【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの

文字の大きさ
12 / 38

第11話:一年後も、こうしていたらいい

長かったようで、あっという間だった夏休みが終わり二学期が始まると学校は文化祭の準備で一気に浮かれた空気に包まれた。

夏の気だるさを引きずっていた教室は、まるで魔法にかけられたかのように活気づき、生徒たちの声はいつもよりワントーン高く、弾んでいるように聞こえる。

俺たちのクラスの出し物は、くじ引きで決まった定番中の定番である「喫茶店」

「えー、喫茶店かよ、つまんねー」

「どうせならお化け屋敷とかがよかったのに」

最初はそんな文句を言う者もいたが、いざ準備が始まると誰もが子供のように目を輝かせて、楽しそうだった。

教室の後ろに追いやられた机を運び出し、段ボールで壁やカウンターの骨組みを作る。

ホームセンターで買ってきたベニヤ板を、慣れない手つきでノコギリで切り、金槌で打ち付けるリズミカルな音。

ペンキのツンとした刺激的な匂いと、新しい木材の匂いが混じり合った、文化祭特有の匂いが教室に満ちていた。

放課後の教室は、普段の静けさが嘘のように、活気と熱気に満ちていた。

もちろん、その喧騒の中心にいるのは、神谷蓮だ。

持ち前のリーダーシップと、誰からも好かれる不思議なカリスマ性で、最初はバラバラだったクラスメイトたちを巧みにまとめ上げ、作業をぐいぐいと進めていく。

その姿は、まるでオーケストラの指揮者のようだった。

「悠真!そこの壁、色ムラになってるから手伝ってくれ!」

「おう、白石!蓮様がお呼びだぞー!早く行ってやれよ!」

「白石、このデザイン、どっちがいいと思う?」

クラスの実行委員でも何でもないのに、俺はいつの間にか、蓮の専属アシスタントのようなポジションにすっかり収まっていた。

最初は「なんで俺が」と思っていた。面倒なことに巻き込まれた、と。

けれど、文句を言ったところで、この男には通用しないととっくに学習したし、何より、みんなで汗を流して何かを必死に作り上げるという行為そのものが、少しだけ新鮮で……悪くなかった。

教室の隅で、本の世界にだけ閉じこもっていた俺が、今、その輪の中心近くにいる。

ペンキでジャージの袖を汚し、クラスメイトとどうでもいい冗談を言い合い、腹を抱えて笑っている。

全部、蓮のせいだ。

いや、蓮の、おかげ、なのかもしれない。

あいつが、俺をこの、眩しくて、温かい場所に無理やり引きずり出してくれたんだ。

その日は、内装のペンキ塗りと装飾の作業が思いのほか長引いた。

「この柱、もう一回塗った方がよくない?」

「この飾りの位置、もっと上の方がいいって!」

「てか、俺らの店の名前、何にする?」

誰からともなく上がる声に、みんなで頭を悩ませる。
熱中していると、時間の流れはあっという間だ。

気づけば、窓の外はすっかり深い藍色の闇に包まれ、教室に残っているのは俺と蓮、それに数人のクラスメイトだけになっていた。

「よし、今日はここまで!みんな、おつかれー!」

蓮の一声で、その日の作業は終わりになった。

みんなが「疲れたー」「腹減ったー」と言いながらも、どこか満足げな顔で道具を片付け、カバンを手に取る。
その顔には、心地よい疲労感が浮かんでいた。

俺も、使っていた刷毛を水道で丁寧に洗い、帰る準備を始めた。

「じゃあな、蓮!白石も、また明日な!」

「おつかれー」

ぞろぞろとクラスメイトが帰っていき、最後に教室の鍵を閉める役目だった俺と蓮だけが、がらんとした教室に残された。

シンと静まり返った教室は、ついさっきまでの喧騒が嘘のようだ。
ペンキと、木材と、そして、みんなの汗の匂いが混じり合った、文化祭特有の匂いがした。

「帰るか」

「……ああ」

二人並んで、誰もいない夜の廊下を歩く。
俺たちの足音だけが、やけに大きく、コツ、コツと響いた。

開け放たれた窓から吹き込む風は少しだけ、秋の気配をまとっていて、作業で火照った体に心地いい。

黙って歩く時間が、気まずくない。

いつからだろう?
こいつの隣が、こんなにも当たり前になったのは。

最初の頃の、心臓がうるさくて、周囲の視線が痛いだけの、緊張を強いられる関係じゃない。
もっと、穏やかで、自然で、名前のない何かが、俺たちの間にゆっくりと生まれている気がした。

それは、友情よりは少しだけ甘く、でも、恋と呼ぶにはあまりにも曖昧な、居心地の良い空気。

ふと、隣を歩く蓮が、窓の外を見上げて足を止めた。
つられて俺も立ち止まる。

磨き上げられた窓ガラスの向こう、真っ暗な夜空には、頼りない三日月が、鋭いナイフのように浮かんでいた。

「……なんか、いいな。こういうの」
蓮が、ぽつりと呟いた。

「なにが」

「んー、全部。みんなで馬鹿みたいに騒いで、ヘトヘトになるまで作業して。で、こうやって……お前と二人で帰るの」

そう言う蓮の横顔は、いつもの太陽みたいにギラギラと輝いているんじゃなくて、夜の闇に溶けてしまいそうなほど静かで、穏やかだった。

その瞳は、三日月と同じ、どこか寂しげな光を宿しているように見えた。
そして、蓮は俺の方を見て、ふわりと笑った。

それは、今まで見たどの笑顔とも違っていた。
少しだけ寂しそうな、でも、心の底からの願いがこもったような、そんな、見たことのない笑顔だった。

「一年後も、こうしていたらいいな」

「…………え」

言葉が、出なかった。
心臓を、直接、冷たい手でぎゅっと、強く掴まれたような衝撃。

一年後。

その言葉が、俺たちの間にある「期限」という名の分厚い壁を、残酷なまでにはっきりと意識させた。

そうだ。この関係は、一年だけのはずだった。
来年の今頃には、俺たちはまた、ただのクラスメイトに戻っている。

いや、こんなめちゃくちゃな「ごっこ」をした後で、ただのクラスメイトに、本当に戻れるんだろうか。
俺は、蓮がいない日常に、戻れるんだろうか。
その時、俺はどんな顔をして、蓮の隣にいればいい?

俺が何も言えずに凍りついていると、蓮は「なーんてな!」と、慌てて取り繕うように、おどけて笑ってみせた。
そして、俺の肩をばしんと強く叩く。

いつもの、軽薄で、自信過剰な、神谷蓮に戻っていた。

「さ、帰るぞ!腹減って死にそうだわ!」

ぐい、と背中を押される。
俺はそれに逆らうこともできず、再び歩き出した。

でも、頭の中では、さっきの蓮の言葉と、あの寂しそうな笑顔が、何度も何度もリフレインしていた。

『一年後も、こうしていたらいいな』

冗談で流すには、あまりにも切実な響きだった。
それは、蓮の本心からの、祈りのような言葉だったんじゃないか。

俺は、どうなんだろう。
一年後、こいつが隣にいない日常を、俺は、平然と受け入れられるんだろうか。

その時、初めて、はっきりと自覚した。
いや、本当はもっと前から気づいていたのかもしれない。

水族館で、映画館で、夏祭りで。
何度もその感情の芽生えを感じていた。
でも、認めるのが怖かっただけだ。

この「恋人ごっこ」が、終わってほしくない、と。

そう、心の底から願ってしまっている自分がいることに。
一年後も、その先もずっと、神谷蓮の隣にいたい、と。

その、あってはならないはずの願いは、夜空の三日月のように、静かに、でも鋭く、俺の胸に突き刺さっていた。



感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

夢の中の告白

万里
BL
バレー部のムードメーカーで、クラスのどこにいても笑い声の中心にいる駆(かける)。好奇心と高いコミュニケーション能力を持つ彼は、誰とでもすぐに打ち解けるが、唯一、澪(れい)にだけは、いつも「暑苦しい」「触んな」と冷たくあしらわれていた。 そんな二人の関係が、ある日の部活帰りに一変する。 あまりの疲れに電車で寝落ちした駆の耳元で、澪が消え入りそうな声で零した「告白」。 「……好きだよ、駆」 それは、夢か現(うつつ)か判然としないほど甘く切ない響きだった。

αの生徒会長、ライバルαに「欲しい」と言われる

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
西園寺は優秀なαやΩが多く通う高校の生徒会長だ。西園寺家の次男として常にトップを走って来たが、同じ特別クラスの山田には完全に勝つことができない。次第に山田のことをライバルだと思うようになっていたある日、人気のない教室で山田が誰かとキスしているのを見てしまい……。 [「ポッと出」の優秀なα×家柄のいい生徒会長α/BL]

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

その告白は勘違いです

雨宮里玖
BL
高校三年生の七沢は成績が悪く卒業の危機に直面している。そのため、成績トップの有馬に勉強を教えてもらおうと試みる。 友人の助けで有馬とふたりきりで話す機会を得たのはいいが、勉強を教えてもらうために有馬に話しかけたのに、なぜか有馬のことが好きだから近づいてきたように有馬に勘違いされてしまう。 最初、冷たかったはずの有馬は、ふたりで過ごすうちに態度が変わっていく。 そして、七沢に 「俺も、お前のこと好きになったかもしれない」 と、とんでもないことを言い出して——。 勘違いから始まる、じれきゅん青春BLラブストーリー! 七沢莉紬(17) 受け。 明るく元気、馴れ馴れしいタイプ。いろいろとふざけがち。成績が悪く卒業が危ぶまれている。 有馬真(17) 攻め。 優等生、学級委員長。クールで落ち着いている。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」