魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第一章 リコプリン編

32 餌箱のリコ

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 鳥類研究所の裏庭から、大きな悲鳴が響いた。

「ひえ~!」

 ケイト所長が駆けつけると、リコが鳥に襟首を掴まれ、高々と空中に持ち上げられていた。

「きゃあ、リコちゃん!?」

 ケイトは慌てて、鳥の下に駆けつける。

「こら、離しなさい! 下ろして!」

 所長の言う事も聞かず、鳥は右、左、とリコを振り回した挙句に、スポーンと飛ばして、餌場の穀物の中に放り込んだ。

「ぎゃっ」
「リコちゃん!」

 ケイトが餌場を掘って救出すると、粟やヒエにまみれたリコが這い上がってきた。

「ゲホゲホッ」
「鳥に近づいちゃダメじゃない! リコちゃん、ナメられてるんだからっ」
「今日こそは動物と仲良くできる気がして……ゲホッ」

 昨晩、童話を読んだ影響で悟った気分になったリコは、大胆な行動に出てしまった。

「もう就業時間だし、お家に帰って、体を洗いなさい」
「はい……お疲れさまでした……」

 情けない格好と気分で研究所から出ると、空は夕焼け色になっていた。

 少し歩くと、ザッと葉すれの音がして、黒猫が前方に飛び降りてきた。

「こんばんは」
「レオ君!」

 いつも黙って後を付けているレオは気配がなく、リコは自分が毎日護衛されている事をすっかりと忘れていた。

「もしかして、昨日の帰りも見張ってた?」
「ええ。出勤と退勤時は、いつも見守っていますよ」

 リコは顔を真っ赤にする。
 あまりに気配が無いので、歩きながら鼻歌を歌ったり、つまづいてコケたり、虫にたかられたりと、完全に気が抜けていた。

 しかも今日は……

「だ、ダメ! こっち来ないで!」

 リコは両手で涙目の顔を隠した。

「どうしたんです?」
「鳥の餌場に落っこちちゃって、粟だらけで……私、餌臭いの!」
「あははは!」

 リコが両手からそっと目を開けて覗くと、レオは目の前に立っていた。

「ほんとだ。粟が付いてる」

 髪から粟を取るレオの笑顔は夕陽で輝き、風が髪を撫でて、素敵な光景だった。
 自分の餌臭さがワンセットの思い出になっている状況が、非常に残念に思える。


 リコの横を少し離れて、レオは歩いている。
 黒猫は餌臭が嫌なのか、もっと離れて歩いている。

「1メートルは離れてね!」

 リコは定期的に距離の注文を付けている。

「そんなに気にしなくても大丈夫なのに……」

 距離を取りながらも、リコはレオと話したい事がありすぎて、饒舌になっていた。

「それでね、この世界にある能力は、みんなが仲良く暮らすための力なんだって」

 童話で得たお気に入りのフレーズを伝えると、レオは微笑んだ。
 リコはレオが能力者なのを知らずに、話を続けた。

「アレキさんとか、村長さんとか、みんなを助けてくれてるもんね。私、改めて尊敬っていうか、凄いなぁ、って」

 自身の手首の枷を撫でている。

「私もみんなの役にたてたら、いいなぁ」

 レオは立ち止まった。

「リコさんは、みんなの役にたてていますよ」
「全然だよ……私ドジだし。レオ君にも村の人にも、助けられてばかり」
「ミーシャは人が変わったように元気になって、リコさんのおかげだって、アレキ様は言ってましたよ」
「本当!?」

 レオは「自分も」という言葉を飲み込んだ。
 リコの笑顔に癒されて、今朝の宮廷でのオルタ大臣へのモヤモヤした気持ちが、晴れていくのを感じていた。

「おーい!」

 前方の農園の入り口で、夕陽を背にしたマニが手を振っている。

「マニちゃん!」
「今帰り?」

 走り寄ると、マニはリコに耳打ちをした。

「デート中だった?」
「ち、違うよ~」

 ニヤニヤするマニの後ろで、イタチのタッチがホースを使って、畑に大量の水を撒いていた。
 それを見て、何かを思いついたリコはマニに手を合わせた。

「マニちゃん、お願いがあるの!」

 呆気に取られているマニとレオの前で、リコは滝行のように、ホースの水を浴びている。

 ブババババ!

 タッチは容赦なく上から下まで放水して、リコについた粟やヒエが、勢い良く流れていった。

 マニは苦笑いして呼びかけた。

「リコー、もう止めようか?」
「バババ、いいの! まだ……ババッ……臭いが……ハッブション!」

 クシャミを合図に、マニはタッチを止めた。
 餌の臭いは落ちたが、リコは全身ずぶ濡れだ。

「あ、あぢがとう、マニちゃん」

 鼻水をたらすリコの顔に、ふわふわな物が当てられる。

「風邪をひきますよ」
「ふわ~、ありがと……え、バスタオル!?」

 レオの手によって、真っ白でふわふわな、大きなバスタオルが自分の頭に被されていた。
 マニもギョッとして、大笑いする。

「何でバスタオルなんか持ってんの!? 用意が良すぎるでしょ!」

 リコはレオを見つめて、レオもリコを見つめている。

「レオ君は、手品師みたいだね」
「リコさんが必要な物は、いつでも僕がご用意しますよ」

 二人だけの世界がそこにあって、マニは笑いを止めてポカーンと眺めた。
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