婚約破棄された醜聞の王子は大好きな令嬢を諦められない

石丸める

文字の大きさ
1 / 3

1 ありえない婚約者

しおりを挟む
「君との婚約は破棄させてもらう!」

「ええ!望むところよ!!」

 脅し半分で叩きつけた婚約破棄は、それを上回る勢いで返ってきて、公爵令息は目を丸くして、たじろいだ。
 まさかこんな些細なことで、令嬢自らも婚約破棄を望むとは、予想外だったらしい。しおらしく落ち込むだろうとタカを括っていた分、令息はショックでよろめいた。

 クラリス・オルコット侯爵令嬢は仁王立ちして、こちらをまっすぐに睨んでいる。見たことがないほど、毅然と怒りを露わにしていた。その手には、小さな犬が抱かれている。

「か弱いワンコを足蹴にするような男、こっちから願い下げだわ!」
「な、なんだと!僕が動物嫌いなのは知ってるだろう!?その犬が勝手に近寄ってきたから、どけただけじゃないか!」

 今まで動物の好き嫌いで何度か衝突はしたが、お茶会に紛れ込んだ子犬を令息が足蹴にしたことで、クラリスの怒りは爆発し、それに逆ギレした令息の売り言葉は、クラリスの買い言葉で実現に至ってしまった。
 高貴な家柄の子女が集まる学園のお茶会は、水を打ったように静まりかえった。


 ベルフィールド侯爵家にて。

「はぁ~~」

 父親の長いため息を、クラリスは横目で見る。

「クラリスよ……公爵家と婚約破棄だなんて。もう各家に噂が回って、大騒ぎだよ」
「だってお父様。向こうから言い出しましたのよ?それにお父様は、結婚しても犬と一緒に暮らしたいという、私の夢を知っているでしょ?あんな動物嫌いの男、伴侶として最初から不適合でしたのよ!」

 クラリスは自宅の大きなもふもふ犬を抱きしめながら、憤慨している。

「ワンコを蹴るなんて、人としてあり得ない!」

 その怒りの勢いに、父は諦めて肩を落とす。

 クラリスは聡明で見目も美しい令嬢と、社交界でも評判の自慢の愛娘であるが、度を超えた犬好きと、毅然とした意思の強さには、父もほとほと困っていた。
 否と言ったら断固否だし、理論で筋を通してくる分、反論のしようが無い。

「しかしクラリス。婚約破棄はこれで2人目だよ?しかも1人目は……」
「王太子のことですね。お父様はあの事件を、許すべきだったと?」
「あ、いや、それは……」
「それこそ、人としてありえない所業でしたよね?」
「う、うーん……」

 父が弱った隙に、クラリスはもふもふ犬を連れて、庭に駆け出した。

「私、お散歩に行ってきますわ!」


 庭でワンコと戯れながら、クラリスは幸せな気持ちに満ちていた。

「ああ、やっぱりワンコが好き。こんなに可愛くて、賢くて、もふもふなんですもの。私はね、婚約の失敗が続いて、もう人間の男が嫌になってしまいそうよ」

 首を傾げるワンコの額にキスをしながら、クラリスは子供の頃の記憶を思い出していた。


 父の勤め先である宮廷に遊びに行ったあの日。

 6歳だったクラリスは中庭の池に落ちて溺れたところを、警備にあたっていた軍用犬に助けられた。あと一歩遅ければ、自分は溺れ死んでいたかもしれない。命の恩犬である大きな犬が忘れられず、ずっと心の中で慕っているのだ。
 銀色の毛に深い青の瞳が美しい犬が、自身の襟首を噛み掴んで引き上げる力強さ……思い出すだけで胸がときめいて、それは好きを通り越した熱恋だった。
 以来、クラリスは無類の犬好きとなったが、あの恩犬は宮廷から辺境の警備に移動してしまったらしく、あれから2度と会えなかった。

「はぁ……あんなに美しくて格好いいワンコ……人間じゃ敵わないわ」

 犬に溢す、犬への悲恋の嘆きは、重症だった。


 数日後。
 クラリスはまたしても、仁王立ちで怒っていた。

「婚約の、再度申し入れ!?」

 ワナワナと震える娘の怒りに、父親は誤魔化すように目を逸らす。

「う~ん。どうやら君と公爵家との婚約破棄を、王室の関係者が聞きつけたみたいで。再度、王太子と婚約をしてほしいと……」
「あの、アシュリー王子と!?」
「う、うん」
「嫌ですわ!あんな事件があったのに、同じ相手と2度も婚約するなんて!」

 父はまあまあ、とクラリスをなだめる。

「あの事件は子供の頃だったし、王太子殿下も立派に成長されて、きっと昔のことを後悔しているよ」

 クラリスはありえない、と首を振る。

「私があの池に落ちて溺れている間、アシュリー王子は恐怖のあまり逃げ出して、誰にも助けを求めずに隠れたのですよ?しかも、その後も無視を続けて、一言の謝罪も無く!」
「う、うん。確かに……でも」
「それに世間であの王子が何と噂されているか、ご存知でしょう?」
「オホン、え~と」
「銀箔の王子、ですわ。見目が良いのは上辺だけで、ペラペラの箔のようだって。王族らしい銀髪と顔だけは美しいけれど、中身は人見知りのコミュ障で、女嫌い。しかも引き籠もりですって。婚約者として、最悪ですわ!」

 父は弁解もできずに、手を合わせて拝んだ。

「クラリスよ、ご尤もだ!だが、雇い主である王家から頼まれた、私の立場も考えてほしい。せめて一度会ってはくれないか!ひと目でもいい!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

次に貴方は、こう言うのでしょう?~婚約破棄を告げられた令嬢は、全て想定済みだった~

キョウキョウ
恋愛
「おまえとの婚約は破棄だ。俺は、彼女と一緒に生きていく」  アンセルム王子から婚約破棄を告げられたが、公爵令嬢のミレイユは微笑んだ。  睨むような視線を向けてくる婚約相手、彼の腕の中で震える子爵令嬢のディアヌ。怒りと軽蔑の視線を向けてくる王子の取り巻き達。  婚約者の座を奪われ、冤罪をかけられようとしているミレイユ。だけど彼女は、全く慌てていなかった。  なぜなら、かつて愛していたアンセルム王子の考えを正しく理解して、こうなることを予測していたから。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...