【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの

文字の大きさ
3 / 38

第2話:強引な恋人ごっこ

しおりを挟む
昨日の昼休みの一件は、きっとタチの悪い、質の悪い夢かなにかだ。
そう、きっとそうだ。

手のひらに残っていた文庫本の熱も、耳の奥で繰り返される「よろしくな、悠真」という声も、全部まとめて幻覚か幻聴に違いない。

俺はそう自分に強く言い聞かせながら、翌朝、重い足取りで教室のドアを開けた。

できるだけ気配を消して、足音を忍ばせて、自分の聖域(サンクチュアリ)である窓際の一番後ろの席へと向かう。

昨日と同じ、平穏で退屈な日常が、そこに戻ってきているはずだ。

頼むから、そうであってくれ。


「おはよ、悠真!」

背後からかけられた、太陽みたいに明るくて、残酷なほど無邪気な声。

その瞬間、俺のささやかな希望は、足元でガラスみたいに砕け散った。

心臓が嫌な音を立てて、ぎゅっと縮こまる。

振り返るまでもない。けれど、無視するわけにもいかず、錆びついたブリキの人形のように、ぎこちなく身体を反転させた。


案の定、そこに立っていたのは神谷蓮だった。

少しだけ寝癖のついた髪すら様になっていて、爽やかな笑顔をその整った顔に貼り付けている。

「……なんで、下の名前で呼ぶんだ」

絞り出した声は、自分でも情けないと思うほど掠れていた。

「え? 恋人だろ?」

蓮は、心底不思議そうに首を傾げる。
その純粋な瞳が、俺の罪悪感を刺激する。いや、俺は何も悪くないはずだ。

「……なってない。昨日のは罰ゲームか何かの冗談だろ」

「まあまあ、固いこと言うなって」

けろりとした顔で俺の肩をぽん、と軽く叩き、蓮は自分の席へと戻っていく。

その一連の動作が、あまりにも自然で、流れるようで、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

教室中の視線が、またグサグサと俺に突き刺さる。

昨日よりもさらに好奇の色を増した、探るような、面白がるような視線だ。

「おい、マジで続いてんのかよ」
「蓮様、本気なのかな……。白石のどこがいいんだか」

ひそひそ話がさざ波のように広がる。

居心地の悪さに身を縮こまらせ、俺は逃げるように自分の席に座った。

最悪の予感は、どうやら的中するらしい。

◇ ◇ ◇

そして、その予感は昼休みに決定的なものとなった。

昨日と同じように購買で買ったパンの袋を開けていると、ずいっと目の前に大きな影が差した。

見上げなくてもわかる。
この教室で、こんなふうに太陽を背負える男は一人しかいない。

神谷蓮だ。

「悠真、弁当交換しよーぜ」
「は?俺はパンだけど」
「いいからいいから」

有無を言わさぬ口調で、蓮は綺麗なバンダナに包まれた弁当箱を、俺の机にドンと置いた。

そして、俺が抵抗するより早く、その大きな手で俺のメロンパンをひったくっていく。

「ちょ、おい!返せ!」
「ん、サンキュ。いただきまーす」

蓮はあっという間に俺のパンにかぶりつき、「うまっ」と満足げに笑う。
その屈託のなさが、本気で腹立たしい。

周りからは、
「蓮、お前それ白石のじゃん!」
「うわー、マジで交換してやがる!」
「それって間接キスじゃん!」

なんて囃し立てる声が聞こえてくる。

やめてくれ。本当に、やめてくれ。
ただでさえ目立ちたくないのに、公開処刑もいいところだ。

目の前には、彩り豊かな弁当が鎮座している。

蓋を開けると、ふっくらと厚い、見るからに美味しそうな卵焼きに、飾り切りのされた人参。
タコさんの形をした赤いウインナーまで入っている。

これを、クラス中の好奇と嘲笑の視線が集中する中で、食べろと?
拷問以外の何物でもない。

「……いらない」
「えー、なんで?俺、頑張って作ったのに」

「……はっ?」

聞き捨てならない言葉に、思わず顔を上げる。

「そう。今朝、悠真の分もって思って、久しぶりに弁当作ったわ~」

悪びれもせず、蓮はにこりと笑う。

この男は、サッカーができて、顔が良くて、性格も良くて、その上料理までできるのか。
そりゃあモテるはずだよ。神様は不公平だ。

俺が心の中で毒づいていると、蓮が不思議そうに首を傾げた。

「食わねーの?じゃあ、俺が食わしてやろっか?ほら、あーん、って」

「食べる!食べるからやめろ!」

蓮が卵焼きを箸でつまんで差し出す真似をした瞬間、俺は悲鳴に近い声でそう叫んでいた。

羞恥で顔から火が出そうだ。
これをクラスのど真ん中でやられたら、俺はもう二度と学校に来られない。

俺は半ばヤケクソで、そのやたらと豪華な弁当に箸をつけた。

卵焼きを一つ、口に放り込む。
ほんのり甘くて、出汁の味がしっかり効いていて……美味しい。

悔しいけど、めちゃくちゃ美味しい。

そんな俺の様子を、蓮は満足そうににこにこと眺めていた。

その視線が気恥ずかしくて、俺は俯いて、ただ黙々と弁当を口に運んだ。

◇ ◇ ◇ 

そして、悪夢は放課後まで続いた。

あいつに捕まる前に帰ってやる。

俺は五時間目が終わる頃から、いつでも逃げ出せるように準備を始めていた。

そして、終業のチャイムが鳴り響くと同時に、猛ダッシュで教科書やノートをカバンに詰め込む。

よし、完璧だ。

教室の誰よりも早く準備を終えた俺は、勝利を確信して意気揚々と席を立った。

しかし――。

「帰るぞ、悠真」

教室の後ろのドアのところで、腕を組んだ蓮が仁王立ちしていた。

壁に軽くもたれかかる姿が、なぜか様になっているのがまた腹立たしい。

まるで、俺が出てくるのを完全に予測して、待ち構えていたかのようだ。

「……なんで待ってるんだ」
「なんでって、一緒に帰るためだけど?」
「いや、用事もないのに……」
「恋人が一緒に帰るのに、理由なんていらねーだろ」

蓮はそれが世界の真理であるかのように、当たり前の顔でそう言うと、俺の腕をぐっと掴んだ。

サッカーで鍛えられた、骨張った力強い手。

抵抗する間もなかった。

その手に引かれるまま、俺は教室を出るしかない。

「おい、蓮!部活はいいのかよ!」

後ろからサッカー部員の友人の声が飛ぶが、蓮は振り返りもせず「今日は休みー!」と軽く手を振るだけだ。

嘘つけ。お前が自主練を休むなんて、聞いたことがない。

掴まれた腕が、熱い。

なんでこいつは、こんなことをするんだ?

俺をからかって、一体何が楽しいっていうんだ?

罰ゲームなら、もう十分だろう。

訳がわからないまま、俺は夕日に照らされた廊下を、太陽みたいに笑う男に引きずられていく。

こうして、俺の意思とは完全に無関係に、神谷蓮との「恋人ごっこ」の毎日が幕を開けた。

平穏だった俺の高校生活は、一体どこへ行ってしまったんだろう。

あの男によって、跡形もなく燃やし尽くされたみたいだ。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル! 穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。 なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。 藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。 自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...