くしゃみの獣は夜明けを運ぶ

XCX

文字の大きさ
101 / 107

100. 戴冠の夜①

しおりを挟む
 その日の夜、寝室に戻ってきたオルヴァルは、腕組みをしたローディルがベッドの上で眉間にシワを寄せて何やら考えこんでいるのに気が付いた。
 王の脳裏によぎったのは、即位式でのことだ。ローディルと恋仲でいたいがゆえに婚姻をしないと、王城関係者のみならず民衆にも高らかに宣言した。ローディル本人の意志を前もって確認せず、独断で決めたことだ。。
 もしかして気に病ませてしまったかもしれない、と一抹の不安を抱きながら、男は青年の傍に腰かけた。

「どうした、ローディル。難しい顔をして」
「……あのさ俺、オルヴァルが王様になることについてあんまり深く考えてなかったんだ。俺にとって一番大事なのは、オルヴァルが無事かどうかだから。でも、ふと思ったことがあって」
「ああ、なんだ?」
「ラルツレルナじゃなくて、パルティカで暮らすようになるんだよな?アサドもエミルもプリヤさんも。モルガンさんたちは来てくれるのか?」
「そうだな、俺達やアサド、エミルは確実にここに移ることになるな。プリヤとは雇用関係にあるから、金を積めばいてくれるかもしれない。モルガン殿たちもどうだろうな……彼らにもそれぞれ事情があるだろうから、全員がと言うのは難しいだろうな」
「そっかぁ…」

 オルヴァルのいる場所がローディルの居場所だ。そこがパルティカだろうがラルツレルナであろうが、変わらない。けれども、料理長のモルガンやユン、エルトワやラクダの母子、他にも仲良くなった人達と離れてしまうのは純粋に寂しい。

(セヴィやラズレイみたいに空を飛べていつでも会いに行けたらよかったけど、俺にはそんな力なかったんだよなあ……)

 オルヴァルは、しょぼくれる青年の名を呼び、己の膝の上に抱き上げた。体を密着させ、背中を優しく撫でて慰める。

「ローディルがそんな顔をしていると、俺まで悲しくなってしまう。辛いだろうが、馬を走らせればいつでも会いに行ける距離だ。今生の別れという訳でもない」
「うん…。オルヴァルも、本当は皆に来て欲しい?」
「そうだな。皆とは長きに渡って同じ屋敷の中で生活を共にしてきたし、働き者だったからな。彼らもパルティカに来てくれるのであれば、これ以上に心強いことはないとは思う」

 そう言ってオルヴァルは口角を吊り上げる。微笑みの奥に寂しさが垣間見える気がして、ローディルは王をぎゅうと抱きしめた。
 言葉もなく長い抱擁を交わし、体温の心地良さにまどろみかけていたローディルは名を呼ばれて目を開けた。

「この間話したことを覚えているか?恋人としてもう少し進みたい、と」
「うん、覚えてる。進むってどこ行くんだ?」

 無邪気な顔で首を傾げる青年に、男は苦笑を浮かべた。熟れた果実のように赤くふっくらとした唇を親指で撫でる。

「場所のことではないんだ。口づけや自慰──触り合いは数え切れないほどしただろう?その先の、より気持ちいい行為に進みたいと思っている」
「えっ、ジイよりも気持ちいいことがあるのか!?」

 ローディルは驚くと同時に、ぱあと顔を輝かせた。今すぐしたい、とでもばかりに身に着けているものを全て脱ぎ去ろうとする彼を、オルヴァルは慌てて制止する。

「待て待て。自分が何をされるか分かっているのか?」
「分かんない」
「何をされるか分からないのに、警戒心は抱かないのか?」
「うん。オルヴァルは俺が嫌がることしないって知ってるし。……気持ちいいことなのに警戒しなきゃいけないのか?」

 嘘のない真っ直ぐな青年に、新王は言葉に窮してしまう。
 触り合いでさえと呼ぶくらいだ。ローディルの性的知識は皆無と言っていい。この先自分が何をされるか皆目理解もしていないにも関わらず、己の恋人への全幅の信頼から何の疑問も持たずに身を委ねられて困惑してしまう。嬉しいのは嬉しい。だが、罪悪感は拭えない。

「……その、俺がしたい行為はローディルの体に負担を強いることになる。それをきちんと理解してから返事が欲しい」
「うん、分かった……」

 主人からの説明に、ローディルは不思議そうな顔をしている。頭の中がこんがらがっているのが手に取るようにわかる。

「ローディルは性交、もしくは交尾を知っているか?山の中で動物がしているのを見たり…」
「コービなら知ってる!オスがメスの上に乗っかって動いてるの、じいちゃんがコービだって教えてくれた」

 ローディルは朗らかに答えたが、オルヴァルは対照的に何とも言えない表情だ。同じ事柄について話しているのに、明らかな温度差を感じたのだ。
 しかし男はめげることなく話を続けた。

「その交尾を、俺はローディルとしたい」
「コービって、オスとメスがするもんじゃねえの?オルヴァルと俺、どっちもオスだけどできるのか?」

 オルヴァルの言葉にすぐにきょとんとした。彼の反応は予想の範囲内で、オルヴァルはもはや驚きもしなかった。

「ああ、男同士でも可能だ。男女では、男は女の膣に陰茎を挿入する。ここにあたる部分だ」
「ぅあ…っ!?」

 王の手が随獣の下腹をから更に下へと伝い、性器と肛門の間に到達する。会陰を指先でぐっと押された青年は、突然の刺激に体を震わせながら声を上げた。

「だが、男には膣がない。だから、男同士の性交はここを使う。ローディルのここに、俺の陰茎を挿入するんだ」

 オルヴァルは更に指を降下させて、その奥にある穴に布越しに触れた。恋人の僅かな反応も取りこぼさぬよう、食い入るように見つめる。

「…インケイってなに?」
「これだ。ローディルにも俺にもついている、雄の象徴」
「でも、オルヴァルのは俺よりも大きいよ。俺のお尻に入るのかな」
「傷ついたり傷んだりしないよう潤滑油を使って馴らすんだ。最初は圧迫感や違和感を覚えるかもしれないが……」

 妙な光景だった。絶えずあふれるローディルの疑問に、主人も静かに答える。
 表情からどういった感情を抱いているのかは窺えないが、少なくとも嫌悪感はないようで、オルヴァルは内心胸を撫で下ろした。

「でも気持ちいいの?ジイよりも?」
「ローディルは感度がいいから、性交でも十分快感を得られると思う。勿論俺も、ローディルが嫌だと思ったらすぐに止めるつもりだ」
「コービで、オルヴァルも気持ち良くなれる?」

 ああ、と王は頷く。

「じゃあ、する!俺、オルヴァルとコービしたい!」

 ローディルは、オルヴァルの返事に食い気味に言い放った。弾けるような満面の笑みを浮かべている。
 先程と変わらぬ様子で、今からしたい~とうきうきで服を脱ぐ青年に、彼の半身は呆気に取られてしまう。
 だがそれも束の間のことで、気づけばオルヴァルは声を上げて腹の底から笑っていた。随獣が首を傾げるのに気づくも、一度タガが外れてしまったものは簡単には治まらない。
 ローディルの言動はいつも突飛で予測不能だ。けれどもそこがいい。人間とは違うからこそ、彼の言動に何度も救われてきた。
 涙が出てくる程に笑った王は、乱れる呼吸を整えながら、己の恋人の頬を両手で包みこんだ。

「ローディルのそういうところが心底愛おしい。世界一愛している」

 そう言って、目の前の赤い唇を啄む。
 ローディルはパチパチと目を瞬かせたが、すぐに嬉しそうに頬を緩ませた。

「俺も。俺もオルヴァルのことが、世界で一番好き!」

 見惚れてしまう程に魅力的な眩い笑顔だった。
 オルヴァルは膝の上に恋人を乗せたまま立ち上がった。不安定な体勢に驚く青年が慌てた様子で男にしがみつく。
 ケラケラ笑い合う二人の姿は、浴室へと消えて行ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

【完結】火を吐く土の国の王子は、塔から来た調査官に灼熱の愛をそそぐ

月田朋
BL
「トウヤ様、長旅お疲れのことでしょう。首尾よくなによりでございます。――とはいえ油断なされるな。決してお声を発してはなりませんぞ!」」 塔からはるばる火吐国(ひはきこく)にやってきた銀髪の美貌の調査官トウヤは、副官のザミドからの小言を背に王宮をさまよう。 塔の加護のせいで無言を貫くトウヤが王宮の浴場に案内され出会ったのは、美しくも対照的な二人の王子だった。 太陽に称される金の髪をもつニト、月に称される漆黒の髪をもつヨミであった。 トウヤは、やがて王家の秘密へと足を踏み入れる。 灼熱の王子に愛され焦がされるのは、理性か欲か。 【ぶっきらぼう王子×銀髪美人調査官】

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...