魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第一章 リコプリン編

15 王子様のキャンディ

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 夕方の森の中で。

 カタン、カタン、と小さな手押し車を押して、リコは帰宅している。中にはボーリング玉大の卵が乗っていて、慎重に運ばれていた。
 お腹が減っているリコに、所長が卵をくれたのだ。味見も兼ねて調理して食べなさい、との事だった。

「この世界に来て初めての、卵……! オムレツ……目玉焼き……茹で卵!」

 卵料理の掛け声で気分を上げながら、リコは夕方の森を進んでいく。

「ううん。卵はもっと、無限の可能性があるの……ケーキ、茶碗蒸し、う~ん、プリン!!」

 テンションが上がって絶叫したところで、自宅の楠の下に、大きな黒猫とレオが並んで立っているのを見つけた。

「うん……ぷりん?」

 レオは小さく復唱していた。


 * * * *


 魔女の小屋にて。

 長テーブルの上に、リコは淹れた紅茶を置いた。
 予想外のレオとの再会で絶叫を聞かれてしまったので、ぎこちなく振舞っているリコだが、レオは相変わらず行儀良く椅子に座っている。

「リコさん。ご就職おめでとうございます」
「あ、ありがとう! 村長さんが特別に紹介してくれて……あのね、研究所の所長さんも、優しい人だったの」

 堰を切ったように仕事先の報告が溢れて、褒められた嬉しさや、鳥の美しさを喋り倒していた。
 うん、うんと話を聞いてくれるレオに、リコは我に返って、紅茶を飲み干した。

「ごめんね、興奮しちゃって」
「だから叫んでいたんですか?」

 リコはレオの質問に、お茶を咳き込んだ。

「う、うん」
「うーん・ぷりんて、何ですか?」

 聞いたことのない単語に、レオは真面目に質問を重ねた。

「あ、いや、何でもないの。ぷりんて、私の大好物で……」
「へえ、どんな食べ物です?」
「えっと、プルプルしてて、黄色くてね、いい匂いがして……甘いの!」
「プルプルして……甘い……プディングみたいな?」

 リコは驚いて立ち上がった。

「プディングって、何!? プリンの事!?」
「宮廷のパーティーで食べたことがありますよ。魚を包んだ、甘~い物で……」
「さ、魚!?」

 レオはその味を思い出して、眉を顰めた。

「とにかく歯が溶けそうなほど、甘かったです。宮廷の料理は砂糖を過剰に入れるので」
「そ、そうなんだ! なんか、私の好きなプリンとは、ちょっと違うかも」

 リコは内心、この世界でもプリンが食べられるのかと期待したが、冷静になって椅子に座り直した。

「私の好きなプリンは……おやつなの」

 リコは頭を捻って、もとの世界で毎日のように食べていた物体を脳内で分解してみる。最初に浮かぶのは、卵の色と味だった。
 椅子の脇に置いてある、手押し車の中の卵を指した。

「多分ね、卵が入ってるんだ。だから私、プリンを作れるかも、って思ったんだけど……」
「他の材料は?」
「……」

 しかしそれ以上、材料の詳細や作り方が、思い浮かばない。

「私、あんなに食べてたのに。作ったことないから、わかんないや……」

 情けない結果にレオも戸惑っていたが、思い出したようにポケットを探りだした。

「そうだ。昨日、近くに配達に来た時にマニさんに聞いたんですよ。リコさんは甘い物を食べると、昇天するって……」
「え!?」

 真っ赤になるリコに、小さな包紙を差し出した。

「これ、就職のお祝いに。宮廷のキャンディです」

 リコは椅子を倒して、再び立ち上がっていた。

「宮廷のキャンディ!?」
「はい。宮廷内で作られているキャンディです。王子にお願いして分けて貰って……」

 すごい入手の方法に、リコは仰反った。

「王子様のキャンディ!」

 リコの輝く瞳に、レオも驚いて笑った。

「まだ食べてないのに……昇天してますね」

 震える手で包紙を受け取って、高貴な紺色のリボンを解くと、そこには鮮やかな黄金色の飴玉がキラキラと輝いていた。まるで宝石のようだ。

「ありがとう……すごく嬉しい!」

 レオは一口お茶を飲むと、本題に入るように咳払いをした。

「それで、一昨日ですが……あのテントで、何をしてたんですか?」

 リコはふわふわとした顔のまま、キョトンとした。

「ああ、あの占い師のテント? アレキさんのことを、レオ君は師匠って呼んでたよね?」
「いえ、師匠だなんて……聞き間違いですよ」

 レオは明らかな嘘で流すと、真剣な顔で質問を重ねた。

「あの男の目は、何色でした?」
「へ?」

 リコは妙な質問に、回想した。

「うーん、紫色? だったかな」
「それだけ?」
「それだけって……うん」

 ふー、とレオは安堵の溜息を吐いた。

「そうですか。あのテントにはもう、行かない方がいいですよ」

 再び忠告をして、立ち上がった。

「え、もう帰っちゃうの!? 一緒に卵でも……卵焼きとか、目玉焼きとか!」
「まだ配達先があるので、今日は失礼します。お茶をご馳走様でした」

 玄関先でいつもの優美な挨拶をするレオに、リコは駆け寄った。

「あの、私、レオ君には助けてもらったり、笛とかキャンディを貰うばっかりで……私、何もお返しできなくて」

 焦って謝るリコに、レオは明るく笑った。

「それじゃあ、今度はトウモロコシを炊いてください」

 それはじゃがいもの会と同じように、また家に遊びに来てくれる約束に受けとれて、リコは笑顔で何度も頷いた。

 レオはゴーグルを装着すると、颯爽と黒猫に乗って暗闇に消えてしまった。

「行っちゃった……」

 一緒に卵料理を食べられるアテは外れてしまったが、リコは掌にあるキャンディの包紙を見下ろして、満面の笑みを浮かべた。

 これ以上ないほどに、甘い気持ちになっていた。
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