『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの

文字の大きさ
1 / 7

巻き戻る朝 ― 運命の再スタート

絞め殺される――。

それがリオナ・セイクリッドの最期だった。  
アルト・フェルデンの太い指が首に食い込み、Ωの華奢な喉が軋む音。肺が空気を求めて痙攣し、視界が暗く滲んだ。

「お前は俺のα性を証明するための道具だ。永遠に黙ってろ」

偽りの婚約者の冷笑。
金髪碧眼の美丈夫は本当は、βのくせにα偽装薬で純血の名門を維持するため、Ωであるリオナを娶った。政略結婚という名の所有物として――。

愛など微塵もなく、秘密を知ったリオナを番の契約で縛り、口封じのために殺したのだ。

「くっ……そ」

白銀の髪が血と汗に濡れ、石の床に広がった。
セイクリッド公爵家の次男として生まれた自分の末路。Ωの希少価値など、貴族社会では繁殖の道具でしかない。父エルドの冷たい視線、アルトの嘲笑。すべてが脳裏に焼き付いて――
意識が闇に沈んだ。もう二度と、あのような人生は――


チッ、チチチ
聞き慣れた小鳥のさえずりが耳に飛び込んできた。  
ゆっくりと目を開けると、柔らかな天蓋付きベッドの上だった。
朝の日差しがレースのカーテンを透過し、白いシーツに淡い金色の光の筋を描いている。微かなラベンダーの香りが漂い、枕元には開きっぱなしの魔法書が置いてあった。

「……夢?」

リオナは跳ね起きて、慌てて周囲を見回した。重厚な木製のデスク、壁に掛けられた家紋入りのタペストリー、窓辺に置かれた水差し。

間違いない。セイクリッド公爵家の自室だ。  

だが違う。胸を抉るような痛み、首筋に残る締め付けられた指の感触。
記憶が、鮮明すぎるほどに蘇る。絞殺の苦しみ、アルトの嘲笑、父の無関心な視線。すべてが現実だった。

「時間が……巻き戻った?」

鏡台に駆け寄り、震える手で顔を覗き込んだ。
白銀の髪が肩まで伸び、青灰色の瞳がこちらを射抜く。華奢で中性的な体躯。  

前世では、この体をアルトに捧げ、惨めたらしく散った。貴族社会の理想の番など、偽りの仮面に過ぎなかった。

――愛を知らないまま、死んだ。  
誰かに必要とされる喜びも、互いに心を通わせる温もりも知らずに。道具として消費され、捨てられただけ。

「二度目は違う」

リオナは拳を握りしめ、鏡の中の自分に言い聞かせるが、声が震えていた。

「もう誰かの道具として生きない。本物の愛を知って、自ら選ぶんだ。明るく、自由に、楽しく生きる」

決意を胸に刻み込んだ瞬間、扉を叩く音が響いた。

「リオナ様、お目覚めですか?朝食の準備が整いました。父上がお待ちです」

従者ノエルの明るい声。リオナは深呼吸し、いつもの「従順なΩ」の仮面を纏った。この家から抜け出す策が必要だ。

今がいつなのかは、わからない。だけど、結婚前なのは確かだ。
新たな人生の第一歩を、慎重に踏み出さねばならない。

広間での朝食は、いつものように冷え切っていた。  
公爵エルド・セイクリッドは新聞を広げ、αらしい威厳ある体躯で紅茶を啜る。鋼のような灰髪を撫で付け、息子を見る目はまるで家畜の品定めだ。

「リオナ、アルト伯爵との結婚式の準備は進んでいるな。Ωとして生まれたお前の価値は、家のためだ。個人的な感情など、二の次だ。王室からも注目されている。セイクリッド家の名に恥じぬよう、完璧な番となれ」

父の言葉に、リオナは穏やかにうなずいた。
前世では、この言葉に父から頼られてると勘違いして喜んだものだ。Ωとして生まれた自分の価値を、認められたと信じて。

だが今は、吐き気を催す。
アルトはβのくせにα偽装薬を使い、純血の家系を維持するための道具として自分を選んだだけ。愛などなかった。

「はい、父上。万全です。アルト伯爵には感謝しております」

内心で嘲笑った。
もうその罠には引っかからない。アルトの秘密を暴く証拠を掴み、破談を宣言。それから家を出る。それが第一の計画だ。  

だが、エルドの視線は鋭い。αの威圧感が、空気を重くする。

「Ωとして生まれたお前の価値を、忘れるな」

釘を刺すような言葉。リオナは静かに耐えた。前世で、この家で生き延びる術を十分に学んだ。笑顔で受け流し、心に棘を隠す術を……。
食事が終わると、ノエルがそっと耳打ちしてきた。  

「リオナ様、今日、王国騎士団のアーヴィン団長が護衛任務で来訪します。結婚式の警備確認だそうですよ。十年前の、あの優しい騎士です」

――アーヴィン・クロード。

心臓が跳ねた。十年前、街で傷を負った幼い自分に、治癒魔法をかけてくれた魔法騎士。黒髪に琥珀の瞳、穏やかな笑みと温かな手。自分を「人間」として見てくれた人。  

前世では、彼は結婚式後の魔法戦争で命を落とした。リオナを救おうとして。アルトの裏切りが引き起こした国家反逆事件で。

「……楽しみだな」

リオナはつぶやき、窓辺に視線を移した。外では、馬車が屋敷の門をくぐるのが見えた。黒髪の高身長の男が降り立つ。軍服に身を包み、静かに屋敷を見上げる姿。変わらない、穏やかな眼差し。

二度目の人生。再び出会う運命。  
だが今度は、誰かの道具ではなく。愛を知らないまま死ぬのは、もう嫌だ。自分で選び取る。

窓から差し込む朝陽が、白銀の髪を輝かせる。新しい朝が、静かに始まった。



感想 0

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

狂わせたのは君なのに

一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。