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鎖をほどく夜
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朝陽は自室を出て、宮殿の奥にある小さな書斎へと向かった。ここは誰も使わない静かな部屋で、扉を閉めれば外の喧騒もほとんど届かない。心を落ち着けたいとき、何度か訪れたことがあった。
初めて使った境界の力の反動で、身体はひどく消耗し、立っているのもやっとだった。
椅子に腰を下ろし、朝陽は深く息を吐いた。遠くでまだ戦の余韻のような音が聞こえているが、それ以上に頭の中が騒がしい。レオンハルトとの言い争いが、繰り返し脳裏をよぎる。
「俺のもの……」
ぽつりと呟いた自分の声が、部屋の静寂に染み込んでいく。
愛してると言いながら、自分の気持ちを全く聞こうとしないレオンハルト。二十歳の朝陽にとって、自分の意志を尊重されないことは、施設でのいじめと同じくらい辛いことだった。
「俺は物じゃない……自分で考えて、自分で決めたいのに……」
肩を震わせ、朝陽は顔を伏せた。あの言葉は、施設でいじめられていた頃の記憶を呼び起こす。自分の意志を踏みにじられるのが、こんなにも苦しいものだと、改めて思い知らされた。
家族を失った悲しみに加え、大切な人との関係まで壊れてしまった。人間界に帰りたいと言ったのは本心だった。このまま魔界にいても、レオンハルトの過保護に押し潰されてしまいそうだ。
「守られてばかりじゃ、何も変わらないのに」
魔界に来てから、朝陽はたしかに守られてきた。けれどそれは、同時に殻に閉じ込められていたようでもあった。レオンハルトは何ひとつ悪気がないのだろう。それでも、過保護という鎖が朝陽の心を締め付ける。
「でも……レオンのこと、嫌いになれない」
涙が滲む。怒っているのに、悲しくてたまらない。レオンハルトへの想いは確かにある。ただ、愛し方が違うのだ。レオンハルトは守ることが愛であり、朝陽は共に在ることを望んでいる。そのすれ違いが、ふたりの距離を遠ざけていく。
涙が頬を伝い、やがて朝陽は静かに眠りに落ちた。
夜の冷気が窓から忍び込む書斎で、彼の身体は小さく震えていた。
***
一方、レオンハルトは執務室で机に突っ伏していた。朝陽との口論が頭から離れない。怒鳴り合った末に背を向けられたとき、心にぽっかりと穴が空いた気がした。
「……間違っていたのか、俺は」
小さく呟いた声が、部屋の静寂に吸い込まれていく。朝陽を守ることだけを考えていた。けれど、それは本当に愛だったのか――。
彼の脳裏に浮かんだのは、十五年前の記憶。人間界に朝陽を送り返したあの日。幼い朝陽の小さな手を、無理やり引き剥がしたときの泣き顔。二度と失いたくない。その想いが、いつしか執着に変わっていたのかもしれない。
「朝陽の気持ちを……ちゃんと見ていなかった」
自分の正しさばかりを信じて、朝陽の叫びに背を向けていた。愛していると言いながら、朝陽の自由を奪っていたのだ。
そこへ、控えめなノックが響く。扉の向こうから、リリィが遠慮がちに顔を覗かせた。
「レオンハルト様……朝陽様が、書斎にいらっしゃいます。でも……とても悲しそうで……」
その言葉に、レオンハルトの胸が締めつけられる。
「リリィ……俺は、どうすればいい?」
いつも威厳をまとっていた魔王が、今は弱々しく問う。その姿に、リリィは瞳を見開いた。
「朝陽様は、レオンハルト様を愛していらっしゃいます。ただ……気持ちを伝える場所を失ってしまっただけです。どうか……朝陽様の声を、ちゃんと聞いてあげてください」
リリィの言葉に、レオンハルトは目を伏せた。朝陽の言葉が胸に刺さる。
――俺の気持ちも、尊重してよ。
あのときの涙声が耳に焼きついて離れない。自分の愛が朝陽を傷つけていたなんて、想像もしなかった。
「愛し方が……違うだけ、か……」
ぽつりと呟いたその言葉に、リリィは小さく頷いた。
「愛してるなら、すれ違ったままではいけません。レオンハルト様なら……きっと、変われます」
レオンハルトはそっと立ち上がった。書斎へ向かおうとした足が、ふと止まる。今、会ってもまた同じ言葉をぶつけてしまうかもしれない。だからこそ、自分の心を整えなければならない。
リリィの言葉が、耳から離れない。
――愛し方が違う。
――朝陽様の気持ちを、大切にしてください。
それは、自分の中の常識を壊すような言葉だった。
だが、心の奥深くには、確かにその言葉が刺さっていた。
ようやく意を決して、彼は書斎へと足を運んだ。
「朝陽……次は、ちゃんとお前の声を聞くよ」
静かに呟いたその声は、決意と優しさを帯びていた。
愛するとは、ただ守ることではない。共に選び、共に歩くこと――そう気づき始めたレオンハルトの背には、確かに変化の兆しが宿っていた。
初めて使った境界の力の反動で、身体はひどく消耗し、立っているのもやっとだった。
椅子に腰を下ろし、朝陽は深く息を吐いた。遠くでまだ戦の余韻のような音が聞こえているが、それ以上に頭の中が騒がしい。レオンハルトとの言い争いが、繰り返し脳裏をよぎる。
「俺のもの……」
ぽつりと呟いた自分の声が、部屋の静寂に染み込んでいく。
愛してると言いながら、自分の気持ちを全く聞こうとしないレオンハルト。二十歳の朝陽にとって、自分の意志を尊重されないことは、施設でのいじめと同じくらい辛いことだった。
「俺は物じゃない……自分で考えて、自分で決めたいのに……」
肩を震わせ、朝陽は顔を伏せた。あの言葉は、施設でいじめられていた頃の記憶を呼び起こす。自分の意志を踏みにじられるのが、こんなにも苦しいものだと、改めて思い知らされた。
家族を失った悲しみに加え、大切な人との関係まで壊れてしまった。人間界に帰りたいと言ったのは本心だった。このまま魔界にいても、レオンハルトの過保護に押し潰されてしまいそうだ。
「守られてばかりじゃ、何も変わらないのに」
魔界に来てから、朝陽はたしかに守られてきた。けれどそれは、同時に殻に閉じ込められていたようでもあった。レオンハルトは何ひとつ悪気がないのだろう。それでも、過保護という鎖が朝陽の心を締め付ける。
「でも……レオンのこと、嫌いになれない」
涙が滲む。怒っているのに、悲しくてたまらない。レオンハルトへの想いは確かにある。ただ、愛し方が違うのだ。レオンハルトは守ることが愛であり、朝陽は共に在ることを望んでいる。そのすれ違いが、ふたりの距離を遠ざけていく。
涙が頬を伝い、やがて朝陽は静かに眠りに落ちた。
夜の冷気が窓から忍び込む書斎で、彼の身体は小さく震えていた。
***
一方、レオンハルトは執務室で机に突っ伏していた。朝陽との口論が頭から離れない。怒鳴り合った末に背を向けられたとき、心にぽっかりと穴が空いた気がした。
「……間違っていたのか、俺は」
小さく呟いた声が、部屋の静寂に吸い込まれていく。朝陽を守ることだけを考えていた。けれど、それは本当に愛だったのか――。
彼の脳裏に浮かんだのは、十五年前の記憶。人間界に朝陽を送り返したあの日。幼い朝陽の小さな手を、無理やり引き剥がしたときの泣き顔。二度と失いたくない。その想いが、いつしか執着に変わっていたのかもしれない。
「朝陽の気持ちを……ちゃんと見ていなかった」
自分の正しさばかりを信じて、朝陽の叫びに背を向けていた。愛していると言いながら、朝陽の自由を奪っていたのだ。
そこへ、控えめなノックが響く。扉の向こうから、リリィが遠慮がちに顔を覗かせた。
「レオンハルト様……朝陽様が、書斎にいらっしゃいます。でも……とても悲しそうで……」
その言葉に、レオンハルトの胸が締めつけられる。
「リリィ……俺は、どうすればいい?」
いつも威厳をまとっていた魔王が、今は弱々しく問う。その姿に、リリィは瞳を見開いた。
「朝陽様は、レオンハルト様を愛していらっしゃいます。ただ……気持ちを伝える場所を失ってしまっただけです。どうか……朝陽様の声を、ちゃんと聞いてあげてください」
リリィの言葉に、レオンハルトは目を伏せた。朝陽の言葉が胸に刺さる。
――俺の気持ちも、尊重してよ。
あのときの涙声が耳に焼きついて離れない。自分の愛が朝陽を傷つけていたなんて、想像もしなかった。
「愛し方が……違うだけ、か……」
ぽつりと呟いたその言葉に、リリィは小さく頷いた。
「愛してるなら、すれ違ったままではいけません。レオンハルト様なら……きっと、変われます」
レオンハルトはそっと立ち上がった。書斎へ向かおうとした足が、ふと止まる。今、会ってもまた同じ言葉をぶつけてしまうかもしれない。だからこそ、自分の心を整えなければならない。
リリィの言葉が、耳から離れない。
――愛し方が違う。
――朝陽様の気持ちを、大切にしてください。
それは、自分の中の常識を壊すような言葉だった。
だが、心の奥深くには、確かにその言葉が刺さっていた。
ようやく意を決して、彼は書斎へと足を運んだ。
「朝陽……次は、ちゃんとお前の声を聞くよ」
静かに呟いたその声は、決意と優しさを帯びていた。
愛するとは、ただ守ることではない。共に選び、共に歩くこと――そう気づき始めたレオンハルトの背には、確かに変化の兆しが宿っていた。
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~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
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※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
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