【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜

なの

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第15話:約束の金曜日と図書室の寝顔

蓮と「毎週金曜日は一緒に帰る」という他愛のない、でも俺たちにとっては特別な約束をしてから、初めての金曜日がやってきた。

その日は朝から、どこか落ち着かなかった。

授業中も、時折ちらりと蓮の方を見ては、目が合ってしまいそうになって慌てて逸らす。そのたびに、蓮は面白そうに口の端を上げて俺だけにわかるように小さく笑う。そのやり取りだけで、俺の心臓は馬鹿みたいに音を立てた。

そして、週の終わりの授業がすべて終わる。

帰りのホームルームが終わるや否や、サッカー部のジャージではなく体操着に着替えた蓮が俺の席にやってきた。

「悠真、わりい!体育祭のクラス代表対抗リレー、アンカーに選ばれちまってさ。その練習で少し長引くかもしれねえ」

「……そうか」

「だから、先に帰ってていいぞ。約束はまた来週からってことで」

そう言って蓮は本当に申し訳なさそうに眉を下げて頭を掻いた。
でも、俺は静かに首を横に振る。

「いや、待ってる」

俺の自分でも驚くほどはっきりとした声に、蓮がきょとんとした顔をした。

「え?」

「約束、だろ。『何があっても待ってることにする』って。お前が言ったんじゃないか」

俺がそう言うと、蓮は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、それから今まで見たことがないくらい嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにして笑った。

まるで、最高のプレゼントをもらった子供のような、純粋な笑顔だった。

「……そっか。うん。じゃあ、なるべく早く終わらせてくる。いい子で待ってろよ」

ぽん、と大きな手が俺の頭に置かれ、子供をあやすように、でもどこか慈しむように、優しく撫でられる。
その手の温かさに、俺は何も言えなくなる。

蓮は「じゃあな!」と、その場に似合わないほど大きな声で言うと、嵐のように教室を出て行った。

残された俺は、頭に触れられた場所がじわりと熱くなるのを感じながら、その場にしばらく立ち尽くしていた。

◇◇◇

教室で一人で待っているのも手持ち無沙汰で、俺は校内の図書室へ向かった。

放課後の図書室は数人の生徒がいるだけで、シンと静まり返っている。 
古びた紙の匂いと、少しだけ埃っぽい木の匂い。その、時が止まったような空間が、俺は昔から一番好きだった。

窓際の、一番奥の席に座り、読みかけの文庫本を開く。
活字を追っていると、不思議とささくれ立っていた心が落ち着いていく。
窓の外からは、グラウンドで練習に励む生徒たちの声が、遠くに聞こえてくる。その、熱気を帯びた喧騒の中に、きっと蓮の声も混じっているのかもしれない。そう思うだけで、その声を探そうと耳を澄ませている自分がいた。

どれくらい時間が経っただろうか。
心地よい静けさと、一日分の授業の疲れが、じわじわと体に染み渡ってくる。
瞼が、鉛のように重い。
少しだけ、ほんの少しだけ目を閉じるつもりが、俺の意識はゆっくりと、穏やかな眠りの海へと沈んでいった。

◇◇◇

(蓮視点)

リレーの練習を終え汗だくのまま急いで教室に戻ったが、そこに悠真の姿はなかった。
心臓が、ひやりと冷たくなる。
先に帰ったのか?
いや、違う。あいつは「待ってる」と言った。
あいつが、俺との約束を破るはずがない。

校内を探し回って、最後にたどり着いたのは図書室だった。

静かに扉を開けると、夕日でオレンジ色に染まった部屋の、一番奥の席で眠っている悠真を見つけた。
机に突っ伏し、読みかけの文庫本を枕にするようにして、すう、すう、と穏やかな寝息を立てている。

いつもは少し近寄りがたい雰囲気をまとって、本の世界に閉じこもっているくせに、今はすっかり無防備で、あどけない寝顔を晒していた。

その姿を見た瞬間、心臓をぎゅっと、強く掴まれたような、甘くて苦しい感情が込み上げてきた。

俺のために、待っていてくれたのか。
この、どうしようもなく愛おしい存在が。

起こさないように、そっと隣の椅子を引いて腰を下ろす。
夕日に照らされて、色素の薄い髪がキラキラと光っている。その、柔らかな髪に、そっと指先で触れた。

びくり、と悠真の肩が小さく揺れる。でも、目を覚ます気配はない。
俺は、練習で火照った体のまま、しばらくその寝顔を見つめていた。

リレーの練習で、少しだけ無理をした。
胸の奥が、時々ずきりと痛む。嫌な痛みだ。
でも、そんな体の痛みも、悠真のこの穏やかな寝顔を見ていると、不思議と和らいでいく気がした。
こいつが、俺の薬なのかもしれない。俺を生かしてくれる、唯一の光。

もう少しだけ、このままで。
この穏やかな時間が、永遠に続けばいいのに。
俺は、心の底からそう願った。神様がいるなら、この時間だけは、奪わないでくれと。

◇◇◇

「……ん」

不意に、悠真が身じろぎをして、ゆっくりと目を開けた。
寝ぼけ眼で俺の顔を認めると、驚いたようにぱちくりと瞬きをする。その仕草が、小動物みたいで可愛い。

「……れん?いつから……」

「今来たとこ。よく寝てたな」

俺がそう言って笑うと、悠真は自分が寝ていたことに気づいて、顔を真っ赤にした。

「……待ってるつもりが……」

「いいって。お前の可愛い寝顔、独り占めできたから、俺の勝ち」

「……ばか。何が勝ちだ」

悪態をつきながらも、その顔は嬉しそうだ。それがわかるから俺はこいつをからかうのがやめられない。

俺たちは、静かに図書室を出て、誰もいない夕暮れの廊下を並んで歩いた。

「練習、どうだったんだ」

ふと、悠真が尋ねた。

「ん?楽勝だって。俺の走り、見せてやりたかったわ~本番、楽しみにしてろよ」

俺はいつものように、自信満々に笑って見せた。

でも、悠真は何か言いたげに、じっと俺の顔を見ている。その、全てを見透かすような、静かな瞳。

こいつには、敵わないのかもしれない。俺が無理して笑っていることなんて、とっくにお見通しなのかもしれない。

「帰るか」

俺は、その視線から逃れるように、少しだけ歩調を速めた。
繋ぎたい手を、ぐっと堪える。今はまだ、その時じゃない。その資格は、まだ俺にはない。

約束の金曜日。
二人で並んで帰る、夕暮れの道。

この何でもない時間が、俺にとって、命そのものみたいに、大切だった。
この時間を守るためなら、俺はなんだってできる。そう、強く思った。


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