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第4章:魂の契約と心の揺らぎ
第17話:ルシアンの過去の断片
生きる気力を失った律との日々は、ルシアンにとって永い生の中で初めて経験する静かな拷問だった。
目の前に、何百年も探し続けた魂の片割れがいる。
その身体を腕に抱き、その血を味わうこともできる。しかし、その瞳には何の光も宿らず心は固く閉ざされている。
手に入れたはずの至宝は、その輝きを失ってしまった。
完璧な人形。
それが、今のセドリックだった。
ルシアンは、もはや律の身体を無理に求めることはなくなった。
ただ、そのそばに寄り添い虚ろな瞳が再び自分を映し出す瞬間を、祈るように待つことしかできなかった。
その日、ルシアンは律を連れて城で最も高い塔の頂上にある、ガラス張りの温室へと来ていた。
そこは、城の中で唯一、夜の闇に閉ざされていない場所だった。
天井も壁も、すべてが分厚い魔法のかかったガラスでできており、星明かりや月光が、昼の光のように燦々と降り注いでいる。
中では夜にしか咲かない、この世のものとは思えないほど美しい花々が静かに咲き誇っていた。
「ここは、私だけの場所だ。誰にも見せたことはない」
ルシアンはそう言うと、律を窓際の長椅子に座らせた。律は、何も言わずに、ただガラスの向こうに広がる、星々の海を眺めている。
その無垢な横顔を、ルシアンは愛おしげに、そしてどこか苦しげに見つめていた。
「……昔、私にも、信じていた者がいた」
静寂を破ったのは、ルシアンの、ぽつりとした呟きだった。
律の肩が、ほんのわずかに動いた気がしたが、ルシアンは、それに気づかないふりをして話を続けた。
「同族だった。
まだ私が王となる前の話だ。彼とは兄弟のように育った。
互いに背中を預け、幾多の戦いを潜り抜けてきた。私は彼のことを、心の底から信頼していた」
ルシアンの瞳が、遠い過去を映して揺れる。
「だが、彼は私を裏切った。私が王位を継ぐことが決まった、その夜にな」
ルシアンは、自嘲するように、ふっと笑った。
「理由は、嫉妬だ。
そして、恐怖。永遠を共に生きる『番』を見つけ、王として完成される私に対する、どうしようもない嫉妬と、置いていかれることへの恐怖。
彼は、私が番と出会う前に、私を殺そうとした。
私から、すべてを奪おうとしたのだ」
その声は、静かだったが、底には今も消えぬ痛みの色が滲んでいた。
「私は、彼を殺した。
この手で。信じていた唯一の者に裏切られ、そして、その者を自らの手で葬らなければならなかった。
その日から、私の時間は止まった。もう誰も信じないと、心に誓った」
ルシアンは、そっと律の手に、自分の手を重ねた。
律の手は、氷のように冷たい。
「私は、何百年も、たった一人で生きてきた。
王として、この城に君臨し、夜の世界を統べてきた。だが、その心は、ずっと空っぽのままだった。
永劫の時を生きるというのは、罰だ。終わりなき孤独という名の、な」
重ねた手に、わずかに力がこもる。
「お前が現れるまでは」
ルシアンは、律の顔を覗き込むように、その視線を合わせた。
律の虚ろな瞳に真剣な光を宿したルシアンの顔が映り込む。
「セドリック。
お前だけが、私のこの孤独を終わらせることができる。お前の血が、魂が、私の止まっていた時間を、再び動かすことができるのだ。お前は、私にとって、唯一無二の存在なのだ。ただの『餌』などではない」
その声は、切実な響きを帯びていた。
それは、支配者の傲慢な宣言ではなかった。
一人の男が、魂の片割れに向かって捧げる必死の告白だった。
律は瞬きもせず、ただルシアンの瞳を見つめていた。
その紅い瞳の奥に、これまで見えなかったものが見えた気がした。
王としての威厳の奥に隠された深い孤独と、癒えることのない傷。
そして、自分に向けられる、狂おしいまでの執着の、その根源にあるもの。
それは、確かに「愛」と呼べるものなのかもしれない。あまりにも歪で、一方的で、身勝手な愛。
しかし、その熱量だけは、本物だった。
(……この男は……)
律の心の中で、乾いた灰の下に埋もれていた、小さな感情の火種が、ぱちり、と音を立てた。
憎い。許せない。
自分の人生を奪った男だ。
だが、同時に、その途方もない孤独を前にした時、律は、ほんのわずかな憐憫にも似た感情を抱いている自分に気づいてしまった。
何百年も、たった一人で。信じる者に裏切られ心を閉ざして。ただ、自分という存在だけを、待ち続けていた。
その重みが、律の死んだ心に、ずしりと圧し掛かる。
「……なぜ……」
長い沈黙の末、律の唇から、かすれた声が漏れた。
ルシアンの瞳が、驚きに見開かれる。
「……なぜ、俺なんだ……」
律の瞳には、まだ何の光も戻っていない。
だが、その声には確かな感情の揺らぎがあった。
ルシアンは、その小さな変化を見逃さなかった。
彼は、まるで祈るように、律の冷たい手を両手で包み込んだ。
「お前だからだ。他の誰でもない。私には、お前でなければ、駄目なのだ」
その言葉が、真実なのか、あるいは、また新たな支配のための甘い罠なのか、律にはまだ判断がつかない。
しかし、その瞬間、固く閉ざされていた心の扉に、ほんのわずかな隙間が生まれたことだけは確かだった。
目の前に、何百年も探し続けた魂の片割れがいる。
その身体を腕に抱き、その血を味わうこともできる。しかし、その瞳には何の光も宿らず心は固く閉ざされている。
手に入れたはずの至宝は、その輝きを失ってしまった。
完璧な人形。
それが、今のセドリックだった。
ルシアンは、もはや律の身体を無理に求めることはなくなった。
ただ、そのそばに寄り添い虚ろな瞳が再び自分を映し出す瞬間を、祈るように待つことしかできなかった。
その日、ルシアンは律を連れて城で最も高い塔の頂上にある、ガラス張りの温室へと来ていた。
そこは、城の中で唯一、夜の闇に閉ざされていない場所だった。
天井も壁も、すべてが分厚い魔法のかかったガラスでできており、星明かりや月光が、昼の光のように燦々と降り注いでいる。
中では夜にしか咲かない、この世のものとは思えないほど美しい花々が静かに咲き誇っていた。
「ここは、私だけの場所だ。誰にも見せたことはない」
ルシアンはそう言うと、律を窓際の長椅子に座らせた。律は、何も言わずに、ただガラスの向こうに広がる、星々の海を眺めている。
その無垢な横顔を、ルシアンは愛おしげに、そしてどこか苦しげに見つめていた。
「……昔、私にも、信じていた者がいた」
静寂を破ったのは、ルシアンの、ぽつりとした呟きだった。
律の肩が、ほんのわずかに動いた気がしたが、ルシアンは、それに気づかないふりをして話を続けた。
「同族だった。
まだ私が王となる前の話だ。彼とは兄弟のように育った。
互いに背中を預け、幾多の戦いを潜り抜けてきた。私は彼のことを、心の底から信頼していた」
ルシアンの瞳が、遠い過去を映して揺れる。
「だが、彼は私を裏切った。私が王位を継ぐことが決まった、その夜にな」
ルシアンは、自嘲するように、ふっと笑った。
「理由は、嫉妬だ。
そして、恐怖。永遠を共に生きる『番』を見つけ、王として完成される私に対する、どうしようもない嫉妬と、置いていかれることへの恐怖。
彼は、私が番と出会う前に、私を殺そうとした。
私から、すべてを奪おうとしたのだ」
その声は、静かだったが、底には今も消えぬ痛みの色が滲んでいた。
「私は、彼を殺した。
この手で。信じていた唯一の者に裏切られ、そして、その者を自らの手で葬らなければならなかった。
その日から、私の時間は止まった。もう誰も信じないと、心に誓った」
ルシアンは、そっと律の手に、自分の手を重ねた。
律の手は、氷のように冷たい。
「私は、何百年も、たった一人で生きてきた。
王として、この城に君臨し、夜の世界を統べてきた。だが、その心は、ずっと空っぽのままだった。
永劫の時を生きるというのは、罰だ。終わりなき孤独という名の、な」
重ねた手に、わずかに力がこもる。
「お前が現れるまでは」
ルシアンは、律の顔を覗き込むように、その視線を合わせた。
律の虚ろな瞳に真剣な光を宿したルシアンの顔が映り込む。
「セドリック。
お前だけが、私のこの孤独を終わらせることができる。お前の血が、魂が、私の止まっていた時間を、再び動かすことができるのだ。お前は、私にとって、唯一無二の存在なのだ。ただの『餌』などではない」
その声は、切実な響きを帯びていた。
それは、支配者の傲慢な宣言ではなかった。
一人の男が、魂の片割れに向かって捧げる必死の告白だった。
律は瞬きもせず、ただルシアンの瞳を見つめていた。
その紅い瞳の奥に、これまで見えなかったものが見えた気がした。
王としての威厳の奥に隠された深い孤独と、癒えることのない傷。
そして、自分に向けられる、狂おしいまでの執着の、その根源にあるもの。
それは、確かに「愛」と呼べるものなのかもしれない。あまりにも歪で、一方的で、身勝手な愛。
しかし、その熱量だけは、本物だった。
(……この男は……)
律の心の中で、乾いた灰の下に埋もれていた、小さな感情の火種が、ぱちり、と音を立てた。
憎い。許せない。
自分の人生を奪った男だ。
だが、同時に、その途方もない孤独を前にした時、律は、ほんのわずかな憐憫にも似た感情を抱いている自分に気づいてしまった。
何百年も、たった一人で。信じる者に裏切られ心を閉ざして。ただ、自分という存在だけを、待ち続けていた。
その重みが、律の死んだ心に、ずしりと圧し掛かる。
「……なぜ……」
長い沈黙の末、律の唇から、かすれた声が漏れた。
ルシアンの瞳が、驚きに見開かれる。
「……なぜ、俺なんだ……」
律の瞳には、まだ何の光も戻っていない。
だが、その声には確かな感情の揺らぎがあった。
ルシアンは、その小さな変化を見逃さなかった。
彼は、まるで祈るように、律の冷たい手を両手で包み込んだ。
「お前だからだ。他の誰でもない。私には、お前でなければ、駄目なのだ」
その言葉が、真実なのか、あるいは、また新たな支配のための甘い罠なのか、律にはまだ判断がつかない。
しかし、その瞬間、固く閉ざされていた心の扉に、ほんのわずかな隙間が生まれたことだけは確かだった。
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