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48. 来客と不穏な会話
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厩舎で子ラクダと遊んだ帰り、ローディルはたくさんの足音がしているのに気づいた。好奇心から発生源へと向かうと、アサドの姿が目に入った。駆け寄ろうとしたローディルだったが、彼が隣に見知らぬ人物を伴っているのを見て急ブレーキをかけた。さらに二人の前後左右を兵士が固め、屋敷内にも関わらず警戒しているのが雰囲気から伝わってくる。
アサドと言葉を交わしている人物は、見たことのない初老の男だった。後ろに撫でつけた栗色の髪は白髪の割合が多く、口元を覆う髭も真っ白だ。目は細く、加齢によって垂れさがった目蓋のせいで、開いているのかどうかわからないくらいだ。ギョルム老と同年代に見えたが、まっすぐな背筋と軽やかな歩き方は年齢を感じさせず、活力がみなぎっている。
(客かな…?)
獣姿のローディルは男をじっと見つめた。彼らが通りすぎても興味は失せず、後をついていく。
来客がとても珍しかったからだ。通常、屋敷に出入りする人間は少なく、それもいつも同じ顔ぶれだ。市街を警邏する兵士や食材や酒を納品に来る馴染みの商人。
ローディルの知る限り直近の来客と言われて思い浮かぶのは、オルヴァルの兄であるイズイークが来た時くらいだ。だが初老の男は彼と違って嫌な感じは全くなかった。だからこそ気になってしまう。
「こら、ロティついてきちゃだめだ。どこか他のところで遊んできな」
(やだ~だって気になるもん)
一団の最後尾を歩く兵士は獣にだけに聞こえるように声を潜め、しっしっと追い払おうとした。だがローディルは知らん顔でついていく。気づかれないように鳴き声も発さないように注意した。兵士は困っている様子だったが、遅れを取ってはいけないと思っているのか、実力行使に出ることはなかった。
やがて彼らは執務室の前で足を止めた。扉が少し開くなり、獣は一行の足の間を俊敏な走りですり抜けた。アサドたちが気づき驚きの声を上げる頃には、ローディルは既に室内に飛びこんでいた。
「ロティ?」
予想通り、執務室の中にはオルヴァルが控えていた。目を丸くする主人をよそに、ローディルはいつも彼が座っている椅子の上に陣取った。
「お騒がせして申し訳ない。トートルード卿、ご足労いただきかたじけない」
「とんでもない。こちらこそ急な来訪にも関わらず、時間を作っていただき感謝いたします。ペットをお飼いになられたので?」
胸に手をあてお辞儀をする男に、オルヴァルは手を差し出す。握手を交わした二人はローテーブルを挟んで対面で腰を下ろした。柔和な細い目を向けられたローディルは執務椅子から下り、主人の傍らに礼儀正しく座った。
「ええ、ロティと言います。劣悪な環境で飼育されていたのを最近保護しまして」
ぎゃう、とひと鳴きし、誇らしげに胸を張る。
「おやおや、自己紹介をしてくれているのかな?お利口さんですなあ」
(このおじさん、動物嫌いじゃなさそうだな)
「とんだ失礼をして申し訳ございません。今退室させますので。さ、ロティ邪魔になりますからこちらへ」
(やーだー!オルヴァルの傍にいるんだ~~!俺、いい子にしてるからーっ!)
アサドから目配せを受けた兵士の一人が抱き上げようとすると、ローディルは激しく抵抗した。絨毯に爪を引っかけ、抗議の泣き声を上げている。小柄ながらも力は強く、絨毯がめくれあがっても獣は離そうとしなかった。
「どうか、無体を働きませんよう。殿下の傍にいたいのであれば私は気にしませんので、どうかそのままで」
男の鶴の一声に、アサドは再度兵士に視線を送り、獣をそのままに二人そろって退室した。自由の身になったローディルは主人の腕と胴の間に体をねじこんだ。
(ありがとうな、おじさん!助かった!)
「トートルード卿、申し訳ない。すっかり甘えん坊で…午後はこの部屋で昼寝をすることが多いもので」
「ほっほっ、殿下の執務室が縄張りとは。儂のことはお気になさらず。儂も昔犬を飼っていたゆえ、気持ちは痛い程分かります。殿下の表情も以前と比べてずっと穏やかだ。ペットの存在がいかに生活に潤いを与えているのがよく分かりますな」
好々爺然とした風貌の男は真っ白な髭を手で撫でつけながら笑っている。はにかむオルヴァルに顎の下を優しく掻き撫でられ、ローディルは気持ち良さに目を閉じた。
歓談のさなか、茶器セットを盆に載せたエミルが入室する。彼は主人の足を枕にごろごろ寝そべっている獣を見て驚いていたものの、困惑も感じさせずに給仕をしていた。去り際に、トートルードの背後から手招きをされたのだが、全く気付いていなかった。何なら、茶と一緒に出されたお茶請けのスイーツに釘づけだ。
(うわあぁ~おいしそ~~~)
「トートルード卿、王都の様子はいかがですか」
王子の問いに、初老の男はカップをソーサーの上に置き、ゆっくりと首を左右に振った。
「殿下、はっきり申し上げて悪化の一途を辿っております。重税に民は貧困は苦しみ、秩序もなく混沌と化した王都では犯罪が横行しています。兵による取り締まりも追いつかない程に。風の便りによると、陛下は人前に一切姿を現すことなく、正気の沙汰とは思えないような条例を乱発していると。逆らう高官は一人残らず投獄もしくは学術院での軟禁。ゲルゴルグ宰相が最後の砦となり奮闘しておられるが、いつまでもつか…。イズイーク殿下も体調が優れず、床に臥せっていることが多いと聞き及んでおります」
(王都、そんなことになってるのか!?王様もイズイークもいるのに…!?)
初めて耳にする王都の現状に、ローディルは絶句した。顔を撫でていた手がこわばるのを感じ見上げると、主人が険しい表情を浮かべている。唇をぎゅっと引き結び、眉間にはシワが刻まれている。
押し黙ったままのオルヴァルに対し、男は話を続ける。
「ほかならぬ殿下の頼みとあれば、出来うる限りの支援は惜しむつもりはありませぬ。しかし王都を見捨てて脱出する民が多いのも事実。さしあたっては我が領内で保護をしておりますが、物資も土地も圧倒的に足りません。領民に負担を強いる方法をいつまで続けられるか…。陛下を信じる殿下の気持ちは殊勝で見上げたもの。しかし現実を見ていただかなくては。厳しいことを言うようですが、国の宝は国民ですぞ」
つい先ほどまで朗らかな雰囲気で談笑をしていたと言うのに、今や室内は重く暗い空気が立ちこめていた。
「儂の意思は以前話した通り。どうか熟慮いただきますよう。まさかお忘れではあるまい?」
線のように細い目が開き、鋭い眼差しが王子を射抜く。じっと沈黙を貫いていたオルヴァルは小さく息を吐き、前のめりになって手を組んだ。
「勿論、忘れてなどいません。結論を有耶無耶にする気も。ただ…あまりにも大きな決断であるがゆえ、おいそれと承服できかねます。…もう少し、お時間をください。他の可能性も模索したい」
痛い程の沈黙が流れ、両者の間には張り詰めた緊張が漂う。獣姿のローディルはそれを敏感に感じ取り、息苦しささえ覚えた。肌が粟立ち、毛が逆立つ。
静寂を破ったのは、トートルードだった。
「…分かりました。殿下の言わんとすることも分からぬわけではございません。儂も他に道があるのであれば、それに越したことはないと理解しております」
「私の我が儘に付き合わせてしまい、誠に申し訳ありません。へジャズ領民のこともないがしろにはしません。領地への支援物資を増やしましょう」
「それはありがたい。ですが、王都への物資の量を減らすわけにもいきますまい。殿下が信じて今しばらくは儂らのみでやり過ごせるものと思っております。ただ……」
「ただ?」
「ああ、いや…何でもありませぬ。どうかお気になさらず」
急に口ごもる男に、王子は首を傾げた。トートルード卿は会話の転換を試みたが、オルヴァルがそれを良しとしなかった。抗いがたい強固な意志を持った瞳に真っ直ぐ見据えられた領主は、観念したとばかりに口を開いた。
「これ以上殿下に心労をかけてしまうのはとても心苦しいのですが…税の負担が軽くなれば、領民の溜飲も下がるのではないか、と頭をよぎりまして…」
「……では、ラルツレルナとの交易にかかる税を暫定的に半分に。それとヘジャズからの交易品は積極的に買い取るとしましょう。それでいかがか?」
「十分すぎるほどの寛大な措置…、誠にかたじけない」
両膝に手をあて深く頭を下げる老齢の男に、オルヴァルは困ったように微笑む。
「いいえ、とんでもない。ヘジャズの皆に負担をかけているのは私の至らなさによるものです。私の権限の及ぶ範囲であれば協力は惜しみません」
「殿下、やはり貴方こそが民を率いるに値する人物だ」
(なんかよく分からねーけど、オルヴァルが褒められてる!)
また室内の空気は一変して、和やかなものになった。声を立てて笑うトートルードは身を乗り出し、両手で握ったオルヴァルの手を上下に振っている。
話の内容が読めず、ただじっと耳を傾けていたローディルは主人が褒められて嬉しく思ったものの、当の本人はわずかに口角を吊り上げたのみだった。複雑な感情が中で入り乱れているように見えて、獣は目を瞬かせた。
固い握手を交わした後、トートルードはアサドに連れられて退室した。扉が閉まるなり、オルヴァルは倒れるかのように椅子の上へと崩れ落ちる。背もたれに頭を乗せ、力なく天井を見る顔には疲労が見て取れた。
暗い表情に胸が痛む。いつもみたいに笑って撫でて欲しくて、ローディルは彼の体によじ登った。前脚を肩に乗せてしがみつき、顔をペロペロと舐める。
「ろ、ローディル…ちょ、ちょっとま、ぅぶ…っ」
(オルヴァルに暗い顔、似合わないよ!どうしたら元気出る?俺にできることがあれば何でもする!)
オルヴァルは制止を試みるも、ローディルの耳には一切入らなかった。主人が落ち込んでいることが悲しくてたまらなかったのだ。人型の時に交わす口づけのように、夢中で顔中を舐め、毛づくろいを施す。
「…ふふ、くすぐったいぞ、ローディル」
執拗に顔を舐め回し、頭を擦りつけて甘える獣に、オルヴァルは耐え切れずとうとう吹き出した。
(あ、ちょっと笑った!)
男の顔に笑みが戻って嬉しくなったローディルは、より熱心に顔を舐め回し時折肉球でマッサージを施した。小さな獣による毛づくろいは、カップを回収に来たエミルが来るまで続けられたのだった。
アサドと言葉を交わしている人物は、見たことのない初老の男だった。後ろに撫でつけた栗色の髪は白髪の割合が多く、口元を覆う髭も真っ白だ。目は細く、加齢によって垂れさがった目蓋のせいで、開いているのかどうかわからないくらいだ。ギョルム老と同年代に見えたが、まっすぐな背筋と軽やかな歩き方は年齢を感じさせず、活力がみなぎっている。
(客かな…?)
獣姿のローディルは男をじっと見つめた。彼らが通りすぎても興味は失せず、後をついていく。
来客がとても珍しかったからだ。通常、屋敷に出入りする人間は少なく、それもいつも同じ顔ぶれだ。市街を警邏する兵士や食材や酒を納品に来る馴染みの商人。
ローディルの知る限り直近の来客と言われて思い浮かぶのは、オルヴァルの兄であるイズイークが来た時くらいだ。だが初老の男は彼と違って嫌な感じは全くなかった。だからこそ気になってしまう。
「こら、ロティついてきちゃだめだ。どこか他のところで遊んできな」
(やだ~だって気になるもん)
一団の最後尾を歩く兵士は獣にだけに聞こえるように声を潜め、しっしっと追い払おうとした。だがローディルは知らん顔でついていく。気づかれないように鳴き声も発さないように注意した。兵士は困っている様子だったが、遅れを取ってはいけないと思っているのか、実力行使に出ることはなかった。
やがて彼らは執務室の前で足を止めた。扉が少し開くなり、獣は一行の足の間を俊敏な走りですり抜けた。アサドたちが気づき驚きの声を上げる頃には、ローディルは既に室内に飛びこんでいた。
「ロティ?」
予想通り、執務室の中にはオルヴァルが控えていた。目を丸くする主人をよそに、ローディルはいつも彼が座っている椅子の上に陣取った。
「お騒がせして申し訳ない。トートルード卿、ご足労いただきかたじけない」
「とんでもない。こちらこそ急な来訪にも関わらず、時間を作っていただき感謝いたします。ペットをお飼いになられたので?」
胸に手をあてお辞儀をする男に、オルヴァルは手を差し出す。握手を交わした二人はローテーブルを挟んで対面で腰を下ろした。柔和な細い目を向けられたローディルは執務椅子から下り、主人の傍らに礼儀正しく座った。
「ええ、ロティと言います。劣悪な環境で飼育されていたのを最近保護しまして」
ぎゃう、とひと鳴きし、誇らしげに胸を張る。
「おやおや、自己紹介をしてくれているのかな?お利口さんですなあ」
(このおじさん、動物嫌いじゃなさそうだな)
「とんだ失礼をして申し訳ございません。今退室させますので。さ、ロティ邪魔になりますからこちらへ」
(やーだー!オルヴァルの傍にいるんだ~~!俺、いい子にしてるからーっ!)
アサドから目配せを受けた兵士の一人が抱き上げようとすると、ローディルは激しく抵抗した。絨毯に爪を引っかけ、抗議の泣き声を上げている。小柄ながらも力は強く、絨毯がめくれあがっても獣は離そうとしなかった。
「どうか、無体を働きませんよう。殿下の傍にいたいのであれば私は気にしませんので、どうかそのままで」
男の鶴の一声に、アサドは再度兵士に視線を送り、獣をそのままに二人そろって退室した。自由の身になったローディルは主人の腕と胴の間に体をねじこんだ。
(ありがとうな、おじさん!助かった!)
「トートルード卿、申し訳ない。すっかり甘えん坊で…午後はこの部屋で昼寝をすることが多いもので」
「ほっほっ、殿下の執務室が縄張りとは。儂のことはお気になさらず。儂も昔犬を飼っていたゆえ、気持ちは痛い程分かります。殿下の表情も以前と比べてずっと穏やかだ。ペットの存在がいかに生活に潤いを与えているのがよく分かりますな」
好々爺然とした風貌の男は真っ白な髭を手で撫でつけながら笑っている。はにかむオルヴァルに顎の下を優しく掻き撫でられ、ローディルは気持ち良さに目を閉じた。
歓談のさなか、茶器セットを盆に載せたエミルが入室する。彼は主人の足を枕にごろごろ寝そべっている獣を見て驚いていたものの、困惑も感じさせずに給仕をしていた。去り際に、トートルードの背後から手招きをされたのだが、全く気付いていなかった。何なら、茶と一緒に出されたお茶請けのスイーツに釘づけだ。
(うわあぁ~おいしそ~~~)
「トートルード卿、王都の様子はいかがですか」
王子の問いに、初老の男はカップをソーサーの上に置き、ゆっくりと首を左右に振った。
「殿下、はっきり申し上げて悪化の一途を辿っております。重税に民は貧困は苦しみ、秩序もなく混沌と化した王都では犯罪が横行しています。兵による取り締まりも追いつかない程に。風の便りによると、陛下は人前に一切姿を現すことなく、正気の沙汰とは思えないような条例を乱発していると。逆らう高官は一人残らず投獄もしくは学術院での軟禁。ゲルゴルグ宰相が最後の砦となり奮闘しておられるが、いつまでもつか…。イズイーク殿下も体調が優れず、床に臥せっていることが多いと聞き及んでおります」
(王都、そんなことになってるのか!?王様もイズイークもいるのに…!?)
初めて耳にする王都の現状に、ローディルは絶句した。顔を撫でていた手がこわばるのを感じ見上げると、主人が険しい表情を浮かべている。唇をぎゅっと引き結び、眉間にはシワが刻まれている。
押し黙ったままのオルヴァルに対し、男は話を続ける。
「ほかならぬ殿下の頼みとあれば、出来うる限りの支援は惜しむつもりはありませぬ。しかし王都を見捨てて脱出する民が多いのも事実。さしあたっては我が領内で保護をしておりますが、物資も土地も圧倒的に足りません。領民に負担を強いる方法をいつまで続けられるか…。陛下を信じる殿下の気持ちは殊勝で見上げたもの。しかし現実を見ていただかなくては。厳しいことを言うようですが、国の宝は国民ですぞ」
つい先ほどまで朗らかな雰囲気で談笑をしていたと言うのに、今や室内は重く暗い空気が立ちこめていた。
「儂の意思は以前話した通り。どうか熟慮いただきますよう。まさかお忘れではあるまい?」
線のように細い目が開き、鋭い眼差しが王子を射抜く。じっと沈黙を貫いていたオルヴァルは小さく息を吐き、前のめりになって手を組んだ。
「勿論、忘れてなどいません。結論を有耶無耶にする気も。ただ…あまりにも大きな決断であるがゆえ、おいそれと承服できかねます。…もう少し、お時間をください。他の可能性も模索したい」
痛い程の沈黙が流れ、両者の間には張り詰めた緊張が漂う。獣姿のローディルはそれを敏感に感じ取り、息苦しささえ覚えた。肌が粟立ち、毛が逆立つ。
静寂を破ったのは、トートルードだった。
「…分かりました。殿下の言わんとすることも分からぬわけではございません。儂も他に道があるのであれば、それに越したことはないと理解しております」
「私の我が儘に付き合わせてしまい、誠に申し訳ありません。へジャズ領民のこともないがしろにはしません。領地への支援物資を増やしましょう」
「それはありがたい。ですが、王都への物資の量を減らすわけにもいきますまい。殿下が信じて今しばらくは儂らのみでやり過ごせるものと思っております。ただ……」
「ただ?」
「ああ、いや…何でもありませぬ。どうかお気になさらず」
急に口ごもる男に、王子は首を傾げた。トートルード卿は会話の転換を試みたが、オルヴァルがそれを良しとしなかった。抗いがたい強固な意志を持った瞳に真っ直ぐ見据えられた領主は、観念したとばかりに口を開いた。
「これ以上殿下に心労をかけてしまうのはとても心苦しいのですが…税の負担が軽くなれば、領民の溜飲も下がるのではないか、と頭をよぎりまして…」
「……では、ラルツレルナとの交易にかかる税を暫定的に半分に。それとヘジャズからの交易品は積極的に買い取るとしましょう。それでいかがか?」
「十分すぎるほどの寛大な措置…、誠にかたじけない」
両膝に手をあて深く頭を下げる老齢の男に、オルヴァルは困ったように微笑む。
「いいえ、とんでもない。ヘジャズの皆に負担をかけているのは私の至らなさによるものです。私の権限の及ぶ範囲であれば協力は惜しみません」
「殿下、やはり貴方こそが民を率いるに値する人物だ」
(なんかよく分からねーけど、オルヴァルが褒められてる!)
また室内の空気は一変して、和やかなものになった。声を立てて笑うトートルードは身を乗り出し、両手で握ったオルヴァルの手を上下に振っている。
話の内容が読めず、ただじっと耳を傾けていたローディルは主人が褒められて嬉しく思ったものの、当の本人はわずかに口角を吊り上げたのみだった。複雑な感情が中で入り乱れているように見えて、獣は目を瞬かせた。
固い握手を交わした後、トートルードはアサドに連れられて退室した。扉が閉まるなり、オルヴァルは倒れるかのように椅子の上へと崩れ落ちる。背もたれに頭を乗せ、力なく天井を見る顔には疲労が見て取れた。
暗い表情に胸が痛む。いつもみたいに笑って撫でて欲しくて、ローディルは彼の体によじ登った。前脚を肩に乗せてしがみつき、顔をペロペロと舐める。
「ろ、ローディル…ちょ、ちょっとま、ぅぶ…っ」
(オルヴァルに暗い顔、似合わないよ!どうしたら元気出る?俺にできることがあれば何でもする!)
オルヴァルは制止を試みるも、ローディルの耳には一切入らなかった。主人が落ち込んでいることが悲しくてたまらなかったのだ。人型の時に交わす口づけのように、夢中で顔中を舐め、毛づくろいを施す。
「…ふふ、くすぐったいぞ、ローディル」
執拗に顔を舐め回し、頭を擦りつけて甘える獣に、オルヴァルは耐え切れずとうとう吹き出した。
(あ、ちょっと笑った!)
男の顔に笑みが戻って嬉しくなったローディルは、より熱心に顔を舐め回し時折肉球でマッサージを施した。小さな獣による毛づくろいは、カップを回収に来たエミルが来るまで続けられたのだった。
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