月下、血の香りに導かれて ~吸血鬼の狂愛は血の香り~

なの

文字の大きさ
18 / 32
第4章:魂の契約と心の揺らぎ

第17話:ルシアンの過去の断片

生きる気力を失った律との日々は、ルシアンにとって永い生の中で初めて経験する静かな拷問だった。 

目の前に、何百年も探し続けた魂の片割れがいる。
その身体を腕に抱き、その血を味わうこともできる。しかし、その瞳には何の光も宿らず心は固く閉ざされている。
手に入れたはずの至宝は、その輝きを失ってしまった。
完璧な人形。
それが、今のセドリックだった。

ルシアンは、もはや律の身体を無理に求めることはなくなった。
ただ、そのそばに寄り添い虚ろな瞳が再び自分を映し出す瞬間を、祈るように待つことしかできなかった。

その日、ルシアンは律を連れて城で最も高い塔の頂上にある、ガラス張りの温室へと来ていた。

そこは、城の中で唯一、夜の闇に閉ざされていない場所だった。

天井も壁も、すべてが分厚い魔法のかかったガラスでできており、星明かりや月光が、昼の光のように燦々と降り注いでいる。

中では夜にしか咲かない、この世のものとは思えないほど美しい花々が静かに咲き誇っていた。

「ここは、私だけの場所だ。誰にも見せたことはない」

ルシアンはそう言うと、律を窓際の長椅子に座らせた。律は、何も言わずに、ただガラスの向こうに広がる、星々の海を眺めている。
その無垢な横顔を、ルシアンは愛おしげに、そしてどこか苦しげに見つめていた。

「……昔、私にも、信じていた者がいた」

静寂を破ったのは、ルシアンの、ぽつりとした呟きだった。
律の肩が、ほんのわずかに動いた気がしたが、ルシアンは、それに気づかないふりをして話を続けた。

「同族だった。
まだ私が王となる前の話だ。彼とは兄弟のように育った。
互いに背中を預け、幾多の戦いを潜り抜けてきた。私は彼のことを、心の底から信頼していた」

ルシアンの瞳が、遠い過去を映して揺れる。

「だが、彼は私を裏切った。私が王位を継ぐことが決まった、その夜にな」

ルシアンは、自嘲するように、ふっと笑った。

「理由は、嫉妬だ。
そして、恐怖。永遠を共に生きる『番』を見つけ、王として完成される私に対する、どうしようもない嫉妬と、置いていかれることへの恐怖。
彼は、私が番と出会う前に、私を殺そうとした。
私から、すべてを奪おうとしたのだ」

その声は、静かだったが、底には今も消えぬ痛みの色が滲んでいた。

「私は、彼を殺した。
この手で。信じていた唯一の者に裏切られ、そして、その者を自らの手で葬らなければならなかった。
その日から、私の時間は止まった。もう誰も信じないと、心に誓った」

ルシアンは、そっと律の手に、自分の手を重ねた。
律の手は、氷のように冷たい。

「私は、何百年も、たった一人で生きてきた。
王として、この城に君臨し、夜の世界を統べてきた。だが、その心は、ずっと空っぽのままだった。
永劫の時を生きるというのは、罰だ。終わりなき孤独という名の、な」

重ねた手に、わずかに力がこもる。

「お前が現れるまでは」

ルシアンは、律の顔を覗き込むように、その視線を合わせた。
律の虚ろな瞳に真剣な光を宿したルシアンの顔が映り込む。

「セドリック。
お前だけが、私のこの孤独を終わらせることができる。お前の血が、魂が、私の止まっていた時間を、再び動かすことができるのだ。お前は、私にとって、唯一無二の存在なのだ。ただの『餌』などではない」

その声は、切実な響きを帯びていた。
それは、支配者の傲慢な宣言ではなかった。 
一人の男が、魂の片割れに向かって捧げる必死の告白だった。

律は瞬きもせず、ただルシアンの瞳を見つめていた。
その紅い瞳の奥に、これまで見えなかったものが見えた気がした。

王としての威厳の奥に隠された深い孤独と、癒えることのない傷。
そして、自分に向けられる、狂おしいまでの執着の、その根源にあるもの。

それは、確かに「愛」と呼べるものなのかもしれない。あまりにも歪で、一方的で、身勝手な愛。
しかし、その熱量だけは、本物だった。

(……この男は……)

律の心の中で、乾いた灰の下に埋もれていた、小さな感情の火種が、ぱちり、と音を立てた。

憎い。許せない。
自分の人生を奪った男だ。
だが、同時に、その途方もない孤独を前にした時、律は、ほんのわずかな憐憫にも似た感情を抱いている自分に気づいてしまった。

何百年も、たった一人で。信じる者に裏切られ心を閉ざして。ただ、自分という存在だけを、待ち続けていた。
その重みが、律の死んだ心に、ずしりと圧し掛かる。

「……なぜ……」

長い沈黙の末、律の唇から、かすれた声が漏れた。
ルシアンの瞳が、驚きに見開かれる。

「……なぜ、俺なんだ……」

律の瞳には、まだ何の光も戻っていない。
だが、その声には確かな感情の揺らぎがあった。
ルシアンは、その小さな変化を見逃さなかった。
彼は、まるで祈るように、律の冷たい手を両手で包み込んだ。

「お前だからだ。他の誰でもない。私には、お前でなければ、駄目なのだ」

その言葉が、真実なのか、あるいは、また新たな支配のための甘い罠なのか、律にはまだ判断がつかない。
しかし、その瞬間、固く閉ざされていた心の扉に、ほんのわずかな隙間が生まれたことだけは確かだった。




感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。 公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。 そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。 アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。 その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。 そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。 義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。 そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。 完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

【完結】半端なあやかしの探しもの

雫川サラ
BL
人の子として生まれながら人ならざる「力」に目覚めてしまった少年・蘇芳。生きる場所を失い、絶望の淵に一度は立った蘇芳だが、ひとりのあやかしとの鮮烈な出会いによって次第に内側から変わり始める。 出会いも最悪なら態度も最悪なそのあやかしにどうしようもなく惹かれる理由は、果たして本当に血の本能によるものだけなのか? 後ろ向きな考え方しかできなかった少年が突然自分に降りかかった宿命にぶつかり、愛することを知り、生きようとする理由をその手で掴むまでのお話。 本作で第11回BL小説大賞に参加しております。投票やご感想大変嬉しいです。 ※オメガバースの世界観を下敷きとした、前近代(近世)日本に似た異世界のお話です。独自設定はほんの味付け程度ですが1話目に作中に登場する用語の説明があります ※R描写あり回には*をつけます

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。