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逃避行 ― 自由への序章
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リオナは深夜の書斎に忍び込み、蝋燭の明かりでアルト伯爵のα偽装薬の証拠書類を慎重に確認していた。ノエルと三日かけて集めた薬瓶に残っていた成分の分析、王室薬師の極秘鑑定書、フェルデン家の裏金記録。魔力封印の封蝋を指先で解き、冷たい紙束が積み上がっていく。
「これで……アルト伯爵の偽りを暴ける」
革袋に書類を詰めて、ノエルに手紙を託した。
「明日の結婚式当日、王室通信陣にこれを届けて。破談を正式に認めさせるんだ」
ノエルが不安げに眉を寄せた。
「リオナ様、本当に大丈夫ですか?公爵様が見つけたら……」
「それが狙いだ。父上が激怒した隙に逃げようと思う。
アーヴィン団長には手紙を出した。迎えに来てくれるのを信じるんだ」
リオナは自分の掌を見下ろした。そこに刻まれた魔法陣の痕跡が、微かに疼いている。
幼い頃、病弱な母を救おうと暴走した治癒魔法。その力が制御を失い、屋敷全体を包むほどの光を放ったことがあった。
エルド公爵は「家の秩序を乱す危うい力」と判断し、リオナの両手に封印の印を刻んだのだ。
「お前の力は危うい。今後は二度と使うな。
治癒魔法は、医師に任せればいい」
それ以来、リオナは自分の意志で魔法を呼び起こせなくなった。Ωの繊細な体質に、強力すぎる治癒魔力が宿るのは不釣り合いだと、父は断じたのだ。
「でも、今は違う。何かが変わった。封印の疼きが、前とは違う……」
二度目の人生で何かが動き始めている。アーヴィンのそばにいると、特に掌が熱を持つ。まだ言葉にはできないが、確かな変化だった。
***
白銀の髪に金の髪飾り、純白の礼装に身を包んだリオナは祭壇で微笑む仮面を付けた。
金髪碧眼のアルト伯爵が堂々とした態度で隣に立ち、王室使者が祝福の言葉を述べる。貴族たちの拍手が響く中、リオナはノエルに目配せを送った。
式の最中、ノエルが王室通信陣に証拠書類を送信。聖堂内に青白い魔法通信の光が瞬き、冷厳な声が響き渡る。
「フェルデン家アルト伯爵、α偽装薬使用の疑い。王室調査開始。
リオナ・セイクリッドとの結婚は無効」
聖堂が一瞬で凍りついた。アルト伯爵の顔から血の気が引き、エルド公爵が絶叫する。
「王室通信だと!?何事だ!リオナ、貴様だな。一体何をした!」
混乱の中、リオナは静かに白銀の髪を解いた。純白の礼装が月明かりに映える。
「父上、アルト伯爵。俺は貴方達の道具ではありません。王室の判断に従います」
アルト伯爵がリオナの腕を掴もうとした瞬間、ノエルが割って入る。
「こちらです、リオナ様!」
裏口の夜風が礼装の裾を揺らし、待機していたアーヴィン団長の馬車へ飛び乗った。馬車が動き出すと同時に、聖堂から怒号が響き渡った。
***
馬車に乗って着いた宿屋は粗末な木造の部屋だった。
薄汚れた壁に夕日が差し込み、リオナは初めての自由を噛みしめた。
Ωのフェロモンが漏れないよう抑制薬を飲み、隣で剣を磨くアーヴィン団長を盗み見る。
「なぜ、俺を手紙で呼んだ?騎士として、公爵家の逃亡者を助けるのは重罪だぞ」
低い声に、リオナは静かに答えた。
「それでも、あなたは助けに来てくれた」
アーヴィンの手が止まり、琥珀の瞳がリオナを捉える。
「前からアルト伯爵には疑いの目が向けられていたからな。王国騎士団としても、君の証拠は重要だ。それに……」
言葉を切り、アーヴィンは小さく笑った。
「十年前の少年を、放っておけなかった」
その言葉を聞いて、リオナの胸が温かくなった。
ふと、アーヴィンの左腕に刻まれた古い傷跡が目に入った。鋭利な刃物で抉られたような、深いものだ。
「団長、その傷……痛みますか?」
アーヴィンは腕を軽く撫で、苦笑いを浮かべた。
「戦場で負ったものだ。治癒魔法を使えば消えるが……残しておくことにしている。守れなかった仲間の戒めだ」
「戒め……」
「忘れないためにな。自己治癒に頼ると、判断が鈍ることもあるからな」
リオナはうなずき、自分の掌を見つめた。父が施した封印の印もまた、同じように心に刻まれた戒めだったのかもしれない。
***
それからの日々は穏やかだった。市場で安いパンを買い、路地裏の魔法書店を覗き、夕暮れの川辺で語り合う。貴族社会から切り離された二人は、ありのままの自分で向き合えた。
ある日、リオナは川辺で手を洗うアーヴィンの傷跡をじっと見つめた。掌がうずく。封印の印が熱を持ち、指先に淡い光が灯る。
「リオナ?」
驚くアーヴィンの腕にそっと手を重ねると、光が溢れ出した。
傷跡が薄れ、滑らかな肌が現れた。
リオナは慌てて手を引いた。
「すみません。勝手に……!」
「いや……驚くべき魔法だ」
アーヴィンは癒えた腕を確かめ、感嘆の息を漏らした。
「君の治癒魔法は、ただ癒すだけじゃないな。優しい温かい光だ」
封印が緩んでいる。父の言葉とは裏腹に、リオナの力が必要とされた瞬間だった。
***
宿屋の屋根裏で二人は酒を酌み交わしていた。星明かりが隙間から差し込む。
「アーヴィン、俺は、ずっと誰かの道具だと思って生きてきた。愛される価値もないΩだと」
リオナは自嘲気味に笑った。
「でもあなたと出会って、初めて自分で選ぶ喜びを知った」
アーヴィンの表情が真剣になる。
「そんな風に思っていたのか……俺には君が、ずっと特別だった。守りたい衝動は十年前から変わらない」
αのフェロモンが濃くなり、リオナの体が熱を持つ。慌てて距離を取るが、アーヴィンは自制する。
「君が自由を望むなら、俺は待つ。自分で選ぶまで」
***
しばらくしてノエルからの密書が届いた。
「公爵家が追手を放ち、アルト伯爵が『誘拐事件』をでっち上げた。王都中が捜索中」
「終わりか……いや、まだだ」
掌の封印が疼く。リオナは立ち上がった。
「今度は逃げるだけじゃない。俺の魔法で終わらせる」
アーヴィンが剣を握って立ち上がった。
「一緒に戦おう」
夜空の下、二人の絆は強くなった。
「これで……アルト伯爵の偽りを暴ける」
革袋に書類を詰めて、ノエルに手紙を託した。
「明日の結婚式当日、王室通信陣にこれを届けて。破談を正式に認めさせるんだ」
ノエルが不安げに眉を寄せた。
「リオナ様、本当に大丈夫ですか?公爵様が見つけたら……」
「それが狙いだ。父上が激怒した隙に逃げようと思う。
アーヴィン団長には手紙を出した。迎えに来てくれるのを信じるんだ」
リオナは自分の掌を見下ろした。そこに刻まれた魔法陣の痕跡が、微かに疼いている。
幼い頃、病弱な母を救おうと暴走した治癒魔法。その力が制御を失い、屋敷全体を包むほどの光を放ったことがあった。
エルド公爵は「家の秩序を乱す危うい力」と判断し、リオナの両手に封印の印を刻んだのだ。
「お前の力は危うい。今後は二度と使うな。
治癒魔法は、医師に任せればいい」
それ以来、リオナは自分の意志で魔法を呼び起こせなくなった。Ωの繊細な体質に、強力すぎる治癒魔力が宿るのは不釣り合いだと、父は断じたのだ。
「でも、今は違う。何かが変わった。封印の疼きが、前とは違う……」
二度目の人生で何かが動き始めている。アーヴィンのそばにいると、特に掌が熱を持つ。まだ言葉にはできないが、確かな変化だった。
***
白銀の髪に金の髪飾り、純白の礼装に身を包んだリオナは祭壇で微笑む仮面を付けた。
金髪碧眼のアルト伯爵が堂々とした態度で隣に立ち、王室使者が祝福の言葉を述べる。貴族たちの拍手が響く中、リオナはノエルに目配せを送った。
式の最中、ノエルが王室通信陣に証拠書類を送信。聖堂内に青白い魔法通信の光が瞬き、冷厳な声が響き渡る。
「フェルデン家アルト伯爵、α偽装薬使用の疑い。王室調査開始。
リオナ・セイクリッドとの結婚は無効」
聖堂が一瞬で凍りついた。アルト伯爵の顔から血の気が引き、エルド公爵が絶叫する。
「王室通信だと!?何事だ!リオナ、貴様だな。一体何をした!」
混乱の中、リオナは静かに白銀の髪を解いた。純白の礼装が月明かりに映える。
「父上、アルト伯爵。俺は貴方達の道具ではありません。王室の判断に従います」
アルト伯爵がリオナの腕を掴もうとした瞬間、ノエルが割って入る。
「こちらです、リオナ様!」
裏口の夜風が礼装の裾を揺らし、待機していたアーヴィン団長の馬車へ飛び乗った。馬車が動き出すと同時に、聖堂から怒号が響き渡った。
***
馬車に乗って着いた宿屋は粗末な木造の部屋だった。
薄汚れた壁に夕日が差し込み、リオナは初めての自由を噛みしめた。
Ωのフェロモンが漏れないよう抑制薬を飲み、隣で剣を磨くアーヴィン団長を盗み見る。
「なぜ、俺を手紙で呼んだ?騎士として、公爵家の逃亡者を助けるのは重罪だぞ」
低い声に、リオナは静かに答えた。
「それでも、あなたは助けに来てくれた」
アーヴィンの手が止まり、琥珀の瞳がリオナを捉える。
「前からアルト伯爵には疑いの目が向けられていたからな。王国騎士団としても、君の証拠は重要だ。それに……」
言葉を切り、アーヴィンは小さく笑った。
「十年前の少年を、放っておけなかった」
その言葉を聞いて、リオナの胸が温かくなった。
ふと、アーヴィンの左腕に刻まれた古い傷跡が目に入った。鋭利な刃物で抉られたような、深いものだ。
「団長、その傷……痛みますか?」
アーヴィンは腕を軽く撫で、苦笑いを浮かべた。
「戦場で負ったものだ。治癒魔法を使えば消えるが……残しておくことにしている。守れなかった仲間の戒めだ」
「戒め……」
「忘れないためにな。自己治癒に頼ると、判断が鈍ることもあるからな」
リオナはうなずき、自分の掌を見つめた。父が施した封印の印もまた、同じように心に刻まれた戒めだったのかもしれない。
***
それからの日々は穏やかだった。市場で安いパンを買い、路地裏の魔法書店を覗き、夕暮れの川辺で語り合う。貴族社会から切り離された二人は、ありのままの自分で向き合えた。
ある日、リオナは川辺で手を洗うアーヴィンの傷跡をじっと見つめた。掌がうずく。封印の印が熱を持ち、指先に淡い光が灯る。
「リオナ?」
驚くアーヴィンの腕にそっと手を重ねると、光が溢れ出した。
傷跡が薄れ、滑らかな肌が現れた。
リオナは慌てて手を引いた。
「すみません。勝手に……!」
「いや……驚くべき魔法だ」
アーヴィンは癒えた腕を確かめ、感嘆の息を漏らした。
「君の治癒魔法は、ただ癒すだけじゃないな。優しい温かい光だ」
封印が緩んでいる。父の言葉とは裏腹に、リオナの力が必要とされた瞬間だった。
***
宿屋の屋根裏で二人は酒を酌み交わしていた。星明かりが隙間から差し込む。
「アーヴィン、俺は、ずっと誰かの道具だと思って生きてきた。愛される価値もないΩだと」
リオナは自嘲気味に笑った。
「でもあなたと出会って、初めて自分で選ぶ喜びを知った」
アーヴィンの表情が真剣になる。
「そんな風に思っていたのか……俺には君が、ずっと特別だった。守りたい衝動は十年前から変わらない」
αのフェロモンが濃くなり、リオナの体が熱を持つ。慌てて距離を取るが、アーヴィンは自制する。
「君が自由を望むなら、俺は待つ。自分で選ぶまで」
***
しばらくしてノエルからの密書が届いた。
「公爵家が追手を放ち、アルト伯爵が『誘拐事件』をでっち上げた。王都中が捜索中」
「終わりか……いや、まだだ」
掌の封印が疼く。リオナは立ち上がった。
「今度は逃げるだけじゃない。俺の魔法で終わらせる」
アーヴィンが剣を握って立ち上がった。
「一緒に戦おう」
夜空の下、二人の絆は強くなった。
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