月下、血の香りに導かれて ~吸血鬼の狂愛は血の香り~

なの

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第4章:魂の契約と心の揺らぎ

第20話:芽生えた庇護欲

魂の契約は、律とルシアンの関係を良くも悪くも、より複雑なものへと変えてしまった。

二人の間には、常に微弱な回線が繋がっているかのような不思議な感覚が生まれた。それは、ルシアンの感情が、濾過されることなく、生々しいまま律の中へと流れ込んでくることを意味していた。

独占欲、執着、嫉妬――それらのどす黒く、息が詰まるような感情は、今も変わらず律を苦しめる。
しかし、その激流の底には、常に、驚くほど純粋で、ひたむきな愛情が流れていることを、律はもう知ってしまっていた。
そして、その愛情の源泉には、何千年という、想像を絶するほどの孤独と、癒えることのない裏切りの傷があることも――。

その日、城には珍しく冷たい雨が降り続いていた。
律は、ルシアンの寝室の窓辺に座り、窓ガラスを叩く雨粒を、ただぼんやりと眺めていた。
ルシアンは、少し離れた暖炉の前で静かに本を読んでいる。
お互いに言葉を交わすわけではない。しかし、魂の繋がりを通して、相手の存在をすぐそばに感じている。その奇妙な一体感に、律は少しずつ慣れ始めていた。

不意に、ルシアンの心から、強い痛みの波が流れ込んできた。
それは、物理的な痛みではない。もっと深い、魂が軋むような、古傷の痛み。

「……っ」

律が思わず顔をしかめると、ルシアンが驚いたように顔を上げた。

「どうした、セドリック。どこか痛むのか?」

「……いや……あんたこそ」

律は、ルシアンの顔を見つめた。その表情はいつもと変わらない。
だが、魂の繋がりを通して、彼が今、激しい心の痛みに耐えていることが、手に取るようにわかった。

「……昔のことを思い出していただけだ。気にするな」

ルシアンは、そう言って無理に笑おうとしたが、その笑顔は痛々しく歪んでいた。

今日は、彼が唯一の友を、その手で殺めた日なのだ。
何百年経っても、その記憶は、命日のように毎年彼の魂を苛む。
その事実が律の胸に、ずしりと重くのしかかった。

ルシアンは、本を閉じると、静かに立ち上がった。

「少し、風にあたってくる」

そう言って、彼は部屋を出ていこうとする。その背中は、いつもは威厳に満ち溢れているはずなのに、今は、ひどく小さく、頼りなく見えた。
まるで、嵐に打たれ、傷ついた巨大な獣のようだ。
その背中を見つめているうちに、律の心の中に、これまで感じたことのない、奇妙な衝動が突き上げてきた。

(……行くな)

そう、思った。
この男を、今、一人にしてはいけない。
なぜ、そう思うのか。自分でもわからない。
自分の人生を奪い、自分をここに縛り付けている憎むべき相手のはずだ。
その苦しみに同情する必要など、どこにもない。
むしろ、もっと苦しめばいいと、そう思うべきなのだ。

それなのに――。

魂を通して流れ込んでくる、彼の途方もない孤独と、痛みが、まるで自分のことのように、律の心を締め付ける。
この広い城で、何百年も、たった一人で、この痛みに耐えてきたのか。
誰にも理解されず、誰と分かち合うこともなく。

「……待て」

気づいた時には、声が出ていた。
部屋を出ていこうとしていたルシアンの足が、ぴたりと止まる。彼は信じられないというように、ゆっくりと振り返った。
その紅い瞳が、驚きに見開かれている。

律は、自分が何をしているのかわからないまま、立ち上がっていた。
そして、戸惑いながらも、一歩、また一歩と、ルシアンの方へと歩み寄っていく。

「……そばに、いろよ」

絞り出した声は、自分でも驚くほど、静かで穏やかだった。

ルシアンは、言葉を失い、ただ呆然と律を見つめている。
律は、そんな彼の前に立つと、何を思ったのか、そっとその手に自分の手を重ねた。

契約を結んだあの日、ルシアンがしてくれたように。
その瞬間、ルシアンの心から、堰を切ったような、激しい感情の波が流れ込んできた。

――驚き、戸惑い、そして、どうしようもないほどの、歓喜。

何百年も凍りついていた彼の心が、律のそのたった一言と、小さな温もりによって、溶かされていく。

ルシアンは、たまらず、律の身体を強く、しかし壊れ物を抱くかのように、優しく抱きしめた。
その肩は、微かに震えていた。

「……セドリック……お前は……」

「うるさい。……あんたが、一人でいるのが、なんとなく、気に食わないだけだ」

律は、ぶっきらぼうにそう言うと、ルシアンの背中に、ためらいがちに、そっと腕を回した。

これは、同情なのか。憐憫なのか。
それとも、魂が結ばれたことによって生まれた、共依存にも似た感情なのか。

律には、まだ、その答えはわからなかったが、ただ、一つだけ確かなことがある。

自分の中に、「この男を独りにしてはいけないのかもしれない」という、庇護欲にも似た、奇妙な感情が芽生えていること。
それは、憎しみでも、愛情でもない。
もっと根源的で、抗いがたい、魂の結びつきが生み出した、新しい感情。

この感情が、これから自分とこの男の関係を、どこへ導いていくのか。
律は、ルシアンの腕の中で、降りしきる雨音を聞きながら、静かに考えていた。


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