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第二章:冷たい王とΩ
第九話:見えぬ壁
ライオネルに避けられている――その事実は、じわじわとユリアンの心を蝕んでいた。
あれほど鮮烈な繋がりを感じた夜が、まるで幻だったかのように、王の態度は再び謁見の日のような冷たい拒絶へと戻ってしまった。いや、それ以上に、存在そのものを無視されている。
ユリアンは日課となった「奉仕」をこなしながらも、無意識にライオネルの姿を探してしまっていた。廊下の角を曲がる時、広い中庭を横切る時、その黄金の髪が視界の隅に映るだけで、心臓が跳ね上がる。
だが、目が合うことは決してない。ライオネルはユリアンの存在に気づくと、まるで汚らわしいものでも見るかのように顔を顰め、即座に踵を返してしまうのだ。
そのあからさまな態度は、他の者たちにも伝染した。
「やはり王はあのΩを疎んでおられる」
「獣化の際に妙な噂が立ったが、とんだ濡れ衣だったな」
城の者たちは、王の態度を見て安堵したかのように、再びユリアンへの侮蔑を隠さなくなった。
ある日の昼下がり、ユリアンは王の書斎の清掃を命じられた。主の不在を見計らっての仕事だ。
広い書斎には、ライオネルの香りが色濃く残っている。ユリアンは息を詰めながら、丁寧に調度品を磨き始めた。
ふと、机の上に一冊の書物が開かれたままになっているのに気づく。それは、古代獣王国の法に関する、非常に難解な研究書だった。
(こんなに難しい本を……)
彼はただ武勇に優れた王というだけではない。その知性に触れた気がして、ユリアンの胸に小さな温かいものが灯る。
その時、不意に扉が開き、ライオネル本人が入ってきた。
「――っ!」
ユリアンは息を呑み、その場に凍りつく。
まずい、鉢合わせてしまった。
ライオネルは、室内にユリアンがいるのを見ると、露骨に眉を寄せた。
「……誰の許可を得て、ここに入っている」
「も、申し訳ありません!宰相様より、お掃除をと……!」
慌てて弁解し、その場を離れようとする。だが、ライオネルはユリアンを呼び止めた。
「待て。お前が触った場所はどこだ」
その言葉に、ユリアンの全身から血の気が引いた。まるで、自分が触れたものが全て穢れてしまったとでも言うような口ぶり。
「……こ、この机と、窓辺を……」
「そうか。後で侍女に全て消毒させろ。気味が悪い」
氷のように冷たい声が、ユリアンの心を突き刺した。
気味が悪い――。
それは、これまで浴びせられたどんな罵倒よりも、深く、鋭く、彼の心を傷つけた。
目の前が真っ暗になりそうになるのを、必死でこらえる。涙を見せれば、この男を喜ばせるだけだ。
「……かしこまりました。すぐに申し伝えます」
声を絞り出し、深く頭を下げて部屋を後にする。
その背中に、ライオネルの苛立たしげな舌打ちが追い打ちをかけた。
自室への帰り道、ユリアンの足取りは鉛のように重かった。
なぜ、あんな酷いことを言うのだろう。
あの夜、自分の香りを求めてきたのは彼の方なのに……自分の力で、彼の獣は静まったはずなのに。
まるで、その事実を必死で打ち消そうとするかのように、彼は自分を遠ざけ、傷つける。
二人の間には、分厚く、冷たい、見えない壁がそびえ立っているようだった。
その夜、ユリアンはベッドの中で静かに涙を流した。
拒絶されることには慣れているはずだった。だが、一度温もりを知ってしまった心は、前よりもずっと傷つきやすくなっていた。
王の沈黙と、時折見せる激しい拒絶。その意味を、ユリアンはまだ知らなかった。
それが、ユリアンという存在を認めてしまいそうになる自分自身の心と、必死に戦っている男の不器用で痛々しい抵抗の証だということを。
あれほど鮮烈な繋がりを感じた夜が、まるで幻だったかのように、王の態度は再び謁見の日のような冷たい拒絶へと戻ってしまった。いや、それ以上に、存在そのものを無視されている。
ユリアンは日課となった「奉仕」をこなしながらも、無意識にライオネルの姿を探してしまっていた。廊下の角を曲がる時、広い中庭を横切る時、その黄金の髪が視界の隅に映るだけで、心臓が跳ね上がる。
だが、目が合うことは決してない。ライオネルはユリアンの存在に気づくと、まるで汚らわしいものでも見るかのように顔を顰め、即座に踵を返してしまうのだ。
そのあからさまな態度は、他の者たちにも伝染した。
「やはり王はあのΩを疎んでおられる」
「獣化の際に妙な噂が立ったが、とんだ濡れ衣だったな」
城の者たちは、王の態度を見て安堵したかのように、再びユリアンへの侮蔑を隠さなくなった。
ある日の昼下がり、ユリアンは王の書斎の清掃を命じられた。主の不在を見計らっての仕事だ。
広い書斎には、ライオネルの香りが色濃く残っている。ユリアンは息を詰めながら、丁寧に調度品を磨き始めた。
ふと、机の上に一冊の書物が開かれたままになっているのに気づく。それは、古代獣王国の法に関する、非常に難解な研究書だった。
(こんなに難しい本を……)
彼はただ武勇に優れた王というだけではない。その知性に触れた気がして、ユリアンの胸に小さな温かいものが灯る。
その時、不意に扉が開き、ライオネル本人が入ってきた。
「――っ!」
ユリアンは息を呑み、その場に凍りつく。
まずい、鉢合わせてしまった。
ライオネルは、室内にユリアンがいるのを見ると、露骨に眉を寄せた。
「……誰の許可を得て、ここに入っている」
「も、申し訳ありません!宰相様より、お掃除をと……!」
慌てて弁解し、その場を離れようとする。だが、ライオネルはユリアンを呼び止めた。
「待て。お前が触った場所はどこだ」
その言葉に、ユリアンの全身から血の気が引いた。まるで、自分が触れたものが全て穢れてしまったとでも言うような口ぶり。
「……こ、この机と、窓辺を……」
「そうか。後で侍女に全て消毒させろ。気味が悪い」
氷のように冷たい声が、ユリアンの心を突き刺した。
気味が悪い――。
それは、これまで浴びせられたどんな罵倒よりも、深く、鋭く、彼の心を傷つけた。
目の前が真っ暗になりそうになるのを、必死でこらえる。涙を見せれば、この男を喜ばせるだけだ。
「……かしこまりました。すぐに申し伝えます」
声を絞り出し、深く頭を下げて部屋を後にする。
その背中に、ライオネルの苛立たしげな舌打ちが追い打ちをかけた。
自室への帰り道、ユリアンの足取りは鉛のように重かった。
なぜ、あんな酷いことを言うのだろう。
あの夜、自分の香りを求めてきたのは彼の方なのに……自分の力で、彼の獣は静まったはずなのに。
まるで、その事実を必死で打ち消そうとするかのように、彼は自分を遠ざけ、傷つける。
二人の間には、分厚く、冷たい、見えない壁がそびえ立っているようだった。
その夜、ユリアンはベッドの中で静かに涙を流した。
拒絶されることには慣れているはずだった。だが、一度温もりを知ってしまった心は、前よりもずっと傷つきやすくなっていた。
王の沈黙と、時折見せる激しい拒絶。その意味を、ユリアンはまだ知らなかった。
それが、ユリアンという存在を認めてしまいそうになる自分自身の心と、必死に戦っている男の不器用で痛々しい抵抗の証だということを。
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※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中