顔をしている。ターバンの贈り物を喜んでくれているのが明らかで、ローディルも嬉しくてつられてしまう。
「……駄目だな、こりゃ」
ユンは呆れ顔で肩を竦めてみせた。
(けど、本当にオルヴァルにはなにがいいんだろ。王子だから金もいっぱいあるだろうし、欲しいものとか全然思いつかないなー…)
ふと自分の手首に目がいった。セヴィリスに友達の証だともらった黒い石の腕輪がはめられている。そこでローディルは不思議な男の言葉を思い出していた。魔除けの効果を発揮して、悪いものから持ち主を守ってくれる。
「あ、この辺にお守りみたいなの売ってる店ある?それか装飾品の店」
二人が案内してくれたのは、室内用と身に着ける用の装飾品を売っている店だった。持ち主を守ってくれるような効果を持つものがないかと店主の老婆に聞くと、一つずつ丁寧に教えてくれた。
種類が多すぎて、ローディルは思わず苦い表情を浮かべた。
「守るってのはどんな意味にも受け取れるからねえ。健康、幸福、金運、良縁、厄除け。まずは贈り主にどういった効果をもたらしたいのか絞るところからだねえ」
「魔除けの効果があるやつがいい。悪いものが近寄ってきても跳ね返せるくらい強いやつ!」
「そうかいそうかい。んじゃまあ、この辺りかねえ」
老婆はしわくちゃの手を至るところに伸ばし、いくつかの品物をローディルの前に置いた。吸い寄せられるかのように手に取ったのは、金の耳飾りだ。金と緑色の石を細く長い板状に細工したものがいくつもぶらさがっていて、少し動くと揺れるようになっていた。オルヴァルが身に着けているのとよく似ている。
「ああ、良い感性をお持ちだね、坊や。金は太陽の、緑の石には禍をもたらすものを遠ざける性質を持っているよ」
「うん、かっこいいっすね。オルヴァル様によく似合いそうっす」
「確かに。こんな感じの耳飾りいつもつけてるよな」
「ばあちゃん、これ買う!」
老婆に加えて二人からの後押しもあって、ローディルの意志は固まった。オルヴァルにとてもぴったりな贈り物を買うことが出来て、精神が高揚する感覚に見舞われる。オルヴァルとアサドの喜ぶ顔を想像すると、顔がにやけてしまう。
ローディルの初めての市場での買い物は予想以上の大成功を収め、嬉しさで胸が温かくなるのを感じながら帰路に着いたのだった。
*********
贈り物を渡しやすいように、皆で夕食を食べる機会をエミルが設けてくれた。ローディルの部屋に運びこまれた食事は床の上に並べられ、それを囲むように座る。まるで宴会だ。こうして皆で食事を取る機会も珍しくて、わくわくしてしまう。
「ローディル、市場はどうでしたか?楽しめましたか?」
「うん、色んな店があって面白かった。たくさんおいしいものも食べれたし。でも一人で行くのはちょっと怖いかも」
「治安問題には取り組んでいるんだが、交易地とあって日々不特定多数が出入りするものだから、なかなか難しくもあってな…。お世辞にも安全とは言い難いな」
「そうですね。今後も市場に出かける際は必ず誰かを帯同するようにしてください」
頷いて承知すると、アサドは満足そうに微笑んだ。
「…それで、エミルはどうしたのです?しきりにターバンをいじっているようですが」
アサドの視線の先では、得意げな顔で顎をツンと上げたエミルがいた。食事には手を突けず、大仰な動きで頭に巻いたターバンに触れている。黒い刺繍が施された真っ青な布地に金の房飾り。市場で買って贈ったものを、帰宅するなり早速つけてくれていた。
「アサドさん、さすが目ざといっすね~。これ、ローディルが俺にプレゼントしてくれたんっすよ!俺とお揃いで着けたいって~。よく見てくださいっす。ローディルが、俺のために!しかもお揃いで!」
「ああ、それで気持ちの悪い笑みを浮かべていたのですか」
通常よりも鬱陶しい絡み方をする世話係の青年に、黒髪の男は不愉快な気持ちを隠すことなく顔をしかめた。オルヴァルは二人のやりとりに咽喉を鳴らして小さく笑いながら、果実酒を飲んでいる。ローディルは豆のスープの入った器を置き、棚から紙袋を手に戻った。
「二人にも買ってきたんだ!アサドには香り袋。よく眠れる効果があるんだって。だからもっとちゃんと寝てほしい!オルヴァルには耳飾り。この緑の石が悪いものからオルヴァルを守ってくれるって店主のばあちゃんが言ってた」
「俺達の分まで買ってきてくれたのか」
「だっていつもお世話になってるから、お礼したくて」
「そんな…私達こそ日々貴方には癒してもらっていると言うのに。ですが、ありがとうございます。とても嬉しいです。早速今夜から枕元に置くことにします」
思ってもみなかった贈答に二人は驚いた様子だったが、すぐに表情が柔らかくなった。微笑むアサドに頭を撫でられ、ローディルの口元はこれ以上なく緩んだ。ロティの姿であればきっと嬉しくて咽喉から大音量のゴロゴロ音が鳴っていたことだろう。
「どうだ、似合うか?」
オルヴァルは早速耳飾りをつけてくれた。彼が少し動く度に、金と緑の石でできた板状の長い飾りが揺れる。浅黒い褐色の肌に映えて、とても似合っている。思わず見惚れていると、エミルやアサドからの褒め言葉が耳に入って我に返った。
「素敵な贈り物をありがとう。これからは毎日つけるとしよう」
「へへ、俺も喜んでもらえて嬉しい」
胸の部分がぽかぽかと温かい。心が弾む気持ちで食事に戻る。ユンに心配される程の量を昼食に平らげたにも関わらず、目の前の食事をいくらでも食べられそうな勢いだった。
「ローディル、自分用には何も買わなかったのですか?」
「俺も香り袋買った。好きな匂いのやつ」
「それは買ったものではないのか?」
オルヴァルの問いの意味がわからず、青年は首を傾げた。男の視線は、手首の黒い腕輪に真っ直ぐ注がれている。
「あ、これはもらいもの」
「誰からだ?」
「セヴィって言う、バルコニーによく遊びに来る鷲の飼い主。あ、本当の名前はセヴィリスって言ってた」
聞き覚えのない名前に大人二名の顔に翳りが差す。一方でエミルは両手で頭を抱え、雄叫びを上げながら天を仰いだ。
「嫌なこと思い出したっす!ローディル、そのセヴィリスって奴に口説かれてたんすよ!」
「くどかれ…?」
きょとんとする青年をよそに、二人はエミルの発言に前のめりになった。無言の圧で詳細を求められた世話係が怒りを露にセヴィリスとのことを話す様子を、ローディルは食事に舌鼓を打ちながらまるで他人事のように眺めた。
(エミルはなんでセヴィのこと嫌いなんだろ。優しそうだったし、目の前で見せてくれた奇術も面白かったのになあ)
「ローディルの耳に花も飾って、気障でいけ好かない奴っすよ!まさかキスだけじゃなく、腕輪を贈られてたなんて気づかなかったっす!一生の不覚っす!」
「セヴィリスですか…。街中を見回っている警備兵に知っている者がいないか聞いてみましょう。鷲を連れているなら目立つはずですから」
ふと隣に座っていたオルヴァルに手首を掴まれる。黒い石でできた腕輪を触ったり、角度を変えて観察されるが、その表情はどこか険しい。
「特に何の変哲もない、ただの腕輪のようではあるが…」
「ローディル、外した方が良いでしょう。初対面で贈り物など、怪しすぎます。後日莫大な金銭を要求されるということも…」
「でも、セヴィはそんなことしそうには見えなかったよ。嫌な感じもしなかったし…」
「ローディルがそう言うのであれば構わないだろう。屋敷内にいる限りは会うこともないだろうからな。ただ、ロティの姿になった場合は自然と脱げてしまうのではないか?服もそうだろう?」
主人の指摘に、青年はあっと口を開いた。確かにそうだ。獣に変身すると人間の姿で身に着けていたものは、首輪を除いて全て脱げてしまう。そのことをすっかり忘れていた。
「失くすのも嫌だし、やっぱり着けるのやめる…」
「そうだな。それが賢明な判断だろう」
残念だとは思いつつも変身を制限されるのも嫌で、腕輪をはずして棚に置いた。
「オルヴァル、今日の夜一緒に寝てもいい?」
食事を食べ終えた後、部屋に戻ろうとする主人の服を掴む。悪徳商人を拘束してくれた礼を言いたかったし、自慰もしたかった。
「…すまない、ローディル。どうしても返事を書かないといけない手紙があるんだ」
「あ……わ、かった。あんまり夜更かししちゃだめだからな?」
「ああ、分かっている。おやすみ」
やんわりと断られて、ローディルはしゅんと肩を落とした。額に唇の柔らかな感触が落ち、温もりが離れていく。終わるまでいい子で待ってると言いたかったが、オルヴァルからにじみ出た拒絶の雰囲気にこれ以上何も言えなかった。
最近は、一緒に寝たいと言っても仕事が忙しいのか断られてばかりだ。ロティの姿で執務室を訪ねても、部屋に入れてくれないことも多くなった。
(今日は久しぶりにご飯一緒に食えて、嬉しかったのに…あんなに可愛がってくれてたのに、俺のこと嫌になったのか…?)
普段であればそんなことは思わないのだが、似たようなことが続くとさすがに悲観的な考えに陥ってしまう。思考がキスしてもらった額を撫でながら、ローディルはとぼとぼと自室に足を向けた。市場で買った香り袋を抱けば、眠れるかもしれないと思いながら。
ドアノブに手をかけたところで、優しく名前を呼ばれた。
「オル…っ!あ…アサド」
オルヴァルが戻ってきてくれたのかと一瞬期待して振り返ったのだが、そこにいたのはアサドだった。間違ってしまったことに慌てて謝罪するも、アサドは気にしていないようだ。
「話をしたいので、今晩は私の部屋に来ませんか?」
(話?)
なんのことか全く分からなかったが、一人になりたくなかったローディルは二つ返事で頷いた。
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ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
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