15 / 110
第一章 リコプリン編
15 王子様のキャンディ
しおりを挟む
夕方の森の中で。
カタン、カタン、と小さな手押し車を押して、リコは帰宅している。中にはボーリング玉大の卵が乗っていて、慎重に運ばれていた。
お腹が減っているリコに、所長が卵をくれたのだ。味見も兼ねて調理して食べなさい、との事だった。
「この世界に来て初めての、卵……! オムレツ……目玉焼き……茹で卵!」
卵料理の掛け声で気分を上げながら、リコは夕方の森を進んでいく。
「ううん。卵はもっと、無限の可能性があるの……ケーキ、茶碗蒸し、う~ん、プリン!!」
テンションが上がって絶叫したところで、自宅の楠の下に、大きな黒猫とレオが並んで立っているのを見つけた。
「うん……ぷりん?」
レオは小さく復唱していた。
* * * *
魔女の小屋にて。
長テーブルの上に、リコは淹れた紅茶を置いた。
予想外のレオとの再会で絶叫を聞かれてしまったので、ぎこちなく振舞っているリコだが、レオは相変わらず行儀良く椅子に座っている。
「リコさん。ご就職おめでとうございます」
「あ、ありがとう! 村長さんが特別に紹介してくれて……あのね、研究所の所長さんも、優しい人だったの」
堰を切ったように仕事先の報告が溢れて、褒められた嬉しさや、鳥の美しさを喋り倒していた。
うん、うんと話を聞いてくれるレオに、リコは我に返って、紅茶を飲み干した。
「ごめんね、興奮しちゃって」
「だから叫んでいたんですか?」
リコはレオの質問に、お茶を咳き込んだ。
「う、うん」
「うーん・ぷりんて、何ですか?」
聞いたことのない単語に、レオは真面目に質問を重ねた。
「あ、いや、何でもないの。ぷりんて、私の大好物で……」
「へえ、どんな食べ物です?」
「えっと、プルプルしてて、黄色くてね、いい匂いがして……甘いの!」
「プルプルして……甘い……プディングみたいな?」
リコは驚いて立ち上がった。
「プディングって、何!? プリンの事!?」
「宮廷のパーティーで食べたことがありますよ。魚を包んだ、甘~い物で……」
「さ、魚!?」
レオはその味を思い出して、眉を顰めた。
「とにかく歯が溶けそうなほど、甘かったです。宮廷の料理は砂糖を過剰に入れるので」
「そ、そうなんだ! なんか、私の好きなプリンとは、ちょっと違うかも」
リコは内心、この世界でもプリンが食べられるのかと期待したが、冷静になって椅子に座り直した。
「私の好きなプリンは……おやつなの」
リコは頭を捻って、もとの世界で毎日のように食べていた物体を脳内で分解してみる。最初に浮かぶのは、卵の色と味だった。
椅子の脇に置いてある、手押し車の中の卵を指した。
「多分ね、卵が入ってるんだ。だから私、プリンを作れるかも、って思ったんだけど……」
「他の材料は?」
「……」
しかしそれ以上、材料の詳細や作り方が、思い浮かばない。
「私、あんなに食べてたのに。作ったことないから、わかんないや……」
情けない結果にレオも戸惑っていたが、思い出したようにポケットを探りだした。
「そうだ。昨日、近くに配達に来た時にマニさんに聞いたんですよ。リコさんは甘い物を食べると、昇天するって……」
「え!?」
真っ赤になるリコに、小さな包紙を差し出した。
「これ、就職のお祝いに。宮廷のキャンディです」
リコは椅子を倒して、再び立ち上がっていた。
「宮廷のキャンディ!?」
「はい。宮廷内で作られているキャンディです。王子にお願いして分けて貰って……」
すごい入手の方法に、リコは仰反った。
「王子様のキャンディ!」
リコの輝く瞳に、レオも驚いて笑った。
「まだ食べてないのに……昇天してますね」
震える手で包紙を受け取って、高貴な紺色のリボンを解くと、そこには鮮やかな黄金色の飴玉がキラキラと輝いていた。まるで宝石のようだ。
「ありがとう……すごく嬉しい!」
レオは一口お茶を飲むと、本題に入るように咳払いをした。
「それで、一昨日ですが……あのテントで、何をしてたんですか?」
リコはふわふわとした顔のまま、キョトンとした。
「ああ、あの占い師のテント? アレキさんのことを、レオ君は師匠って呼んでたよね?」
「いえ、師匠だなんて……聞き間違いですよ」
レオは明らかな嘘で流すと、真剣な顔で質問を重ねた。
「あの男の目は、何色でした?」
「へ?」
リコは妙な質問に、回想した。
「うーん、紫色? だったかな」
「それだけ?」
「それだけって……うん」
ふー、とレオは安堵の溜息を吐いた。
「そうですか。あのテントにはもう、行かない方がいいですよ」
再び忠告をして、立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの!? 一緒に卵でも……卵焼きとか、目玉焼きとか!」
「まだ配達先があるので、今日は失礼します。お茶をご馳走様でした」
玄関先でいつもの優美な挨拶をするレオに、リコは駆け寄った。
「あの、私、レオ君には助けてもらったり、笛とかキャンディを貰うばっかりで……私、何もお返しできなくて」
焦って謝るリコに、レオは明るく笑った。
「それじゃあ、今度はトウモロコシを炊いてください」
それはじゃがいもの会と同じように、また家に遊びに来てくれる約束に受けとれて、リコは笑顔で何度も頷いた。
レオはゴーグルを装着すると、颯爽と黒猫に乗って暗闇に消えてしまった。
「行っちゃった……」
一緒に卵料理を食べられるアテは外れてしまったが、リコは掌にあるキャンディの包紙を見下ろして、満面の笑みを浮かべた。
これ以上ないほどに、甘い気持ちになっていた。
カタン、カタン、と小さな手押し車を押して、リコは帰宅している。中にはボーリング玉大の卵が乗っていて、慎重に運ばれていた。
お腹が減っているリコに、所長が卵をくれたのだ。味見も兼ねて調理して食べなさい、との事だった。
「この世界に来て初めての、卵……! オムレツ……目玉焼き……茹で卵!」
卵料理の掛け声で気分を上げながら、リコは夕方の森を進んでいく。
「ううん。卵はもっと、無限の可能性があるの……ケーキ、茶碗蒸し、う~ん、プリン!!」
テンションが上がって絶叫したところで、自宅の楠の下に、大きな黒猫とレオが並んで立っているのを見つけた。
「うん……ぷりん?」
レオは小さく復唱していた。
* * * *
魔女の小屋にて。
長テーブルの上に、リコは淹れた紅茶を置いた。
予想外のレオとの再会で絶叫を聞かれてしまったので、ぎこちなく振舞っているリコだが、レオは相変わらず行儀良く椅子に座っている。
「リコさん。ご就職おめでとうございます」
「あ、ありがとう! 村長さんが特別に紹介してくれて……あのね、研究所の所長さんも、優しい人だったの」
堰を切ったように仕事先の報告が溢れて、褒められた嬉しさや、鳥の美しさを喋り倒していた。
うん、うんと話を聞いてくれるレオに、リコは我に返って、紅茶を飲み干した。
「ごめんね、興奮しちゃって」
「だから叫んでいたんですか?」
リコはレオの質問に、お茶を咳き込んだ。
「う、うん」
「うーん・ぷりんて、何ですか?」
聞いたことのない単語に、レオは真面目に質問を重ねた。
「あ、いや、何でもないの。ぷりんて、私の大好物で……」
「へえ、どんな食べ物です?」
「えっと、プルプルしてて、黄色くてね、いい匂いがして……甘いの!」
「プルプルして……甘い……プディングみたいな?」
リコは驚いて立ち上がった。
「プディングって、何!? プリンの事!?」
「宮廷のパーティーで食べたことがありますよ。魚を包んだ、甘~い物で……」
「さ、魚!?」
レオはその味を思い出して、眉を顰めた。
「とにかく歯が溶けそうなほど、甘かったです。宮廷の料理は砂糖を過剰に入れるので」
「そ、そうなんだ! なんか、私の好きなプリンとは、ちょっと違うかも」
リコは内心、この世界でもプリンが食べられるのかと期待したが、冷静になって椅子に座り直した。
「私の好きなプリンは……おやつなの」
リコは頭を捻って、もとの世界で毎日のように食べていた物体を脳内で分解してみる。最初に浮かぶのは、卵の色と味だった。
椅子の脇に置いてある、手押し車の中の卵を指した。
「多分ね、卵が入ってるんだ。だから私、プリンを作れるかも、って思ったんだけど……」
「他の材料は?」
「……」
しかしそれ以上、材料の詳細や作り方が、思い浮かばない。
「私、あんなに食べてたのに。作ったことないから、わかんないや……」
情けない結果にレオも戸惑っていたが、思い出したようにポケットを探りだした。
「そうだ。昨日、近くに配達に来た時にマニさんに聞いたんですよ。リコさんは甘い物を食べると、昇天するって……」
「え!?」
真っ赤になるリコに、小さな包紙を差し出した。
「これ、就職のお祝いに。宮廷のキャンディです」
リコは椅子を倒して、再び立ち上がっていた。
「宮廷のキャンディ!?」
「はい。宮廷内で作られているキャンディです。王子にお願いして分けて貰って……」
すごい入手の方法に、リコは仰反った。
「王子様のキャンディ!」
リコの輝く瞳に、レオも驚いて笑った。
「まだ食べてないのに……昇天してますね」
震える手で包紙を受け取って、高貴な紺色のリボンを解くと、そこには鮮やかな黄金色の飴玉がキラキラと輝いていた。まるで宝石のようだ。
「ありがとう……すごく嬉しい!」
レオは一口お茶を飲むと、本題に入るように咳払いをした。
「それで、一昨日ですが……あのテントで、何をしてたんですか?」
リコはふわふわとした顔のまま、キョトンとした。
「ああ、あの占い師のテント? アレキさんのことを、レオ君は師匠って呼んでたよね?」
「いえ、師匠だなんて……聞き間違いですよ」
レオは明らかな嘘で流すと、真剣な顔で質問を重ねた。
「あの男の目は、何色でした?」
「へ?」
リコは妙な質問に、回想した。
「うーん、紫色? だったかな」
「それだけ?」
「それだけって……うん」
ふー、とレオは安堵の溜息を吐いた。
「そうですか。あのテントにはもう、行かない方がいいですよ」
再び忠告をして、立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの!? 一緒に卵でも……卵焼きとか、目玉焼きとか!」
「まだ配達先があるので、今日は失礼します。お茶をご馳走様でした」
玄関先でいつもの優美な挨拶をするレオに、リコは駆け寄った。
「あの、私、レオ君には助けてもらったり、笛とかキャンディを貰うばっかりで……私、何もお返しできなくて」
焦って謝るリコに、レオは明るく笑った。
「それじゃあ、今度はトウモロコシを炊いてください」
それはじゃがいもの会と同じように、また家に遊びに来てくれる約束に受けとれて、リコは笑顔で何度も頷いた。
レオはゴーグルを装着すると、颯爽と黒猫に乗って暗闇に消えてしまった。
「行っちゃった……」
一緒に卵料理を食べられるアテは外れてしまったが、リコは掌にあるキャンディの包紙を見下ろして、満面の笑みを浮かべた。
これ以上ないほどに、甘い気持ちになっていた。
10
あなたにおすすめの小説
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる