「piyo-piyo」~たまきさんとたまごのストーリー

卯月ゆう

文字の大きさ
35 / 52
第5章 すべての命に感謝を

21

しおりを挟む
(梨央side)

 今日もたまご料理の解説に花が咲く。
「......なるほど、夏仕様の茶碗蒸しということですか」
 今日は卵かけご飯を頼んだところに、試作品の茶碗蒸しを提供してもらったのだ。僕の理解に説明するマスターも何だか楽しそうだ。
「ええ。
別に夏限定の食べ方というわけではありませんが、こうやって冷やした上にだし汁を張ってお出しすることもできます。
具材は家庭によってさまざまですが、一般的にはかまぼこ、鶏肉、しいたけでしょうか。
私が冬場に出すならば、ゆり根は欠かせませんね」
 やはり和風のテイストになるマスターに好感が持てる。ちなみに、"ゆり根"とはオニユリなどの球根のことだ。天ぷらにして食べるとほくほくとした食感になる。彼女に言わせると、美味という感想になるのだろうか。
 小さい頃に親に作ってもらったきり食べていなかった。何が入っていたっけな、たしかマイタケだったと思う。
「それは御法度ですね。
生のままいれると酵素、たしかプロテアーゼが作用してしまい、卵が固まりません。
火を通して入れる必要がある、という以前に敬遠されている具材でしょうか」
 ああ、そうだった。一度大騒ぎしたことがあったっけ。
「あと、おうどんを入れると"おだまき"という料理になります。
これは老舗の料理店などでは一品料理として提供されますね。
神田かんだのお蕎麦屋に一度だけ食べに行ったことがありましたが......、とても美味しかったです」
 たまきさんはどことなくうっとりした表情で語ってくれた。いつかここでも食べられるのだろうか。
 そこにスマートフォンの着信が楽しい解説に水を差してしまった、マスターに断ってお店の外に出る。
 入れ違いにとある男性とすれ違った。彼は入店するなりマスターと何か会話しているようだった。

 スタンプカードはだいぶ溜まってきていた。
 いつの間にか、スタンプを集めようとしているのか、美味しい料理やマスターに誘われているのか、分からなくなっている自分がいた。
 決して高級料理店みたいなお洒落な料理が出てくるわけではない。それでもこのお店にくる客はなんだか満足して帰るような、そんな雰囲気が漂っている。
 皆そういう感じを味わいたいのだろう。
 ......マスターとレジで向かい合っている彼を除いてだ。

 ・・・

 電話を終えて店内に戻ると、彼はもう食べきっていてマスターと話していた。その人物は以前から彼女に言い寄っている背の高い人物だ。
 彼は懲りないのだろうか、またもやたまきさんに言い寄っていた。こんな小さい店内ではすべての会話が聞こえてしまうのに。
 僕は気づかれないようにため息をついて、自分の席に戻っていく。
「......茶碗蒸しなんて出してくれるのかい?」
「ええ。
一度にたくさん蒸すわけにはいきませんので、ご予約頂いた方が賢明ですね。
ただ、今回別のお客様に出したものは試作品ですので、それでもよろしければの話になりますが」
「別に構わないよ。
君の作ったものはなんでも美味しいからねぇ。
そういう、色んな料理を研究する姿も素敵だよ」
 ......どうも。
 返事をするマスターの返事もどこか冷たくなっていた。
「今度食べにくるよ」
 ......今度って何時なのですか。
 明らかに彼女の返事もとげがあるように感じた。
 
 その様子に他の席に座っているOLたちも何だか気分が悪いようだ。なんだかひそひそ話をしている。そんな雰囲気がこちらにも届いてしまって、正直僕も居心地が悪い。
 今日はレジでの言い寄っている会話にも花が咲いてしまっている。
 だけども、マスターの躱し方も何だか上達しているように見えた。軽く会釈をしながら一言語っている。
「今度っていう確約ができないのであれば、私がちゃんとしたものを作るまでお待ちくださいませ」
 ......何時になるか分かりませんが。
 冷たい笑顔でこのように付け足していた。
「お! そうすると、より立派なものを食べられるわけだな。
<果報は寝て待て>って言うくらいだから楽しみだ」
 取り繕っている彼女の様子が一切伝わっていないようだ。本当に彼はお調子者だな、こんな感想を持つしかなかった。

 ・・・

 早くあの会話を終わらせたい!
 僕も含めた周りの客はみんな、そんな雰囲気になってしまっている。OLのグループがレジの方の様子を見ながら、お会計してもらおうかなあと席を立とうとしていた。
 ......それなら僕が行きますよ。
 ......いえいえ、私たちが先に入ったのですから。
 客同士で意見が一致して目配せ合っている、タイミング良く話を止めに行こう。
 どちらが先にレジに向かうのか、そんなことを揉めているうちにレジでの会話はあらぬ方向へ進んでしまっていた。
「どうしたらこんな素敵な料理ができるのかな?
子供の頃から料理が得意だったんだろうな」
 彼はそう言って笑っている。マスターは少し悲しいような表情を見せた。
 彼はまた彼女に向かって、また一言告げていた。......すると、マスターの瞳は揺らいだ。一瞬、自分の方を見たような気がした。
 彼は店を出ていった。
 マスターは青白い顔をして、その場に倒れ込んだ。店内はドアチャイムの音が虚しく響いているだけだった。
 ......たまきさんの苦しそうな呼吸の表情、それだけが脳裏に焼き付いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...