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第5章 すべての命に感謝を
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(梨央side)
今日もたまご料理の解説に花が咲く。
「......なるほど、夏仕様の茶碗蒸しということですか」
今日は卵かけご飯を頼んだところに、試作品の茶碗蒸しを提供してもらったのだ。僕の理解に説明するマスターも何だか楽しそうだ。
「ええ。
別に夏限定の食べ方というわけではありませんが、こうやって冷やした上にだし汁を張ってお出しすることもできます。
具材は家庭によってさまざまですが、一般的にはかまぼこ、鶏肉、しいたけでしょうか。
私が冬場に出すならば、ゆり根は欠かせませんね」
やはり和風のテイストになるマスターに好感が持てる。ちなみに、"ゆり根"とはオニユリなどの球根のことだ。天ぷらにして食べるとほくほくとした食感になる。彼女に言わせると、美味という感想になるのだろうか。
小さい頃に親に作ってもらったきり食べていなかった。何が入っていたっけな、たしかマイタケだったと思う。
「それは御法度ですね。
生のままいれると酵素、たしかプロテアーゼが作用してしまい、卵が固まりません。
火を通して入れる必要がある、という以前に敬遠されている具材でしょうか」
ああ、そうだった。一度大騒ぎしたことがあったっけ。
「あと、おうどんを入れると"おだまき"という料理になります。
これは老舗の料理店などでは一品料理として提供されますね。
神田のお蕎麦屋に一度だけ食べに行ったことがありましたが......、とても美味しかったです」
たまきさんはどことなくうっとりした表情で語ってくれた。いつかここでも食べられるのだろうか。
そこにスマートフォンの着信が楽しい解説に水を差してしまった、マスターに断ってお店の外に出る。
入れ違いにとある男性とすれ違った。彼は入店するなりマスターと何か会話しているようだった。
スタンプカードはだいぶ溜まってきていた。
いつの間にか、スタンプを集めようとしているのか、美味しい料理やマスターに誘われているのか、分からなくなっている自分がいた。
決して高級料理店みたいなお洒落な料理が出てくるわけではない。それでもこのお店にくる客はなんだか満足して帰るような、そんな雰囲気が漂っている。
皆そういう感じを味わいたいのだろう。
......マスターとレジで向かい合っている彼を除いてだ。
・・・
電話を終えて店内に戻ると、彼はもう食べきっていてマスターと話していた。その人物は以前から彼女に言い寄っている背の高い人物だ。
彼は懲りないのだろうか、またもやたまきさんに言い寄っていた。こんな小さい店内ではすべての会話が聞こえてしまうのに。
僕は気づかれないようにため息をついて、自分の席に戻っていく。
「......茶碗蒸しなんて出してくれるのかい?」
「ええ。
一度にたくさん蒸すわけにはいきませんので、ご予約頂いた方が賢明ですね。
ただ、今回別のお客様に出したものは試作品ですので、それでもよろしければの話になりますが」
「別に構わないよ。
君の作ったものはなんでも美味しいからねぇ。
そういう、色んな料理を研究する姿も素敵だよ」
......どうも。
返事をするマスターの返事もどこか冷たくなっていた。
「今度食べにくるよ」
......今度って何時なのですか。
明らかに彼女の返事もとげがあるように感じた。
その様子に他の席に座っているOLたちも何だか気分が悪いようだ。なんだかひそひそ話をしている。そんな雰囲気がこちらにも届いてしまって、正直僕も居心地が悪い。
今日はレジでの言い寄っている会話にも花が咲いてしまっている。
だけども、マスターの躱し方も何だか上達しているように見えた。軽く会釈をしながら一言語っている。
「今度っていう確約ができないのであれば、私がちゃんとしたものを作るまでお待ちくださいませ」
......何時になるか分かりませんが。
冷たい笑顔でこのように付け足していた。
「お! そうすると、より立派なものを食べられるわけだな。
<果報は寝て待て>って言うくらいだから楽しみだ」
取り繕っている彼女の様子が一切伝わっていないようだ。本当に彼はお調子者だな、こんな感想を持つしかなかった。
・・・
早くあの会話を終わらせたい!
僕も含めた周りの客はみんな、そんな雰囲気になってしまっている。OLのグループがレジの方の様子を見ながら、お会計してもらおうかなあと席を立とうとしていた。
......それなら僕が行きますよ。
......いえいえ、私たちが先に入ったのですから。
客同士で意見が一致して目配せ合っている、タイミング良く話を止めに行こう。
どちらが先にレジに向かうのか、そんなことを揉めているうちにレジでの会話はあらぬ方向へ進んでしまっていた。
「どうしたらこんな素敵な料理ができるのかな?
子供の頃から料理が得意だったんだろうな」
彼はそう言って笑っている。マスターは少し悲しいような表情を見せた。
彼はまた彼女に向かって、また一言告げていた。......すると、マスターの瞳は揺らいだ。一瞬、自分の方を見たような気がした。
彼は店を出ていった。
マスターは青白い顔をして、その場に倒れ込んだ。店内はドアチャイムの音が虚しく響いているだけだった。
......たまきさんの苦しそうな呼吸の表情、それだけが脳裏に焼き付いていた。
今日もたまご料理の解説に花が咲く。
「......なるほど、夏仕様の茶碗蒸しということですか」
今日は卵かけご飯を頼んだところに、試作品の茶碗蒸しを提供してもらったのだ。僕の理解に説明するマスターも何だか楽しそうだ。
「ええ。
別に夏限定の食べ方というわけではありませんが、こうやって冷やした上にだし汁を張ってお出しすることもできます。
具材は家庭によってさまざまですが、一般的にはかまぼこ、鶏肉、しいたけでしょうか。
私が冬場に出すならば、ゆり根は欠かせませんね」
やはり和風のテイストになるマスターに好感が持てる。ちなみに、"ゆり根"とはオニユリなどの球根のことだ。天ぷらにして食べるとほくほくとした食感になる。彼女に言わせると、美味という感想になるのだろうか。
小さい頃に親に作ってもらったきり食べていなかった。何が入っていたっけな、たしかマイタケだったと思う。
「それは御法度ですね。
生のままいれると酵素、たしかプロテアーゼが作用してしまい、卵が固まりません。
火を通して入れる必要がある、という以前に敬遠されている具材でしょうか」
ああ、そうだった。一度大騒ぎしたことがあったっけ。
「あと、おうどんを入れると"おだまき"という料理になります。
これは老舗の料理店などでは一品料理として提供されますね。
神田のお蕎麦屋に一度だけ食べに行ったことがありましたが......、とても美味しかったです」
たまきさんはどことなくうっとりした表情で語ってくれた。いつかここでも食べられるのだろうか。
そこにスマートフォンの着信が楽しい解説に水を差してしまった、マスターに断ってお店の外に出る。
入れ違いにとある男性とすれ違った。彼は入店するなりマスターと何か会話しているようだった。
スタンプカードはだいぶ溜まってきていた。
いつの間にか、スタンプを集めようとしているのか、美味しい料理やマスターに誘われているのか、分からなくなっている自分がいた。
決して高級料理店みたいなお洒落な料理が出てくるわけではない。それでもこのお店にくる客はなんだか満足して帰るような、そんな雰囲気が漂っている。
皆そういう感じを味わいたいのだろう。
......マスターとレジで向かい合っている彼を除いてだ。
・・・
電話を終えて店内に戻ると、彼はもう食べきっていてマスターと話していた。その人物は以前から彼女に言い寄っている背の高い人物だ。
彼は懲りないのだろうか、またもやたまきさんに言い寄っていた。こんな小さい店内ではすべての会話が聞こえてしまうのに。
僕は気づかれないようにため息をついて、自分の席に戻っていく。
「......茶碗蒸しなんて出してくれるのかい?」
「ええ。
一度にたくさん蒸すわけにはいきませんので、ご予約頂いた方が賢明ですね。
ただ、今回別のお客様に出したものは試作品ですので、それでもよろしければの話になりますが」
「別に構わないよ。
君の作ったものはなんでも美味しいからねぇ。
そういう、色んな料理を研究する姿も素敵だよ」
......どうも。
返事をするマスターの返事もどこか冷たくなっていた。
「今度食べにくるよ」
......今度って何時なのですか。
明らかに彼女の返事もとげがあるように感じた。
その様子に他の席に座っているOLたちも何だか気分が悪いようだ。なんだかひそひそ話をしている。そんな雰囲気がこちらにも届いてしまって、正直僕も居心地が悪い。
今日はレジでの言い寄っている会話にも花が咲いてしまっている。
だけども、マスターの躱し方も何だか上達しているように見えた。軽く会釈をしながら一言語っている。
「今度っていう確約ができないのであれば、私がちゃんとしたものを作るまでお待ちくださいませ」
......何時になるか分かりませんが。
冷たい笑顔でこのように付け足していた。
「お! そうすると、より立派なものを食べられるわけだな。
<果報は寝て待て>って言うくらいだから楽しみだ」
取り繕っている彼女の様子が一切伝わっていないようだ。本当に彼はお調子者だな、こんな感想を持つしかなかった。
・・・
早くあの会話を終わらせたい!
僕も含めた周りの客はみんな、そんな雰囲気になってしまっている。OLのグループがレジの方の様子を見ながら、お会計してもらおうかなあと席を立とうとしていた。
......それなら僕が行きますよ。
......いえいえ、私たちが先に入ったのですから。
客同士で意見が一致して目配せ合っている、タイミング良く話を止めに行こう。
どちらが先にレジに向かうのか、そんなことを揉めているうちにレジでの会話はあらぬ方向へ進んでしまっていた。
「どうしたらこんな素敵な料理ができるのかな?
子供の頃から料理が得意だったんだろうな」
彼はそう言って笑っている。マスターは少し悲しいような表情を見せた。
彼はまた彼女に向かって、また一言告げていた。......すると、マスターの瞳は揺らいだ。一瞬、自分の方を見たような気がした。
彼は店を出ていった。
マスターは青白い顔をして、その場に倒れ込んだ。店内はドアチャイムの音が虚しく響いているだけだった。
......たまきさんの苦しそうな呼吸の表情、それだけが脳裏に焼き付いていた。
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