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case1 心の弱さ

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 人はとことん無力で、法なんて無意味だ。俺は、弟の事件以前からずっとそう思っていた。
 
 とりあえず俺は、秤君が見てきた事件の話を元に、俺が生きてきた世界とこの世界との違いを確かめてみた。


 元の世界には我が子を虐待している親なんてごまんといた。虐待のニュースなんてしょっちゅう見ていた気がする。
 それでも表沙汰にならないだけで、実際はもっと多くの悲惨な家庭があるんだろうと思っていた。

 この世界では、性教育や教育学について幼い頃から学習する機会が多く、子育てをする家庭や子供に対しての支援が非常に手厚い。
 その為か、子供は護り溢れんばかりの愛情を持って育てるという意識が非常に高い。この世界の制度もあり、必然的に虐待による被害は少ない。
 だが、少ないというだけでこの世界でも虐待は存在する。


 先日逮捕された20代前半の母親の話。秤君曰くは、数年ぶりの虐待事件だったらしい。

 夫も頼れる親族もいなくて、たった一人で育てていたらしい。生後間もなく、泣き止まないからと頬を平手打ちしたのが始まりだった。
 暴力はエスカレートする一方で、家にはゴミが溢れ、赤ん坊はミルクも貰えずオムツも汚れ放題。ついに瀕死の状態に陥った時に事が発覚した。

 母親が外出した際、近所の住民により通報があった。罪の意識からか、母親の頭上に赤いポインターがあったらしい。
 ずっと人目を避け、外部の人間との接触を遮断する生活。誰の助けも求めず、たった一人で育てているという孤独感。

 よく耳にした状況だ。だから? その状況がどうしたんだよ。
 この状況に陥った母親に同情する人間はこの世界にはいない。母親を擁護するようなことがあれば、傷つけられてしまった赤ん坊が報われない。
 ましてやこの手厚い支援が得られる世界で、知らぬという事が罪になるこの世界で、誰も母親に同情などしない。

-頼るものなんてなかった―
-支援なんて知らなかった-

 この世界でそんなことはあり得ないだろう。言い訳が事実だったとして、無知は大罪とはよく言ったもんだ。

-まだまだ遊びたかった-
-思い通りになってくれない-

 心が弱いと、責任感を棄てて他人を傷つけてしまえるんだろうか。置かれた状況の所為にして、自分可愛さが先立つんだろうか。
 この母親は刑務所で30年間、我が子が味わった苦痛を体験し続けるそうだ。
 看守から毎日、赤ん坊にしたのと同じように扱われる。厳しいようだが、妥当だと思った。
 こんな母親が数年で反省もせず出てきてまた子供を産んだら、また同じ事を繰り返すんじゃないか。あっちの世界では、虐待のニュースを見る度に思っていた。
 30年も経てば子供も簡単には授からず、同じ悲劇が繰り返されずに済むじゃないか。頭上にはずっと、判決を受ける際に変色されるオレンジのポインターが表示される。さらに再犯は難しくなるだろうな。

 この国は理想的だけど、それでも完璧じゃないんだ。そんな夢みたいな世界があるはずはないんだ。
 どんな世界でもいろんな人間が存在するから。だけど、この国では犯罪に見合った罰を与えることができる。

 傷つけられたもの、壊されたもの、殺されてしまったものは元には戻らない。だが、相応の罰を与らえることで多少は心が軽くなるんじゃないか。
 全ての被害者や遺族が納得できる訳では無いだろうけど、元居たあの世界よりは幾分かマシに思える。

 駿、お前の命を奪った奴にも──






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公平きみひら 駿しゅん
年齢:18歳、身長:172cm
主人公の弟。大学入学を目前に薬物中毒者の争いに巻き込まれ殺害された。
趣味:ギター
一人称:僕
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