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106. 夜明けは来たれり
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「イシュ=ヒシュ様によると、還った随獣が同じ記憶を持ったままもう一度生まれてくるのは初めてなんだって。イシュ=ヒシュ様もすごく驚いてた」
ニルンをつつがなくイズイークに引き合わせるという重大任務を果たしたからか、ローディルの気分は高揚していた。打合せを中断して休憩を取る王と王子のために準備された菓子を頬張っている。
その正面にはイズイークがニルンを膝の上に乗せて座っている。勧められた菓子を小さな両手に持っているが、あまり減っていない。どうやら胸がいっぱいで食が進まないらしい。
「僕…泉に還った後もずっと意識がはっきりしてたんだ。実体はないのに、考えるのはイズイークのことばかりで…。お別れの時、僕は眠ったままだけど、気持ちはすごく伝わってきた。こんなに優しくて大事な人に僕はなんてことをしてしまったんだろう。僕は随獣なのに向き合わずに逃げて最低だってまた後悔して…。また会いたいもう一度やり直したいってずっとずっと思ってたら、目の前にローディルがいて、僕もまだ信じられなくて……。あんなことをした僕がまたイズイークの随獣なんてふさわしくないのは分かってるけど…でも……」
心情を吐露する幼い随獣の目から大粒の涙が次から次へとあふれ出す。そんな半身を、イズイークは優しく抱きしめた。
「そんなことを言わないでくれ。次に生まれる随獣が私を選んでくれる確証も抱けなかったし、それに私の随獣はニルンしか考えられないと思っていたんだ。だから君をこの腕に取り戻せて、この上なく嬉しい。ニルンでなければいけないんだ」
「イズイーク、ごめんなさい…僕、泣いてばかりの情けない随獣で……」
「とんでもない。君の気持ちを正直に教えてくれて嬉しいよ。私だって君の半身としてはまだ至らないところばかりだ。謝らないでくれ」
イズイークは己の首にひしとしがみつく幼子の頭や背中を優しく撫でた。慰めるその顔には、蕩けそうな笑みが浮かんでいる。ニルンのことを愛おしいと思っているのが傍目にも分かる程だ。
互いを慈しみ合っているのが嬉しくて、ローディルの頬の緩みも止まらない。
「兄上、水を差すようで申し訳ないが、ニルンの名前は高官や貴族たちにも広く知られている。彼がゲルゴルグの甘言によって操られていたことは周知の事実だが、それでもニルンが戻ってきたことを不安に思う者たちも少なくないだろう。ニルンであることは伏せ、違う名前を名乗って別人とする方がいいのでは?」
オルヴァルの指摘に、途端に随獣二人の表情が曇る。
「オルヴァルの懸念は尤もだな。ニルン、君はどうしたい?上意下達で私が決めてしまうのではなく、ニルンの意志を尊重したい」
イズイークは頷いた後、幼い獣の目を覗きこんだ。突然意見を求められたニルンは不安そうに視線をあちこちにさまよわせた。何か言いたげに口が開かれては閉じられるのを眺めながら、王子は辛抱強く待った。
やがて意を決したように、大きな目はイズイークを真っ直ぐに見つめた。
「……イズイークや皆には迷惑をかけることになるけど、僕は自分を偽ったりしたくない。今僕がここにいるのは、贖罪のためだと思うんだ。だから違う名前を騙ってしまったら意味がなくなっちゃう」
「いいの?人の印象は簡単に変えられない。心無い言葉を投げかけられたり、不本意な扱いを受けるはずだよ。前の時よりもずっとずっと傷つくかもしれない」
「いい。僕はもう逃げないって決めたんだ。覚悟はできてる」
半身の脅しにも似た言葉にも、ニルンは一切怯まなかった。幼い容姿にそぐわない、決意に満ちた顔はとても美しく、ローディルは思わず見惚れてしまう。
目を潤ませたイズイークは、微笑みながら力強く頷いた。
「……うん、私ももう逃げない。困難な道でも、ニルンとならきっと乗り越えられる。一緒に頑張ろう」
そう言って男は随獣の額に己のそれを擦り付ける。小さく安堵の息を吐いたニルンは目を閉じ、頷いて応えた。
「俺も!俺も手伝う…っ!みんながもう、辛い思いをしないように、ぜんぶっ、全部守る…っ!」
二人に抱きついたローディルは、室内の誰よりも号泣していた。頬を涙でびしょびしょに濡らす姿に、イズイークもニルンも呆気に取られてしまう。だが子供は笑いを吹き出すと、服の袖で涙を拭ってやった。
「…うん、ありがとうローディル。頼りにさせてもらうね」
ニルンから慰めを受けるローディル。どっちが子供か分からない状態だ。なおも感極まって泣く青年の頭を、彼の主人が優しく撫でる。
「ローディルだけじゃない。勿論俺にも協力をさせてほしい。俺も、アビエナに対する印象を良くしたいと思っていて、目指すところは共通しているように思う。手を取り合って解決していこう」
長い時を経て、ようやくニルンに手が差し伸べられる。シシリハを失った直後は城全体が混乱に陥り、誰からの助けも得られなかった。けれど今はたくさんの味方がいる。
もう一度戻って来れて良かった、諦めなくて良かったとニルンはそう思った。こみ上げる涙をこらえ、彼は満面の笑みで頷いた。
********
それから幾年月を重ねて、アルシュダの女王ツェツェーリア死亡の報が届いた。悪政に耐えかねた民が蜂起し、女王を始めとした汚職高官たちを処刑。既に随獣に選ばれた者が指導者の地位についているとのことだった。
会談以来アルシュダからの手出しはなく、関わりもない。国が良い方向へ向かうことを切に願ってはいるが、彼女の壮絶な過去を知る側としては、何とも言えない後味の悪さが残る。せめて心安らかに眠りにつけるようにと、オルヴァルは彼女の心の安寧を強く願った。
「ニルン、早く早く!」
元気な声とともに一人の青年が階段を駆け下りてくる。メルバ国王オルヴァルの半身である随獣だ。陽に透ける金髪の髪は短く、目は紫色の虹彩の中に灰色とオレンジ色が混在している。
「待ってよローディル!足の長さが違うんだから、あっ…!」
ローディルの後を追うのは、メルバ国第一王子イズイークの随獣であるニルンだ。月日が過ぎて少年へと成長した。肩まである赤みの強い髪を一つに結び、丸い大きな目は緑色に灰色がかっている。
最後の数段を跳躍して下りようとしたニルンだったが、足先が段差に引っかかってしまう。バランスを欠いた体が空中で傾ぐ。
ローディルはあっと声を上げて駆け寄ろうとするも、少年の体が床に叩きつけられてしまう方が早いように見えた。衝撃に備えて目を閉じるニルンだったが、それは思ったよりも軽いものだった。
目を開けた少年が見上げた先には、眉間に深いシワの刻まれた神経質そうな顔。ニルンは宰相であるアサドによって抱き留められていた。
「危ないから階段や廊下は走ってはいけません、と常々言っているはずですが?」
「あ、あの、えっと…ごめんなさい」
「…まあ良いです。次からは気を付けるように」
怜悧な眼差しを向けられた少年は、さっと顔を青ざめさせた。怯える彼にアサドはふうと息を吐いて、優しく頭をなでてやる。それから、駆け寄って来る青年に注意を向けた。
「ニルン、大丈夫か!?アサド、助けてくれてありがとう」
「ローディル、貴方はニルンより年上なのですから、きちんと自覚と責任を持ちなさい。今回はたまたま私が近くにいたから良かったようなものの…」
「……はい、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
アサドから叱責を受けたローディルは、途端にしょんぼりと肩を落とした。人型にはあるはずのない獣の耳をぺたりと頭につける様子を気の毒に思いながら、ニルンは厳密に言えば自分の方が年上なのになと密かに思った。
体は小さいが、前世の記憶と精神を保持したままで再誕したのだ。本来であればローディルはニルンの後継だった。不思議な因果で逆転してしまったが。
「アサド、それくらいにしてやってくれ。ローディルも反省している」
上階から苦笑いを浮かべた美丈夫が現れた。メルバの国王オルヴァル。浅黒い肌にゆるやかな黒い巻き毛、両耳ではローディルから贈られた耳飾りが揺れる。筋肉のついた均整な体は服の上からでもよく分かる。
「ニルン、大丈夫かい?つまづくのが上から見えたから驚いたよ。怪我がなくて良かった」
その背後から姿を見せた男は、己の随獣の頬を撫でて無事を確認した。艶やかな銀色の長い髪をニルンとお揃いの髪留めで結い、暗い灰色の目の容姿端麗な男は王兄であるイズイーク第一王子だ。
「あれ、みんな勢揃いしてどうしたっすか?」
洗濯物の入ったかごを手に持ったエミルまで加わって、一層賑やかになる。
「ほら、前に伝えたでしょう。ローディルたちが陛下と殿下を伴って城下へ遊びに行くと」
「あーあれ、今日だったっすか。ローディルとニルン、すごく楽しみにしてたっすもんねえ。馴染みの店に連れ行くんだ~って」
エミルの発言に随獣二人は力強く頷く。政務で多忙を極める王たちとは違って自由の許されているローディルたちは、時には二人で、また時にはエミルやユンと一緒に城下へ繰り出していた。単なる遊びではなく、民の不満や実情を探る実地調査も兼ねている。
そしてようやく今日、激務の息抜きがてら遊びに行くことが実現したのだった。
「陛下たっての希望で護衛はつけていませんから、くれぐれもご注意くださいね。ローディルとニルン、頼みましたよ」
「うん、分かってる!」
「では、行ってくる」
元気な返事に、オルヴァルは微笑みながらアサドに頷いて見せた。出発する彼らの姿に疑問が生じ、宰相は主君を呼び止めた。
「陛下、肌隠しのための外套や手袋はお召しにならないのですか?」
違和感の正体はそれだった。
これまで、オルヴァルは人目の多い場所へ出向く際は蔑視の対象である浅黒い肌を徹底的に隠していた。しかし今は、民が身につけるような質素な服を纏っているだけだ。袖の長い薄手のモラグは着ているものの、顔や首、手は露わだ。
「ああ、必要ない。もう隠すのは辞めたんだ」
そう告げて、王は再び歩き出した。アサドの問いに答えたオルヴァルの笑顔は、見惚れてしまうくらいに晴れやかなものだった。
ニルンをつつがなくイズイークに引き合わせるという重大任務を果たしたからか、ローディルの気分は高揚していた。打合せを中断して休憩を取る王と王子のために準備された菓子を頬張っている。
その正面にはイズイークがニルンを膝の上に乗せて座っている。勧められた菓子を小さな両手に持っているが、あまり減っていない。どうやら胸がいっぱいで食が進まないらしい。
「僕…泉に還った後もずっと意識がはっきりしてたんだ。実体はないのに、考えるのはイズイークのことばかりで…。お別れの時、僕は眠ったままだけど、気持ちはすごく伝わってきた。こんなに優しくて大事な人に僕はなんてことをしてしまったんだろう。僕は随獣なのに向き合わずに逃げて最低だってまた後悔して…。また会いたいもう一度やり直したいってずっとずっと思ってたら、目の前にローディルがいて、僕もまだ信じられなくて……。あんなことをした僕がまたイズイークの随獣なんてふさわしくないのは分かってるけど…でも……」
心情を吐露する幼い随獣の目から大粒の涙が次から次へとあふれ出す。そんな半身を、イズイークは優しく抱きしめた。
「そんなことを言わないでくれ。次に生まれる随獣が私を選んでくれる確証も抱けなかったし、それに私の随獣はニルンしか考えられないと思っていたんだ。だから君をこの腕に取り戻せて、この上なく嬉しい。ニルンでなければいけないんだ」
「イズイーク、ごめんなさい…僕、泣いてばかりの情けない随獣で……」
「とんでもない。君の気持ちを正直に教えてくれて嬉しいよ。私だって君の半身としてはまだ至らないところばかりだ。謝らないでくれ」
イズイークは己の首にひしとしがみつく幼子の頭や背中を優しく撫でた。慰めるその顔には、蕩けそうな笑みが浮かんでいる。ニルンのことを愛おしいと思っているのが傍目にも分かる程だ。
互いを慈しみ合っているのが嬉しくて、ローディルの頬の緩みも止まらない。
「兄上、水を差すようで申し訳ないが、ニルンの名前は高官や貴族たちにも広く知られている。彼がゲルゴルグの甘言によって操られていたことは周知の事実だが、それでもニルンが戻ってきたことを不安に思う者たちも少なくないだろう。ニルンであることは伏せ、違う名前を名乗って別人とする方がいいのでは?」
オルヴァルの指摘に、途端に随獣二人の表情が曇る。
「オルヴァルの懸念は尤もだな。ニルン、君はどうしたい?上意下達で私が決めてしまうのではなく、ニルンの意志を尊重したい」
イズイークは頷いた後、幼い獣の目を覗きこんだ。突然意見を求められたニルンは不安そうに視線をあちこちにさまよわせた。何か言いたげに口が開かれては閉じられるのを眺めながら、王子は辛抱強く待った。
やがて意を決したように、大きな目はイズイークを真っ直ぐに見つめた。
「……イズイークや皆には迷惑をかけることになるけど、僕は自分を偽ったりしたくない。今僕がここにいるのは、贖罪のためだと思うんだ。だから違う名前を騙ってしまったら意味がなくなっちゃう」
「いいの?人の印象は簡単に変えられない。心無い言葉を投げかけられたり、不本意な扱いを受けるはずだよ。前の時よりもずっとずっと傷つくかもしれない」
「いい。僕はもう逃げないって決めたんだ。覚悟はできてる」
半身の脅しにも似た言葉にも、ニルンは一切怯まなかった。幼い容姿にそぐわない、決意に満ちた顔はとても美しく、ローディルは思わず見惚れてしまう。
目を潤ませたイズイークは、微笑みながら力強く頷いた。
「……うん、私ももう逃げない。困難な道でも、ニルンとならきっと乗り越えられる。一緒に頑張ろう」
そう言って男は随獣の額に己のそれを擦り付ける。小さく安堵の息を吐いたニルンは目を閉じ、頷いて応えた。
「俺も!俺も手伝う…っ!みんながもう、辛い思いをしないように、ぜんぶっ、全部守る…っ!」
二人に抱きついたローディルは、室内の誰よりも号泣していた。頬を涙でびしょびしょに濡らす姿に、イズイークもニルンも呆気に取られてしまう。だが子供は笑いを吹き出すと、服の袖で涙を拭ってやった。
「…うん、ありがとうローディル。頼りにさせてもらうね」
ニルンから慰めを受けるローディル。どっちが子供か分からない状態だ。なおも感極まって泣く青年の頭を、彼の主人が優しく撫でる。
「ローディルだけじゃない。勿論俺にも協力をさせてほしい。俺も、アビエナに対する印象を良くしたいと思っていて、目指すところは共通しているように思う。手を取り合って解決していこう」
長い時を経て、ようやくニルンに手が差し伸べられる。シシリハを失った直後は城全体が混乱に陥り、誰からの助けも得られなかった。けれど今はたくさんの味方がいる。
もう一度戻って来れて良かった、諦めなくて良かったとニルンはそう思った。こみ上げる涙をこらえ、彼は満面の笑みで頷いた。
********
それから幾年月を重ねて、アルシュダの女王ツェツェーリア死亡の報が届いた。悪政に耐えかねた民が蜂起し、女王を始めとした汚職高官たちを処刑。既に随獣に選ばれた者が指導者の地位についているとのことだった。
会談以来アルシュダからの手出しはなく、関わりもない。国が良い方向へ向かうことを切に願ってはいるが、彼女の壮絶な過去を知る側としては、何とも言えない後味の悪さが残る。せめて心安らかに眠りにつけるようにと、オルヴァルは彼女の心の安寧を強く願った。
「ニルン、早く早く!」
元気な声とともに一人の青年が階段を駆け下りてくる。メルバ国王オルヴァルの半身である随獣だ。陽に透ける金髪の髪は短く、目は紫色の虹彩の中に灰色とオレンジ色が混在している。
「待ってよローディル!足の長さが違うんだから、あっ…!」
ローディルの後を追うのは、メルバ国第一王子イズイークの随獣であるニルンだ。月日が過ぎて少年へと成長した。肩まである赤みの強い髪を一つに結び、丸い大きな目は緑色に灰色がかっている。
最後の数段を跳躍して下りようとしたニルンだったが、足先が段差に引っかかってしまう。バランスを欠いた体が空中で傾ぐ。
ローディルはあっと声を上げて駆け寄ろうとするも、少年の体が床に叩きつけられてしまう方が早いように見えた。衝撃に備えて目を閉じるニルンだったが、それは思ったよりも軽いものだった。
目を開けた少年が見上げた先には、眉間に深いシワの刻まれた神経質そうな顔。ニルンは宰相であるアサドによって抱き留められていた。
「危ないから階段や廊下は走ってはいけません、と常々言っているはずですが?」
「あ、あの、えっと…ごめんなさい」
「…まあ良いです。次からは気を付けるように」
怜悧な眼差しを向けられた少年は、さっと顔を青ざめさせた。怯える彼にアサドはふうと息を吐いて、優しく頭をなでてやる。それから、駆け寄って来る青年に注意を向けた。
「ニルン、大丈夫か!?アサド、助けてくれてありがとう」
「ローディル、貴方はニルンより年上なのですから、きちんと自覚と責任を持ちなさい。今回はたまたま私が近くにいたから良かったようなものの…」
「……はい、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
アサドから叱責を受けたローディルは、途端にしょんぼりと肩を落とした。人型にはあるはずのない獣の耳をぺたりと頭につける様子を気の毒に思いながら、ニルンは厳密に言えば自分の方が年上なのになと密かに思った。
体は小さいが、前世の記憶と精神を保持したままで再誕したのだ。本来であればローディルはニルンの後継だった。不思議な因果で逆転してしまったが。
「アサド、それくらいにしてやってくれ。ローディルも反省している」
上階から苦笑いを浮かべた美丈夫が現れた。メルバの国王オルヴァル。浅黒い肌にゆるやかな黒い巻き毛、両耳ではローディルから贈られた耳飾りが揺れる。筋肉のついた均整な体は服の上からでもよく分かる。
「ニルン、大丈夫かい?つまづくのが上から見えたから驚いたよ。怪我がなくて良かった」
その背後から姿を見せた男は、己の随獣の頬を撫でて無事を確認した。艶やかな銀色の長い髪をニルンとお揃いの髪留めで結い、暗い灰色の目の容姿端麗な男は王兄であるイズイーク第一王子だ。
「あれ、みんな勢揃いしてどうしたっすか?」
洗濯物の入ったかごを手に持ったエミルまで加わって、一層賑やかになる。
「ほら、前に伝えたでしょう。ローディルたちが陛下と殿下を伴って城下へ遊びに行くと」
「あーあれ、今日だったっすか。ローディルとニルン、すごく楽しみにしてたっすもんねえ。馴染みの店に連れ行くんだ~って」
エミルの発言に随獣二人は力強く頷く。政務で多忙を極める王たちとは違って自由の許されているローディルたちは、時には二人で、また時にはエミルやユンと一緒に城下へ繰り出していた。単なる遊びではなく、民の不満や実情を探る実地調査も兼ねている。
そしてようやく今日、激務の息抜きがてら遊びに行くことが実現したのだった。
「陛下たっての希望で護衛はつけていませんから、くれぐれもご注意くださいね。ローディルとニルン、頼みましたよ」
「うん、分かってる!」
「では、行ってくる」
元気な返事に、オルヴァルは微笑みながらアサドに頷いて見せた。出発する彼らの姿に疑問が生じ、宰相は主君を呼び止めた。
「陛下、肌隠しのための外套や手袋はお召しにならないのですか?」
違和感の正体はそれだった。
これまで、オルヴァルは人目の多い場所へ出向く際は蔑視の対象である浅黒い肌を徹底的に隠していた。しかし今は、民が身につけるような質素な服を纏っているだけだ。袖の長い薄手のモラグは着ているものの、顔や首、手は露わだ。
「ああ、必要ない。もう隠すのは辞めたんだ」
そう告げて、王は再び歩き出した。アサドの問いに答えたオルヴァルの笑顔は、見惚れてしまうくらいに晴れやかなものだった。
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るん様、感想いただきありがとうございます!
長い期間かけて書いた作品なので、素晴らしいと言っていただけて感無量です!
ローディル自身も傷を負っていますが、半分獣だからこそ明るくいられるのだと思います。隋獣としてこれからもたくさんの人々を元気づけると思います。
番外編を書いているのですがペースがまったりなので、もう少しお待たせするかと思います。なるべく早く公開できたらと思っていますので、お待ちいただけますと幸いです!