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98. ダルモーネとパキラ
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ローディル達が城に戻ると、ダガット王の名の下に布告が出されていた。
これまでに起こった王族の醜聞とその真実。メルバ国内に蔓延っていた闇と、思うままに操っていた真犯人。そして国を支える随獣という人知を超えた存在の開示。長きに渡って国民へ困難を強いたことへの謝罪と、現王の退位と第二王子への譲位が知らされた。
広場に集められたパルティカの民に王の言葉が読み上げられ、他の領地の民へは各地に派遣された使者が向かい、数日の内には全国民に知れ渡ることとなる。
王は日を追うごとに衰弱していた。いつ消えるとも分からない命の灯を惜しむかのように、彼の息子たちは時間の許す限り父親の傍にいた。遠く離れていた時間を埋め合わせるかのように、最後の教えを授けるかのように、様々なことを語り合っている。
それから、隣国バルブロの女王ダルモーネが孫娘のパキラ王女を伴って慰問に訪れた。もちろん、彼女らの随獣であるセヴィリスとラズレイも一緒だ。
ダルモーネ女王は、ダガット王よりも年かさだったが、すっと伸びる美しい背筋は全く年齢を感じさせなかった。灰銀の長い髪を結い上げ、黄緑色の瞳は老いてなお輝きを失っていない。立ち振る舞いや雰囲気は威厳に満ち溢れていて、高貴なオーラに圧倒されてしまう。
女王の数歩後ろに佇むパキラ王女は可憐な花という表現がぴったりの女性だった。象牙のような滑らかな肌に、長い髪は緩やかなウェーブのかかった淡い青色。髪色と同じ長い睫毛が縁取るのは桃色の宝石のような瞳。窓から差し込む陽光を受ける姿は、神々しいとすら思えるほどの美貌だった。
彼らをダガット王の寝室で出迎えたのは、二人の息子とローディルだ。他国の王族にまみえるのが初めての青年は厳かな雰囲気に完全に呑まれて硬直していたが、見知った随獣の姿に少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
「今際と聞いていましたが、存外健勝のようですね、ダガット。安心しました」
「貴女に見えるとなれば、臥せってなどいられませんとも」
洗脳が解けて以来、一日の大半をベッドの上に体を預けて療養する王はどこからどう見ても元気ではない。発言の意図を分かりかねるオルヴァルだったが、王の返答に更に目を丸くした。
ローディルは会話の内容が理解できずとも、主君の何とも言い難い表情を目にして、忙しない視線を王と女王に交互に向けた。
室内には妙な空気が漂っていたが、ダルモーネ女王の頬を一筋の涙が流れたことで一変した。ゆったりと流れるような所作で寝台に腰を下ろした淑女は、ダガットの皺だらけの手を握った。
「……また一人、友がいなくなってしまうのね。いくら歳を重ねても、見送る立場には慣れないわ」
「儂もまさか、貴女に見送られることになるとは思いもしなかった。人生とはままならぬものだ」
「ええ、全くその通りね」
言葉を交わす二人の表情は優しく、互いに対する慈しみに溢れている。王と女王という肩書すらを超えた、純粋な友情が見て取れた。
「……覚えているかしら、幼い頃に一度連れて来たことがあるのだけれど。孫娘のパキラよ」
「お久しぶりでございます、ダガット陛下。パキラです」
祖母から紹介を受けたパキラはベッドに近づき、優雅な所作でドレスをつまんでお辞儀をした。ダガットが微笑み、頷く。
「ああ、もちろん覚えているとも。ダルモーネ女王の傍らで幼いながらもお利巧にしていた姿が印象的だったのでな。ダルモーネ女王に似て美姫になられた」
「恐縮ですわ、陛下」
ダガットに賛辞を贈られたパキラは、照れくさそうにぽっと頬を赤らめた。蕾が花開くような様子に、ローディルもついつい見惚れてしまう。
各自挨拶を交わした後、友人としての会話に花を咲かせる二人を残し、一行は客室へと移動した。ローディルが茶や菓子を給仕する。大鷲のラズレイは席に着かず、窓際で日向ぼっこをしている。
「まあ、随獣様自ら淹れてくださるなんて。ありがたく頂戴します」
「セヴィはお茶淹れたりしないのか?」
「しないねえ。僕、そういうのに関しては不器用だから。うん、おいしい。ローディルが淹れてくれたからかな?普段飲むやつよりもずっとおいしい」
「え、そう?いつもと同じだと思うけど…。バルブロでは違う茶葉使ってんのかな」
「ううん、同じだよ。でもローディルが淹れてくれると全然違う気がする」
茶を味わったセヴィリスは、ローディルににっこりと笑いかけた。茶を飲みながら頭に疑問符を浮かべ青年に、男はなおも笑顔で応えている。明らかな恋愛感情の矢印に、パキラは随獣二人に交互に視線を向け、あらあらと細い指を口元に近づけた。
ローディルの隣に座るオルヴァルも、口角を吊り上げた状態で沈黙を貫いた。本音を言えば内心穏やかではないし面白くもなかったが、青年とは先日に互いの気持ちを確かめ合い、恋人になったのだ。その優越感が、王子に少しだけ心の余裕を与えていた。
「貴国での子細はおばあ様やセヴィリスから伺っていますわ。バルブロの国民の間でもすっかり広まっておりますの。……まさか随獣という理外の存在がいて、私にも随獣がいて、それが大鷲のラズレイだなんて、正直今でも信じられませんわ」
「パキラ王女は僕のこと、女王お抱えの道化だと思ってたんだものねえ。それを聞いた時は笑いが止まらなかったよ」
「申し訳ないとは思っておりますのよ。でも貴方、いつもふらりと現れたかと思えば、いなくなるのも突然なんですもの」
二人の会話にメルバの兄弟王子は心の中で揃って、分かるとパキラに同意した。宝飾品をじゃらじゃらと身に纏った派手な風体は彼にとても似合っているのだが、あのダルモーネ女王の隣に立つにはいささか軽薄に思える。二人の年齢が離れているのもあり、事情を知らなければ愛人なのではないかと思ってしまいそうだ。
「驚いたのは俺達もです、パキラ王女。人にも獣にも変身できるなど、おとぎ話のような存在が現れただけでも理解が追いつかないと言うのに、随獣は王の半身などと…。ですが、腑に落ちた部分もあります。シシリハ殿を失った父上の豹変ぶり……ローディルを失ってしまったら、と考えるだけで俺も気が変になりそうです」
オルヴァルは、茶菓子を頬張るローディルに優しい眼差しを向けた。彼の口端についた食べ屑を指で取ってやる。
見るからに仲睦まじい二人に、パキラは表情を緩めたが、イズイークには眉尻を下げた。
「ええ…、私も同じく。イズイーク殿下、貴方の随獣は目覚めを拒否して身罷られたと聞きました。心よりお悔やみを申し上げますわ」
「…お気遣いいただき感謝します、パキラ王女」
洗脳の解放から数日が経ち、ダガットとは反対にイズイークの体調は日に日に快方に向かっている。顔や髪にも艶や血色が戻るも、目の下にはうっすらとクマが浮かび、目蓋は腫れぼったい。
ローディルが、彼にニルンの最期の言葉を伝えてからずっとこうで、イズイークが心を痛めているのが明らかだ。
「後程おばあ様も交えてのお話があるでしょうけれど、バルブロとメルバは手を取り合う必要があると思っておりますの。これまでも二国間の関係に問題ありませんでしたが、アルシュダが明確な悪意を持って私達の国を滅ぼそうとしているのであれば、協力して立ち向かわなくてはなりませんわ。口約束などではなく、きちんと文書に調印をした同盟関係でしてよ」
「それはこちらとしても申し分ないお話です、王女。メルバは現在、数日後に我が弟オルヴァルの即位を控える過渡期。ゲルゴルグの悪政からも回復しておりません。国力が盤石ではない中、貴国との同盟関係は願ったり叶ったりです」
イズイークの発言に、オルヴァルも力強く頷く。
「ふふ、嬉しいね、ローディル。僕達の主が仲良くなれそうで」
「うん!オルヴァルに味方が増えるの嬉しい」
「せっかく紡いだ縁だし、これからも仲良くしていきたいね。随獣としては先輩でもあるし、なんでも頼って欲しいな」
にこにこと満面の笑顔を浮かべて頷くローディルに、セヴィリスは目尻を下げて微笑む。甘い声色と表情に、オルヴァルの無理矢理吊り上がった口角がひくりと震える。
人間である自分に随獣に関する知識では助けになることはできないが、かと言って眼前で恋人がアプローチをかけられているのを黙って見過ごすこともできない。
第二王子は青年の腰に腕を回し、ぐっと己の方へと抱き寄せた。
「セヴィリス殿、お気遣いいただき感謝する。しかし、貴殿もお忙しい身かと。出来る限りは自分達で解決するので、ご心配なく」
オルヴァルの顔には変わらず笑みが張り付いていたが、声には明らかな棘が含まれていた。バルブロの随獣は頬杖をつき、応えるように挑発的に笑む。
両者の間に発生する見えない火花に、パキラ王女は再び「あらあら」と呟いたのだった。
これまでに起こった王族の醜聞とその真実。メルバ国内に蔓延っていた闇と、思うままに操っていた真犯人。そして国を支える随獣という人知を超えた存在の開示。長きに渡って国民へ困難を強いたことへの謝罪と、現王の退位と第二王子への譲位が知らされた。
広場に集められたパルティカの民に王の言葉が読み上げられ、他の領地の民へは各地に派遣された使者が向かい、数日の内には全国民に知れ渡ることとなる。
王は日を追うごとに衰弱していた。いつ消えるとも分からない命の灯を惜しむかのように、彼の息子たちは時間の許す限り父親の傍にいた。遠く離れていた時間を埋め合わせるかのように、最後の教えを授けるかのように、様々なことを語り合っている。
それから、隣国バルブロの女王ダルモーネが孫娘のパキラ王女を伴って慰問に訪れた。もちろん、彼女らの随獣であるセヴィリスとラズレイも一緒だ。
ダルモーネ女王は、ダガット王よりも年かさだったが、すっと伸びる美しい背筋は全く年齢を感じさせなかった。灰銀の長い髪を結い上げ、黄緑色の瞳は老いてなお輝きを失っていない。立ち振る舞いや雰囲気は威厳に満ち溢れていて、高貴なオーラに圧倒されてしまう。
女王の数歩後ろに佇むパキラ王女は可憐な花という表現がぴったりの女性だった。象牙のような滑らかな肌に、長い髪は緩やかなウェーブのかかった淡い青色。髪色と同じ長い睫毛が縁取るのは桃色の宝石のような瞳。窓から差し込む陽光を受ける姿は、神々しいとすら思えるほどの美貌だった。
彼らをダガット王の寝室で出迎えたのは、二人の息子とローディルだ。他国の王族にまみえるのが初めての青年は厳かな雰囲気に完全に呑まれて硬直していたが、見知った随獣の姿に少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
「今際と聞いていましたが、存外健勝のようですね、ダガット。安心しました」
「貴女に見えるとなれば、臥せってなどいられませんとも」
洗脳が解けて以来、一日の大半をベッドの上に体を預けて療養する王はどこからどう見ても元気ではない。発言の意図を分かりかねるオルヴァルだったが、王の返答に更に目を丸くした。
ローディルは会話の内容が理解できずとも、主君の何とも言い難い表情を目にして、忙しない視線を王と女王に交互に向けた。
室内には妙な空気が漂っていたが、ダルモーネ女王の頬を一筋の涙が流れたことで一変した。ゆったりと流れるような所作で寝台に腰を下ろした淑女は、ダガットの皺だらけの手を握った。
「……また一人、友がいなくなってしまうのね。いくら歳を重ねても、見送る立場には慣れないわ」
「儂もまさか、貴女に見送られることになるとは思いもしなかった。人生とはままならぬものだ」
「ええ、全くその通りね」
言葉を交わす二人の表情は優しく、互いに対する慈しみに溢れている。王と女王という肩書すらを超えた、純粋な友情が見て取れた。
「……覚えているかしら、幼い頃に一度連れて来たことがあるのだけれど。孫娘のパキラよ」
「お久しぶりでございます、ダガット陛下。パキラです」
祖母から紹介を受けたパキラはベッドに近づき、優雅な所作でドレスをつまんでお辞儀をした。ダガットが微笑み、頷く。
「ああ、もちろん覚えているとも。ダルモーネ女王の傍らで幼いながらもお利巧にしていた姿が印象的だったのでな。ダルモーネ女王に似て美姫になられた」
「恐縮ですわ、陛下」
ダガットに賛辞を贈られたパキラは、照れくさそうにぽっと頬を赤らめた。蕾が花開くような様子に、ローディルもついつい見惚れてしまう。
各自挨拶を交わした後、友人としての会話に花を咲かせる二人を残し、一行は客室へと移動した。ローディルが茶や菓子を給仕する。大鷲のラズレイは席に着かず、窓際で日向ぼっこをしている。
「まあ、随獣様自ら淹れてくださるなんて。ありがたく頂戴します」
「セヴィはお茶淹れたりしないのか?」
「しないねえ。僕、そういうのに関しては不器用だから。うん、おいしい。ローディルが淹れてくれたからかな?普段飲むやつよりもずっとおいしい」
「え、そう?いつもと同じだと思うけど…。バルブロでは違う茶葉使ってんのかな」
「ううん、同じだよ。でもローディルが淹れてくれると全然違う気がする」
茶を味わったセヴィリスは、ローディルににっこりと笑いかけた。茶を飲みながら頭に疑問符を浮かべ青年に、男はなおも笑顔で応えている。明らかな恋愛感情の矢印に、パキラは随獣二人に交互に視線を向け、あらあらと細い指を口元に近づけた。
ローディルの隣に座るオルヴァルも、口角を吊り上げた状態で沈黙を貫いた。本音を言えば内心穏やかではないし面白くもなかったが、青年とは先日に互いの気持ちを確かめ合い、恋人になったのだ。その優越感が、王子に少しだけ心の余裕を与えていた。
「貴国での子細はおばあ様やセヴィリスから伺っていますわ。バルブロの国民の間でもすっかり広まっておりますの。……まさか随獣という理外の存在がいて、私にも随獣がいて、それが大鷲のラズレイだなんて、正直今でも信じられませんわ」
「パキラ王女は僕のこと、女王お抱えの道化だと思ってたんだものねえ。それを聞いた時は笑いが止まらなかったよ」
「申し訳ないとは思っておりますのよ。でも貴方、いつもふらりと現れたかと思えば、いなくなるのも突然なんですもの」
二人の会話にメルバの兄弟王子は心の中で揃って、分かるとパキラに同意した。宝飾品をじゃらじゃらと身に纏った派手な風体は彼にとても似合っているのだが、あのダルモーネ女王の隣に立つにはいささか軽薄に思える。二人の年齢が離れているのもあり、事情を知らなければ愛人なのではないかと思ってしまいそうだ。
「驚いたのは俺達もです、パキラ王女。人にも獣にも変身できるなど、おとぎ話のような存在が現れただけでも理解が追いつかないと言うのに、随獣は王の半身などと…。ですが、腑に落ちた部分もあります。シシリハ殿を失った父上の豹変ぶり……ローディルを失ってしまったら、と考えるだけで俺も気が変になりそうです」
オルヴァルは、茶菓子を頬張るローディルに優しい眼差しを向けた。彼の口端についた食べ屑を指で取ってやる。
見るからに仲睦まじい二人に、パキラは表情を緩めたが、イズイークには眉尻を下げた。
「ええ…、私も同じく。イズイーク殿下、貴方の随獣は目覚めを拒否して身罷られたと聞きました。心よりお悔やみを申し上げますわ」
「…お気遣いいただき感謝します、パキラ王女」
洗脳の解放から数日が経ち、ダガットとは反対にイズイークの体調は日に日に快方に向かっている。顔や髪にも艶や血色が戻るも、目の下にはうっすらとクマが浮かび、目蓋は腫れぼったい。
ローディルが、彼にニルンの最期の言葉を伝えてからずっとこうで、イズイークが心を痛めているのが明らかだ。
「後程おばあ様も交えてのお話があるでしょうけれど、バルブロとメルバは手を取り合う必要があると思っておりますの。これまでも二国間の関係に問題ありませんでしたが、アルシュダが明確な悪意を持って私達の国を滅ぼそうとしているのであれば、協力して立ち向かわなくてはなりませんわ。口約束などではなく、きちんと文書に調印をした同盟関係でしてよ」
「それはこちらとしても申し分ないお話です、王女。メルバは現在、数日後に我が弟オルヴァルの即位を控える過渡期。ゲルゴルグの悪政からも回復しておりません。国力が盤石ではない中、貴国との同盟関係は願ったり叶ったりです」
イズイークの発言に、オルヴァルも力強く頷く。
「ふふ、嬉しいね、ローディル。僕達の主が仲良くなれそうで」
「うん!オルヴァルに味方が増えるの嬉しい」
「せっかく紡いだ縁だし、これからも仲良くしていきたいね。随獣としては先輩でもあるし、なんでも頼って欲しいな」
にこにこと満面の笑顔を浮かべて頷くローディルに、セヴィリスは目尻を下げて微笑む。甘い声色と表情に、オルヴァルの無理矢理吊り上がった口角がひくりと震える。
人間である自分に随獣に関する知識では助けになることはできないが、かと言って眼前で恋人がアプローチをかけられているのを黙って見過ごすこともできない。
第二王子は青年の腰に腕を回し、ぐっと己の方へと抱き寄せた。
「セヴィリス殿、お気遣いいただき感謝する。しかし、貴殿もお忙しい身かと。出来る限りは自分達で解決するので、ご心配なく」
オルヴァルの顔には変わらず笑みが張り付いていたが、声には明らかな棘が含まれていた。バルブロの随獣は頬杖をつき、応えるように挑発的に笑む。
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