アウラ・エア -Ep.OldOutSider-

絵畑なとに

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part.fell 03:運命と記した次のページの文章

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 その人の名前はハスキー。名前を聞いたときに何度か聞きなおしたけれど、そんな名前だったはず。珍しい名前だから、多分外国の人だ。服もなんだか変だったし、見せてもらったお金も知っているものではなかった。
 丸っこい顔つきのわりに背はまぁまぁ高い。父親が180cmだから、それよりも少し小さめで、170くらい? 年齢は多分20歳くらいだけれど、なんだか落ち着いていたから見た目よりも老けているのかもしれない。とはいえ、髪の毛の色が灰色なのは、そのせいではないと思う。白髪とは違う感じだった。
 彼はずっと遠い国からやってきて、事故で全てを失ってしまったようだ。そんな彼に同情した。といえば嘘になってしまう。リラクトから取り寄せた小説本では、行き倒れた旅人を助けたことから始まるラブロマンスなんてものも多いけれど、実際は行き倒れる旅人はよくいるし、そしてラブロマンスは始まらないし、彼らは何というか、タフで、大抵の場合はほっといても気に病むことはない。流石に死にかけていたら手を貸すが。
 実際には、彼の持つ独特の雰囲気に惹かれたというのが正しい。絶対に、この人物は都会の出身だ。なんだったら、王族とか貴族とか特別な人物かもしれない。噂に聞くリラクトの巫女とか、そういったものに比肩するに違いない。彼の乗っていた謎の機体は明らかに異質で、小説風に言うのであれば、古代のオバーテクノロジーの飛行機とかそういったものだ。
 そんな彼が目の前で困っていて、頼れるのが私しかいない。
 これこそ運命。というわけで、彼を私の相棒になってもらうことになった。とはいえ、いきなり家を飛び出して旅に出るほど私は勇気がなかったので、彼を私の家の農場で雇うことにして、覚悟を先延ばしにした。
 したのだけれど……。
 父は十年前の戦争の影響だかなんだか知らないけれど、翼のない人のことをすごく嫌っていた。そのため、彼を引き留めることができなくなってしまった。しかも、直後にやってきたナントカ商会の人が彼を連れ去ってしまった。そのことで父に向って久しぶりに罵声を浴びせてしまった。我ながら短気だったとは思うが、それにしたって一言くらいあってもいいはずだ。
 それにハスキーも、出ていくときに声をかけてくれなかったのは残念だ。もっと言うと、幻滅してしまいそうだ。何も言わずに消えるというのは、命の恩人に対して失礼極まりないのでは? とはいえ、恩着せがましいのも好きじゃないので、あまり彼を悪く思えない。それに、彼は私に謎を残していった。

 黒くて薄いガラス細工? 片面は金属とも木材とも、もちろん石材とも違う肌触りの素材で、もう片面は黒曜石を磨き切ったように黒いガラスだ。この手のひらサイズの板は、おそらく彼の謎の一つだ。
 単なる忘れ物か、それとも、謎かけか。

 運命の出会いと書いたページは、最初はなんだか恥ずかしくなって、斜線で取り消そうと思った。けれど、この黒い板を見ると、私の中でまだあきらめてはいない部分があることに気が付いた。日記に彼についてと、その板についてを記して、鉛筆をペンケースに戻して、花柄の装丁を閉じた。
 外はもう暗い。窓からは月あかりが入ってくる。
「もう寝よ」
 机を照らしていたランプの灯を消す。煙がフッと上がるのが、なんだか今日あったことが無かったことになるようで、不安というか、寂しさというか……そんな気持ちがぬぐえなくなくなった。
 ハスキーの置いて行った黒い板を握る。
「……」
 寝て、起きて、まだこれが手の中にあれば、私は旅に出よう。
「そんなんじゃだめ」

 マッチをこすり、ランプを灯す。
 クローゼットを開ける。中から作っておいた背負いカバンとサドルバッグを取り出す。思えば、これを作り始めたのも、冒険にあこがれ始めたときだった。中に服、毛布、お気に入りのぬいぐるみ、本、こっそり貯めていたお小遣いとかを詰め込む。それを背負ってこっそり家を抜け出す。玄関からだとバレるから、窓からこっそりと。その足で厩舎へ行く。
「夜遅くにごめんね、フィーリ、今日行くことに決めたよ。ついてきてくれる?」
 フィーリは短く唸るような声で返事をする。
「ありがとう」
 フィーリの背にサドルバッグをかける。かけたサドルバッグから水筒を取り出して井戸に向かう。

「フェル」
「ぇぅ……!」
 母に見つかってしまった。
「……あの、これは、ですね。なんだか喉が渇いちゃって」
 困ったことにカバンは背負ったままだし、何より、外行の服装だ。苦しい言い訳だろうか?
「……早く寝なさいね。それと、これ、眠れないなら夜食でもどう? どうせ遅くまで本読むんでしょう?」
「え、あ、ありがと」
 意外なことに納得してくれたようだ。まぁ、実際に外は寝間着では寒いし、水でいっぱいになった水筒は重いから、カバンを背負っているのはそれほど的外れではないのかもしれない。大きすぎるとは思うが。
 渡されたカゴを受け取ると、母はため息をひとつついて家に向く。
「早めに家に帰ってきなさいね」
 どうやら、家出、もとい旅に出ることは気づかれてはいないようだ。こんな娘を労わってくれる母に何も言わずに出ていくのは申し訳なく思う。けれど、言ったら反対されるだろうな。
 とにかく今は、ようやくついた決心が折れないうちに行動あるのみだ。最初はハスキーの残した謎を確かめるために、彼を探すことを考えている。
「よいっしょ」
 井戸をできるだけ音をたてないようにしながら操作して、水筒を水で満たした。フィーリの元に戻る。
「よし、行こう!」
 背に乗り、手綱を引く。フィーリは軽く羽ばたき、――それだけで結構な音が出たので、ちょっと焦った。とにかく空に舞い上がり、農場がどんどん小さくなって、月が少し大きくなった。
「……大丈夫。そんなに長くはないよ。1年かな。それくらいできっと帰ってくるから」
 まずはハスキーを。その後は、リラクトまで行ってみよう。エルスキーを周ってみるのも楽しそうだ。あそこは行商の中心だって聞くし、きっといろんなものが売っているに違いない。アリアは少し怖いが、慣れてきたら行ってみるのもいいだろう。あそこは急峻な山にある国だから、景色がとにかくすごいっていう話だ。小説で読んだ小さな町に行ってみてもいい。お金足りるかな。足りないだろうな。どこかで仕事を探す必要があるかもしれない。そういえば、ギルドっていうのがあるらしい。それに登録するのもいいだろう。郵便屋を短期でやるのもいいかもしれない。私とフィーリなら、すごい速度で荷物を運べるし、いい稼ぎになるんじゃないだろうか?
 離れていく農場。
 ポケットの中の黒い板を握る。
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