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2 挙動不審の王子様

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 父の懇願に負けて、クラリスは馬車の中にいた。
 ひと目でいいと言うのなら、義務的に会うだけだ。
 あの池ぽちゃ事件の弁解が一言でも聞けるなら、自分の中のわだかまりも無くなるかもしれない。

「だけど絶対、婚約なんてありえない……」


 そう頑なに心に決めたクラリスは、明るい金色の長い髪に映える水色のドレスを纏い、素敵なお嬢様として宮廷の中庭に現れたが、眉間は疑心を露わに、顰めている。

 目前には、十数年ぶりに会うアシュリー王太子が、お付きの者を連れて立っている。

 なるほど。噂通り、見かけだけは見事に美しい。銀色の髪も、整った顔も、すらりとした身体も。高貴な服が良く似合っている。
 だが……顔はそっぽを向くように斜めに構えて、クラリスを見ない。

「お久しぶりです、アシュリー王太子殿下。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

 丁寧に挨拶をするクラリスに、和かな笑顔を向けているのは、お付きの者だけだ。

「クラリス様。お初にお目にかかります。私はアシュリー王子に仕える執事のロイです」

 噂に聞く、アシュリー王子がいつも側に置いている、優秀な世話係らしい。物腰が柔らかく愛想があって、王子よりよほど話しやすそうだ。

 中庭の薔薇を眺めながら、クラリスはアシュリー王子の横に並んで歩くが、王子はやはり、こちらを見ようともしない。人見知りのコミュ障で、女嫌いという噂は本当らしい。立場上、世継ぎのために結婚は必須だろうが、あまりにも存在を無視されて、クラリスは改めて失望していた。不躾だった子供の頃と、何ら変わらない。

 だが咲き誇る薔薇は芳しく、クラリスは思わず笑顔になる。

「見事な薔薇ですわね。綺麗……」

 うっとりとして、薔薇から顔を上げると、アシュリー王子と初めて目が合った。一見冷たく見える青い瞳には深い煌めきがあって、クラリスはドキリとする。すぐに目を逸らされてしまったが、一瞬見惚れてしまった自分を軽率に感じて、クラリスも目を逸らした。

 無音になる空間を和ませるように、ロイが説明してくれる。

「こちらの薔薇は東の国から輸入した、新種なんですよ」
「まあ。遠方の国との国交が成功して、貿易が盛んになったというのは本当でしたのね」
「ええ。アシュリー王子は語学と歴史学に長けており、他国との交渉の橋渡しをしてくださるので」
「え!?」

 意外な仕事ぶりを聞いて、クラリスは思わずアシュリー王子を凝視してしまう。コミュ障なのに!?と叫んでしまうところだった。
 アシュリー王子はクラリスに見つめられて照れているのか、顔を赤らめて、視線の置き場所に困っていた。

(何?可愛い……?)

 クラリスの心に迷い言が浮かんで、首を振る。
(いやいや、見目に惑わされてるから)
 あまりに麗しい外見だからか、さっきから胸の奥で鼓動が騒いでいる。

 ロイが紅茶を用意してくれて、テラスのテーブル席に着いたクラリスはほっとした。ひとまず、混乱する気持ちを落ち着けられる。

 少し距離を取って横に座るアシュリー王子の、茶器を手に取る所作は美しい。引き籠もりなのに、さすがに作法は叩き込まれているのだろうか。
 木漏れ日の中、アシュリー王子に魅入りながらクラリスが紅茶を口元に近づけたその時、思わぬ事が起きた。

 アシュリー王子が突然にこちらを振り向き、美しい瞳でクラリスを直視したかと思いきや、立ち上がり、クラリスの持っていたティーカップを取り上げて、凄い早さで茂みに投げ入れたのだ。

「えっ」
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