くしゃみの獣は夜明けを運ぶ

XCX

文字の大きさ
99 / 107

98. ダルモーネとパキラ

しおりを挟む
 ローディル達が城に戻ると、ダガット王の名の下に布告が出されていた。
 これまでに起こった王族の醜聞とその真実。メルバ国内に蔓延っていた闇と、思うままに操っていた真犯人。そして国を支える随獣という人知を超えた存在の開示。長きに渡って国民へ困難を強いたことへの謝罪と、現王の退位と第二王子への譲位が知らされた。
 広場に集められたパルティカの民に王の言葉が読み上げられ、他の領地の民へは各地に派遣された使者が向かい、数日の内には全国民に知れ渡ることとなる。
 王は日を追うごとに衰弱していた。いつ消えるとも分からない命の灯を惜しむかのように、彼の息子たちは時間の許す限り父親の傍にいた。遠く離れていた時間を埋め合わせるかのように、最後の教えを授けるかのように、様々なことを語り合っている。
 それから、隣国バルブロの女王ダルモーネが孫娘のパキラ王女を伴って慰問に訪れた。もちろん、彼女らの随獣であるセヴィリスとラズレイも一緒だ。
 ダルモーネ女王は、ダガット王よりも年かさだったが、すっと伸びる美しい背筋は全く年齢を感じさせなかった。灰銀の長い髪を結い上げ、黄緑色の瞳は老いてなお輝きを失っていない。立ち振る舞いや雰囲気は威厳に満ち溢れていて、高貴なオーラに圧倒されてしまう。
 女王の数歩後ろに佇むパキラ王女は可憐な花という表現がぴったりの女性だった。象牙のような滑らかな肌に、長い髪は緩やかなウェーブのかかった淡い青色。髪色と同じ長い睫毛が縁取るのは桃色の宝石のような瞳。窓から差し込む陽光を受ける姿は、神々しいとすら思えるほどの美貌だった。
 彼らをダガット王の寝室で出迎えたのは、二人の息子とローディルだ。他国の王族にまみえるのが初めての青年は厳かな雰囲気に完全に呑まれて硬直していたが、見知った随獣の姿に少しだけ緊張が和らぐのを感じた。

「今際と聞いていましたが、存外健勝のようですね、ダガット。安心しました」
「貴女に見えるとなれば、臥せってなどいられませんとも」

 洗脳が解けて以来、一日の大半をベッドの上に体を預けて療養する王はどこからどう見ても元気ではない。発言の意図を分かりかねるオルヴァルだったが、王の返答に更に目を丸くした。
 ローディルは会話の内容が理解できずとも、主君の何とも言い難い表情を目にして、忙しない視線を王と女王に交互に向けた。
 室内には妙な空気が漂っていたが、ダルモーネ女王の頬を一筋の涙が流れたことで一変した。ゆったりと流れるような所作で寝台に腰を下ろした淑女は、ダガットの皺だらけの手を握った。

「……また一人、友がいなくなってしまうのね。いくら歳を重ねても、見送る立場には慣れないわ」
「儂もまさか、貴女に見送られることになるとは思いもしなかった。人生とはままならぬものだ」
「ええ、全くその通りね」

 言葉を交わす二人の表情は優しく、互いに対する慈しみに溢れている。王と女王という肩書すらを超えた、純粋な友情が見て取れた。

「……覚えているかしら、幼い頃に一度連れて来たことがあるのだけれど。孫娘のパキラよ」
「お久しぶりでございます、ダガット陛下。パキラです」

 祖母から紹介を受けたパキラはベッドに近づき、優雅な所作でドレスをつまんでお辞儀をした。ダガットが微笑み、頷く。

「ああ、もちろん覚えているとも。ダルモーネ女王の傍らで幼いながらもお利巧にしていた姿が印象的だったのでな。ダルモーネ女王に似て美姫になられた」
「恐縮ですわ、陛下」

 ダガットに賛辞を贈られたパキラは、照れくさそうにぽっと頬を赤らめた。蕾が花開くような様子に、ローディルもついつい見惚れてしまう。
 各自挨拶を交わした後、友人としての会話に花を咲かせる二人を残し、一行は客室へと移動した。ローディルが茶や菓子を給仕する。大鷲のラズレイは席に着かず、窓際で日向ぼっこをしている。

「まあ、随獣様自ら淹れてくださるなんて。ありがたく頂戴します」
「セヴィはお茶淹れたりしないのか?」
「しないねえ。僕、そういうのに関しては不器用だから。うん、おいしい。ローディルが淹れてくれたからかな?普段飲むやつよりもずっとおいしい」
「え、そう?いつもと同じだと思うけど…。バルブロでは違う茶葉使ってんのかな」
「ううん、同じだよ。でもローディルが淹れてくれると全然違う気がする」

 茶を味わったセヴィリスは、ローディルににっこりと笑いかけた。茶を飲みながら頭に疑問符を浮かべ青年に、男はなおも笑顔で応えている。明らかな恋愛感情の矢印に、パキラは随獣二人に交互に視線を向け、あらあらと細い指を口元に近づけた。
 ローディルの隣に座るオルヴァルも、口角を吊り上げた状態で沈黙を貫いた。本音を言えば内心穏やかではないし面白くもなかったが、青年とは先日に互いの気持ちを確かめ合い、恋人になったのだ。その優越感が、王子に少しだけ心の余裕を与えていた。

「貴国での子細はおばあ様やセヴィリスから伺っていますわ。バルブロの国民の間でもすっかり広まっておりますの。……まさか随獣という理外の存在がいて、私にも随獣がいて、それが大鷲のラズレイだなんて、正直今でも信じられませんわ」
「パキラ王女は僕のこと、女王お抱えの道化だと思ってたんだものねえ。それを聞いた時は笑いが止まらなかったよ」
「申し訳ないとは思っておりますのよ。でも貴方、いつもふらりと現れたかと思えば、いなくなるのも突然なんですもの」

 二人の会話にメルバの兄弟王子は心の中で揃って、分かるとパキラに同意した。宝飾品をじゃらじゃらと身に纏った派手な風体は彼にとても似合っているのだが、あのダルモーネ女王の隣に立つにはいささか軽薄に思える。二人の年齢が離れているのもあり、事情を知らなければ愛人なのではないかと思ってしまいそうだ。

「驚いたのは俺達もです、パキラ王女。人にも獣にも変身できるなど、おとぎ話のような存在が現れただけでも理解が追いつかないと言うのに、随獣は王の半身などと…。ですが、腑に落ちた部分もあります。シシリハ殿を失った父上の豹変ぶり……ローディルを失ってしまったら、と考えるだけで俺も気が変になりそうです」

 オルヴァルは、茶菓子を頬張るローディルに優しい眼差しを向けた。彼の口端についた食べ屑を指で取ってやる。
 見るからに仲睦まじい二人に、パキラは表情を緩めたが、イズイークには眉尻を下げた。

「ええ…、私も同じく。イズイーク殿下、貴方の随獣は目覚めを拒否して身罷られたと聞きました。心よりお悔やみを申し上げますわ」
「…お気遣いいただき感謝します、パキラ王女」

 洗脳の解放から数日が経ち、ダガットとは反対にイズイークの体調は日に日に快方に向かっている。顔や髪にも艶や血色が戻るも、目の下にはうっすらとクマが浮かび、目蓋は腫れぼったい。
 ローディルが、彼にニルンの最期の言葉を伝えてからずっとこうで、イズイークが心を痛めているのが明らかだ。

「後程おばあ様も交えてのお話があるでしょうけれど、バルブロとメルバは手を取り合う必要があると思っておりますの。これまでも二国間の関係に問題ありませんでしたが、アルシュダが明確な悪意を持って私達の国を滅ぼそうとしているのであれば、協力して立ち向かわなくてはなりませんわ。口約束などではなく、きちんと文書に調印をした同盟関係でしてよ」
「それはこちらとしても申し分ないお話です、王女。メルバは現在、数日後に我が弟オルヴァルの即位を控える過渡期。ゲルゴルグの悪政からも回復しておりません。国力が盤石ではない中、貴国との同盟関係は願ったり叶ったりです」

 イズイークの発言に、オルヴァルも力強く頷く。

「ふふ、嬉しいね、ローディル。僕達の主が仲良くなれそうで」
「うん!オルヴァルに味方が増えるの嬉しい」
「せっかく紡いだ縁だし、これからも仲良くしていきたいね。随獣としては先輩でもあるし、なんでも頼って欲しいな」

 にこにこと満面の笑顔を浮かべて頷くローディルに、セヴィリスは目尻を下げて微笑む。甘い声色と表情に、オルヴァルの無理矢理吊り上がった口角がひくりと震える。
 人間である自分に随獣に関する知識では助けになることはできないが、かと言って眼前で恋人がアプローチをかけられているのを黙って見過ごすこともできない。
 第二王子は青年の腰に腕を回し、ぐっと己の方へと抱き寄せた。

「セヴィリス殿、お気遣いいただき感謝する。しかし、貴殿もお忙しい身かと。出来る限りは自分達で解決するので、ご心配なく」

 オルヴァルの顔には変わらず笑みが張り付いていたが、声には明らかな棘が含まれていた。バルブロの随獣は頬杖をつき、応えるように挑発的に笑む。
 両者の間に発生する見えない火花に、パキラ王女は再び「あらあら」と呟いたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

【完結】火を吐く土の国の王子は、塔から来た調査官に灼熱の愛をそそぐ

月田朋
BL
「トウヤ様、長旅お疲れのことでしょう。首尾よくなによりでございます。――とはいえ油断なされるな。決してお声を発してはなりませんぞ!」」 塔からはるばる火吐国(ひはきこく)にやってきた銀髪の美貌の調査官トウヤは、副官のザミドからの小言を背に王宮をさまよう。 塔の加護のせいで無言を貫くトウヤが王宮の浴場に案内され出会ったのは、美しくも対照的な二人の王子だった。 太陽に称される金の髪をもつニト、月に称される漆黒の髪をもつヨミであった。 トウヤは、やがて王家の秘密へと足を踏み入れる。 灼熱の王子に愛され焦がされるのは、理性か欲か。 【ぶっきらぼう王子×銀髪美人調査官】

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...