魔王が過保護すぎて逃げられません。~記憶喪失から始まる異世界執着愛〜

なの

文字の大きさ
18 / 50

鎖をほどく夜

しおりを挟む
朝陽は自室を出て、宮殿の奥にある小さな書斎へと向かった。ここは誰も使わない静かな部屋で、扉を閉めれば外の喧騒もほとんど届かない。心を落ち着けたいとき、何度か訪れたことがあった。

初めて使った境界の力の反動で、身体はひどく消耗し、立っているのもやっとだった。

椅子に腰を下ろし、朝陽は深く息を吐いた。遠くでまだ戦の余韻のような音が聞こえているが、それ以上に頭の中が騒がしい。レオンハルトとの言い争いが、繰り返し脳裏をよぎる。

「俺のもの……」

ぽつりと呟いた自分の声が、部屋の静寂に染み込んでいく。

愛してると言いながら、自分の気持ちを全く聞こうとしないレオンハルト。二十歳の朝陽にとって、自分の意志を尊重されないことは、施設でのいじめと同じくらい辛いことだった。

「俺は物じゃない……自分で考えて、自分で決めたいのに……」

肩を震わせ、朝陽は顔を伏せた。あの言葉は、施設でいじめられていた頃の記憶を呼び起こす。自分の意志を踏みにじられるのが、こんなにも苦しいものだと、改めて思い知らされた。

家族を失った悲しみに加え、大切な人との関係まで壊れてしまった。人間界に帰りたいと言ったのは本心だった。このまま魔界にいても、レオンハルトの過保護に押し潰されてしまいそうだ。

「守られてばかりじゃ、何も変わらないのに」

魔界に来てから、朝陽はたしかに守られてきた。けれどそれは、同時に殻に閉じ込められていたようでもあった。レオンハルトは何ひとつ悪気がないのだろう。それでも、過保護という鎖が朝陽の心を締め付ける。

「でも……レオンのこと、嫌いになれない」

涙が滲む。怒っているのに、悲しくてたまらない。レオンハルトへの想いは確かにある。ただ、愛し方が違うのだ。レオンハルトは守ることが愛であり、朝陽は共に在ることを望んでいる。そのすれ違いが、ふたりの距離を遠ざけていく。

涙が頬を伝い、やがて朝陽は静かに眠りに落ちた。
夜の冷気が窓から忍び込む書斎で、彼の身体は小さく震えていた。

***

一方、レオンハルトは執務室で机に突っ伏していた。朝陽との口論が頭から離れない。怒鳴り合った末に背を向けられたとき、心にぽっかりと穴が空いた気がした。

「……間違っていたのか、俺は」

小さく呟いた声が、部屋の静寂に吸い込まれていく。朝陽を守ることだけを考えていた。けれど、それは本当に愛だったのか――。

彼の脳裏に浮かんだのは、十五年前の記憶。人間界に朝陽を送り返したあの日。幼い朝陽の小さな手を、無理やり引き剥がしたときの泣き顔。二度と失いたくない。その想いが、いつしか執着に変わっていたのかもしれない。

「朝陽の気持ちを……ちゃんと見ていなかった」

自分の正しさばかりを信じて、朝陽の叫びに背を向けていた。愛していると言いながら、朝陽の自由を奪っていたのだ。

そこへ、控えめなノックが響く。扉の向こうから、リリィが遠慮がちに顔を覗かせた。

「レオンハルト様……朝陽様が、書斎にいらっしゃいます。でも……とても悲しそうで……」

その言葉に、レオンハルトの胸が締めつけられる。

「リリィ……俺は、どうすればいい?」

いつも威厳をまとっていた魔王が、今は弱々しく問う。その姿に、リリィは瞳を見開いた。

「朝陽様は、レオンハルト様を愛していらっしゃいます。ただ……気持ちを伝える場所を失ってしまっただけです。どうか……朝陽様の声を、ちゃんと聞いてあげてください」

リリィの言葉に、レオンハルトは目を伏せた。朝陽の言葉が胸に刺さる。

――俺の気持ちも、尊重してよ。

あのときの涙声が耳に焼きついて離れない。自分の愛が朝陽を傷つけていたなんて、想像もしなかった。

「愛し方が……違うだけ、か……」

ぽつりと呟いたその言葉に、リリィは小さく頷いた。

「愛してるなら、すれ違ったままではいけません。レオンハルト様なら……きっと、変われます」

レオンハルトはそっと立ち上がった。書斎へ向かおうとした足が、ふと止まる。今、会ってもまた同じ言葉をぶつけてしまうかもしれない。だからこそ、自分の心を整えなければならない。

リリィの言葉が、耳から離れない。

――愛し方が違う。
――朝陽様の気持ちを、大切にしてください。

それは、自分の中の常識を壊すような言葉だった。
だが、心の奥深くには、確かにその言葉が刺さっていた。

ようやく意を決して、彼は書斎へと足を運んだ。

「朝陽……次は、ちゃんとお前の声を聞くよ」

静かに呟いたその声は、決意と優しさを帯びていた。

愛するとは、ただ守ることではない。共に選び、共に歩くこと――そう気づき始めたレオンハルトの背には、確かに変化の兆しが宿っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。 男前受け

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼不定期連載となりました。 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...