2 / 3
2 挙動不審の王子様
しおりを挟む
父の懇願に負けて、クラリスは馬車の中にいた。
ひと目でいいと言うのなら、義務的に会うだけだ。
あの池ぽちゃ事件の弁解が一言でも聞けるなら、自分の中のわだかまりも無くなるかもしれない。
「だけど絶対、婚約なんてありえない……」
そう頑なに心に決めたクラリスは、明るい金色の長い髪に映える水色のドレスを纏い、素敵なお嬢様として宮廷の中庭に現れたが、眉間は疑心を露わに、顰めている。
目前には、十数年ぶりに会うアシュリー王太子が、お付きの者を連れて立っている。
なるほど。噂通り、見かけだけは見事に美しい。銀色の髪も、整った顔も、すらりとした身体も。高貴な服が良く似合っている。
だが……顔はそっぽを向くように斜めに構えて、クラリスを見ない。
「お久しぶりです、アシュリー王太子殿下。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
丁寧に挨拶をするクラリスに、和かな笑顔を向けているのは、お付きの者だけだ。
「クラリス様。お初にお目にかかります。私はアシュリー王子に仕える執事のロイです」
噂に聞く、アシュリー王子がいつも側に置いている、優秀な世話係らしい。物腰が柔らかく愛想があって、王子よりよほど話しやすそうだ。
中庭の薔薇を眺めながら、クラリスはアシュリー王子の横に並んで歩くが、王子はやはり、こちらを見ようともしない。人見知りのコミュ障で、女嫌いという噂は本当らしい。立場上、世継ぎのために結婚は必須だろうが、あまりにも存在を無視されて、クラリスは改めて失望していた。不躾だった子供の頃と、何ら変わらない。
だが咲き誇る薔薇は芳しく、クラリスは思わず笑顔になる。
「見事な薔薇ですわね。綺麗……」
うっとりとして、薔薇から顔を上げると、アシュリー王子と初めて目が合った。一見冷たく見える青い瞳には深い煌めきがあって、クラリスはドキリとする。すぐに目を逸らされてしまったが、一瞬見惚れてしまった自分を軽率に感じて、クラリスも目を逸らした。
無音になる空間を和ませるように、ロイが説明してくれる。
「こちらの薔薇は東の国から輸入した、新種なんですよ」
「まあ。遠方の国との国交が成功して、貿易が盛んになったというのは本当でしたのね」
「ええ。アシュリー王子は語学と歴史学に長けており、他国との交渉の橋渡しをしてくださるので」
「え!?」
意外な仕事ぶりを聞いて、クラリスは思わずアシュリー王子を凝視してしまう。コミュ障なのに!?と叫んでしまうところだった。
アシュリー王子はクラリスに見つめられて照れているのか、顔を赤らめて、視線の置き場所に困っていた。
(何?可愛い……?)
クラリスの心に迷い言が浮かんで、首を振る。
(いやいや、見目に惑わされてるから)
あまりに麗しい外見だからか、さっきから胸の奥で鼓動が騒いでいる。
ロイが紅茶を用意してくれて、テラスのテーブル席に着いたクラリスはほっとした。ひとまず、混乱する気持ちを落ち着けられる。
少し距離を取って横に座るアシュリー王子の、茶器を手に取る所作は美しい。引き籠もりなのに、さすがに作法は叩き込まれているのだろうか。
木漏れ日の中、アシュリー王子に魅入りながらクラリスが紅茶を口元に近づけたその時、思わぬ事が起きた。
アシュリー王子が突然にこちらを振り向き、美しい瞳でクラリスを直視したかと思いきや、立ち上がり、クラリスの持っていたティーカップを取り上げて、凄い早さで茂みに投げ入れたのだ。
「えっ」
ひと目でいいと言うのなら、義務的に会うだけだ。
あの池ぽちゃ事件の弁解が一言でも聞けるなら、自分の中のわだかまりも無くなるかもしれない。
「だけど絶対、婚約なんてありえない……」
そう頑なに心に決めたクラリスは、明るい金色の長い髪に映える水色のドレスを纏い、素敵なお嬢様として宮廷の中庭に現れたが、眉間は疑心を露わに、顰めている。
目前には、十数年ぶりに会うアシュリー王太子が、お付きの者を連れて立っている。
なるほど。噂通り、見かけだけは見事に美しい。銀色の髪も、整った顔も、すらりとした身体も。高貴な服が良く似合っている。
だが……顔はそっぽを向くように斜めに構えて、クラリスを見ない。
「お久しぶりです、アシュリー王太子殿下。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
丁寧に挨拶をするクラリスに、和かな笑顔を向けているのは、お付きの者だけだ。
「クラリス様。お初にお目にかかります。私はアシュリー王子に仕える執事のロイです」
噂に聞く、アシュリー王子がいつも側に置いている、優秀な世話係らしい。物腰が柔らかく愛想があって、王子よりよほど話しやすそうだ。
中庭の薔薇を眺めながら、クラリスはアシュリー王子の横に並んで歩くが、王子はやはり、こちらを見ようともしない。人見知りのコミュ障で、女嫌いという噂は本当らしい。立場上、世継ぎのために結婚は必須だろうが、あまりにも存在を無視されて、クラリスは改めて失望していた。不躾だった子供の頃と、何ら変わらない。
だが咲き誇る薔薇は芳しく、クラリスは思わず笑顔になる。
「見事な薔薇ですわね。綺麗……」
うっとりとして、薔薇から顔を上げると、アシュリー王子と初めて目が合った。一見冷たく見える青い瞳には深い煌めきがあって、クラリスはドキリとする。すぐに目を逸らされてしまったが、一瞬見惚れてしまった自分を軽率に感じて、クラリスも目を逸らした。
無音になる空間を和ませるように、ロイが説明してくれる。
「こちらの薔薇は東の国から輸入した、新種なんですよ」
「まあ。遠方の国との国交が成功して、貿易が盛んになったというのは本当でしたのね」
「ええ。アシュリー王子は語学と歴史学に長けており、他国との交渉の橋渡しをしてくださるので」
「え!?」
意外な仕事ぶりを聞いて、クラリスは思わずアシュリー王子を凝視してしまう。コミュ障なのに!?と叫んでしまうところだった。
アシュリー王子はクラリスに見つめられて照れているのか、顔を赤らめて、視線の置き場所に困っていた。
(何?可愛い……?)
クラリスの心に迷い言が浮かんで、首を振る。
(いやいや、見目に惑わされてるから)
あまりに麗しい外見だからか、さっきから胸の奥で鼓動が騒いでいる。
ロイが紅茶を用意してくれて、テラスのテーブル席に着いたクラリスはほっとした。ひとまず、混乱する気持ちを落ち着けられる。
少し距離を取って横に座るアシュリー王子の、茶器を手に取る所作は美しい。引き籠もりなのに、さすがに作法は叩き込まれているのだろうか。
木漏れ日の中、アシュリー王子に魅入りながらクラリスが紅茶を口元に近づけたその時、思わぬ事が起きた。
アシュリー王子が突然にこちらを振り向き、美しい瞳でクラリスを直視したかと思いきや、立ち上がり、クラリスの持っていたティーカップを取り上げて、凄い早さで茂みに投げ入れたのだ。
「えっ」
19
あなたにおすすめの小説
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
次に貴方は、こう言うのでしょう?~婚約破棄を告げられた令嬢は、全て想定済みだった~
キョウキョウ
恋愛
「おまえとの婚約は破棄だ。俺は、彼女と一緒に生きていく」
アンセルム王子から婚約破棄を告げられたが、公爵令嬢のミレイユは微笑んだ。
睨むような視線を向けてくる婚約相手、彼の腕の中で震える子爵令嬢のディアヌ。怒りと軽蔑の視線を向けてくる王子の取り巻き達。
婚約者の座を奪われ、冤罪をかけられようとしているミレイユ。だけど彼女は、全く慌てていなかった。
なぜなら、かつて愛していたアンセルム王子の考えを正しく理解して、こうなることを予測していたから。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる