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【番外編】もしも、君が隣で笑っていたなら
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もしも、神谷蓮が病気じゃなかったら。
俺たちの物語は、きっと、もっとありふれていて、もっと穏やかで、そして、どこにでもあるような、きらきらした青春の一ページとして、紡がれていただろう。
◇◇◇
高校二年の昼休み。
俺、白石悠真は、教室の隅で本を読むのをやめ、クラスの中心で馬鹿みたいに笑っている輪の中に当たり前のように混ざっていた。
「悠真、お前もそう思うだろ?」
隣に座る蓮が、俺の肩を馴れ馴れしく抱きながら同意を求めてくる。
俺は「うるさい」とだけ返して、蓮の作ってくれた卵焼きを口いっぱいに頬張った。
その、ぶっきらぼうな俺の態度に、蓮も周りの仲間たちも、もう慣れたもので、「出たよ、白石のツンデレ」なんて言って、からかうように笑う。
俺たちの関係は、あの突拍子もない告白から始まったけれど、そこに「期限」なんていう、物悲しい約束は存在しなかった。
ただ、クラスの人気者と、その隣にいる、少しだけ無愛想な本好きの男。
そんな恋人同士として、俺たちの時間は流れていった。
放課後は、サッカー部の練習に打ち込む蓮の姿を、グラウンドの隅で眺めるのが俺の日課だった。
泥だらけになってボールを追いかけ、ゴールを決めて仲間と抱き合う、太陽みたいなあいつの姿。
その笑顔に、胸を締め付けるような痛みも不安のかけらも、どこにもなかった。
ただ、眩しいな、と。そう思うだけだった。
練習が終わると、二人で並んで、夕日が長い影を作る道を帰る。
「今日の俺、カッコよかったろ?」
「別に」
「なんだよ、それ!ちょっとくらい褒めろって!」
そんな、くだらない軽口を叩き合いながら。
夏休みには、みんなで海に行った。
ビーチバレーで砂まみれになる蓮を、俺は少し離れた場所から眺めていた。
すると、蓮が俺に気づいて手招きをする。
「悠真!こっち来いよ!」
俺は首を横に振るが、結局、仲間に引きずられるようにして、その輪の中に加わることになる。
そんな、少しだけ強引で、でも優しいあいつのやり方が俺は嫌いじゃなかった。
文化祭も、体育祭も、蓮はいつもその中心で輝いていた。
俺は、その一番近くで、あいつの横顔を見ていた。
「来年も、また二人で」
そんな言葉が、何の衒いもなく、当たり前の未来として交わされた。
そして、高校最後の冬。
受験勉強で、ピリピリした空気が教室を支配する。
俺たちは、放課後の図書室で隣に座って参考書を開いた。
難しい数式に頭を抱える蓮に、俺が解き方を教える。
「悠真、すげーな。お前、マジで天才かよ」
「お前が馬鹿なだけだろ」
そんなやり取りも、俺たちの日常だった。
クリスマスには、イルミネーションが綺麗な公園で二人きりで過ごした。
マフラーに顔をうずめ、白い息を吐きながら他愛のない話をした。
蓮が、ポケットの中で俺の手をぎゅっと握ってくる。
その温かさが世界の全てだった。
◇◇◇
そして、卒業式。
俺たちは、同じ制服を着て、並んで卒業証書を受け取った。
蓮が、仲間たちから胴上げされているのを、俺は少しだけ離れた場所から誇らしい気持ちで眺めていた。
そこには、一抹の不安もなかった。
だって俺たちは、同じ大学に進学することが、決まっていたから。
春。
少し大きめのシャツに袖を通し、俺たちは同じ大学のキャンパスを歩いていた。
「なあ、悠真。なんか、信じらんねえな」
「何が」
「俺たちが、大学生で、まだこうして一緒にいるなんてさ」
そう言って笑う蓮の顔は、高校の頃よりも少しだけ大人びて。
でも、あの頃と何も変わらない、太陽みたいな笑顔だった。
俺たちは、同じサークルに入り、同じ講義を取り、時には喧嘩もしたけれど、すぐに仲直りした。
俺が本好きだからと、蓮は古本屋巡りにも付き合ってくれたし、俺も、蓮に付き合ってサッカーの試合を観に行くようになった。
それは、どこにでもある、ありふれた恋人たちの、ありふれた幸せな時間。
病気の影も、期限の絶望もない、光に満ちた日々。
もしも、蓮が病気じゃなかったら。
俺たちはきっと、そんな風に、誰もが羨むような、完璧な青春を謳歌していただろう。
◇◇◇
……でも、俺は思うのだ。
ソファの隣で、穏やかな顔でうたた寝をしている、今の蓮の寝顔を見ながら。
俺たちが過ごした、あの地獄のような日々。
会いたくても会えない、もどかしい時間。
一人きりで耐えた、孤独な夜。
それらすべてがあったからこそ、俺たちは、誰よりも強く結ばれたのだと。
失われた時間は、あまりにも多い。
でも、その空白の時間が、俺たちに「当たり前の日常」が、どれほど奇跡的で、かけがえのないものかを教えてくれた。
手を繋げること。
おはよう、と声を掛け合えること。
一緒にご飯を食べること。
そして、隣で、こうして眠る相手の寝息を聞けること。
その一つ一つが、俺たちが命を懸けて手に入れた、宝物なのだ。
もしもの世界は、きっと、眩しいほどに輝いていただろう。
でも、俺は、そんなあり得たかもしれない未来よりも。
傷だらけで、遠回りして、それでもお互いの手を見つけ出し、離さなかった、この「現実」を。
心の底から、愛している。
「……おかえり、蓮」
俺は、眠る蓮の髪をそっと撫でながら、小さな声で呟いた。
もう、夢も、IFもいらない。
俺たちの物語は、ここにあるのだから。
*番外編までお読みくださり、ありがとうございました。
俺たちの物語は、きっと、もっとありふれていて、もっと穏やかで、そして、どこにでもあるような、きらきらした青春の一ページとして、紡がれていただろう。
◇◇◇
高校二年の昼休み。
俺、白石悠真は、教室の隅で本を読むのをやめ、クラスの中心で馬鹿みたいに笑っている輪の中に当たり前のように混ざっていた。
「悠真、お前もそう思うだろ?」
隣に座る蓮が、俺の肩を馴れ馴れしく抱きながら同意を求めてくる。
俺は「うるさい」とだけ返して、蓮の作ってくれた卵焼きを口いっぱいに頬張った。
その、ぶっきらぼうな俺の態度に、蓮も周りの仲間たちも、もう慣れたもので、「出たよ、白石のツンデレ」なんて言って、からかうように笑う。
俺たちの関係は、あの突拍子もない告白から始まったけれど、そこに「期限」なんていう、物悲しい約束は存在しなかった。
ただ、クラスの人気者と、その隣にいる、少しだけ無愛想な本好きの男。
そんな恋人同士として、俺たちの時間は流れていった。
放課後は、サッカー部の練習に打ち込む蓮の姿を、グラウンドの隅で眺めるのが俺の日課だった。
泥だらけになってボールを追いかけ、ゴールを決めて仲間と抱き合う、太陽みたいなあいつの姿。
その笑顔に、胸を締め付けるような痛みも不安のかけらも、どこにもなかった。
ただ、眩しいな、と。そう思うだけだった。
練習が終わると、二人で並んで、夕日が長い影を作る道を帰る。
「今日の俺、カッコよかったろ?」
「別に」
「なんだよ、それ!ちょっとくらい褒めろって!」
そんな、くだらない軽口を叩き合いながら。
夏休みには、みんなで海に行った。
ビーチバレーで砂まみれになる蓮を、俺は少し離れた場所から眺めていた。
すると、蓮が俺に気づいて手招きをする。
「悠真!こっち来いよ!」
俺は首を横に振るが、結局、仲間に引きずられるようにして、その輪の中に加わることになる。
そんな、少しだけ強引で、でも優しいあいつのやり方が俺は嫌いじゃなかった。
文化祭も、体育祭も、蓮はいつもその中心で輝いていた。
俺は、その一番近くで、あいつの横顔を見ていた。
「来年も、また二人で」
そんな言葉が、何の衒いもなく、当たり前の未来として交わされた。
そして、高校最後の冬。
受験勉強で、ピリピリした空気が教室を支配する。
俺たちは、放課後の図書室で隣に座って参考書を開いた。
難しい数式に頭を抱える蓮に、俺が解き方を教える。
「悠真、すげーな。お前、マジで天才かよ」
「お前が馬鹿なだけだろ」
そんなやり取りも、俺たちの日常だった。
クリスマスには、イルミネーションが綺麗な公園で二人きりで過ごした。
マフラーに顔をうずめ、白い息を吐きながら他愛のない話をした。
蓮が、ポケットの中で俺の手をぎゅっと握ってくる。
その温かさが世界の全てだった。
◇◇◇
そして、卒業式。
俺たちは、同じ制服を着て、並んで卒業証書を受け取った。
蓮が、仲間たちから胴上げされているのを、俺は少しだけ離れた場所から誇らしい気持ちで眺めていた。
そこには、一抹の不安もなかった。
だって俺たちは、同じ大学に進学することが、決まっていたから。
春。
少し大きめのシャツに袖を通し、俺たちは同じ大学のキャンパスを歩いていた。
「なあ、悠真。なんか、信じらんねえな」
「何が」
「俺たちが、大学生で、まだこうして一緒にいるなんてさ」
そう言って笑う蓮の顔は、高校の頃よりも少しだけ大人びて。
でも、あの頃と何も変わらない、太陽みたいな笑顔だった。
俺たちは、同じサークルに入り、同じ講義を取り、時には喧嘩もしたけれど、すぐに仲直りした。
俺が本好きだからと、蓮は古本屋巡りにも付き合ってくれたし、俺も、蓮に付き合ってサッカーの試合を観に行くようになった。
それは、どこにでもある、ありふれた恋人たちの、ありふれた幸せな時間。
病気の影も、期限の絶望もない、光に満ちた日々。
もしも、蓮が病気じゃなかったら。
俺たちはきっと、そんな風に、誰もが羨むような、完璧な青春を謳歌していただろう。
◇◇◇
……でも、俺は思うのだ。
ソファの隣で、穏やかな顔でうたた寝をしている、今の蓮の寝顔を見ながら。
俺たちが過ごした、あの地獄のような日々。
会いたくても会えない、もどかしい時間。
一人きりで耐えた、孤独な夜。
それらすべてがあったからこそ、俺たちは、誰よりも強く結ばれたのだと。
失われた時間は、あまりにも多い。
でも、その空白の時間が、俺たちに「当たり前の日常」が、どれほど奇跡的で、かけがえのないものかを教えてくれた。
手を繋げること。
おはよう、と声を掛け合えること。
一緒にご飯を食べること。
そして、隣で、こうして眠る相手の寝息を聞けること。
その一つ一つが、俺たちが命を懸けて手に入れた、宝物なのだ。
もしもの世界は、きっと、眩しいほどに輝いていただろう。
でも、俺は、そんなあり得たかもしれない未来よりも。
傷だらけで、遠回りして、それでもお互いの手を見つけ出し、離さなかった、この「現実」を。
心の底から、愛している。
「……おかえり、蓮」
俺は、眠る蓮の髪をそっと撫でながら、小さな声で呟いた。
もう、夢も、IFもいらない。
俺たちの物語は、ここにあるのだから。
*番外編までお読みくださり、ありがとうございました。
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はじめまして。
お話しを読んで引き込まれてしまい、泣いてしまいました。
でも、病気が治り2人の気持ちがまた、動き出して嬉しかったです。
また、楽しみにしています^ - ^
たにこさんコメントありがとうございます。
泣いてしまったとのこと、ごめんなさいね。
これからも、心に残る作品を書きたいと思います。
本当にありがとうございます。
はじめまして。
作品拝読いたしました。
辛くて苦しくて途中で止めようかと思いながら一気に読んでしまいました。
どこかシーグラスのような少し哀しくて幸せな物語をありがとうございます。
mionn-naさん
コメントありがとうございます。正直、ここまで辛くしなくても…と思いながら執筆してました。
シーグラス…とても素敵な表現をしてくれてありがとうございました。
読めて良かったです!
wtgさんコメントありがとうございます。
お読みいただき、コメント頂けて嬉しいです。ありがとうございました。